カクレマショウ

やっぴBLOG

「この自由な世界で」─日本にとっても他人事ではない問題

2008-10-24 | ■映画
"IT'S A FREE WORLD..."
上映時間 2007年/英国・イタリア・ドイツ・スペイン/96分
【監督】 ケン・ローチ
【脚本】 ポール・ラヴァーティ
【出演】 カーストン・ウェアリング/アンジー ジュリエット・エリス/ローズ レズワフ・ジュリック/カロル ジョー・シフリート/ジェイミー コリン・コフリン/ジェフ レイモンド・マーンズ/アンディ
<2008-10-20 シネマディクトにて鑑賞>

麦の穂をゆらす風」のケン・ローチ監督作品。私にとって、彼の作品のイメージは、「雨上がりでクリアなんだけど、その分綺麗でない部分も見えてしまうような映像」って感じですかね。この作品にもそんな光景が何度も出てきました。いかにも「英国らしい風景」を切り取って見せてくれます。

今回のテーマは、ロンドンの労働事情と移民問題。EU(欧州連合)の成立と加盟国の拡大に伴い、ヨーロッパの労働者事情はかつてないほどの流動を見せるようになっています。英国も、欧州経済地域(EEA)加盟国(EU加盟27ヶ国+アイスランド、リヒテンシュタイン、ノルウェーの計30ヶ国)の国民には、英国における居住と就労の制限を撤廃しています。つまり、ビザなしで英国に住むことも就職することもできる。ただし、2004年5月のEU拡大に伴う新規加盟(エストニア、ラトヴィア、リトアニア、チェコ、ハンガリー、ポーランド、スロヴァキア、スロヴェニア、キプロス、マルタの10ヶ国)のうち、キプロスとマルタを除く8ヶ国については、英国での就労に際して、労働者登録計画による登録・管理を行っています。この計画に基づく登録者数は、英国政府が当初予想した数字よりはるかに多く、特にポーランドからの登録者は全体の約6割を占めています。

こうした国々から英国への移住・就労を斡旋する会社で働く主人公アンジー(キルストン・ウェアリング)。33歳のシングルマザー。11歳になる息子ジェイミーは両親に預け、ルームメイトのローズと暮らしている。いつか息子と暮らすために、彼女は必死に働き、生きています。映画は、ポーランドに飛んで職業の紹介と斡旋をてきぱきとこなすアンジーの姿から始まります。ところが、上司からセクシャル・ハラスメントを受けた挙げ句、アンジーは突然クビを宣告される。途方にくれるアンジーだったが、彼女はこれまでのキャリアを生かし、ローズを共同経営者として「アンジー&ローズ職業紹介所」を開設する。

職業紹介所と言っても、実際には日雇い労働者の斡旋でした。馴染みのバーの裏庭を借りて、そこに外国からの労働者を集め、バンでそれぞれの日雇い職場に送り出す。それは、「裏世界」とどこかでつながるかなりヤバイ仕事でした。しかも、労働者の賃金は、社会保険料や税金の名目でピンハネする始末。いつか「ちゃんとした」仕事ができるようになったら、その時にはきちんと税金は払うと言い訳のように繰り返すアンジー。しかし、より多くの金を手にしたいという彼女の欲望は、ついに超えてはいけないラインさえ踏み外させてしまう。

それは、不法移民の就労斡旋。不法移民とは、EEA加盟国以外の国々からの労働者です。たとえば、アンジーのもとに毎日のようにやってくる男、マフムードはイランからの不法移民です。彼らに仕事を斡旋することは固く禁じられていました。アンジーも最初はマフムードに対して、"No Paper No work!"(労働許可証を持たない人に仕事は紹介できない)と断固としてはねつけていたのですが、ある日、彼の家に行ってみると、妻と娘2人が隠れて暮らしている。ビザを持たない彼らは、居住することさえ認められていないのです。娘たちは、息子ジェイミーと同年代なのに学校にも行っていない。不憫に思ったアンジーは、彼らを自宅に連れ帰り、マフムードには偽造パスポートを与え、スペイン人と偽らせて仕事を斡旋する。これを契機に、アンジーは泥沼にはまっていくのです。

ウクライナからの45人の不法労働者を受け入れるため、アンジーは宿泊先としてあるトレーラーハウスを思いつく。しかし、そこも既に移民たちで満杯。その中には、彼女が世話をしたマフムードの家族も住んでいた。彼らを追い出さなければ、ウクライナからの移民を泊める場所はない。冷酷な行動に出るアンジー。

アンジーという女性は、「自由な世界」に生きる、バイタリティにあふれた起業家と言えます。革ジャンをまとい、颯爽とバイクにまたがって受け入れ先を開拓していくアンジーの姿は、確かに格好いい。また、生き馬の目を抜くような男社会では、あれくらいの気概がなければやっていけないだろうことも理解できます。一方では、困窮するイラン人一家に救いの手を差しのべるという人間味あふれた面も持ち合わせている。

しかし、「超えてはいけないライン」で踏みとどまる勇気は彼女にはなかった。息子のため? それは言い訳にしか過ぎない。この国の社会システムのせい? それも責任転嫁。現実はかくも厳しいわけで…。彼女が救おうとしたイラン人一家は、確かにイランの政情に翻弄され、国を捨てて英国にやってきた不運な人たちかもしれない。でも、彼らを救うことは、少なくとも英国では非常にむずかしいでしょう。

アンジーの斡旋でポーランドからやってきたカロルが、英国はウソばかりだ、というシーンがありました。それから、アンジーの父親が、移民に仕事を斡旋するアンジーの仕事ぶりを見て、孫のジェイミーが大人になる頃にはルーマニア人やポーランド人に仕事を奪われて、イギリス人は最低賃金の仕事しかできなくなっている、と嘆くシーンもありました。それもこれも、ケン・ローチ監督の言う"it's a free world..."の一面を示しています。自由な競争社会は、裏返せば苛酷な弱肉強食の社会。そんな世界を、やさしい気持ちで生きていくのは本当に大変なことです。人種も民族も国も関係なく、みんなが平等に生きられる世界…それもきれいごとなのかなあ。

翻って、日本を考えてみると、「格差社会」といわれる中で、「外国人労働者」(日本では「移民」という言葉をあまり使いませんね)の数は年々増えています。いずれ、この映画に描かれているような現実に直面しないとも限りません。そうなれば、「均質」な文化を受け継いできた日本にとっても、歴史的な大きな転換点となるのかもしれません。

 

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