冬のある時期、集中的に編み物に凝っていた。
この土地柄、必要に迫られ特に子供用のセーターと靴下を編んでいた。
その子供らも大きくなり、次に編み始めたのが自分のセーター類だった。
その一着は母の誕生日に全体が縄編みの紫色のカーディガンを編んで贈った。
私の毛糸のほとんどが中細で、それを何色かを3、4本組み合わせて使っていた。
どこにも売っていない私独自のオリジナルの組み合わせがおもしろかった。
しかも編むと表に出て来る色によって微妙な違いとなりその偶然の色合いを楽しんだ。
そのカーディガンも母が晩年となると「重い。」と言って着なくなった。
それを今私が着ている。
紫と言う色はある年齢にならないと着られない色で、いつしか自分が着る年齢になってしまった。

拡大してみたら、ボケていた。改めていつかご紹介します。
私の毛糸のセーター類は何本取りかで編んでいるので暖かい、でも重い。
毛糸のいいところは、布から作る洋服類と違い広げたり、ミシンなど使わずに手と編み棒さえあればたいがいのものが作れる。
その上編み直しが効く。私が編んだ7着の内、3着は編み直したものだ。
また途中で間違えたり、大きさが合わなくなっても解いてまた編めばいいので気持ちが楽でたのしめるのがうれしい。
只残念だったのが、手洗いをしたところ縮んでしまったこと。それ以来クリーニングに出している。
母は私たち子供の洋服を縫ってくれた。
私と母、弟二人のお揃いが自慢の思い出がある。
その母から編み物の表編みと裏編みを教わったが、他の編み方は本で学んだ。
難しかったのは毛糸の靴下で、どうしたらカーブができるのか、2次元から3次元の立体にすることだった。
今だったら簡単に動画で見れるだろうが、私はあくまで本にこだわった。
しかも底は毛糸を2本ほど増やしてきつく編み厚く暖かく、少しでも丈夫で長持ちするように工夫した。
それでも底は消耗が激しく、当て布をして補強して履き続けさせた。
もう履くことはないが、捨てられずに押し入れの奥にしまってある。
そうそう、子供用のセーターも大事に取ってあります。









