ここ1週間ばかり、やけにアクセス数が増えているなと思ったら、昨日映画が公開された「ダ・ヴィンチコード」関連記事へのアクセスが急増していたのでした。特に「最後の晩餐の謎」へのアクセスがダントツに多くなっています。関連本の発刊ラッシュ、カンヌ映画祭での世界初上映など、公開前からいろいろ話題には事欠かない映画ですが、あまり過度の期待を持たないようにしつつ、早いとこ見に行きたいと思っています。
さて、この映画の「主役」とも言えるレオナルド・ダ・ヴィンチ(Leonard da Vinci)ですが、彼の名前は、よく知られているように「ヴィンチ村のレオナルド」という意味です。
『人名の世界史』によれば、「ヨーロッパで姓制度をいち早く、かつ積極的にとり入れたのがイタリア」なのだそうです。というのも、ローマ帝政の頃から(1世紀~)貴族たちはすでに家名を名乗っていたし、中世でもいち早くペトロニミックを取り入れた姓名を形成していたからです。
古代ローマ人の姓と言えば、「なんとかウス」とか「なんとかヌス」が多かったよなーと思い出す人も多いのではないかと思います。オクタヴィアヌス、クラッスス、ポンペイウス、アントニウス、アウグストゥス、ブルートゥス、マルクス・アウレリウス・アントニヌス、ハドリアヌス、ユリアヌス、コンスタンティヌス…。これでもか、というくらいウスヌスのオンパレード。
しかも、この本を読んで知ったのですが、これらの「ウス」は、固定化された名前ではなく、ラテン語の文法に従って格変化するのだそうです! たとえば、「ブルートゥス(Brutus)」はこんなふうに変化します。
主格<ブルートゥスは/が>→ブルートゥス(Brutus)
属格<ブルートゥスの>→ブルーティ(Bruti)
与格<ブルートゥスに>→ブルート(Bruto)
奪格<ブルートゥスから>→ 同上
対格<ブルートゥスを>→ブルートゥム(Brutum)
呼格<ブルートゥスよ!>→ブルーテ(Brute)
あの有名なカエサルの言葉「ブルートゥス、お前もか!」もほんとは「ブルーテ、お前もか!」だったんですね。なんとややこしい。固有名詞であるはずの人名をいちいち語尾変化させなければならないなんて、理解に苦しみます。
それはともかく、この本ではカエサルの名前を例にとってローマ人の姓名構成について解説しています。カエサルの本名は、「ガイウス・ユリウス・カエサル(Gaius Julius Caesar)」です。英語では「ジュリアス・シーザー」と呼ばれることが多く、「ジュリアス」が個人名のように思われがちですが、彼の個人名は「ガイウス」です。ギリシア神話に出てくる地母神ガイア(「大地」の意)に由来します。氏族名を表す「ユリウス」はギリシアの最高神ゼウスに相当するローマの「父なる神」ユピテル(英語で言うとジュピター)の名前から来ています。ユピテルの子孫ですから、由緒正しいのです。その名はのちに、男性の個人名ジュリアス、ジュリアン、ジュリオ、女性名ではジュリア、ジュリエット、ジュリーといった名前に派生していきます。「カエサル」は家名で、「頭髪の豊かな」という意味のあだ名に由来すると言われています。カエサルの名はのちに、ドイツ語のカイザー(Kaizer)、ロシア語のツァーリ(Tsar)といった「皇帝」を表す語を生んでいます。このように、古代ローマ貴族の名前は、「個人名+氏族名+家名」から構成されていました。どちらかというと、個人名より氏族や家名を重んじる傾向があったようです。ローマの個人名なんて、数十種類しかなくて、そこから選んでいたみたいですから。
中世イタリアの父称は、"di"で表されていました。ミケランジェロの本名は「ミケランジェロ・ディ・ロドビコ・ディ・リオナルド・ディ・ブオナロッティ・シモーニ(Michelangelo di Lodovico di Buonarroti Simoni)つまり、「シモーニ家のブオナロッティの息子のリオナルドの息子のロドヴィコの息子のミケランジェロ」。アラブ・イスラム系の名前と同じで、曾祖父の名前までさかのぼる念の入れよう。さすがにこのパトロニミックの習慣はすたれ、現在の多くのイタリア人は、洗礼名と姓(家名)だけで済ませているようです。ちなみに、ミケランジェロとは、新約聖書に出てくる大天使ミカエルに由来する個人名です。
