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【判例】*災害により建物が滅失し、契約が終了した時は、「敷引金」を返還すべきである(平成10年9月3日最高裁判決)

2013年04月01日 | 敷金・保証金・原状回復に関する判例等

平成9年(オ)第1446号平成10年9月3日第1小法廷判決

(要旨)
 阪神・淡路大震災のような災害により賃借家屋が滅失し、居住用家屋の賃貸借契約が終了したときは、特段の事情がない限り、賃貸人は賃借人に「敷引金」を返還すべきである。

(内容)
件名 保証金返還請求事件(最高裁判所平成9年(オ)第1446号 平成10年9月3日第1小法廷判決、破棄自判)
原審 大阪高等裁判所

 

             主     文

       原判決を破棄する。

       被上告人の控訴を棄却する。

       控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。


             理     由

 上告代理人大藏永康、同児玉優子の上告理由について

 居住用の家屋の賃貸借における敷金につき、賃貸借契約終了時にそのうちの一定金額又は一定割合の金員(以下「敷引金」という。)を返還しない旨のいわゆる敷引特約がされた場合において、災害により賃借家屋が滅失し、賃貸借契約が終了したときは、特段の事情がない限り、敷引特約を適用することはできず、賃貸人は賃借人に対し敷引金を返還すべきものと解するのが相当である。けだし、敷引金は個々の契約ごとに様々な性質を有するものであるが、いわゆる礼金として合意された場合のように当事者間に明確な合意が存する場合は別として、一般に、賃貸借契約が火災、震災、風水害その他の災害により当事者が予期していない時期に終了した場合についてまで敷引金を返還しないとの合意が成立していたと解することはできないから、他に敷引金の不返還を相当とするに足りる特段の事情がない限り、これを賃借人に返還すべきものであるからである。

 これを本件について見ると、原審の適法に確定した事実関係によれば、本件賃貸借契約においては、阪神・淡路大震災のような災害によって契約が終了した場合であっても敷引金を返還しないことが明確に合意されているということはできず、その他敷引金の不返還を相当とするに足りる特段の事情も認められない。したがって、被上告人は敷引特約を適用することはできず、上告人は、被上告人に対し、敷引金の返還を求めることができるものというべきである。

 そうすると、右と異なる原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は右の趣旨をいうものとして理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、以上に説示したところによれば、上告人の本訴請求は理由があり、第一審判決は正当であるから、被上告人の控訴を棄却することとする。

 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

      最高裁判所第一小法廷

            裁判長裁判官      井  嶋  一  友 

                 裁判官      小  野  幹  雄 

                 裁判官      遠  藤  光  男 

                 裁判官      藤  井  正  雄 

                 裁判官      大  出  峻  郎


 

 

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【判例】 *敷引特約が消費者契約法10条により無効では無いとされた事例 (最高裁平成23年7月12日判決)

2011年10月25日 | 敷金・保証金・原状回復に関する判例等

 判  例

事件番号・・・・・・・・ 平成22(受)676

事件名・・・・・・・・・・ 保証金返還請求事件

裁判所・・・・・・・・・・ 最高裁判所第三小法廷

裁判年月日・・・・・・ 平成23年7月12日

裁判種別・・・・・・・・ 判決

原審裁判所・・・・・・ 大阪高等裁判所

原審事件番号・・・・ 平成21(ネ)2154

原審裁判年月日・・ 平成21年12月15日

裁判要旨・・・・・・・・ 消費者契約である居住用建物の賃貸借契約に付されたいわゆる敷引特約が消費者契約法10条により無効ということはできないとされた事例


 


主        文

1  原判決中,上告人敗訴部分を次のとおり変更する。上告人の控訴に基づき第1審判決を次のとおり変更する。

 (1) 上告人は,被上告人に対し,4万4078円及びこれに対する平成20年7月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

 (2) 被上告人のその余の請求を棄却する。

2  訴訟の総費用は,これを20分し,その1を上告人の負担とし,その余を被上告人の負担とする。

 

