goo blog サービス終了のお知らせ 

ピカソ・マニマニア

ピカソの91年を 詩にしました。
カテゴリーのピカソを クリックして下さると 嬉しいです。

『 星の陣営 』  森村誠一著

2021-02-02 14:17:28 | 

 

平成7年(1995年)の書き下ろしです。

 

中国大陸最前戦中隊の生き残り 7人による 暴力団への復讐譚。

 

暴力団への個人的恨みのある中隊長が  終戦間際に密かに山中に埋めた武器を掘り起こし 復讐を企てる。

生き残り中 6人の消息を突き止め 皆、死に場所を求めていると分かり行動に移す。

全員 最前戦送りになり生き残った 強者ぞろいだ。

 

全員60代半ばから70才代。

密かに無人島で訓練を始める。

 

黒澤明監督の ”7人の侍” もどき。

手に汗を握るハラハラドキドキの展開です。

 

老いは本人の心の中から生じる。

 

辛気臭くなく コロナ禍での鬱々の気分を ひと時忘れます。

 

 

    by  風呼        

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

[ 五番目の裁判員 』 和久俊三著

2021-01-28 14:43:15 | 

 

裁判員制度が少しはわかるかと思い 読んでみました。

 

2009年、裁判員制度が始まった年に書き下ろされた文庫本です。

 

父親を 階段から突き落とし死亡させた疑いで 20才の大学受験浪人生の息子が逮捕されます。

故意か事故か?

 

裁判員は 10数名の候補者から面談等を経て 6人、2人が補充員として選出される。

裁判官は3人。

殺人・放火・誘拐 等の刑事事件で適用されます。

 

この事件の場合は 3日の予定だが 場合によっては2,3日延長される。

この小説の場合、主人公の5番目の裁判員の申し出により 更なる検証が追加され 2日休廷を挟むこととなる。

新聞記者を経て弁護士になったという作者の 裁判員の申し出を聞き入れるという 多分これもあり なんでしょう。

 

階段を転落した父親は 仮死状態で その後他の何物かによって惨殺されたと判明。

犯人は高利貸しだった父親に恨みを持つ 6人の陪審員の一人だったという ミステリー初心者の私にも腑に落ちない結末です。

 

心拍停止を確認したにもかかわらず 通報もせず 自宅に逃げ帰った 息子とその愛人。

交通事故では現場から逃げ去ると罪に問われるのに この件に関しては通報しなかった事は罪に問われないらしい。

 

読者にここまでの描写は必要か と思わせる品性に欠けるエピソードが 多すぎる。

 

弁護士でもある作者の始まったばかりの裁判員制度への解説書としても ちょっとどうかなあ。

 

 

何時 裁判の場面になるのかなぁ~ と 兎に角読了しました。

下品ついでに 裁判員の報酬については書いてありません。

 

 

    by   風呼       

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『 マスカレード・ホテル 』   東野圭吾著

2021-01-24 22:06:29 | 

 

都内で相次いで起こった3件の殺人事件。

被害者にも殺害状況にも何の関連性も見えないが 犯行現場には暗号のような似通った数字が残されていた。

 

警視庁は同一犯による連続殺人事件と想定するが それにしても3件に共通項が見つからない。

 

やがて数字は解読される。

次の犯行の予告で そこは一流ホテルのコルテシア東京だった。

 

ルームキーパー、ベルボーイ 等になって

ひそかに捜査員が送り込まれる。

フロントに送り込まれた刑事が

この小説の主人公だ。

 

一人の女性のこのホテルをめぐる恨みからの ネット型殺人だったのですが、

「客は皆 仮面をかぶって ホテルにやってくる。従業員もまた 仮面をかぶって客に対応する」

 

その客とホテルマンとのやりとりの人間模様が面白い。

 

深刻すぎず程よいドキドキ感が このコロナ禍の閉塞感を少し和らげてくれました。

 

 

 

    by   風呼       

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『 首都感染 』  高島哲夫著

2021-01-21 14:54:24 | 

 

まるで このコロナ禍を予言したようなこの小説は 10年前の2010年に刊行されました。

 

西暦20XX年 サッカーワールドカップが中国で行われます。

日本を始めアジア勢が大健闘、特に中国は決勝にまで駒を進めます。

 

