goo blog サービス終了のお知らせ 

よろみ村くらし暦

奥能登の禅寺での山暮らし。野菜作りと藍染め,柿渋染め,墨染めのくらし暦。来山者への野菜中心のお料理が何よりのおもてなし。

毛糸のカーディガン

2019-01-31 20:31:20 | 日記

冬のある時期、集中的に編み物に凝っていた。
この土地柄、必要に迫られ特に子供用のセーターと靴下を編んでいた。
その子供らも大きくなり、次に編み始めたのが自分のセーター類だった。
その一着は母の誕生日に全体が縄編みの紫色のカーディガンを編んで贈った。

私の毛糸のほとんどが中細で、それを何色かを3、4本組み合わせて使っていた。
どこにも売っていない私独自のオリジナルの組み合わせがおもしろかった。
しかも編むと表に出て来る色によって微妙な違いとなりその偶然の色合いを楽しんだ。
そのカーディガンも母が晩年となると「重い。」と言って着なくなった。
それを今私が着ている。
紫と言う色はある年齢にならないと着られない色で、いつしか自分が着る年齢になってしまった。



拡大してみたら、ボケていた。改めていつかご紹介します。

私の毛糸のセーター類は何本取りかで編んでいるので暖かい、でも重い。
毛糸のいいところは、布から作る洋服類と違い広げたり、ミシンなど使わずに手と編み棒さえあればたいがいのものが作れる。
その上編み直しが効く。私が編んだ7着の内、3着は編み直したものだ。
また途中で間違えたり、大きさが合わなくなっても解いてまた編めばいいので気持ちが楽でたのしめるのがうれしい。
只残念だったのが、手洗いをしたところ縮んでしまったこと。それ以来クリーニングに出している。

母は私たち子供の洋服を縫ってくれた。
私と母、弟二人のお揃いが自慢の思い出がある。
その母から編み物の表編みと裏編みを教わったが、他の編み方は本で学んだ。
難しかったのは毛糸の靴下で、どうしたらカーブができるのか、2次元から3次元の立体にすることだった。
今だったら簡単に動画で見れるだろうが、私はあくまで本にこだわった。
しかも底は毛糸を2本ほど増やしてきつく編み厚く暖かく、少しでも丈夫で長持ちするように工夫した。
それでも底は消耗が激しく、当て布をして補強して履き続けさせた。
もう履くことはないが、捨てられずに押し入れの奥にしまってある。
そうそう、子供用のセーターも大事に取ってあります。














私の冬時間−読書ー

2019-01-29 10:25:45 | 日記

けして本が嫌いではないが、日常的に日中は動いてしまって、本を読む時間が夜になる。
すると、春夏秋の夜だとすぐ眠くなってしまう。
結局、私が日中本に向うのは冬だけになる。好きな人はいつでもどこでも本を手から離さないのだろう。

石牟礼道子さんの「苦界浄土」これを読んだことを友人が知り、間違えて2冊買ったと1冊「石牟礼道子全集 不知火」を戴いた。
ずっしりと分厚い本である。しかもずっしりと重く迫って来る。
できたら避けたい、でも避けてはいけない問題が赤裸裸に書かれて読み続けるのが正直辛くなる。
でも、私は間接的な一読者、水俣病患者、家族、それに係った人からすると、そんなことを言ったら申し訳ない。
そこには人間の悪、業を引き受けた被害者の人たちが書かれている。

「やまと尼寺 精進料理」これはNHKで放映している番組の本。
本屋さんに行く度にチェックしていたが、出版されていないと思っていたところ娘の連れ合いの実家から送られて来た。
いつもの3人の笑い声が聞こえてきそうな本で、その料理も参考になる。
いつか訪れてみたい大和の尼寺である。

「これは水です。」田畑書店
住職の知人が出版社を任せられ、そこから出した本である。
サイズは手幅くらい、行間もありすぐ読めるが、内容は現代の深層を浮かび上がらせ問題を提起している。
当たり前のことでありながら、気付かなくなっている現代人に謙虚になること、他人を思い遣ることを訴えている。



折角の私の冬時間、長編小説を一つくらいと思っていてヘッセの「ガラス玉演技」を再読したいと思っているが、その本が見つからない。
誰かに貸したかな?図書館だと期限付きでゆっくり読めない。

そんなんで私の読書時間が始まったが、どれだけ読めるかな。
量の問題でなく、質なのだろうが、私の中で知の堆積となるのだろうか?


