豆の育種のマメな話

◇北海道と南米大陸に夢を描いた育種家の落穂ひろい「豆の話」
◇伊豆だより ◇恵庭散歩 ◇さすらい考
 

北海道の「裸大豆」(無毛大豆),品種の変遷

2012-02-11 09:45:46 | 北海道の豆<豆の育種のマメな話>

現在,栽培の実態はないが,昭和の初めから第二次世界大戦後のしばらくの間(1930-1960年,昭和5-35)北海道で広く栽培された大豆の品種群がある。いわゆる「裸大豆」と呼ばれる種類で,茎,葉,莢の表面に毛(毛茸)が生えない特性を示す品種である。19281958年(昭和333)にかけて8品種が北海道優良品種に登録され(別添:裸大豆品種一覧),栽培面積の10-20%はこれらの品種で占められた。ちなみに品種名は,登録順に「早生裸」「中生裸」「大粒裸」「長葉裸」「白花大粒裸」「長葉裸1号」「十勝裸」「ホッカイハダカ」である。

この時代,何故「裸大豆」が広まったのか?

答えは,「裸大豆はマメシンクイガの被害が少ない」ことであった。

 

北海道開拓後,大豆生産は道南地方から道央へ,さらに道東(十勝)・道北へと拡大を見せた。そして,明治末から大正にかけて北海道で栽培が一番多かった大豆品種は「大谷地」,次いで「赤莢」「白小粒」「早生黒大粒」「吉岡大粒」「鶴の子」等であったが,生産者はマメシンクイガによる被害に悩まされていた。

 

松本蕃「マメシンクイガによる大豆被害の品種間差異による研究」(北海道農事試験場報告58)に総括されているが,多くの研究者により「裸大豆」は被害が少ないことが見いだされ,報告されていた。マメシンクイガの被害は,成虫が莢表面に産卵し,孵化した幼虫は莢の中に進入し子実を食害することによる。「裸大豆」の被害が少ない根拠は,莢の表面に毛がないため,マメシンクイガ成虫の産卵を促さないのだという(その他に,マメシンクイガの発生時期と大豆生育相との関係がある)。

 

実は,北海道で最初に大豆の人工交配が行われたのは1927年(昭和2)のことで,マメシンクイガ抵抗性が育種目標であった。そして,1936年(昭和11)「大粒裸」が交雑育種法による最初の優良品種として登録されている。裸大豆「大粒裸」は歴史に記録される品種となった。

 

「裸大豆」は何故消えたのか?

30年間にわたって栽培されてきた「裸大豆」は,度重なる冷害の被害を受け(低温抵抗性が弱い),また収量性も低かったことから,次代の多収品種「十勝長葉」や耐冷多収品種「北見白」等へ栽培が移行した。また,1960年代(昭和30年代後半から40年代にかけて)殺虫剤(バイジット等)が普及したことも,「裸大豆」の栽培を終わらせる引き金になった。北海道では,「ホッカイハダカ」を最後に,1975年(昭和50)すべての「裸大豆」が優良品種リストから除かれた。

 

十勝農業試験場では育種目標の一つに耐虫性を掲げ精力的に事業を展開していたが,1966年(昭和41)にはこの目標を中止することになった。最後まで保持された無毛茸の育成系統「十育153号」を納豆用として登録できないかと,「十系421号」(後のスズヒメ,毛茸あり,極小粒)と同時に加工試験に挑戦した経緯があるが,「十系421号」の線虫抵抗性特性が評価され「十系421号」に軍配が上がった。

 

しかし,無農薬栽培が志向される時代となり虫害が顕在する状況で,「裸」は優位特性になるかも知れない。また,毛茸の有無が耐干性に関係がありそうな体験もしたが,確認はしていない。

 

「裸大豆」の呼称はどこから来たか?

毛がないことを,何故「裸」と呼んだのか。感覚的に分かるが,理屈に合わない。

 

北海道農事試験場では1907年(明治40)に全国から67種を取り寄せ試験を行っているが(高橋良直,福山甚之助「大豆の特性に関する調査及び試験成績」(北海道農事試験場報告10),その中に野幌村産「毛無大豆」,秋田県三浦道哉氏産「裸大豆(「水潜」として)」,静岡県田方農林学校産「裸大豆(「水潜」として)」,山形県村山農学校産「裸大豆(「赤花裸」として)」,伊達村産「裸大豆」,茨城県立農事試験場産「裸大豆」,群馬農事試験場産「水潜」,秋田県大曲農学校産「水潜」などがあり,無毛~毛少と記されている。このことからも,北海道では一般的に,全国的にも広く「裸大豆」という呼称が使われていたのだろう。

ちなみに,「水潜」は水に浸かっても枯れなかった(耐湿性)との理由から,名付けられたと推測されている。

 

大豆の毛に関する形態的な研究は古くから存在する。一般には,①剛毛(直生),②軟毛(伏生),③無毛(短毛)と分類され,裸大豆は③無毛(短毛)をさす。無毛といっても,顕微鏡下では突起している細胞が観察されるが,長く伸びていないので肉眼では毛が無いように見える。また,毛の色は渇と灰白色に分かれる。

 

麦類の場合は,「裸麦」(Naked barleyHordeum vulgare L),「裸燕麦」(Naked oatAvena nuda L.)など「裸」に結び付く言葉が使われているが,大豆ではGlabrous(無毛の)またはNo pubscence(無毛)という。「裸」に結びつくような言葉ではない。

 

広辞苑の「裸」の項には「転じておおいや飾りのないこと」の意味が上げられている。また漢和辞典にも,つくりの「果」は「外皮のないはだかの木の実。桃,梨,梅など」とある。まあいいか。

 

「無毛大豆」を「裸大豆」と誰が最初に呼称したのか,どなたかご存知ですか?

 


 

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« アルゼンチン大豆育種技術協... | トップ | アルゼンチンの大牧場主「伊... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

北海道の豆<豆の育種のマメな話>」カテゴリの最新記事