PATEX HUNTER

マルクス経済学の視点で、「パテック・フィリップ」と「ロレックス」の世界を中立的私見で、社会科学的に分析しています。

シンガポーリアンおよび華僑について。

2010-03-11 | 国際・政治

Rolex201rolex

私が永年シンガポーリアンらとフレンドリーな関係を維持しているのは恐らく、その毅然とした態度と英語でのユーモア、そして欠かせないのが、白いスーツ、白いワイシャツ、そして腕に白系統の文字板のデイデイトをしているためだと思う。実際、彼らは、私を〝古いタイプ(戦前期)の日本人〟と捉えているらしい。私もそう、努めている。戦前期といっても大陸の中国人と日本人が決定的に対立させる原因を作った、あの早稲田の専門学校を作った大隈の時代での対華二十一ヶ条要求以前の日本人をそのモデルとしている。今の中国人はそれを知ってか知らずか、なぜ、そんな早稲田に留学するのか、私には分からないが、世間は結局そんなものである。

私は幼稚園・高校以外はずっと公立・国立のため、国民国家へのサーヴィス精神が私学出身者のそれより純な気がします。…先日も景気が回復しつつあるとの私のインスピレーションで社員1名の緊急募集に対して102名の応募があり、結局、情けで1名枠を多くして2名採用しましたが、どうしても困っている人に会うと、私の一存で救助したくなるのは私のやさしさ、というよりも弱さなのでしょうが。

それは余談ですが、シンガポールにロレックスのステンレスモデルが他国におけるそれのモデルごとの入荷構成比においてロレゾールや金無垢よりも多くある、というのはもう昔のこと。需要と供給の関係は取りも直さず地元民の所得に比例するが、シンガポールの経済システムは世界中からビジネスチャンスを希求する人間を吸収し続けている。その中から成功する人が出るのは必然で、その彼らが選択する最初のご褒美が低くともロレゾールのロレックスの腕時計であることは想像に難くない。

この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« イヨイヨ七月、ニホンケイザ... | トップ | 私の収蔵時計のタイムゾーン »
最新の画像もっと見る