世界中からファンが押しかけ 賑わっている北京。

しかし 雲南省を始め 地方で新型ウィルスの感染が広まっていきます。

何とか ワールドカップを成功裏に成し遂げたい中国は その事実をひた隠しにするのですが とうとう選手間にも感染者がで、決勝戦前にその事実が露見、大パニックに陥ります。

 

日本はいち早く 空港を閉鎖、感染者の出始めた東京を閉鎖します。

全世界で億を超える感染者の致死率は 60%。

一人の患者も東京外に出してはいけない。

他県からの援助で持ちこたえる。

元WHO職員の医師を息子に持つ時の総理の英断でした。

 

一斉の例外は認めない。

中傷にも誹謗にも負けず 機動隊・自衛隊の動員で何とか都外への脱出者を抑えます。

 

やがて日本内で予防薬・治療薬が出来、総理と医師でもある厚労相の決断で 治験も十分でないまま使用され 全世界の注目の中、事態は解決に向かっていきます。

 

 

何とも身につまされる題材ですが 意外と軽く読めたのは 今の東京の現実はこれよりははるかにましと思われるからでしょうか。

いえいえこれからが本番なのかも。

 

作者は1949年生まれ、慶応大学工学部修士を出て 日本原子力研究所研究員を経て カリフォルニア大学に留学、1981年に帰国後、学習塾を経営されているそう。

’94年 『メルトダウン』  。

 

この本の解説を書かれた 成毛眞さんは 未来ノンフィクションと呼ばれました。

 

 

    by   風呼      

 

 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

” イサム・ノグチ ”  ドウス昌代著

2021-01-08 19:12:55 | 

 

イサムノグチは 1904年11月17日に 米国ロスアンジェルスで生まれた。

父は 英詩で一旗揚げようとサンフランシスコに渡った野口米次郎。

母はレオニー・ギルモア。

 

レオニーは 米次郎が 英詩の添削に雇った女性でした。

 

父親が別に家庭を持ったため 母親に育てられたレオニーは優秀で 自立した女性でしたが 米次郎の不思議な魅力に魅かれ、その子を身ごもります。

当時のアメリカは 白人と有色人種の婚姻は認められていませんでした。

助産婦だったレオニーの母親は 出自に比較的寛容だったロスアンジェルスに身重の娘と共に移り住みます。

ツトムが誕生した時、アメリカで米次郎の東洋的な英詩が評価され 地元新聞にその子イサムの誕生の記事が載るほどでした。

にも拘らず その命名は 一年以上後になります。

 

1907年母子は来日。

米次郎には日本人妻との別の家庭がありました。

 

レオニーは英語教師をしながら 懸命にイサムを育てます。

「アーティストになりたい」 イサムの夢は 母の願望でもありました。

野口勇だったり イサム・ギルモア を名乗ったりの境遇。

茅ケ崎に住んでいた9才の時に指物師に弟子入りしています。

彫刻家としてのイサムの原点だと私は思います。

 

1918年、母の意向により 単身アメリカに帰国。

ラ・ポート高校をトップで卒業するも 彫刻家に弟子入り。

師とそりが合わず コロンビア大学医学部に入学、夜は彫刻の学校に通う。

舞踊家伊藤道郎の舞台の小道具に拘わる。(後、マーサ・グラハムの舞台装置も手掛ける)

アメリカ人妻で子のいない野口英世に可愛がられ アーティストへの道を勧められる。

 

彫刻家としての初期には 数えきれない胸像を残しています。

生活の為でしたが どれも見事な出来です。

家具やあかりをデザインしたりもしますが、最後は抽象的な石彫を配した造園に至ります。

世界中の石を求めて旅をして 行きついたのが 香川県高松市牟礼でした。

ここにイサム家を構えます。

イサム・ノグチ庭園美術館があります。

 

北大路魯山人の離れで 山口淑子との結婚生活を始めた、あの魯山人と気が合うという気難し屋でした。

 

恋愛だけでなく 仕事にも女性がその一生に大きな比重を占めていました。

出会った人は 性別を問わず 魅了されたそうです。

 

アメリカ人だから広島の原爆記念碑、日本人だからケネディ大統領墓のデザインは採用されない。

生涯自身のアイデンティティに悩み続けた一生でした。

母レオニーには 芸術に秀でた アメリカインディアンのチェロキー族の血が入っているそう。

レオニーは何処から見てもアイルランド系の白人の容貌でしたが 祖母はチェロキー族そのものの顔だったそうです。

 

