東京・台東借地借家人組合1

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【判例】 土地明渡請求事件 (東京地裁平成23年6月29日判決)

2012年02月08日 | 土地明渡(借地)

判例

平成23年6月29日判決言渡

平成22年(ワ)第31274号 建物収去土地明渡請求事件

 

                    主      文

 1 原告の請求を棄却する。

 2 訴訟費用は原告の負担とする。

 

                    事実及び理由

第1 請求
 1 被告は、原告に対し、別紙物件目録記載2の建物(木造瓦葺2階建、1階34.54㎡・2階14.87㎡)を収去して別紙物件目録1の土地(宅地・42.075㎡)を明け渡せ。

 2 被告は、原告に対し、平成22年9月12日から第1項の建物明渡済みまで1か月金2万5500円の割による金員を支払え。


第2 当事者の主張

 1 請求原因
  (1) A(賃貸人)は、B(賃借人)に対し、昭和47年9月13日、目的を普通建物所有とし、賃借人が建物を改築又は増築するときは賃貸人の承諾を要するとの特約(無断増改築禁止特約)を付して別紙物件目録記載1の土地(以下「本件土地」という。)を賃貸し、そのころ、引き渡した。

  (2) 原告は、昭和55年9月9日、Aから、本件土地の賃貸人たる地位を相続した。

  (3) 被告は、昭和59年7月25日、Bから、本件と地上の別紙物件目録記載2の建物(以下「本件建物」という。)を買い受け、現在まで所有している。

  (4) 原告は、被告に対し、昭和59年7月25日、本件土地を賃料月額6758円で賃貸し(以下「本件賃貸借契約」という。)、そのころ、引き渡した。

  (5) 無断増改築禁止特約違反
    ア 原告と被告は、本件賃貸借契約締結の際、無断増改築禁止特約を合意し、又は、AとBとの間の無断増改築禁止特約を承継した。

    イ 被告は、平成19年2月ころ、本件建物につき、外壁を取り替え、ベランダを新設するなどの増改築工事をした。

  (6) 原告は、被告に対し、平成19年6月9日、無断増改築禁止特約違反等の債務不履行により本件賃貸借契約を解除との意思表示をした。

  (7) 本件土地の使用損害金は、1か月当たり2万5500円(1坪当たり2000円)を下回らない。

  (8) よって、原告は、被告に対し、本件賃貸借契約締結の終了に基づき、本件建物の収去及び本件土地の明渡しを求めるとともに、本件土地の明渡済みまで1か月2万5500円の割合による使用損害金の支払を求める。


 2 請求原因に対する否認
  (1) 請求原因(1)ないし同(3)は認める。

  (2) 同(4)は知らない。

  (3) 同(5)ア及び同イは否認し、争う。 

     被告が、無断増改築禁止特約に合意したことはない。また、被告は、本件建物の美観及び使用上の便宜を改善するため、平成10年ころに外壁にサイディングボードを貼り付け、平成13年ころに既存の木製ベランダをアルミ製に替えるなど、躯体変更を伴わない補修改良工事をしたにすぎない。

  (4) 同(6)は認め、その効果は争う。

  (5) 同(7)は争う。


 3 抗弁 (信頼関係不破壊)
   被告が平成13年ころまでに美観改善等の目的でした補修工事により本件建物の存続期間が伸張されたとはいえない上、原告は近隣に住みながら10年近く異議を述べなかったから、信頼関係破壊と認めるに足りない事情がある。なお、被告は、原告からの更新料の支払い請求を拒絶したが、そもそも更新料の支払義務がないから、信頼関係破壊を認める事情とはならない。


 4 抗弁に対する認否
   否認し、争う。

   被告は、平成19年2月ころ、朽廃状態にあった本件建物に新築にも等しい増改築をしてその存続期間を著しく伸張させた。また、被告は、原告が平成16年7月ころまでに1坪当たり15万円の更新料を請求したにもかかわらず、近隣の原告所有地の他の借地人らと異なり更新料の支払を拒絶した。したがって、被告と原告との信頼関係は破壊されている。


第3 当裁判所の判断

 1 請求原因(無断増改築禁止特約違反に基づく債務不履行解除)について

  (1) 請求原因(1)ないし同(3)は当事者間に争いがない。

  (2) 証拠(甲13、乙3)及び弁論の全趣旨によれば、請求原因(4)の事実が認められる。

  (3) 請求原因(5)ア (無断増改築禁止特約の存否)について検討するに、本件賃貸借契約締結時の契約書自体は証拠として提出されていない。

     しかし、後記の証拠及び弁論の全趣旨によれば、AはBに本件土地を賃貸する際、無断増改築禁止特約が印刷された市販の契約書を使用したこと(甲3)、A及びその相続人である原告は、本件土地以外の土地の借地人との間でも、それぞれ昭和51年と平成元年に、無断増改築禁止特約が印刷された市販の契約書を用いて土地賃貸借契約を締結していたこと(甲4の1、4の2)、原告本人は本件賃貸借契約締結時に同様の契約書を作成した旨陳述し(甲13)、被告本人は契約締結自体を認めつつ契約書を作成したか覚えていないと陳述するにとどまること(乙3)などを総合すると、原告と被告との間で、無断増改築禁止特約が印刷された市販の契約書を利用して本件賃貸借契約を締結し又はAとBとの間の無断増改築禁止特約を承継したことは推認され、同特約があったことは認められる。