レオナルド・ダ・ヴィンチの"da"や映画監督ヴィットリーオ・デ・シーカの"de"(ラテン語)は、「~出身の」という意味の前置詞です。「デ・シーカ」というのはシチリア島生まれという意味です。同じような例は、ドイツ、オランダやフランスにも見られます。
ドイツでは"von"(フォン)、オランダでは"van"(ファン)、フランスでは"de"(ドゥ)がそうです。もともと、中世の荘園領主が自らの所有する土地を誇示するために使われたものらしい。特にドイツではいわば「箔付け」として競って用いられました。文豪ゲーテJohann Wolfgang von Goethe、作曲家ベートーヴェンLudwig van Beethovenn、江戸時代の長崎にやってきたシーボルト Philippe F.J.von Siebolt、画家ゴッホVincent van Gogh(ドイツのゴーク地方出身)、みんな"von""van"がついています。
オランダでは、"van"そのものが姓になったりしています。画家ファン・アイクVan Eyck、ファン・ダイクVan Dyckがそうです。同じ画家のフェルメールVermerrも、「~から」を表す"van der"が短縮されて"Ver"となり、"meer"(海)と複合して「海から」という意味の名前になりました。オリンピックを見ていると、競泳やスピードスケートで「ファンなんとか」というオランダ選手の名前をよく耳にしますね。
フランスでも、"de"、"du"、"la"、"le"といった前置詞や定冠詞がそのまま姓の一部となりました。フランス革命で活躍したラファイエットLa Fayette、怪盗ルパンを生んだ作家ルブランLeblanc、大統領のドゴールDe Gaulle、ライターでおなじみのデュポンDupont、大女優カトリーヌ・ドヌーブDeneuveなど挙げていけばキリがありません。ウォルト・ディズニーWalt Disneyもノルマンディ地方イズニー出身を意味するフランス系の名前なのです。
いずれにしても、単に個人の出身を表すために付されていたものが、いつのまにか複合姓となったわけです。レオナルド・ダ・ヴィンチは「ダ・ヴィンチコード」といったように「ダ・ヴィンチ」と略されることも多いわけですが、これまた複合姓と考えていいでしょう。
さて、この映画の「主役」とも言えるレオナルド・ダ・ヴィンチ(Leonard da Vinci)ですが、彼の名前は、よく知られているように「ヴィンチ村のレオナルド」という意味です。
『人名の世界史』によれば、「ヨーロッパで姓制度をいち早く、かつ積極的にとり入れたのがイタリア」なのだそうです。というのも、ローマ帝政の頃から(1世紀~)貴族たちはすでに家名を名乗っていたし、中世でもいち早くペトロニミックを取り入れた姓名を形成していたからです。
古代ローマ人の姓と言えば、「なんとかウス」とか「なんとかヌス」が多かったよなーと思い出す人も多いのではないかと思います。オクタヴィアヌス、クラッスス、ポンペイウス、アントニウス、アウグストゥス、ブルートゥス、マルクス・アウレリウス・アントニヌス、ハドリアヌス、ユリアヌス、コンスタンティヌス…。これでもか、というくらいウスヌスのオンパレード。
しかも、この本を読んで知ったのですが、これらの「ウス」は、固定化された名前ではなく、ラテン語の文法に従って格変化するのだそうです! たとえば、「ブルートゥス(Brutus)」はこんなふうに変化します。
主格<ブルートゥスは/が>→ブルートゥス(Brutus)
属格<ブルートゥスの>→ブルーティ(Bruti)
与格<ブルートゥスに>→ブルート(Bruto)
奪格<ブルートゥスから>→ 同上
対格<ブルートゥスを>→ブルートゥム(Brutum)
呼格<ブルートゥスよ!>→ブルーテ(Brute)
あの有名なカエサルの言葉「ブルートゥス、お前もか!」もほんとは「ブルーテ、お前もか!」だったんですね。なんとややこしい。固有名詞であるはずの人名をいちいち語尾変化させなければならないなんて、理解に苦しみます。
