
"THE OTHER BOLEYN GIRL"
2008年/英国・米国/115分
【監督】 ジャスティン・チャドウィック
【原作】 フィリッパ・グレゴリー『ブーリン家の姉妹』(集英社刊)
【脚本】 ピーター・モーガン
【出演】 ナタリー・ポートマン/アン・ブーリン スカーレット・ヨハンソン/メアリー・ブーリン エリック・バナ/ヘンリー8世 デヴィッド・モリッシー/トーマス・ハワード(ノーフォーク公爵) クリスティン・スコット・トーマス/レディ・エリザベス・ブーリン
原題の"THE OTHER BOLEYN GIRL"、つまり「もう一人のブーリン家の少女」とは、メアリー・ブーリンのこと。歴史に名を残すアン・ブーリンの姉。映画ではメアリーの方が「妹」という設定になってますが、実際にはメアリーが姉なのです。
「アン・ブーリン」については、「やっぴらんど」の「ヘンリ8世の6人の妃」で、2番目の王妃として紹介していますが、むろん、メアリーについては一言も触れていません。というより、アンに男の兄弟がいることはともかく、姉妹がいたなんて全然知りませんでした。しかも、メアリーの方が最初にヘンリー8世の寵愛を受けていたとは。むむむ、これはフクザツだ…。
映画では、アンをナタリー・ポートマン、メアリーをスカーレット・ヨハンソンが演じています。このキャスティングは見事です。思えば、「レオン」で衝撃的なデビューを飾ったナタリー・ポートマンも年を重ねて既に28歳。「スター・ウォーズ エピソード1 ファントム・メナス」(1999年)とか「コールド・マウンテン」(2003年)なんかで際だった美しさを見せてくれた彼女、今回はこれまで見せたこともないような、鬼気迫る表情も見せてくれたりします。
片や、最近23歳にして結婚しちゃったというスカーレット・ヨハンソンも、あの、どっちかというと馬鹿っぽい(失礼)、それでいて男好きのするはかなげな表情が、アンにヘンリーを奪われてしまうメアリーの境遇にぴったりで。ただ、この映画の中で感情移入ができるのは唯一メアリーだけなのに、ちょっと設定が弱すぎるかなあ。というより、映画の重要な主題と思われる、「アンとメアリーの葛藤と絆」の描き方が全体的に浅い。ヘンリーをめぐる確執や駆け引きがさんざんあった末に、最後は「やっぱり姉妹ですから」とメアリーに言わせてパチパチパチ…ではどうもねえ。もっとどろどろしたものがほんとはあったんじゃないの~?と思いますが、そのへんは、脚本にも演出にも足りなかったような気がします。特に、「クイーン」や「ラスト・キング・オブ・スコットランド」の脚本を書いたピーター・モーガンにしては、ちょっと物足りない。
それと、「エリザベス」同様、史実と異なる部分はたくさんあるので要注意です。たとえば、映画では、アンは2ヶ月しかフランスに行っていないことになっていますが、実際には、父親が駐仏大使だったこともあり、13歳の頃からフランス宮廷で過ごしています。また、メアリーがヘンリー8世の子どもを産んだことになっていますが、これも史実とは違っています。男子を産んだのは、当時ヘンリーのもう一人の愛人だった女性です。メアリーに男子が産まれたのにアンに惹かれていくヘンリー、という設定にすることで、メアリーの悲劇性を強調するための演出なのでしょうね。
ある映画評論で、この映画は時代背景に手抜きが多いと書いてありました。ヘンリー8世がアンと結婚するために、離婚を禁じているカトリック=ローマ教皇と袂を分かつという、国家の一大事をきちんと描いていないと。1534年の国家首長令なんかをちゃんと説明しろということなのかもしれませんが、この映画にそこまで求めなくても…という気はします。アンという小悪魔的な女性の誘惑と強迫の中で、ヘンリー8世が苦悩の末にカトリックから独立して、英国国教会を作るに至った過程については、少なくともちゃんと描かれているのではと感じました。