都合のいい時だけ レオニーを頼った、イサムを無視し続けた 野口米次郎は 慶応大学の教授となりました。

 

イサムは 晩年,アメリカからも日本からも 勲章を受けます。

と いうことは 受け取ったんですね。

 

 

著者の ドウス昌子さんの熱い気概に圧倒されました。

 

 

     by   風呼       

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

クララの明治日記

2020-12-06 01:11:30 | 

 

クララは1875年 14才の時、父ウィリアム・C・ホイットニーの 日本の商法講習所教師としての赴任に 母、兄、妹と共に来日しました。

 

母親は敬虔なクリスチャンで日本で熱心に布教します。

誠実な人柄は日本人にも慕われ 宣教師のやっかみを受けたりするほどでした。

 

母親に従いクララも英語を教える傍ら 布教にも力を注ぎます。

上流階級は子弟をことごとく米国や欧州に留学させていたので 生徒の殆どは特権階級でした。

日本語にたけたクララは どの家庭にも歓迎されます。

福沢諭吉、津田仙(梅子の父)、特に勝海舟は一家で手篤くもてなします。

勝家の同年同月生まれの三女の逸子とは 親友になります。

 

花見、花火、観菊、歌舞伎、能、雅楽 に至るまで 衣装や道具等 細かく的確に描写されています。

私が知らないことまで書いてあります。

 

1880年に一旦帰国、1882年。(父親は二年前の帰国途中にイギリスで客死)母子4人で再来日。

逸子の4才下の異母弟の梅太郎の立派な成長振りに目を見張ります。

 

はたちそこそこで 天皇陛下、元米大統領にまで謁見します。

 

1884年、井上伯爵主催の鹿鳴館舞踏会の記述で日記は終わっています。

1887年、突然の一日だけの日記は 勝梅太郎との第一子を抱いての青山墓地に眠る母の墓参りの記述。

 

梅太郎との結婚のいきさつを読むのを楽しみにしていたのに一行もなく 残念です。

 

梅太郎との間に一男五女をも設けますが 勝海舟の死後 生活が成り立たなくなり 6人の子を連れて クララは帰国します。

 

訳者筆頭の 一又民子さんは 祖母が海舟の次女で海舟の曾孫にあたるそう。

1970年代に生存していたクララの五女が日本を訪れた時この日記を託されました。

 

品性のある訳で たまの日本人蔑視の箇所も嫌悪感なく読めました。

 

勝海舟は 大晦日には粗末な身なりで伴も連れず、貧困に打ちひしがれた旧徳川藩士の家に 餅代を置きにまわったそう。

そんな勝家の子孫であることを米国の縁戚も誇りに思っているそうです。

 

 

     by   風呼      

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

” チャーリーとの旅 "  ジョン・スタインベック著

2020-09-15 00:48:29 | 

 

”怒りの葡萄”(39)、”エデンの東”(52)等で有名な ジョン・スタインベック(1902-1968)が   愛犬チャーリーと共に アメリカ一周の旅に出た記録です。

チャーリーは大型の誇り高きオスのプードル犬。

スタインベックは58才でした。

 

    

ドン・キホーテの愛馬の名をとった ロシュナンテ号と名付けた 特注のトラック仕様のキャンピングカーに乗って。

 

   

9月初めにコネチカット(ニューヨークの隣)を出発、全1600kmを 4か月かけて走行。

ナイアガラの滝には寄っても イエローストーン公園はパス。

 

ロッキー山脈の大分水嶺を跨いだり モンタナ州その名に恋していたり

テントを張ったり モーテルに泊まったり

生まれ故郷のサリーナス(サンフランシスコの近く、エデンの東の舞台)に寄るも失望したり。

 

道中の人とのふれあい等に スタインベックの良心が垣間見えます。

 

時代は1960年なのに 今現在の旅のようです。

 

アメリカの北部は もうこの当時から 産業大型トラックが道路を席巻していて ロシナンテ号は一応トラックなので その間に挟まれての走行では緊張のあまり景色を楽しむ間もなかったそう。

 

南部ではニューオーリンズで 白人しか入れなかった小学校に 黒人の女の子が二人通うようになった。それに抗議するチアリーダーと呼ばれる女性たちの醜さも目撃する。 

有名なバスボイコット事件はその5年前

キング牧師の有名な演説は 3年後。

 