理        由

 上告代理人藤井正大,同堀大助の上告受理申立て理由(ただし,排除されたものを除く。)について

1 本件は,居住用建物を上告人から賃借し,賃貸借契約終了後これを明け渡した被上告人が,上告人に対し,同契約の締結時に差し入れた保証金のうち返還を受けていない80万8074円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める事案である。上告人は,同契約には保証金のうち一定額を控除し,これを上告人が取得する旨の特約が付されているなどと主張するのに対し,被上告人は,同特約は消費者契約法10条により無効であるなどとして,これを争っている。

 

 2  原審の適法に確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。

 (1) 被上告人は,平成14年5月23日,Aとの間で,京都市左京区上高野西氷室町所在のマンションの一室(以下「本件建物」という。)を賃借期間同日から平成16年5月31日まで,賃料1か月17万5000円の約定で賃借する旨の賃貸借契約(以下「本件契約」という。)を締結し,本件建物の引渡しを受けた。本件契約は,消費者契約法10条にいう「消費者契約」に当たる。

 (2) 被上告人とAとの間で作成された本件契約に係る契約書(以下「本件契約書」という。)には,次のような条項があった。

 ア 賃借人は,本件契約締結時に保証金として100万円(預託分40万円,敷引分60万円)を賃貸人に預託する(以下,この保証金を「本件保証金」という。)。

 イ 賃借人に賃料その他本件契約に基づく未払債務が生じた場合には,賃貸人は任意に本件保証金をもって賃借人の債務弁済に充てることができる。その場合,賃借人は遅滞なく保証金の不足額を補塡しなければならない。

 ウ 本件契約が終了して賃借人が本件建物の明渡しを完了し,かつ,本件契約に基づく賃借人の賃貸人に対する債務を完済したときは,賃貸人は本件保証金のうち預託分の40万円を賃借人に返還する(以下,本件保証金のうち敷引分60万円を控除してこれを賃貸人が取得することとなるこの約定を「本件特約」といい,本件特約により賃貸人が取得する金員を「本件敷引金」という。)。

 (3) 被上告人は,本件契約の締結に際し,本件保証金100万円をAに差し入れた。

 (4) 上告人は,平成16年4月1日,Aから本件契約における賃貸人の地位を承継し,その後,被上告人との間で,本件契約を更新するに当たり,賃料の額を1か月17万円とすることを合意した。

 (5) 本件契約は平成20年5月31日に終了し,被上告人は,同年6月2日,上告人に対し,本件建物を明け渡した。

 (6) 被上告人は,平成20年6月29日,上告人に対し,本件保証金100万円を同年7月7日までに返還するよう催告した。上告人は,同月3日,本件保証金から本件敷引金60万円を控除した上,被上告人が本件契約に基づき上告人に対して負担すべき原状回復費用等として更に20万8074円(原状回復費用17万5500円,明渡し遅延による損害金2万2666円,消費税9908円の合計)を控除し,その残額である19万1926円を被上告人に返還した。

 (7) 被上告人が本件契約に基づき上告人に対して負担すべき原状回復費用等は,合計16万3996円である。

3 原審は,次のとおり判断して,本件特約は消費者契約法10条により無効であるとして,被上告人の請求を64万4078円及び遅延損害金の支払を求める限度で認容すべきものとした。

 (1) 本件特約は,公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し,消費者である被上告人の義務を加重したものである。

 (2) 本件契約の締結に当たり,被上告人が,建物賃貸借に関する具体的な情報(礼金,保証金,更新料等を授受するのが通常かどうか,同種の他の物件と比較して本件契約の諸条件が有利であるか否か)を得た上で,賃貸人が把握していた情報等との差が是正されたといえるかは必ずしも明らかではない。また,被上告人が本件特約について賃貸人と交渉する余地があったのか疑問が存する。そして,本件敷引金は,本件保証金の60%,月額賃料の約3.5か月分にも相当する額であり,本件契約の賃料の額や本件保証金の額に比して高額かつ高率であり,被上告人にとって大きな負担となると考えられる。これに対し,被上告人が,本件契約の締結に当たり,本件特約の法的性質等を具体的かつ明確に認識した上で,これを受け入れたとはいい難い。

