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よろみ村くらし暦

奥能登の禅寺での山暮らし。野菜作りと藍染め,柿渋染め,墨染めのくらし暦。来山者への野菜中心のお料理が何よりのおもてなし。

キャラブキ二種

2015-05-31 21:28:57 | グルメ

一応花壇なのに,いつの間にか蕗がはびこり今では意図していないモノだけで占領されてしまった。
花壇の草取りは,いつしか蕗取りになってしまった。

毎年、この時季になると蕗を採っては送っていた。
その一人は母だった。結婚を機に町に住んだ母だったが,蕗が好物だった。
この時期の忙しい畑仕事の合間に私は蕗を採っては送っていた。
作ったキャラブキをご近所にお裾分けしてよろこんでもらえたといつもうれしそうなお礼の電話があった。
もうそれも思い出の一つになってしまった。

この地元のおばあちゃんからきゃら蕗を戴いた。
皮をむいて,アク抜きしコトコト時間をかけて煮込んだ物だと渡された時に何度もそれを口にしていた。
それもその筈、不自由な左手と杖突きながらの仕事なのだ。
多分いつも世話をかけるからとそのお礼なのだろう。
私も作るからと断るのも申し訳ないと思い、戴いた。

おばあちゃんのそれは,やはり甘く柔らかかった。いわゆる昔ながらの正当派の作り方だ。
私が作る物は,出汁と醤油のみで砂糖は一切使わない。しかも歯応えを残したところで止める。
我が家ではこれに慣れているので,この甘いキャラブキは人気がなかった。
この場合どうすればいいのだろう。
幸い東京に出る用事があると言う住職に訳を話して持って行ってもらった。
残りは,今日ひじきの煮物の中に入れてしまった。

あれだけの量にかけた時間と手間を思う。
今度会ったら、やはりおいしかったよ、と言ってしまうだろう。



左が私、右がおばあちゃんの。



今盛りの山法師。












畑仕事-水やりー

2015-05-30 21:18:24 | 畑仕事

また2週間ほど雨が降らない。
だから畑仕事の半分は水やりに費やされる。
苗が大きくならないと、どうしても虫たちにやられてしまう。
そこで水やりが重要な仕事になる。
耕運は機械でするとしても,畝建てに続く重労働と言える。

最初、50メートル四方の畑の中程に古いホーローのお風呂の水桶が一つあるだけだった。
5世帯の分けられた畑の真ん中の人はすぐ水を汲めたが、端っこに位置する畑の者にとっては如雨露で何度も往復しないとならなかった。
そこで遠くの者はプラスチックの大きな桶にホースで水を入れそこから各自の畑に水やりをするようになった。
その桶が二つとなり三つになり,とうとう五つになった。

それでも何度も往復するのはたいへんで,今ではホースが届くところは直接ホースから水やりをする。
そのホースも長いので引っ張ってくるのも一苦労、しかも誰かの畑に掛かると折角植えた苗を倒すので注意しなければならない。
水やりは最低30分、たっぷり水をあげると1時間もかかる。
しかも寒冷紗などに覆われている苗は注意しないと効き目がなく,下手をすると苗を水圧で倒してしまう。

この日曜日に雨の予報が曇りから晴れになった。
さて,小豆はいつ蒔こう,金時豆や花豆の定植はいつにしよう。
多分今降らないと、今度は梅雨は土砂降りが続くのだろうか。
だとしたら、今年のトマトはどうなるのだろうか。
考えても仕方がないことを,思って今から心配してしまう。
水が足りなければ,水やりをすればいいが,雨は止めることはできない。
でも,その水は,まだ大丈夫。



地元の人から戴いたもずくのしゃぶしゃぶ。
いしるとお酒の中でするのだと教えられた。

磯の味と香りたっぷりの新鮮な驚きの鍋でした。










田んぼの助っ人

2015-05-29 21:53:21 | 日記

彼は田植えと稲刈りに助っ人に来る。30前の180センチの好青年。
彼が来ると、最近老化気味のこのよろみ村に活気を取り戻してくれる。

家では絶対しないと言う朝の坐禅も教読みも作務のお掃除も積極的に参加する。
人なつこい彼は誰からも声をかけられ,彼のいるところは笑いが絶えない。
勿論、肝心の田んぼ仕事ももう心得たもの,だからみんなから頼りにされる存在だ。

宿泊はこの宿坊、ごはんは主に私と彼のお母さんの友人のところで食べる。
朝と昼はこちら、時に夜もこちらになる。
一緒に食べると、話と食べるのと呑むことで口が閉じることはない。
またその食べっぷりが気持ちよく,ついこちらもいつもよりたくさん食べてしまう。
その時のメニューは,彼に合わせてたっぷりのお肉料理とは,お隣さん。
私のところでは,今回はこんなものでした。



