東京・台東借地借家人組合1

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【判例】*借地人の供託した賃料額が後日の裁判適正賃料よりも遥かに低額であったにも拘らず借地法12条2項の相当賃料と認められた事例

2018年11月19日 | 民法・借地借家法・裁判・判例

最高裁判例

借地人の供託した賃料額が後日の裁判適正賃料よりも遥かに低額であったにも拘らず借地法12条2項の相当賃料と認められた事例
(最高裁平成5年2月18日判決 判例タイムズ816号189頁)


       主   文
 原判決中上告人敗訴部分を破棄し、第1審判決中右部分を取り消す。
 前項の部分に関する被上告人(賃貸人)の請求を棄却する。
 訴訟の総費用は被上告人(賃貸人)の負担とする。


       理   由
 上告(賃借人)代理人永原憲章、同藤原正廣の上告理由について

 (1) 原審の確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
  1 上告人(賃借人)は、昭和45年5月23日、被上告人(賃貸人)から、第1審判決別紙物件目録1記載の土地(以下「本件土地」という。)を、建物所有を目的として、賃料月額6760円で賃借し、右土地上に同目録2記載の建物(以下「本件建物」という。)を所有している。

  2 被上告人(賃貸人)は、上告人(賃借人)に対し、本件土地の賃料を、昭和57年9月13日ころ到達の書面で同年10月1日から月額3万6052円に、昭和61年12月30日到達の書面で昭和62年1月1日から月額4万8821円に、それぞれ増額する旨の意思表示をした後、本件土地の賃料が右各増額の意思表示の時点で増額されたことの確認を求める訴訟を神戸地方裁判所に提起した(同庁昭和62年(ワ)第36号、以下「賃料訴訟」という。)。

  3 被上告人(賃貸人)は、上告人(賃借人)に対し、賃料訴訟の係属中の昭和62年7月8日到達の書面で、昭和57年10月1日から同61年12月31日まで月額3万6052円、昭和62年1月1日から同年6月30日まで月額4万6000円による本件土地の賃料合計211万4652円を同年7月13日までに支払うよう催告するとともに、右期間内に支払のないときは改めて通知することなく本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

  4 上告人(賃借人)は、被上告人(賃貸人)に対し、従前の月額6760円の賃料を提供したが、受領を拒絶されたため、昭和59年5月12日に同年6月分まで月額6760円、昭和62年1月28日に同59年7月分から同62年6月分まで月額1万140円、昭和62年7月10日に同年7月分から同年12月分まで月額2万3000円を、いずれも上告人(賃借人)において相当と考える賃料として供託した。

  5 昭和62年12月15日、賃料訴訟において、本件土地の賃料が昭和57年10月1日から同61年12月31日までは月額3万6052円、昭和62年1月1日以降は月額4万6000円であることを確認する旨の判決がされ、控訴なく確定した。昭和63年3月1日、上告人(賃借人)と被上告人(賃貸人)との間で、賃料訴訟で確認された同62年6月30日までの本件土地の賃料と上告人(賃借人)の供託賃料との差額及びこれに対する法定の年1割の割合による利息を支払って清算する旨の合意が成立し、上告人(賃借人)は右合意に従って清算金を支払った。

  6 被上告人(賃貸人)は、上告人(賃借人)に対し、前記の賃料増額の意思表示のほかにも、昭和47年4月から月額2万2533円に、同53年1月から月額2万6288円に、同55年7月から月額3万1546円に各増額する旨の意思表示をその都度したが、上告人(賃借人)はこれに応ぜず、前記のとおり昭和59年6月分まで当初の月額6760円の賃料を供託し続けた。また、上告人(賃借人)は、本件土地の隣地で被上告人(賃貸人)が他の者に賃貸している土地について、昭和45年以降数度にわたって合意の上で賃料が増額されたことの大要を知っていた。