 
本物の白梅



雪の白梅













失敗その2−カリンジャムー

2019-01-25 15:14:44 | グルメ

我が家の庭には、甲府の実家から持って来た花梨の木がある。
それが毎年、秋になると黄色の大きな実をつける。
最初、その香りだけを楽しんだが、何かできないかと調べた結果、花梨酒が咳に効くと知り、何年か作り続けたことがある。
しかし、運良くと言うか、ほとんど利用されないで残ってしまった。

その後知ったのが、花梨でジャムを作ることだった。
本の通りしたつもりだったが、出来上がったものは舌触りはシャリシャリで、色も本にあったきれいなピンクにならなかった。
それから数年、また花梨は置いてきぼりとなり、そのまま玄関に飾ったり、貰ってくれる人に分けていた。
そして今年、テレビで見た「やまと尼寺精進日記」の番組で知ったカリンジャムを作ってみた。



やはり、失敗と言うのだろう。
作ったもののタッパーの中でそのままになったいる。
渋いのである。煮出して、絞った液を再度煮詰め、その時に出て来た泡は渋なので取り除くとあったが、その泡があまり出て来ない。
結局出来上がったのは、色は鮮やかな濃いピンクのジャムだった。
それを舐めると。どうしても渋みが舌に残ってしまう。



どこかで私は間違いをしたのか。
砂糖を入れる順番か、最初の煮出し方が足りなかったのか、分らない。
これはまた実がなってから、再度挑戦をしてみないと、分らない。
それとも、完熟してなかったのかな?
でも、落下した花梨だったのだけれど、それとも、ここの気候だと、無理なのかな?

そうだ、思い出した。カリンジュースだ。
皮の硬い花梨をピーラーで剥き、砂糖を入れてジュースにしたのを思い出した。
ほんのりとしたピンクで香りも良いジュースだった。
これがいいかもしれない。手間隙掛けても確約できないものより、私流のカリンジュースにしよう。
何か、肩の荷が降りた気がしている。









失敗その1、抹茶入りシフォンケーキ。

2019-01-22 21:38:04 | グルメ

少し遅くなったが、次男の誕生日にと大好きな抹茶を入れたシフォンケーキを焼いた。
ところが、、失敗でした。

今までシフォンケーキを何度も作ってきたが、ふんわりふくらんで失敗はなかったのに、、。
抹茶が下の方に沈み、いつもの半分の高さにしかならなかった。

その原因は、多分メレンゲ、角が立つ手前で手を止めてしまった。
と言うのは、泡立て器が見つからずもう手が疲れてしまった。
普通のケーキの場合は白身3個ほどだが、シフォンケーキの場合白身7個を泡立てなければならない。
それに費やすこと1時間、黄身をクリーム状に混ぜたり、焼き時間など、結局3時間近く格闘してしまった。
それと、多分オーブンの温度にある。
私のガスオーブンはもう20年近くなり、温度設定が150度の次は200度になってしまい微調節が効かなくなってしまった。

でも、おいしさは、まずまずでした。
2月は娘と私の誕生日、そうだ、戴いたレモンを使ってレモンフェザーケーキを焼こう。
と思ったら、まだ日にちが先で、レモン、大丈夫かな。それに娘はここにいない。



夜は月が出て、夜とは思えないほどの明るさ。
白い雪のファンタスティックな夜です。
雪の妖精が来ているかもしれません。








日本百名山−瑞牆山 2−

2019-01-21 21:09:04 | 自然の不思議

今日また瑞牆山をテレビで取り上げていた。
今回は岩峰が際立ったルートで同じ山と思えない。

瑞牆山から私の青春は始まった。
忘れられない山、瑞牆山。

去年の秋、アンナプルナを見上げる地に立ち、今「私にとっての山」を与呂見村通信に載せるために書き始めた。
それまで自分にとっての山について真剣に問うことはなかった。
機会があれば気の向くまま、連休や夏休みなどを利用して山に登っていた。
何がそうさせたのか、深く掘り下げようと思った。
内容については、3月の通信に載せるつもりです。

瑞牆山に始まり、私の半生はほんとうに山あり谷ありだった。
それまでの平凡でも穏やかだった暮らしが弟の死で一変した。しかも後一人の弟も。

初めての赴任地は瑞牆山の麓の増富の学校だったのも何か不思議な縁を感じた。

通信の最後の文章だけは決まっている。
私が山を歩く、それは青春を歩いているのかも知れない。