アメリカの地図を片手に ゆっくりと楽しみながら読みました。

国道が載っている地図が欲しいと思いました。

 

J・スタインベックがノーベル文学賞を受賞するのはこの二年後です。

 

      by  風呼     

 

 

 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

” エデンの東 ”  ジョン・スタインベック著

2020-06-28 19:03:54 | 

 

1952年発表, 3年後にエリア・カザン監督によって映画化され 不滅のスター ジェイムス・ディーンのデビュー作となりました。

 

映画は全四巻のうちの四巻目、一・二・三巻は 祖父から始まる家族の物語です。

 

舞台は 北カルフォルニアにあるサリーナス。

アイルランドから移民してきた 作者の祖父 サミュエル・ハミルトンの話から始まります。

妻ライザとの間に四男五女があり  四女が作者の母になります。

お金には縁がありませんでしたが サミュエルは物の道理に明るい 誰からも慕われる人でした。

 

そこに 東部から アダム・トラスクが 身重の妻・キャシーを連れて移り住んで来る。

彼は軍人だったという父・サイラスの莫大な遺産を受け継いでいた。

 

働いても働いても貧乏なサミュエルと 何にもしなくても生きていけるアダム。

サミュエルは持ち前の親切心もあって 何かとアダムの相談に乗る。

やがてキャシーは双子を産み すぐに子を置いて家を出ていく。

 

ここからは映画の世界です。

が、映画では排除されていましたが トラスク家には リーという中国人の召使がいて 訳も知らされず妻に出ていかれ放心状態のアダムを献身的に支えます。

小説では このリーの言葉が 大きく物語を支えているのです。

 
リーは サミュエル同様 キャシーの正体を見抜いていました。

 

 

50年前くらい前にこの映画を見て ジェームス・ディーンは勿論ですが キャシー役の女優さんに深く心を惹かれました。

あの不思議な存在感。小説を読んで思ったのですが キャシーは今でいうサイコパスではなかったか。

リーとサミュエルだけがそれに気づいていた。

映画の中で私がキャシーに異質を感じたのは この役を演じた女優、ジョー・ヴァン・フリートは それを演じきった。

ジョー・ヴァン・フリートは この映画で1955年のアカデミー賞の助演女優賞を獲られます。

 

ちょっと祖父自慢をしたかったのか ハミルトン家の話が まとまりがなく多い。

ノーベル賞を受賞した作者が 自身の最高傑作だという割に世間の評価が低いのは 物語が散漫になったせいかもしれません。

 

 

でも どの登場人物の心情も良く描かれていて 大変面白かったです。

 

 

     by   風呼       

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

” ワインズバーグ・オハイオ ”  アンダスン著

2020-06-16 17:24:25 | 

 

アメリカ オハイオ州の架空の町 ワインズバーグに住む人々を描いた22編の短編集です。

時代は 南北戦争から 2~30年後 。

 

ジョージ・ウィラード という弱冠はたちに満たない地方新聞記者を中心に 本書の冒頭作のちょっと 『グロテスク』な人々が描かれています。

どの短編も 多分老いたジョージ・ウィラードと思われる作者の それぞれの人物に対する マイナーな 思い込みというか決め付けから始まっています。 22編、しょっぱなからなのでそれぞれ慣れるのが結構しんどい。

作者は はたちになる前に 小説家になるべく このワインズバーグを出ていくのですが、地方記者時代に町中を駆け回って集めた情報を書いたのでしょう。

 

宗教は プロテスタントの長老派、支持する政党は共和党。

緯度は日本なら東北の40度くらい。

いちご トウモロコシ りんご の収穫の様子が 作品に書かれています。

 

ひとのグロテスクな内面に 容赦なく食い込んでいく手法は フォークナー、ヘミングウェイ、カーバ― 等に大きな影響を与えました。

日本では 佐藤泰志の 『海炭市叙景』 山本周五郎の『靑べか物語』になぞらえられるんだそうです。

 

移民の多くはアイルランド系と思われる 小さな集落の 閉塞観が伝わってきます。

二グロも インディアンも出てきません。

不思議な 読み返したくなる物語です。

 

1919年発表。

1914年に発表された ジェイムズ・ジョイスの 『ダブリナーズ』に 強く影響をうけたそうです。

 