 (2) 原審は、被上告人(賃貸人)の本件建物収去本件土地明渡等請求を認容した第1審判決は、賃料相当損害金請求に関する一部を除いて、正当であるとした。

その理由は、次のとおりである。
  1 借地法12条2項にいう「相当ト認ムル」賃料とは、客観的に適正である賃料をいうものではなく、賃借人が自ら相当と認める賃料をいうものと解されるが、それは賃借人の恣意を許す趣旨ではなく、賃借人の供託した賃料額が適正な賃料額と余りにもかけ離れている場合には、特段の事情のない限り、債務の本旨に従った履行とはいえず、さらに、そのような供託が長期にわたって漫然と続けられている場合には、もはや賃貸人と賃借人の間の信頼関係は破壊されたとみるべきである。

  2 1記載の事実関係の下において、上告人(賃借人)が相当と考えて昭和57年10月1日から同62年30日までの間に供託していた賃料は、賃料訴訟で確認された賃料の約5.3分の1ないし約3.6分の1と著しく低く、上告人(賃借人)は、右供託賃料が本件土地の隣地の賃料に比してもはるかに低額であることを知っていたし、他に特段の事情もないから、上告人(賃借人)の右賃料の供託は債務の本旨に従った履行と認めることはできず、上告人(賃借人)が、被上告人(賃貸人)の数回にわたる賃料増額請求にもかかわらず、約12年余の間にわたり当初と同一の月額6760円の賃料を漫然と供託してきた事実を併せ考えると、当事者間の信頼関係が破壊されたと認めるのが相当であり、本件賃貸借契約は昭和62年7月13日の経過をもって賃料不払を理由とする解除により終了した。


 (3) しかし、被上告人(賃貸人)の請求は理由があるとした原審の右判断部分は、是認できない。その理由は、次のとおりである。

 借地法12条2項は、賃貸人から賃料の増額請求があった場合において、当事者間に協議が調わないときには、賃借人は、増額を相当する裁判が確定するまでは、従前賃料額を下回らず、主観的に相当と認める額の賃料を支払っていれば足りるものとして、適正賃料額の争いが公権的に確定される以前に、賃借人が賃料債務の不履行を理由に契約を解除される危険を免れさせるとともに、増額を確認する裁判が確定したときには不足額に年1割の利息を付して支払うべきものとして、当事者間の利益の均衡を図った規定である。

 そして、本件において、上告人(賃借人)は、被上告人(賃貸人)から支払の催告を受ける以前に、昭和57年10月1日から同62年6月30日までの賃料を供託しているが、その供託額は、上告人(賃借人)として被上告人(賃貸人)の主張する適正賃料額を争いながらも、従前賃料額に固執することなく、昭和59年7月1日からは月額1万140円に増額しており、いずれも従前賃料額を下回るものではなく、かつ上告人(賃借人)が主観的に相当と認める額であったことは、原審の確定するところである。そうしてみれば、上告人(賃借人)には被上告人(賃貸人)が本件賃貸借契約解除の理由とする賃料債務の不履行はなく、被上告人(賃貸人)のした解除の意思表示は、その効力がないといわなければならない。

 もっとも、賃借人が固定資産税その他当該賃借土地に係る公租公課の額を知りながら、これを下回る額を支払い又は供託しているような場合には、その額は著しく不相当であって、これをもって債務の本旨に従った履行ということはできないともいえようが、本件において、上告人(賃借人)の供託賃料額が後日賃料訴訟で確認された賃料額の約5.3分の1ないし約3.6分の1であるとしても、その額が本件土地の公租公課の額を下回るとの事実は原審の認定していないところであって、未だ著しく不相当なものということはできない。また、上告人(賃借人)においてその供託賃料額が本件土地の隣地の賃料に比べはるかに低額であることを知っていたとしても、それが上告人(賃借人)において主観的に相当と認めた賃料額であったことは原審の確定するところであるから、これをもって被上告人(賃貸人)のした解除の意思表示を有効であるとする余地もない。

 (4) そうすると、原判決には借地法12条2項の解釈適用を誤った違法があり、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、この点をいう論旨は理由がある。そして、以上によれば、被上告人(賃貸人)の請求は理由がないことに帰するから、原判決中上告人敗訴部分を破棄し、第1審判決中右部分を取り消した上、右部分に係る被上告人(賃貸人)の本訴請求を棄却すべきである。


 よって、民訴法408条、396条、386条、96条、89条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
   最高裁裁判長裁判官三好達、裁判官大堀誠一、同橋元四郎平、同味村治、同小野幹雄

 

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