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よろみ村くらし暦

奥能登の禅寺での山暮らし。野菜作りと藍染め,柿渋染め,墨染めのくらし暦。来山者への野菜中心のお料理が何よりのおもてなし。

90歳の舞台

2021-11-28 21:02:41 | 日記

先日、義弟からのプレゼントで能登演劇堂で仲代達矢の「左の腕」90歳の舞台を観た。
その舞台に立つに当たってどれだけの練習を重ねてきたのだろう。
凡人の私には想像もできない繰り返されることで身に付く舞台。
90という齢を人々の前に全身全霊を晒すということ。
そこには並々ならぬ決意と覚悟、そして誇りがあり、多分何度も何回も自問自答した上の決断だっただろう。
むしろ自分を信じ切った結果なのかもしれない。



舞台から受けたものはもう年齢は関係なかった。
そこから感じられたのは品格だった、それが客席の私にも匂いとして漂い、一体になってゆく、ライブとはそんな魔力がある。

それにしても役者70年をやり通してきたことは運や才能に恵まれたには違いないが偉業と言える。
無名塾を立ち上げ、仲間を引き連れ第一線を歩んできた仲代達矢、見る人を唸らせ涙を誘う。
人類が築き上げてきた一つの文化、46億年の結晶の一つを見せてもらった気がした。
そこに私は巡り逢った。



前から気になっていた小さな花、テレビでゴミダメギクと知った。
名前が気になるが、花びらが3枚ずつからなり、その精巧さに驚いた。

それは彼一人でできたものではない。
そこに至るには多くの人たちの支えがあり、支えとも言えない人たちの生業の上に成り立っている。
それは本人が一番感じていることなのだろう。
演じる人と、そこにいる人によって舞台は成り立っている。
きっとこちらの喜びを感じてくれただろう。









13回忌

2021-11-23 09:53:10 | 日記

ここ龍昌寺で、元住職の長兄の13回忌を行った。
千葉や横浜、金沢から総勢14人の供養になった。
本堂には蝋燭がゆらゆらと灯り、みんなのお経が静かに流れた。
いくつで亡くなっても早いということはないが、13年という月日は全てを笑いに包み、みんな懐かしさと共に和やかに行われた。





喪主の依頼で3回忌と同じ蟹料理をという依頼に応え、息子が近江町からこうばこ蟹、ずあい蟹、などを用意してきた。
外で食べるよりここでゆっくりしたい、それに今回は料理人がいる。
いつになく出資者がいたのでそこで出されたものは高級料理屋さんに匹敵するものになった。
料理人の思い違いは、お酒を飲まない人たちだったこと、だからか次から次へと食卓に並んだ。



突き出しからはじめ、煮物、お刺身、揚げ物、腕もの、その上ここの大根のおでん、蕪の寒麹漬け、白和、ミートローフ、サラダなどがもう食卓に乗らないほどになった。
彼は前日から出汁取り、伸丈など準備、当日は家族にも手伝ってもらい整った。





久しぶりの集まりにみんなの声は弾み、そこに小さな命の楽ちゃんが加わって話は途切れることはなかった。
翌日の夕方、みんなはそれぞれの家に戻った。
「こんな時でないと集まれないけれど、また近々お会いしましょう。」
口々にそんな挨拶が交わされ、名残惜しげにお別れをした。
繋がれてゆく命、そんな思いを抱きながら、、。










ジャズ ー日野皓正ー

2021-11-14 10:43:13 | 日記
13日、輪島文化会館でオーケストラアンサンブル金沢と日野皓正のコンサートがあった。
まさか輪島でジャズ、しかも日野皓正とは。

久しぶりの生演奏、生演奏は耳だけでなく、全身、しかも全細胞まで響くのか鳥肌が立った。
音だけではない、演奏者の表情、リズムに合わせて体を揺らす動き、そして歌の言葉が届く。
輪島出身のソプラノ歌手、中谷吉響子さんも歌を披露。いつしか涙が溢れていた。
20代で知った生のジャズ、その時の記憶が蘇った。



日野皓正、79歳。現役、流石に激しいリズムは少なく演奏時間も少なかったが、その高くトランペットの響きは澄んで力強かった。
スタイリッシュ、その体型は青年そのもの、歩く姿は背筋がしゃんと伸び美しい。
演奏の合間にはタップダンスを踊り、若者の演奏では自らドラムを叩くなど音が鳴ると体が動く、その動きも滑らか。