自家製金時豆と筍のピリ辛ケッチャップ炒め煮、ジャガイモと玉葱炒めレタス添え。



お肉とニラは醤油味、茹でたエビには胡麻味噌のタレに落花生のを散らして。


今回は忙しいとのことで田んぼ仕事の途中で帰って行った。
「あーあ,この4日ほどで2、3キロ太ったんじゃないかな?」
うれしいような,申し訳ないような,でもその表情は,まんざらでもないと言う風でした。
秋の稲刈りにも,よろしくお願いします。
そうそう,その前に,8月は北海道のバイト先のメロンを持って遊びに来るとか。
「まっていまーす。」
勿論、メロン付きの彼を!









畑の仕事-虫ー

2015-05-28 20:18:45 | 畑仕事

今年の冬は雪が少なく,春になっても暖かな日が続いた。
雪深く,寒い冬を過ごす北陸の住民にとっては過ごしやすかった。
しかし,それはある意味虫たちにとっても同じことになる。
そのせいか、例年より虫に因る野菜の被害が大きい。

虫の発生はその時季、温度に因るところが大きいと言える。
胡麻を定植したところ50本余りの物が毎日数本ずつ消えてゆき,今は10本ほどになってしまった。
人参は2回種蒔きをしたが見事にやられてしまった。
トウモロコシも発芽したのは3分の1になってしまった。

ジャガイモにはてんとう虫、レタスには小さなウジ虫みたいな虫、キャベツには青虫などなど。
それを見越してハウス内でしっかりした苗に育てて外に出すのだが,トマトなども根切り虫に切られたりする。

ではそれに対しどう対処するかだが、消毒をしないことに決めているので基本的には,何もしない。
このまま大きくなるのを待つなり,季節が巡って虫が退散するのを見届けることしかない。
だから,必要な本数より多めに種を蒔くなり、苗を揃えることしかしていない。

消極的な虫対策になるが、穏便ともいえるし、気がいいとも、諦めがいいとも、言える。
無理をするとその反動があると思う。
なければないなりの生活をするしかない。
多くを望まないと、気持ちが安らかになる。
全滅とか全壊というほどのことではない。
いつもより,ちょっと量的に少ないとか,種類が限られる,で済むことだから。

今年の場合、私の春の体調不良で種蒔きの時季がずれたことが大きい。
しかし,その時に大根の種を蒔いた人の畑では,今までになく花が咲き出した。
後になって蒔いた私の大根は今順調に育っている。
何が幸いするのか,自然相手では、勝負にならない。



今朝見つけた蛾、ヒョウモンエダシャク?



チューリップを整理した鉢用の桶でくつろぐノラのにゃんにゃん。












時間

2015-05-26 20:20:41 | 日記

21日は,栗原治郎さんの命日になる。
山で亡くなってから4年経つが,彼の奥さんにとっては時間はその時点で止まっている。
いや、4年経ったのがむしろ彼女を苦しめている。

母が亡くなって8ヶ月、その間いろいろなことがあり過ぎてその時間が飛んでしまっている。
それがいいのか分らない。

与呂見に3泊で泊りに来た友人夫妻がいる。
そのご主人が去年の9月に胃がんの手術をしてやはり8ヶ月になる。
その期間30キロやせ,今回復しつつあるという。
その間の時間は彼にとってどのようだったのだろう。

その人その人によって時間の捉え方や流れが違ってくる。
その時その時によって、時間は止まっているような走っているような,時間と言う感覚さえないような、
掴めるような,捕らえ所がないような、何とも時間と言うのはお化けのよう。



しかし,いつしか春から初夏を思わせるような季節になっている。
畑に出ると、次々にすることが見えて来て,いつしか夕方になっている。
ハウスの中に蒔かれた野菜の種が芽を出し、双葉から本葉になり,ポットからはみ出さんばかり大きく育っている。
早く畑に出して,と声を挙げ,畑でのびのびと大きくなって行く。

こちらの思いとは関係なく、1度スイッチが入って生き物は留まることはない。
留まることも許されないし,逆戻りすることもできない。

畑に出て,カッコーの声を聞き,山法師や谷卯木の花に見守られながら仕事をしている。
野菜が次々に仕事の指示をする。
それに追われるように事を運ぶ。
いつしか時は移り、いつしか野菜は大きくなっている。
ふと気が付くと、私がそこにいる。
時間は繋がっているのか、あるのかないのか、、。



朴の花