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よろみ村くらし暦

奥能登の禅寺での山暮らし。野菜作りと藍染め,柿渋染め,墨染めのくらし暦。来山者への野菜中心のお料理が何よりのおもてなし。

お能 沖の宮 映画 日々好日

2018-10-29 15:52:58 | 旅行

京都で芸術の秋を堪能した。
「沖の宮」は石牟礼道子さんの原作によるもので、その衣装を担当したのが志村ふくみさんだった。
お能を観るのは今回で2回目、京都の友人がお能の小鼓を習っていることからお声がかかった。
また志村ふくみさんのお弟子さんの友人からも案内状が届いた。
そんなご縁でもないとなかなか行けない。

会場には志村さんの関係か多くの紬姿を愛でることもでき、それだけで華やかな気分に仕立ててくれた。
その反面能舞台には大きな老い松があるだけでそこに各自の謳い方や囃子方が楽器を持って静々と音もなく入る。
それだけで舞台は厳粛な雰囲気を醸し出し能管の音で結界が敷かれた。
私には説明書がないと内容が汲み取れないが、その世界に浸れたのは確かだ。





志村ふくみさんにもお目にかかれた。そうそう瀬戸内寂聴さんもいらしていた。
確かにお身体は弱ってきたように見受けられたが、お二人とも凛とした表情でした。

今回強く感じられたのは、動の中に静があり、静の中に動がある、というのか、その動きは最小で最大を表現している。
また、静の中にも見えない動きがあるようにも見えた。
8人の謡の力強く声の重なる響きが重厚で身体に伝わり、太鼓の音は身体を貫く。
一つの物語がおわり、またものと何もない舞台だけが残された。
この簡潔、この間、一体なんなのだろう。

そして、今度は映画、映画も何年振りだろうか。
「日々好日」亡くなった樹木希林さんのお茶の先生が舞台だ。
久し振りにお茶の世界に遊んだ。
あのお茶を点てる音とお菓子の色と形、そして季節毎の着物と立ち振る舞いの美しさに魅入ってしまった。
ここでも季節とお茶の関わりの深さを改めて知らされた。
また、「間」と仕立てられたものは、きれいに片付けられる、これが日本的文化なのかと考えてしまった。
樹木希林さんの声と姿勢が時の移ろいを見事に表現していた。

秋の京都と言うと、紅葉なのだろうが、こんな都会だからこその芸術の秋を味わえた。
友人に、そして角界の演者に感謝です。

帰山して、お茶を一服としたかったのに、風邪を引いてしまった。











秋の蝶

2018-10-14 21:46:12 | 自然の不思議

このところ見なくなったのが、蒼鷺だ。
田んぼは勿論、畑にもやってきていたがめっきり見なくなった。
季節もあるだろうが、多分電気柵が原因かと思われる。
この電気柵を越えて猪が田んぼに入り、稲刈り隊は苦戦しているらしい。
電気柵がダメとすると、何があるのだろう。
究極、防御でなく、狩猟しなくては根本的に解決しないのだろう。

このところ美しい蝶に出会す。
ここでもあまりお見かけしないアカタテハとルリタテハ。
ひらり、ひらりと舞ってきて、庭から廊下の窓から入ってくる。
モンシロチョウやキチョウは畑などでよく見かけるが、この二つはむしろ家の中で発見する。

トンボやバッタは手に取って見るが、稀少で壊れそうでやすやすと手にするのをためらう。
せめてカメラに収めようとするが、なかなか思うようなポーズをとってくれない。
その名前を確認するにも羽根の模様を見せてくれない。
どうやら、アカタテハとルリタテハ、らしい。





いつも自然界の色と模様には驚かされる。
私には分らぬ秘密が隠されているようで増々興味が引かれる。

今日、畑でパセリの葉がないと気が付いてよくよく見るとほぼパセリの葉に同化したイモムシが三つも付いていた。
気持ち悪いのと、葉を食べられたこともあって退治してしまった。
もしや、蝶の幼虫だったかもしれないと今気が付いた。
蛾だったらあまり思わないが、蝶だとしたら、可哀想なことをしたと思ってしまう。
これって、なんなのだろう。
やはり、美しさが関係しているのだろうか。

