Ma Vie Quotidienne

一歳に二度も来ぬ春なればいとなく今日は花をこそ見れ

読書  妊娠カレンダー  小川洋子著 

2011-12-30 01:28:43 | Book


小川洋子シリーズ。
彼女が芥川賞を受賞した「妊娠カレンダー」のほか
2編が収められています。

これまで読んだ彼女の作品はいずれも愛の物語でしたが、
今回の3編はいずれも
皆が持っている負とか陰とか黒みたいなもののお話。

より正確に言うと、
「博士の~」も「猫を~」もそういう暗い部分がベースにあるのですが、
それをカバーする温かいものの占める割合が大きい。
私が知ってる数少ない作家さんで例えると、
梨木果歩的な温かさ。

一方、今回の3編には愛もあるけど
ちょっと歪んでいたり、陰の部分のほうが大きかったり。
作家で例えると川上未映子的な生々しさ、みたいな感じ。



「妊娠カレンダー」

姉が妊娠した。

もともと神経症的な姉にとって
自分のおなかの中で起こっていることは、
基礎体温のグラフを変化させるもの、
超音波写真の中の小さく白いもの、
ひどいつわりの原因、
自分の中で勝手に大きくなっていくもの。

妹にとっては赤ん坊は「染色体」。
そして姉に「負」の変化を及ぼすもの。

たまたま作ったグレープフルーツのジャムを
つわり明けの姉が気に入り、
出来立てを鍋からすくって貪り食う。

姉がまた食べたいというから毎日作る。
妹は知っている。
アメリカ産のグレープフルーツには
染色体に傷をつけ発がん性がある薬品がかかっていることを。
薬品がたっぷりかかった皮を丁寧に刻んで入れる。

姉は妊娠をきっかけにハチャメチャさに歯止めが利かなくなり、
身体的にも丸々太ってラインが崩れていく。
今までの姉は破壊され、別のものになっていく。

妹の中に潜む黒い小さな影が
破壊されたものから生まれる無垢の物のなかに
破壊の因子を植え付ける。

どんどん姉のおなかは大きくなる。
そしていよいよ妹が丹念に傷をつけてきた「染色体」、
破壊された姉の赤ん坊との対面・・・・。


「ドミトリィ」

旦那さんの赴任先のスウェーデンにもうすぐ発たなくてはならない主人公。
海外の知らない街。気が重い。

向かうべきところがある一方で、過去に引き戻され、
あるきっかけで、
学生時代を過ごした寮へ6年ぶりに足を運ぶことになる。

寂れた学生寮と両手片足を切断された寮長との再会。

寮長は残された部分で器用に何でもこなし、
彼のその動きには美しささえ感じられる。

彼は自分が失ったものへのコンプレックスなのか、
人間の「器官としての身体」にフェティシズムともいえるほどの興味があり、
そんな彼の一面と彼を蝕む病魔、
消えた男子学生、
庭に咲くチューリップ、その周りを飛ぶ蜜蜂、
それらが奇妙に融合し、
不気味なねっとりとした液体となって、
私たちの脳裏になにかしら残虐な影を落とす。


「夕暮れの給食室と雨のプール」

結婚を控えた主人公が不思議な親子と出会う。
親子はどうやら何かの宗教の布教をして歩いているらしい父親と3歳の子供。

主人公は犬の散歩中に、土手の下にある小学校の裏で偶然その親子に再会した。
父親はおもむろに
「夕暮れの給食室を見ると、僕はいつも雨の日のプールを思い浮かべるんです。」
と、自分の子供のころの記憶について語り始める。
それは特別変わった体験ではないし特別強烈なオチがあるわけでもない。
ただ淡々と語り、「ただそれだけです」みたいな感じで終わる。

親子は明日から別の町に移って活動をするので
多分もう会うことはない。

おそらく父親は自分が子供の時も親の布教活動に連れて歩かれたのだろう。
そうして決められたレールの上を歩かざるを得ない境遇の親子。

一方、
親戚一同に反対された相手との結婚を押し通すためにこの町に来た主人公。
電話も取り付けられないような貧乏生活が待っているが、
これでよかったのだと自分の意思を確認するかのように、
いままだ離れて暮らす婚約者から届いた
「オヤスミ」とだけ記された電報をまた手に取って見つめるために
親子が去ったのとは逆の方向へ足早に帰路に付く。




いずれのお話においても
ありふれた日常的な風景の淡々とした描写と
ちょっとした非日常の緻密でゾクゾクするような描写のコントラストが
読み手を物語にどんどん引き込みます。
特に、
物語と何の関係があるのかわからないような
ごくありふれた出来事の淡々とした描写とその挿入は
フランス映画のそれに通ずるものがあり、
あのアンニュイな感じの映像が脳内に湧いてきます。

と思っていたら「夕暮れ~」と「妊娠カレンダー」は
英訳されてニューヨークで発行されている週刊誌に載ったそうで。
うん、わかる気がする。

それつながりで知ったことですが、
小川洋子さんの「薬指の標本」という作品、
数年前にフランス映画で同名のものがあり、
勝手に同名の異なる作品だと思い込んでましたが、
いえいえ、
小川さんの作品をフランス人が高く評価して映画化したものでした。

この「妊娠カレンダー」という作品集をきっかけに
すっかり小川ワールドにはまってしまいました。


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