カクレマショウ

やっぴBLOG

祝!『ローマ人の物語』全15巻完結

2007-01-14 | ■世界史
世界史の教科書が、「読んでおもしろくない」のは当然です。そこに書かれているのは、無味乾燥な「歴史的事実」の連なりでしかなく、「教科書を書いた人」の歴史のとらえ方、描き方はまったく書かれていないからです。歴史のおもしろさは、「どう歴史をとらえるか」に尽きます。つまり、「描く人」によって、同じ事実、同じ人間でも、ずいぶんとらえ方が違ったりするところにこそ、歴史のおもしろさがある。

塩野七生氏の『ローマ人の物語』が、昨年12月、ついに全15巻の完結をみました。これは、歴史書として、後世に残る名著だと私は思います。

日経ビジネスオンラインに、塩野氏と日産自動車・仏ルノーのカルロス・ゴーン氏との対談の様子が掲載されていました。要するに「ローマ史は企業経営に通じる」という趣旨の対談ですが、その中で、塩野氏が歴史の「書き方」について、こんなことを語っています。

(ゴーン氏の「書く方によってカエサルの描き方は違ってくるのではないか」という問いに対して)
それは、ゴーンさんが、多分、男の人が書いた本ばかりお読みになるからでしょう。女というのは、自分を殺すことができるんです、すごく魅力的な男の前では。これを日本の言い方では、「死んで、生きる」と言うんです。つまり、自分を完全に殺して、それで生きるんです。男の人が書く場合、多くは自分に引き寄せて書こうとする。自分の個性、独自性を発揮したいという思いが強すぎるんです。女の人が全部そうだとは言いませんが、少なくとも私はそうです。

ま、私には、塩野氏の描き方が「自分を完全に殺して」書いているとは思えないのですが、「女性から見た歴史上の男の描き方」という意味では、彼女がやはり傑出していると思います。そのことは、彼女のデビュー作『チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷』を大学時代に読んだ時にも、また、ビザンツ帝国の滅亡を描いた『コンスタンティノープルの陥落』を世界史の教員になってから読んだ時にも感じたことですし、また彼女の書いたいくつかのエッセイからも伺うことができます。

塩野氏がもし女性でなかったら、『ローマ人の物語』のような、あのようなカエサルの描き方はできなかったと思います。カエサルは、不利な戦場で敵の動きを予想します。その理由を部下が尋ねると、「僕が彼ならばこうするから」と答えたと言います。別のインタビューで、塩野氏は言っています。「カエサルは相手の立場になれる人間。『僕が彼ならば』の一言だけでも、わたしはあの男にほれます。人間はどうしても見たい現実だけを見てしまうが、リーダーは自分の見たくない現実まで見なきゃいけない。それができたのがカエサル」。

カエサルに「ほれる」ためには、その人を知らなくちゃいけない。どんな男だったのかという「事実」をとことん調べ上げなければならない。実際に会うことは不可能なのですから、そこは「歴史」を掘り下げ、「彼」について書かれた史料や彼自身が書いた文献を丹念に見ていくしかない。さらに、「彼」が生きた時代、社会についても。

それができるのは、塩野氏がはやはり「女性」であるからだと思うわけですが、もちろん、「ほれた」男の話だけでなく、ローマという「国家」が持つ歴史的な意味や、「宗教」の位置づけなど、これまでにない新しいローマ世界を私たちに示してくれるという点でも、塩野氏の功績は偉大です。たとえば、地中海を内海とする大領土を築いた帝政ローマが、なぜ300年以上も存続できたのか。それは異民族や異教に対してローマ人が寛容だったからです。ローマ皇帝を中心とした中央集権体制と、地方自治の仕組みをうまく組み合わせたシステムをローマは持っていました。19世紀後半、英国は世界中に植民地を持ち、「大英帝国」を築き上げましたが、彼らは異民族、異教に対しては決して寛容ではなかった。その結果、数十年で崩壊することになる。「大英帝国」に限りませんが、ローマ帝国にもっと学ぶべきものがあったのでは?と思わざるを得ません。

で、日本も同じですね。地方分権なんて、国土面積はさておき、これだけの人口を抱える国にとっては、当たり前のシステムなのではないでしょうか。企業経営者に限らず、政治家も『ローマ人の物語』をちゃんと読んで、ローマという国家に、そして塩野氏の歴史のとらえ方にもっと学んでほしいものだ、と思います。

…と言いつつも、私自身、まだ全巻読破してないのですが…。とほほ。

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2 コメント

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一安心 (70171)
2007-03-06 12:36:43
やっぴさんの最後の一行にすくわれました。

すごい人だと思って身構えてのに、嗚呼良かった!

      70171
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Unknown (やっぴ)
2007-03-07 12:34:38
70171様

確か5巻か6巻、ローマ帝政に入るか入らないあたりまでしか読んでいません。
この本は、歴史というより「物語」というくらいですから、小説といった方がいいかもしれませんね。

いつかは完読したいものだと思っています。
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