それにしても、女性の立場を考えれば、ヘンリー8世はとんでもない男ですね。権力にすがり、次々と女性をひっかえとっかえしては不幸に追いやっていく。ヘンリーにとって、女性は「慰みのお相手」、そして「男子を産む道具」でしかなかったようです。最初の方のシーンで、王妃キャサリン(スペインから嫁いできた6歳年上の最初の王妃)が流産してしまった時、侍従が王に「残念でした」と一言だけ告げる。それで「すべて」を悟るヘンリー。彼にとって「すべて」とは、「男の子でなかった」という事実のみ。女の子が無事生まれようが、流産だろうが、「世継ぎ誕生」以外はことごとく「残念」なことでしかないのです。
ヘンリー8世のそんな横暴に対して、女性だって黙っていなかった、というのが実はこの映画で一番言いたかったことかもしれない。アン・ブーリンは、女であること、世継ぎを産めることを武器に、権力を利用してたくましく生きた女性という見方ができます。映画の中で、奇しくもアンがメアリーに言っていました。「権力と地位のない男と結婚するのは愚の骨頂」みたいなことを。実際のアンは、色黒で肉体的なハンディもあり、メアリーほど美人でもなかったと言われていますが、それを補って余りあったのが、フランス宮廷で身につけた洗練された会話術、そして、男心を操る手練手管…。アンは時にはメアリーさえ利用しながら、ヘンリーの心を巧みに操縦していく。目的はただ一つ、自らが「王妃」になること。実際にはなんと6年間もヘンリーにおあずけを食らわせているのです。
でも、手練手管だけじゃやっぱりヘンリーの愛をつなぎ止めておくことはできなかった。仮にアンが男の子を授かっていたとしても、彼女は結局、同じ運命をたどったのではないかと思います。ヘンリーを「変える」ことができなかったのは言うまでもありません。
一方、王に捨てられたあと、田舎に戻ってしがない貧乏貴族と結婚してそれなりに幸せな人生を送ったらしいメアリー。彼女にしても、ヘンリーに見初められて、既に結婚していたにもかかわらず、それほど嫌がる風もなく、彼に身を任せている。相手が国王でなかったら、果たして同じようにできたものか。いったい、「権力」そのものが彼女たちをそうさせるのか、それとも権力を持った男に惹かれるのか? 悩ましい問題ではあります。
ところで、アンが王妃の座を奪ったキャサリンですが、前述のように、ヘンリーにひどい仕打ちを受ける彼女も、結婚当初はヘンリーの愛情を一身に受けていました。実はもともとキャサリンはヘンリーの兄、アーサーの妃だったのですが、アーサーが早死にしたために、弟がヘンリー8世として即位した際に、そのまま王妃として結婚したのです。「初めて会った時から、義姉とは思えなかった」なんて調子のいいこと言ってね。こうした経緯には、実はキャサリンの母国スペインとの国際的な駆け引きも絡んでいて、兄弟の父であるヘンリー7世はキャサリンが次男と結婚することに反対だったといいます。挙げ句に、自分がキャサリンと結婚すると言い出したりして。こりゃまた何でもありですね。
こうして晴れて英国王妃となったキャサリンですが、国民にはめっぽう人気がありました。ヘンリー8世の「逆らう者は殺せ」的なやり方に対して、唯一抵抗できたのがキャサリンだったからです。ある時、困窮する生活に耐えかねて決起した農民たち4,000人に対して、ヘンリー8世が例によって「皆殺しにせよ」という命令を下したことを知ったキャサリンは、あわてて国王をとりなし、彼らの命を救ったというエピソードも残されています。国民にとっては、まさに慈愛の王妃だったのですね。
だから、王がそんなキャサリンと離婚してまで結婚しようとしたアンに対しては、国民はひたすら憎しみの目を向けました。アンを描いた映画は、この映画のほかにも、「1000日のアン」や「我が命つきるとも」などいろいろありますが、私は、アンよりむしろキャサリンを描いた映画を見たい気がします。その時には、ぜひナタリー・ポートマンに、今度はキャサリンを演じてもらって!