  (4) 請求原因(5)イ (無断増改築禁止特約違反の有無)について検討するに、証拠(後記のほか、甲5に1、5の2、12の11、ないし12の14、乙2、3、)及び弁論の全趣旨によれば、①本件建物は昭和22年ころに建築された木造瓦葺2階建ての建物であること(甲2の1ないし2の3)、②被告が、平成10年5月ころ、本件建物の外壁全体にサイディングボードを貼り付けたこと(乙1。以下「本件外壁工事」という。)、③被告が、平成13年ころ、本件建物玄関上側にアルミ製ベランダを取り付けたこと(以下「本件ベランダ工事」といい、本件外壁工事と併せて「本件各工事ともいう。)は認められる。原告本人は、被告が平成19年2月ころに外壁の取替え及びベランダの新設を含む増改築工事をしたとの陳述書(甲13)を提出するが、工事時期及び内容を裏付ける客観的証拠はなく、被告本人が古くなった既存の木製ベランダをアルミ製に取り替えたに過ぎないと陳述していること(乙3)などに照らし、上記認定を左右しない。

 また、無断増改築禁止特約は、借地人が目的の範囲内で借地上の所有建物を保存改良する自由を制限するものであり、特に本件賃貸借契約上の同特約は前記のとおり市販の契約書の定型文言によるものにすぎないから、同特約を「増築又は改築」以外の大修繕等に拡大解釈することは許されないというべきである。本件各工事は、上記方法・程度に照らせば、比較的大規模な修繕改良工事とはいえるとしても、直ちに増築(床面積の増加)とも改築(建替え・建直し)とは認められず、無断増改築禁止特約違反自体を認めるに足りない。

  (5) したがって、その余について判断するまでもなく、請求原因には理由がないことになる。


 2 抗弁 (信頼関係不破壊)について
  (1) なお、念のため、仮に本件各工事が特約にいう増改築にあたるとした場合の抗弁の成否についても検討する。無断増改築がされた場合でも、借地人の土地の通常の利用上相当であり、賃貸人に著しい影響を及ぼさないなど、賃貸人に対する信頼関係を破壊するおそれがあると認めるに足りないときは、賃貸人が無断増改築禁止特約に基づき解除権を行使することは許されないと解される(最高裁昭和41年4月21日判決・民集20巻4号720頁参照)。

  (2) 前記のとおり、本件各工事は、外壁にサイディングボードを貼り付け、ベランダをアルミ製化するもので、本件建物の美観のみならずその効用を維持改善するものとはいえるが、本件建物の躯体自体に変更を加えるものではなく、本件建物の耐用年数への影響の有無・程度を認めるに足りる証拠もなく、借地人の土地の通常の利用上相当の範囲を超えるものではないと認められる。これに加え、そもそも本件賃貸借契約の契約書が現存しているかも不明であり、無断増改築禁止特約の内容の明確性にも疑問があること、平成10年5月ころの本件外壁工事が平成19年2月ころまで問題とされなかったことなども総合考慮すれば、本件各工事をもって信頼関係破壊と認めるに足りない特段の事情があったというべきである。

  (3) これに対し、原告は、本件建物は本件各工事がなければ朽廃状態にあったと主張する。確かに、本件建物に隣接しほぼ同時期に建設された別人所有の建物が平成10年当時に朽廃状態にあったことは認められるが(甲9の1、9の2、10、11、12の1ないし12の10)、建物の耐用年数は建築以来の保存・管理状況等により相当異なり得るから、直ちに原告の上記主張を認めるに足りない。

 また、原告の主張どおり、被告が原告から本件賃貸借契約の更新時期である平成16年7月ころまでに更新料の請求を受けながらその支払を拒絶したことは認められる(甲13、乙3)。しかし、本件全証拠によるも、本件賃貸借契約上の更新料支払義務を根拠付ける原告と被告との間の合意又は事実たる慣習を認めるに足りず、更新料の支払拒絶は信頼関係破壊を基礎づける事情とならない。その他原告の主張は上記認定を左右するものではない。

  (4) したがって、仮に本件各工事を特約所定の増改築とみる余地があるとしても抗弁が成立し、いずれにしろ無断増改築禁止特約違反を理由とする本件賃貸借契約の解除には理由がない。


 3 よって、原告の請求は理由がないので棄却する。


         東京地方裁判所民事第39部

                 裁 判 官   押 野  純

 

           

 

東京・台東借地借家人組合

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