 

      by  風呼     

 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『 アラバマ物語 』  ハーパー・リー 著

2020-06-05 16:02:39 | 

 

人種差別激しい アメリカ南部 アラバマ州で 8歳の頃の思い出を 書いた自伝的要素の濃い 物語です。

著者ハーパー・リーは 1926年生まれ 2才の時母を亡くし 4才年上の兄と 弁護士である父親と賢明な黒人のメイドに育てられました。

 

本の表紙ににもある通り 胸当てズボンをいつもはいている お転婆な女の子 スカウト が作者の分身である 主人公です。

物語の冒頭は 夏の間だけ隣家にやってくる 二才年上のディルと 兄のジェムとの 冒険話。

スカウトの家の隣に住む 謎のひきこもり青年の正体を確かめようとしたり 児童小説かと思われましたが。

 

主人公が アティカス と名前で呼ぶ父親が 白人女性をレイプした罪で捕らえられた黒人の弁護をすることで 物語は大きく動きます。

1930年代中頃のアラバマは 人種差別は当たり前でした。白人と黒人の婚姻は罰せられていました。

メイコームという架空の町には アティカスのフィンチ家のように 何代かにわたって信仰深い先祖がさかのぼれる 名家が町を支配していました。

その他には 森の中で暮らす人、ゴミ捨て場わきで 生活保護で飲んだくれている人、黒人 とに大きく分かれていた。

被害者は 飲んだくれ集団の中に住む 19才の白人娘、被告は 20代後半の妻子のある勤勉な黒人、陪審員は遠く森からやってきた人たちでした。

双方の事情に詳しい 町の人は 今後の暮らしがあるので 陪審員には選ばれないのです。

父アティカスに本当の教育を受けていたスカウトは ディルとジェムとともに こっそり黒人の牧師につれられて 裁判を黒人席で傍聴します。

子供にでもわかる無罪なのに 陪審員は被告を有罪にするのです。

彼が黒人だからです。

 

 

1955年に バスボイコット事件が起こり それを支持するキング牧師の公民権運動が世界中に報道され ジョンソン大統領が公民権法に署名したのが 1964年。

ハーパー・リーのこの物語が発表されたのは 1960年。(翌年のピリッツア賞を受賞)

発表からすぐに映画化されました。 そういう事情なので アラバマでは撮影できず ハリウッドにそっくりのセットを作ったそうです。

 

夏だけやってくる隣の二才年上のディルのモデルは 『ティファニーで朝食を』の作者、トルーマン・カポーティです。

二人は幼馴染で した。 この小説を書き終えたハーパー・リーは ノンフィクションノベル『冷血』に取り掛かったカポーティの取材に同行し多いに助けるのですが、なぜか『冷血』完成後は 親交を絶ちます。

冷血完成後のトルーマンの壊れ振りに ついていけなかったのかもしれません。

 

原題名は

 To Kill A Mockingbird

       物まね鳥をころすこと

 

 

発売二年で全米で900万部売れたそうです。

大人こそ 読みたい。

アメリカの良心が ここにあります。

 

 

 

       by  風呼    

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

” 草の竪琴 ”  トルーマン・カポーティ著

2020-05-31 17:44:31 | 

 ~ 風はわたしたちみんなの声を集めて憶え 木の葉を震わせ、

                               野原を渡ってお話を聞かせる ~

 

この本の冒頭に

  深い愛情の記念として  

      ミス・スックに捧ぐ とあります。

~風は の言葉は このミス・スックがモデルの女性に 作中で言わせます。

 

トルーマン・カポーティは 1924年にニューオリンズで生まれました。

両親の離婚で アラバマの 祖母ほども年の離れた母親の従兄妹に預けられます。

カポーティ作品の多くは このアラバマでの生活が 根底にあります。

 

ミス・スック(作中名はドリー)は 60初めの年齢、若いころの病気が元で腰は曲がっているが 少女のままの純真さの女性でした。

11才のコリンとは大の仲良しで いつも一緒に行動していた。古くからの使用人、本人はインディアンと言い張る黒人のメイドのキャサリンも一緒だった。

ある日ドリーは 生活を一手に支えている妹のヴェリーナと仲たがいをし、コリンとキャサリンを連れて家出をする。

行先はかつて目をつけていた森の中にある ツリーハウス。

 

田舎町の住人、流れ者の宣教師一家 等 巻き込んで ひと騒動の後 姉妹は本当に互いに必要と仲直りをする。

 

