風塵社的業務日誌

日本で下から258番目に大きな出版社の日常業務案内(風塵社非公認ブログ)

ママンが死んだ

2014年08月25日 | 出版
某日、クソ暑い中、都内某所山谷まで定例の某ミニコミ誌の発送作業に行く。このミニコミ、ずいぶん以前は年10回発行という妙なペースで制作していたものであるけれど、Yさんに「なるべく月刊を目指すべきだ」と強く言われ、ここ数年は年11回か12回の刊行ペースとなっている(おそらく)。ということは、毎月一度は発送作業をしなければならないということであり、それはそれでけっこう大変なのだ。
山谷の某会館に着くと、入り口の前ではおじさんたちが宴会の最中である。せっかくいい気分になっているところを邪魔して申し訳ないけれど、その宴会のど真ん中に足を突っ込まなければ中には入れない。
発送作業をしながら、Hさんの言うには、「(その某会館の)裏手で上映会があって、今日は人の出入りがおおいんだよ」とのこと。「なんの上映会をやっているの?」と聞いてみたら、これまた長い話である。
かいつまめば、山谷から隅田川にかけては野宿者が多い地域であるけれど、最近、中学生による野宿者いじめが横行しているらしい。30%だったか、50%だったか、70%だったかの野宿者がその被害にあっている(どの数値だったか忘れてしまった)。
そこで、山谷の活動家が近くの学校に抗議に行ったところ、学校の校長は平謝りで、どうすればいいかと話し合い、学校で野宿者が授業を行うことになったそうな。その模様の上映会が開かれているらしい。
それはいい取り組みだなあと思う。どんな授業だったのか映像を見てみたいけれど、まずは目の前の発送作業を終わらせないといけない。
「ところがね」とHさんが続ける。
「このへんって貧困家庭が多くて、ひどい地域だと8割くらいが朝食を食べずに学校に来ているらしいのよ」
「そりゃまさに、下層が下層を撃つという構図やねえ」
80年代、横浜で中高生による野宿者狩りが社会問題になったことがあった。おそらく、狩っているつもりのガキンチョ側も貧困層だったことだろう(検証するつもりもないけれど)。自分が社会的劣者の側にあることを意識的か無意識的に自覚している憤懣が、より劣位にある者に向けられるというのが、よくある基本的な図式だ。
つまり、「おまえはクズだ」という言説をある一面では受け入れつつも、別の面では受け入れきれない。そのため、自分よりも弱い者、劣っている者を探し出してその鬱憤を晴らさなければ、おのれを維持することができないということである。
したがって、その被害者は野宿者にかぎらない。風俗嬢なんかもたっぷりいやな思いをするだろうし、大きくは在日外国人排斥、嫌韓・嫌中なんかにもつながっていく。そのため、理想主義を目指す左翼はエリート、自己の弱者性を攻撃に転化しているだけだから右翼は下層、とは昔から言われてきてもいる。つまり、左翼だからといって、下層プロレタリアートにその根を持っているわけでもない。それはあくまでも理論上のことにしかすぎない。
「でも、そういう家庭のガキばっかりだったら、学校の教員も大変だねえ」と小生が言うと、「良心的な先生ほど大変だと思うよ」とHさん。結局、そのビデオは見損ねてしまったのだけれど、ガキどもは、実際に、生きて、話している野宿者を目の当たりにして、どんな感慨を抱いたのだろうか。
そこではそれ以上の話にはならなかったけれど、小生がガキのころは、校内暴力が社会問題化するほど中学校なんて荒れていた。尾崎豊の窓ガラスを壊して回ったどころか、そのへんにあるものをなんでも壊していたような気がする。工作室の機械だとか、理科室の器具だとか、音楽室の楽器だとか。
それは別に、小生がヤンチャであったという自慢をしたいわけではなく、山谷近辺で野宿者いじめをしているガキと質的にちがうのじゃないのか、という気がするからである。つまり、より上位の者への叛逆ではあったけれど、下層を撃つというつもりはなかった(あくまでも主観として)。
ところが現状は、カミュが『異邦人』で描いたムルソーよりも陰惨である。数年前、Iさんに啓発された文章をこの場に書いたのかもしれないけれど、フランスの棄民であるところのムルソーは、植民地支配下にあるアラブ人を射殺する。殺した理由を「太陽のせいだ」というときの「太陽」とは、何を指しているのだろうか。
ガキのころ『異邦人』を読んでも、その点はさっぱりわからなかった。ようやく、いまになって少しばかりわかってきたように思う。「太陽」とは、個の力ではどうしようもない宿命性なのだ。貧困層に生まれたガキは、死ぬまで貧困なのである。その宿命性に対する怒りをどうしろというのだろうか。
そこまでの怒りは、小生がガキのころは持っていなかった。おかげで善き帝国臣民として生をまっとうしようかなあと考えていたくらいである。つまりは田舎のガキンチョで、のんびりしていたのだ。ところが現在は、食えなくなりつつあるガキが増加傾向にあるのだ。下層が下層を撃つベクトルは、これから強まることだろう。

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