指揮者の若さの秘訣を尋ねると、電車内では座らない、タバコは若い時から吸っていない、お酒は45の誕生日で止めたという。
自分を律する精神の強さが音に生きていると思った。
最後に一言、「絶対、女のくせに!」と言ってはならないと釘を刺した。これは実体験からだろうか。

そうか、79、現役、それには才能と運もあっただろうが、私には知らない苦労や努力が大きいだろう。
1年半ぶりのライブらしい。みんなに喜ばれることが自身の力になっていると語っていた。
ユーモアを交えた語りも楽しませてもらった。



では、私には何ができるのだろうか。私何りのこれからの生き方を問われた。
聴く側の生き方、受け入れることの生き方もある。



秋の虫たち

2021-11-11 14:54:44 | 自然の不思議

秋になり、晴れた日の朝は鳥たちが囀り、枯れ枝を行き交う。
すっかり虫たちの声は消えてしまい、草紅葉が黄色く揺れている。



木々の枝には蜘蛛の巣が張り巡らされ、その主の女郎蜘蛛が陣取っている。
中には親子なのかパートナーなのか2つもいたり、張られてネットには赤や黄色や枯れ色の葉っぱを掲げて現代アートさながらの展示をしている。
見る分には私は蜘蛛は平気だが、蛇より蜘蛛の方が苦手という人いることにびっくりしている。
苦手なのは、芋虫系、その動きと柔らかさがゾクゾックとしてしまう。
先日、レモンの鉢植えに12匹の青虫を見つけ、枯れ枝を使ってどうにか追い払った。
気付くのが遅く、ほとんどの葉っぱを食べられてしまった。
また来年もレモンはならないだろう。



この芋虫は何になるのか?

居間には子猫が遊んだ虫たちの残骸が展示されている。
模様が綺麗なトンボや蝶を見つけると、本当は手に取ってみたいが、そっと逃している。
でも、すでに小さな命を落とした抜け殻は拾い、じっくりとみてしまう。
羽の一部が欠けていたり、頭がなかったりちょっと残酷なのだが見惚れてしまう。
その色、その模様、自然の意匠に、なぜ、どこにそんな美を作る作用が働くのかと驚くばかりだ。
その色や形にそれぞれの意味があるのだろう。
決して人間ばかりが機能的にできているのではない。
猫のおもちゃになり命尽きた虫たち、猫に代わって、「ごめんね。」と。



コレクションは蝉の抜け殻、蝦夷蝉、山ヤンマ?、オナガアゲハ?









私の読書の秋−2ー

2021-11-07 21:00:28 | 日記

今回は私が図書館から選んだ本です。
一回に7冊まで、2週間という時間が用意されている。
畑仕事も一応1段落、そんなタイミングもあった。

選んだのは小説の1冊、原田マハのものはいくつか読んでいる。今回は「異邦人」これをいりじんと読ませている。
彼女のものは元キュレーターの経験から主に印象派の人たちのものを中心に物語を書いている。
この本は作品の売買の裏側を見せてくれた。
金額に於いてもそのやりとりは私の日常を大きく逸脱した異世界だった。それを小説仕立てでしかも推理小説風なので一気に読んでしまった。



2冊目は福岡伸一氏と阿川佐和子さんの対談で「センス、オブ、ワンダー」を元に話が進む。
知ることは感じることの半分も重要ではない。
勉強よりも体験の中の記憶が残る。
子供の時代に余白を楽しむ時間を。
など、私自身、共感できる会話が二人の中で交わされ、「そうだよね。」と相槌を打ってしまった。

3冊目は、池内紀氏の「ドイツ職人紀行」
かつてドイツ人の友人とドイツに訪れたことを思い出しながら読み進んだ。
その旅では出会えなかった職人の世界、日本にはない職業もありお国柄が出ていて興味深かった。
その中でも道化師、単に笑いを取るのでなく、国王に対しても鮮烈な批判をしても許されるとか。
中には3ヶ国語を操る強者もいて、一目置かれる存在らしかった。
粉挽き、それは地主に近い役割を果たしていたとか。



サフランをいただいたので、パエリア、これは以前からよく作る私の料理。

他の4冊は料理本、そっくり真似るのではなく、ヒントをもらう。
本を返しに行って、また借りてきてしまった。
それに関しては、またいつか、、。

夜外に出ると、秋の夜空に星が輝きを増していた。その下で2、3匹の虫の声、小さく、弱々しくなっていた。
昨日が新月、また月が始まる。