それから間もなく ドリーは亡くなる。

 

数年後、晩年のドリーに求婚していた元判事と 墓参りに行く。

腕を組んで。

去っていった人々の声を集め語る 草の竪琴の調べに 耳を澄ましながら。

 

 

     by   風呼     

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『 トルーマン・カポーティ 』 上・下巻  ジョージ・プリンプトン

2020-05-24 23:10:45 | 

 

1924年ルイジアナ州ニューオーリンズに生まれた トルーマンカポーティは 幼くしてアラバマの片田舎の母親の従兄妹に預けられます。

隣に住んでいたのが 後に『アラバマ物語』を書いた ハーバー・リー で 二人は幼馴染でした。

9才のころ 再婚した母親の住むニューヨークに引き取られる。カポーティは母親の再婚相手の名前です。キューバ人でした。

20才そこそこにして 『ミリアム』で O・ヘンリー賞を受賞。優れた短編で同賞を三回も受賞。

『ティファニーで朝食を』や 『遠い声 遠い部屋』で 名声を確実にします。

 

この本は 体当たり取材で有名な ジョージ・プリンプトンの172人にも及ぶ カポーティゆかりの人たちへのインタビュー集です。

 

上巻は カポーティの名を不動にした 『冷血』に拘わるもの。

下巻は 1966年、世紀の舞踏会と呼ばれた カポーティ主宰の  ”黒と白の舞踏会” について、そして 未完のまま発刊された『叶えられた祈り』における上流社会のスキャンダルの暴露、それによる孤立。

酒とドラッグと薬に溺れ 59才で友人宅で死去。彼は同性愛者として有名でした。35年にわたった配偶者の死後の二人一緒の埋葬まで記されています。

 

身長160センチ、若いころは妖精のようだったと誰もが語ります。

話を盛るのがだんだんすごくなり どこからが嘘でどこからが本当なのかわからなくなるとか。

自分勝手のエゴイストなのに なぜか皆に愛され、社交界の人気者になるが 『叶えられた祈り』で タブーを犯し、失意のうちに薬物死します。

 

そういえば 『冷血』の取材に同行し、献身的に協力した 幼馴染の ハーバー・リー へのインタビューがありません。

彼女は故郷に帰り 長生きしましたが、人と会うのを極端に避けていたそうです。

『アラバマ物語』には カポーティの手が入っているという説もあるのです。

 

ここ二か月半でほぼ読了、 著作数もほどほどで このコロナ禍を カポーティで明け暮れました。

カポーティの本を勧めてくれた ちかこちゃんとも もうすぐ 会って 彼について語り合えるでしょう。

 

 

      by  風呼     

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『 叶えられた祈り 』  トルーマン・カポーティ著

2020-05-12 22:57:43 | 

 

1965年に 6年にも亘る取材と構想の『冷血」を発表してからの カポーティは スランプに陥った。

 

次に出版する本の題名は『叶えられた祈り』

それだけは決めていた。

 

この本は未完です。

彼の死後 刊行されました。

 Ⅰ まだ汚れていない怪獣

 Ⅱ ケイト・マクロード

 Ⅲ ラ・コート・バスク

からなっています。

自分の性癖と ニューヨークの社交界のあからさまの暴露です。

私でも知っている有名人のゴシップが沢山書いてあります。

 Ⅱ の ケイト・マクロード は これから主人公とどういう関係になるのかが気になります。

ケイトは『シャレード』の ホリーを彷彿とさせるのです。

 

この本の題名は

  叶えられなかった祈りより、叶えられた祈りにより多くの涙がながされる と云う 聖テレサの言葉からきているそうです。

前作『冷血』で 取材し親しくなった犯人の処刑に立ち会ったカポーティの流した涙がこれなのですね。

 

 

       by  風呼     

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

” 冷血 ”  トルーマン・カポーティ著

2020-05-07 20:55:43 | 

1959年11月に アメリカ カンザス州で起こった 一家四人惨殺事件を扱った 話です。

ノンフィクションノベルの草分けといわれます。

 

アメリカの物語は 人種、宗教を認識しないと良くわかりません。

広大な面積の 国なので 舞台となる州の位置や気候なども重要です。

 

カンザス州は 西隣がコロラド、南隣はオクラホマ、  アメリカ合衆国のほぼ中央に位置します。

年間雨量の極端に少ない 開拓民の多い州です。

 

