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ブラームス交響曲第4番/セル&クリーブランド管弦楽団

2006年11月23日 23時20分53秒 | ブラームス
 ブラームスの4番といえば、このセルとクリーブランドの演奏で知り、同時に慣れ親しんだ私にとっては思い出深い演奏なのですが、他の演奏のあれやこれやに長いこと浮気していたせいで、これもずいぶん久しぶりに聴いたことになります(やはり20年ぶりくらいかも)。2番は「へぇ、こんなだったっけ」と思うところも多々ありましたが、こちらは一聴して、「あぁ、これこれ」という感じで、良い意味で故郷に帰ってような気にさせる演奏です。

 この曲は第一楽章の冒頭の有名な旋律が「すすり泣き」などと形容されているおかげで、非常にロマン派的な情緒に満ち満ちた曲というイメージもありますが(事実そうでもあるんですが....)、実はブラームスの全4曲中の中では、やや肥大気味な1番などより、ほとんど峻厳といっていいほど古典的なたたずまいを持った曲でもあるんですね。それに加えてブラームス晩年特有の木枯らしの中を歩いてみたいな寂寥感も相まって、この曲実に特有の世界を形成している訳ですが、セルの演奏の良いところは、このあたりを実に的確に描ききっているところでしょうか。やや低め温度感でもってつくられた端正なフォルムの中、特徴的な4つ楽章くっきりと描き分け、がっちりとした交響曲として演奏しつつも、期せずしてブラームス晩年の内なる修羅と諦念が交錯する姿をそこはかとなく浮かび上がってるあたりは、まさにすばらしいの一語に尽きます。

 特に演奏によっては、とりとめない感じに聴こえなくもない第2楽章を詩情豊かに表現しているところや、とっちらかった感じになりがちな第3楽章は、改めてこの楽章が「スケルツォの代用品」だったことを思い出させる端正極まりない演奏といえべきで、けだし絶品という他はありません。両端楽章は前述の端正なフォルムの中から浮かび上がる情念のようなものが「ブラームスらしい葛藤」を感じさせて、これまた納得しまくってしまう仕上がりです。
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