それはともかく、この本ではカエサルの名前を例にとってローマ人の姓名構成について解説しています。カエサルの本名は、「ガイウス・ユリウス・カエサル(Gaius Julius Caesar)」です。英語では「ジュリアス・シーザー」と呼ばれることが多く、「ジュリアス」が個人名のように思われがちですが、彼の個人名は「ガイウス」です。ギリシア神話に出てくる地母神ガイア(「大地」の意)に由来します。氏族名を表す「ユリウス」はギリシアの最高神ゼウスに相当するローマの「父なる神」ユピテル(英語で言うとジュピター)の名前から来ています。ユピテルの子孫ですから、由緒正しいのです。その名はのちに、男性の個人名ジュリアス、ジュリアン、ジュリオ、女性名ではジュリア、ジュリエット、ジュリーといった名前に派生していきます。「カエサル」は家名で、「頭髪の豊かな」という意味のあだ名に由来すると言われています。カエサルの名はのちに、ドイツ語のカイザー(Kaizer)、ロシア語のツァーリ(Tsar)といった「皇帝」を表す語を生んでいます。このように、古代ローマ貴族の名前は、「個人名+氏族名+家名」から構成されていました。どちらかというと、個人名より氏族や家名を重んじる傾向があったようです。ローマの個人名なんて、数十種類しかなくて、そこから選んでいたみたいですから。
中世イタリアの父称は、"di"で表されていました。ミケランジェロの本名は「ミケランジェロ・ディ・ロドビコ・ディ・リオナルド・ディ・ブオナロッティ・シモーニ(Michelangelo di Lodovico di Buonarroti Simoni)つまり、「シモーニ家のブオナロッティの息子のリオナルドの息子のロドヴィコの息子のミケランジェロ」。アラブ・イスラム系の名前と同じで、曾祖父の名前までさかのぼる念の入れよう。さすがにこのパトロニミックの習慣はすたれ、現在の多くのイタリア人は、洗礼名と姓(家名)だけで済ませているようです。ちなみに、ミケランジェロとは、新約聖書に出てくる大天使ミカエルに由来する個人名です。
レオナルド・ダ・ヴィンチの"da"や映画監督ヴィットリーオ・デ・シーカの"de"(ラテン語)は、「~出身の」という意味の前置詞です。「デ・シーカ」というのはシチリア島生まれという意味です。同じような例は、ドイツ、オランダやフランスにも見られます。
ドイツでは"von"(フォン)、オランダでは"van"(ファン)、フランスでは"de"(ドゥ)がそうです。もともと、中世の荘園領主が自らの所有する土地を誇示するために使われたものらしい。特にドイツではいわば「箔付け」として競って用いられました。文豪ゲーテJohann Wolfgang von Goethe、作曲家ベートーヴェンLudwig van Beethovenn、江戸時代の長崎にやってきたシーボルト Philippe F.J.von Siebolt、画家ゴッホVincent van Gogh(ドイツのゴーク地方出身)、みんな"von""van"がついています。
オランダでは、"van"そのものが姓になったりしています。画家ファン・アイクVan Eyck、ファン・ダイクVan Dyckがそうです。同じ画家のフェルメールVermerrも、「~から」を表す"van der"が短縮されて"Ver"となり、"meer"(海)と複合して「海から」という意味の名前になりました。オリンピックを見ていると、競泳やスピードスケートで「ファンなんとか」というオランダ選手の名前をよく耳にしますね。
フランスでも、"de"、"du"、"la"、"le"といった前置詞や定冠詞がそのまま姓の一部となりました。フランス革命で活躍したラファイエットLa Fayette、怪盗ルパンを生んだ作家ルブランLeblanc、大統領のドゴールDe Gaulle、ライターでおなじみのデュポンDupont、大女優カトリーヌ・ドヌーブDeneuveなど挙げていけばキリがありません。ウォルト・ディズニーWalt Disneyもノルマンディ地方イズニー出身を意味するフランス系の名前なのです。
いずれにしても、単に個人の出身を表すために付されていたものが、いつのまにか複合姓となったわけです。レオナルド・ダ・ヴィンチは「ダ・ヴィンチコード」といったように「ダ・ヴィンチ」と略されることも多いわけですが、これまた複合姓と考えていいでしょう。
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