蝶の舞う動きを見ているとゆらりゆらりと自分の中にない動きをしていておもしろい。
ついてゆくと、どこか知らないところに連れて行ってくれそうだ。



そうそう、前回のさまつ、今日会った地元の人が言っていた、バカ、、、とかと。










秋の味覚ーきのこー

2018-10-11 14:28:30 | グルメ

今日は雨で稲刈りが中断。実は先日から中断している。
いざ、稲刈り!と男たちが繰り出したが、コンバインの故障で中断し、その部品待ちして再開、と意気込んでいたら、今度は雨。
そのコンバイン、中古でなかなか手強いらしい。
これ以上田んぼがぬかると手狩りになるかも知れない。
以前は幼い子供を抱えて女どもも田んぼに入っていたが、今は機械化で女性は畑を担当している。
さて、今年の穫れ高は、お味はどうなのかな?
田んぼによっては電気柵をしても猪の被害もあったとか、だんだんと農仕事もたいへんになってきた。
農仕事も脳仕事になっている。



これはたまご茸



この色に驚かされたが、毒茸ではありません。

先日息子が地元の人から大きな茸を戴いた。
なんせ私の手より大きくて、初めて見る茸。
この時季きのこ狩りの事故や毒きのこの被害のニュースもあるので一先ず村の人に見てもらうことに。
しかしきのこ取り名人のおばあちゃんも分らないとかで、ようやく名前と料理法が分り食べてみた。
名前はさまつ、ここの呼び方らしい、茹でて味噌を塗って一晩置いてバーター焼きに。
ほとんど匂いもなく、シャキシャキとした食感だけがしただけでほとんど味もしなかった。
食べた後になって,天ぷらにするといいと言われた。
まあ、無事に終わったことに感謝かな。
ここでは春と秋に椎茸が採れる。
これがここの茸の最高の味かな。



栗ごはん、大根菜のお好み焼き、酢豚、藤豆?の胡麻和え、味噌汁、たくわん。
さまつの画像は、次回に。









アキの秋

2018-10-05 21:36:31 | 日記

7月生まれのアキにとって2度目の秋になった。
それは初潮で始まった。
それをアキより察知したのはお隣の雄犬のカントだった。
人だったらストーカーとも言えるほど付き纏っていた。
しかし体格からすると3分の1ほど、アキのお相手にしたら無理がある。

ハナは3回出産し21匹の子供を産んだ。
お相手はゴールデンレトリバーと言うこともありそのミックスは誰からも可愛がれた。

先日アキは避妊手術を受けた。
その2日ほど元気がなくほとんど廊下で寝ていた。
その姿を見て私は後悔をした。これでアキは一生自分の子供を産めない身体にしてしまったのだと。
人間はほんとうに身勝手だ。こちらの都合で生き物の生死を決めてしまう。

3日が過ぎる頃からいつものアキに戻っていたが、私の気持ちからかアキが愛おしくてたまらない。
ここは町と違い人家が離れているので犬をほぼ放し飼いにしている。
犬にとっては境内もあり存分に遊べるスペースがある。
それはアキにとって幸運だったに違いない。
ただ最近畑を電気柵で囲ったのでその分は制限を受けることになってしまった。
これはアキだけのことではない。人も同じで不自由極まりない。

人と犬と動物と、誰もが満足する環境はないのかもしれない。
ハナにないアキの仕草や行動がある。
この愛嬌がここの住人にも愛されている由縁だろう。
アキ、元気で長生きしてね。



時々この姿勢で寝ている。





このところ境内の大きな石の上がお気に入り。









秋を感じる。−2−

2018-10-01 21:36:53 | 自然の不思議

参道を下るといくつもの女郎蜘蛛の巣が張られている。
それは得物を穫るためのものだが、私から見るとアーチストだ。
枯葉や折れた小枝をあしらい巣はキャンバスになっている。

網戸とガラス戸に挟まれ身動きができなくなった虫たちがそのままの形で見つかる。
その色や形は生きていたそのままでイトトンボは宝石のような瑠璃色のまま、山ヤンマの羽根の細かいネットもピンと張られている。
そっと紙の上に置くと、今にも飛び立ちそうなくらい完璧な標本になっている。
虫たちは美しい。



昨日の台風で花梨の実が一つ落ちていた。
今年の猛暑でいつもより小さく少ない。
先日まで甘い香りを届けてくれた金木犀も散ってしまった。



花をお菓子に使えると言うので摘んで乾燥させ手保存した。
山椒のまっかな皮が弾けて黒い実が出てきた。
これで7味のうち、2味は揃った。



実りの秋の始まりだ。