鍵を掛けなくても大丈夫な のどかなホルカムという カンザス州西部の町で 殺人事件が起きます。

被害者は 人望篤い熱心なメソジスト教の信者のクラッタ―一家。

クラッタ―氏は現金を持たないで小切手を切るのは近隣では知られていた。

家には大金があるはずがなかったのです。


散弾銃での惨殺は 恨みからなのか?  近隣住民の不安は募ります。

 

メソジストとは 18世紀にイギリスでウェズレーによって提唱された禁煙・禁酒の 文字通りメソッドに従い規則正しい生活をする プロテスタントの一派です。

日本では 青山学院、関西学院がそうだそうです。

 

 同じ刑務所にいた男の 懸賞金と恩赦目当ての密告で 犯人二人は年末に捕まるのですが 全く接点のなかった被告と犯人、それを取り巻く人々が丁寧に描かれています。

 

      

交通事故で顔の左右が歪んでいるそうですが 笑うと人懐こい ヒコック。
  愛情ある家庭に育った。

 

      

母はインディアンのチェロキー族、父はアイルランド人の ぺリー。

  極端な短足で その足は単車事故での後遺症に悩まされていた。

 

密告した囚人が牢内でヒコックに語った 以前働いたことのあるクラッタ―家の裕福な暮らしに誘発された犯行だった。

先に出所していたぺリーに計画を打ち明け 金を手にしたら二人でメキシコに逃げる算段だった。

計画はヒコックが立て、ぺリーが実行した。ヒコックは現場で 怖気づいてしまったのだ。

ぺリーは貧しさ故 朝鮮戦争勃発から休戦まで陸軍に従軍し 青銅星章(ブロンズスター)を貰っていました。

 

証人、捜査官に至るまで 作者は丁寧に描きます。

 

両親は離婚、母はアル中死、姉は転落死、兄は自死、別れた父は放浪癖がある。

小さいころから施設をたらい回しにされ 夜尿症のため虐待を受け続けた 。

そんなぺリーは音楽性に優れ ラスベガスで歌うことが夢でした。

ジェイムス・ブラウン、ティナ・ターナー、アーサーキッド、リタ・クーリック、そして エルビス・プレスリー にも チェロキーの血が混ざっているそうです。

タランティーノ、ケビン・コスナー、キム・ベイジンガー、キャメロン・ディアス にも。

 

1965年6月の同じ日に 二人は絞首刑になりました。

6000ページにも及ぶ取材をした作者はそれに立ち会うのです。

 

”冷血”なのは 数えきれないほどインタビュ―し、親しんだ二人が 刑を執行されなければ小説が完成しない、それを見届けた作者本人が自分の事を言っているのではないかと思うのです。

 

 

ぺリーは朝鮮戦争でどんな戦果をあげたのか? は 書いてありません。

 

 

       by   風呼      

 

 

 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

" ティファニーで朝食を ”   カポーティ著

2020-04-16 18:34:18 | 

 

1958年、カポーティが34才の時の作。

 

2008年、新潮社より発刊された村上春樹訳の表紙です。

ティファニーブルー。

ティファニーブルーは コマドリの卵の色だそうです。

 

 

オードリー・ヘプバーン主演で1961年に 映画化され、世界中で大ヒットしました。

カポーティは マリリン・モンローの主演が良かったそうです。

モンローの方がより謎めいたかも 。

 

自由奔放にニューヨークの社交界を つまみ食いしているような 20才のホリーという娘が トラブルに巻き込まれ 崇拝者たちの前から姿を消す。

 

映画では 書き手の青年と結ばれそうな結末ですが、小説の方は 行方不明のままです。

ホリーにそっくりな若い女性の頭部のアフリカの彫像の写真を かつての崇拝者のひとりがみつける。

ホリーはアフリカにいるのか ?

 

ホリーには兄がいたのですが 戦争で死んでしまいます。

浮浪児のようだった2人を(まるで傷ついた野生動物のように)養ってくれた ドグ(獣医)の元に 

巻き込まれた事件のほとぼりが冷めたら戻っていくような気がします。

 

大好きだった兄との思い出が語れるのは ドグだけでしょうから。

 

思い出、特に肉親に関してを 共有している人の存在は 何物にも代えがたい。

 

 

 

     by   風呼       

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする