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よろみ村くらし暦

奥能登の禅寺での山暮らし。野菜作りと藍染め,柿渋染め,墨染めのくらし暦。来山者への野菜中心のお料理が何よりのおもてなし。

夏の畑

2017-07-28 22:22:38 | 畑仕事

今年の夏の畑は散々だった。
まだ過去にするには早いけれど、、。

春、野菜の苗の定植までは順調で、大根と人参は他の仲間が虫にやられる中、いつになく誰よりも大きく立派に育ちみんなの羨望のまなざしを受けていた。
ところが雨が降らず大きくなる前に寝切り虫や二十夜星などに襲われ未だに茄子やオクラ、バジル、ごまは生育が悪い。
むしろ遅く定植した人の方が雨の恩恵に浴し、今は越されてしまった。
早いばかりが決していい訳ではない。この先も天候次第なのかもしれない。

そればかりかハナがいなくなりキュウリは狸、猪にさつまいものほとんど、小豆、落花生の一分、庭の百合根までやられてしまった。
その上、トマトをジャガイモの隣の植えたことで病気になってしまった。
連作を避けたが隣に植えてもダメだったとは、自分の勉強不足を悔いても、今年はもう遅い。
私のトマト畑は面積が広いので植える場所にいつも苦慮している。
自分の畑だけでなく、お隣さんの植える場所も係って来るので難しい。



種の自家採取も問題があるのかも知れない。
この手のことは本を開いてもよく分からない。
売る野菜ではないので厳密なことはしていないし露地栽培でしかもビニールテントもしていない。
そのことが反って問題を煩雑にしているのかも知れない。

それにしても、散々な今年の夏の畑。
子供らが帰山する時には、夏野菜はどうなってえいるのだろう???

その中で、トウモロコシが立派に育って、しかもおいしい,このことがせめての慰めになっている。














展覧会の後始末

2017-07-24 21:24:46 | 展覧会

展覧会が終わったらさつまいもにネットを張ろう。
しかし待ってはくれなかった。

最終日の朝、いつものように畑の見回りをすると、25個植えたさつまいもの23個を抜かれていた。
犯人?は,、どうも猪らしい。
そして今日、今度は境内の高砂百合の根っこがひっくり返され食べられた。
そればかりではない、落花生、小豆、お隣はカボチャまでが抜かれていた。

今日のお仕事は、展覧会の後始末。
溜まっていた台所仕事と畑の修復で1日が終わった。
塩漬けにしていた梅に赤ジソを入れ、赤ジソジュースも作り、戴いたブルーベリーをジャムに。
抜かれたさつまいもはもう1度土に戻し、ネットをする。
落花生もカボチャもネット、かつてこんなことしたことはない。

ハナがいなくなって、すっかり畑も境内も獣たちの運動場と食堂になってしまった。

展覧会は来る人が少なく、なかなか難しい。
でも、新たな出逢いもあり、もう次のことを考えている自分がいる。
まだやれるかな?



22日に友人にライブをしていただいた。
天井がなく、高い屋根なので音が伸びて心地良かった。
生のものは、すとんと心に届く。
美人の肩に掛かっているのは、朝の藍染めのスカーフの山法師。










暑中お見舞い。

2017-07-19 21:20:40 | 日記

今朝はアカショウビンの鳴き声で目覚めた。
近くに聞こえたので窓を開けると、その鳴き声は山の中からだったので見ることはできなかった。
去年の暦を見ると、13日の書き込みが最後だった。

蜩が毎日聞こえる。
初啼きが11日、去年は6日だった。
蜩が聞こえるようになると、いよいよ夏の到来、ピーク時はこの鳴き声で目が覚める。

今、能登中谷家で展覧会をしているが、天井が高く大きな館なので涼しい風が吹き抜ける。
ここでお昼寝ができたら、極楽だろうな。

居ながらにして、いいろいろな方達と出逢えるのが展覧会の醍醐味だろう。
ジャズフェスティバルの案内、登山の案内など私の興味があることの情報が入って来た。
いつもほとんどお出掛けしないので、とても新鮮。

夏は染物で終わるが、外の空気も吸ってみたいな。



夏野菜のキュウリとズッキーニが食べきれないほど穫れて来た。
今年はブルーベリーが豊作、さっそくジャムに。
梅干し、糠漬け、草取りやら、展覧会の合間の仕事にも追われています。



ルリタテハも夏のご挨拶にやってきた。










展覧会始まる。

2017-07-16 21:30:33 | 展覧会

展覧会が始まった。
いつものことだが、作品を作るのはおもしろいが,その値段をつけるのにいつも四苦八苦している。
売れると安かったかな,と思うし,売れないと高かったかな,と思ってしまう。
もう少し冷静に分析すると、作品の良し悪しなのか,来客の好みとか、地方性とか、いろいろあるだろう。

昨日は来客がなく、今日ようやくぼちぼちと入ってきた。
知名度のないものがするのはたいへんなことで、そこのギャラリーの力に依ることが大きい。
その点、今回の能登中谷家での展覧会は一つの賭けとも言える。
でも、初めての地元での展覧会なので、お披露目と言う意味もある。

知らない人が買ってくれるとうれしい。また知人がわざわざ来て買ってくださるのも有り難い。
そんなんでいよいよ始まった。
そば処でもある中谷家、お互いにいい出会いができればと思っている。
慣れない接客で疲れました。
明日はどんなになるのでしょうか、たのしみでもあり、ちょっとどきどき。



御陰さまで、ハートと雪だるまと森が売れました。
だから、また染めることになります。














京都の旅

2017-07-09 21:29:39 | 旅行

京都の旅、というとお寺巡りが順等な旅だが,今回は違っていた。
友人が同志社で留学生の先生をしている関係で,今回はその講師である在日米人の「曖昧」についての講義を拝聴した。
しかし,相手はアメリカからの留学生が対象なので,英語なのだ。
私の役割は,その二人を引き合わせ,今回の機会を作った陰の立役者。
内容はチンプンカンプン。

聞けば,日本人のあいまいさは悪いことだとされているが,それは違い、むしろそのところは神聖なのだとの話だったとか。
帰山して朝日新聞に金田一秀穂教授の話が載っていた。
曖昧さは,成熟した言語表現で曖昧さを残すことで複数の価値観の折り合いをつけることになるという。

私は曖昧さは,「間」であって,そこは熟成する時間になり、余裕から生まれるもの。
それは白黒付ける即断でなく、醸すことでよき方向が示されるのではないかと。
ガラス越しでなく,障子を通した柔らかな光が届くのだと思うのです。

今回は京都国立近代美術館へ。
そこでジュエリーや日本の工芸の特別展、常設展で思わぬ出逢いがありました。
以前から見たかったモネの積み藁の絵に遭遇。
夕日に染まったそれは神々しいほどに輝きしかもふんわりと包んでくれる優しさも持ち合わせ,藁の懐かしい匂いさえ漂って来るようでした。
他にもマティスや小林古径の絵もあり、一人ゆったりと堪能しました。
次の日は相国寺の美術館でお茶道具や禅林美術を拝顔することができ、思わぬ旅になりました。



帰ってくれば,前回と前々回のブログのように留守の罰?で畑仕事に追われています。
15日から,「美の壷」の蔵に出て来た、能登の庄屋中谷家での展覧会の準備もあります。



庭には紫の花々が咲いています。
雨を九州から呼びたい。
これ以上被害が広がりませぬように。