2008年/英国・米国/115分
【監督】 ジャスティン・チャドウィック
【原作】 フィリッパ・グレゴリー『ブーリン家の姉妹』(集英社刊)
【脚本】 ピーター・モーガン
【出演】 ナタリー・ポートマン/アン・ブーリン スカーレット・ヨハンソン/メアリー・ブーリン エリック・バナ/ヘンリー8世 デヴィッド・モリッシー/トーマス・ハワード(ノーフォーク公爵) クリスティン・スコット・トーマス/レディ・エリザベス・ブーリン
原題の"THE OTHER BOLEYN GIRL"、つまり「もう一人のブーリン家の少女」とは、メアリー・ブーリンのこと。歴史に名を残すアン・ブーリンの姉。映画ではメアリーの方が「妹」という設定になってますが、実際にはメアリーが姉なのです。
「アン・ブーリン」については、「やっぴらんど」の「ヘンリ8世の6人の妃」で、2番目の王妃として紹介していますが、むろん、メアリーについては一言も触れていません。というより、アンに男の兄弟がいることはともかく、姉妹がいたなんて全然知りませんでした。しかも、メアリーの方が最初にヘンリー8世の寵愛を受けていたとは。むむむ、これはフクザツだ…。
映画では、アンをナタリー・ポートマン、メアリーをスカーレット・ヨハンソンが演じています。このキャスティングは見事です。思えば、「レオン」で衝撃的なデビューを飾ったナタリー・ポートマンも年を重ねて既に28歳。「スター・ウォーズ エピソード1 ファントム・メナス」(1999年)とか「コールド・マウンテン」(2003年)なんかで際だった美しさを見せてくれた彼女、今回はこれまで見せたこともないような、鬼気迫る表情も見せてくれたりします。
片や、最近23歳にして結婚しちゃったというスカーレット・ヨハンソンも、あの、どっちかというと馬鹿っぽい(失礼)、それでいて男好きのするはかなげな表情が、アンにヘンリーを奪われてしまうメアリーの境遇にぴったりで。ただ、この映画の中で感情移入ができるのは唯一メアリーだけなのに、ちょっと設定が弱すぎるかなあ。というより、映画の重要な主題と思われる、「アンとメアリーの葛藤と絆」の描き方が全体的に浅い。ヘンリーをめぐる確執や駆け引きがさんざんあった末に、最後は「やっぱり姉妹ですから」とメアリーに言わせてパチパチパチ…ではどうもねえ。もっとどろどろしたものがほんとはあったんじゃないの~?と思いますが、そのへんは、脚本にも演出にも足りなかったような気がします。特に、「クイーン」や「ラスト・キング・オブ・スコットランド」の脚本を書いたピーター・モーガンにしては、ちょっと物足りない。
それと、「エリザベス」同様、史実と異なる部分はたくさんあるので要注意です。たとえば、映画では、アンは2ヶ月しかフランスに行っていないことになっていますが、実際には、父親が駐仏大使だったこともあり、13歳の頃からフランス宮廷で過ごしています。また、メアリーがヘンリー8世の子どもを産んだことになっていますが、これも史実とは違っています。男子を産んだのは、当時ヘンリーのもう一人の愛人だった女性です。メアリーに男子が産まれたのにアンに惹かれていくヘンリー、という設定にすることで、メアリーの悲劇性を強調するための演出なのでしょうね。
ある映画評論で、この映画は時代背景に手抜きが多いと書いてありました。ヘンリー8世がアンと結婚するために、離婚を禁じているカトリック=ローマ教皇と袂を分かつという、国家の一大事をきちんと描いていないと。1534年の国家首長令なんかをちゃんと説明しろということなのかもしれませんが、この映画にそこまで求めなくても…という気はします。アンという小悪魔的な女性の誘惑と強迫の中で、ヘンリー8世が苦悩の末にカトリックから独立して、英国国教会を作るに至った過程については、少なくともちゃんと描かれているのではと感じました。
それにしても、女性の立場を考えれば、ヘンリー8世はとんでもない男ですね。権力にすがり、次々と女性をひっかえとっかえしては不幸に追いやっていく。ヘンリーにとって、女性は「慰みのお相手」、そして「男子を産む道具」でしかなかったようです。最初の方のシーンで、王妃キャサリン(スペインから嫁いできた6歳年上の最初の王妃)が流産してしまった時、侍従が王に「残念でした」と一言だけ告げる。それで「すべて」を悟るヘンリー。彼にとって「すべて」とは、「男の子でなかった」という事実のみ。女の子が無事生まれようが、流産だろうが、「世継ぎ誕生」以外はことごとく「残念」なことでしかないのです。
ヘンリー8世のそんな横暴に対して、女性だって黙っていなかった、というのが実はこの映画で一番言いたかったことかもしれない。アン・ブーリンは、女であること、世継ぎを産めることを武器に、権力を利用してたくましく生きた女性という見方ができます。映画の中で、奇しくもアンがメアリーに言っていました。「権力と地位のない男と結婚するのは愚の骨頂」みたいなことを。実際のアンは、色黒で肉体的なハンディもあり、メアリーほど美人でもなかったと言われていますが、それを補って余りあったのが、フランス宮廷で身につけた洗練された会話術、そして、男心を操る手練手管…。アンは時にはメアリーさえ利用しながら、ヘンリーの心を巧みに操縦していく。目的はただ一つ、自らが「王妃」になること。実際にはなんと6年間もヘンリーにおあずけを食らわせているのです。
でも、手練手管だけじゃやっぱりヘンリーの愛をつなぎ止めておくことはできなかった。仮にアンが男の子を授かっていたとしても、彼女は結局、同じ運命をたどったのではないかと思います。ヘンリーを「変える」ことができなかったのは言うまでもありません。
一方、王に捨てられたあと、田舎に戻ってしがない貧乏貴族と結婚してそれなりに幸せな人生を送ったらしいメアリー。彼女にしても、ヘンリーに見初められて、既に結婚していたにもかかわらず、それほど嫌がる風もなく、彼に身を任せている。相手が国王でなかったら、果たして同じようにできたものか。いったい、「権力」そのものが彼女たちをそうさせるのか、それとも権力を持った男に惹かれるのか? 悩ましい問題ではあります。
ところで、アンが王妃の座を奪ったキャサリンですが、前述のように、ヘンリーにひどい仕打ちを受ける彼女も、結婚当初はヘンリーの愛情を一身に受けていました。実はもともとキャサリンはヘンリーの兄、アーサーの妃だったのですが、アーサーが早死にしたために、弟がヘンリー8世として即位した際に、そのまま王妃として結婚したのです。「初めて会った時から、義姉とは思えなかった」なんて調子のいいこと言ってね。こうした経緯には、実はキャサリンの母国スペインとの国際的な駆け引きも絡んでいて、兄弟の父であるヘンリー7世はキャサリンが次男と結婚することに反対だったといいます。挙げ句に、自分がキャサリンと結婚すると言い出したりして。こりゃまた何でもありですね。
こうして晴れて英国王妃となったキャサリンですが、国民にはめっぽう人気がありました。ヘンリー8世の「逆らう者は殺せ」的なやり方に対して、唯一抵抗できたのがキャサリンだったからです。ある時、困窮する生活に耐えかねて決起した農民たち4,000人に対して、ヘンリー8世が例によって「皆殺しにせよ」という命令を下したことを知ったキャサリンは、あわてて国王をとりなし、彼らの命を救ったというエピソードも残されています。国民にとっては、まさに慈愛の王妃だったのですね。
だから、王がそんなキャサリンと離婚してまで結婚しようとしたアンに対しては、国民はひたすら憎しみの目を向けました。アンを描いた映画は、この映画のほかにも、「1000日のアン」や「我が命つきるとも」などいろいろありますが、私は、アンよりむしろキャサリンを描いた映画を見たい気がします。その時には、ぜひナタリー・ポートマンに、今度はキャサリンを演じてもらって!
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