 したがって,本件特約は信義則に反して被上告人の利益を一方的に害するものである。

4 しかしながら,原審の上記3(2)の判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

 本件特約は,本件保証金のうち一定額(いわゆる敷引金)を控除し,これを賃貸借契約終了時に賃貸人が取得する旨のいわゆる敷引特約である。賃貸借契約においては,本件特約のように,賃料のほかに,賃借人が賃貸人に権利金,礼金等様々な一時金を支払う旨の特約がされることが多いが,賃貸人は,通常,賃料のほか種々の名目で授受される金員を含め,これらを総合的に考慮して契約条件を定め,また,賃借人も,賃料のほかに賃借人が支払うべき一時金の額や,その全部ないし一部が建物の明渡し後も返還されない旨の契約条件が契約書に明記されていれば,賃貸借契約の締結に当たって,当該契約によって自らが負うこととなる金銭的な負担を明確に認識した上,複数の賃貸物件の契約条件を比較検討して,自らにとってより有利な物件を選択することができるものと考えられる。そうすると,賃貸人が契約条件の一つとしていわゆる敷引特約を定め,賃借人がこれを明確に認識した上で賃貸借契約の締結に至ったのであれば,それは賃貸人,賃借人双方の経済的合理性を有する行為と評価すべきものであるから,消費者契約である居住用建物の賃貸借契約に付された敷引特約は,敷引金の額が賃料の額等に照らし高額に過ぎるなどの事情があれば格別,そうでない限り,これが信義則に反して消費者である賃借人の利益を一方的に害するものということはできない(最高裁平成21年(受)第1679号同23年3月24日第一小法廷判決・民集65巻2号登載予定参照)。

 これを本件についてみると,前記事実関係によれば,本件契約書には,1か月の賃料の額のほかに,被上告人が本件保証金100万円を契約締結時に支払う義務を負うこと,そのうち本件敷引金60万円は本件建物の明渡し後も被上告人に返還されないことが明確に読み取れる条項が置かれていたのであるから,被上告人は,本件契約によって自らが負うこととなる金銭的な負担を明確に認識した上で本件契約の締結に及んだものというべきである。そして,本件契約における賃料は,契約当初は月額17万5000円,更新後は17万円であって,本件敷引金の額はその3.5倍程度にとどまっており,高額に過ぎるとはいい難く,本件敷引金の額が,近傍同種の建物に係る賃貸借契約に付された敷引特約における敷引金の相場に比して,大幅に高額であることもうかがわれない。

 以上の事情を総合考慮すると,本件特約は,信義則に反して被上告人の利益を一方的に害するものということはできず,消費者契約法10条により無効であるということはできない。

 これと異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は上記の趣旨をいうものとして理由がある。そして,以上説示したところによれば,被上告人の請求は,上告人に対し4万4078円及びこれに対する平成20年7月8日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから,原判決中,上告人敗訴部分を主文第1項のとおり変更することとする。

 よって,裁判官岡部喜代子の反対意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官田原睦夫,同寺田逸郎の各補足意見がある。

 

  裁判官田原睦夫の補足意見は,次のとおりである。

 私は多数意見に与するものであるが,岡部裁判官の反対意見が存することもあり,以下のとおり補足意見を述べる。

 1 現在,建物の賃貸借契約,殊に居住用建物の賃貸借契約において,賃料以外に敷金,保証金,権利金,礼金,更新料等様々の費目による金銭の授受を行うとの定めがおかれていることがある。そのうち「敷金」は,判例法として形成されている,賃貸借契約における賃料の担保及び同契約において賃借人が負担することのある損害賠償金支払債務を担保するための預託金としての性質を有するものである限り,法律上特段の問題は生じない。また,権利金や礼金も,賃貸借契約締結に際して賃借人から賃貸人に一方的に交付されるものであり,それが契約締結の際の条件として明示されている限り,震災等地域全体の賃貸借契約に影響を及ぼすような特別の場合を除いては,法律上特段の問題は存しない。更新料は,契約期間終了時に更に契約を更新するに際して授受するものとして定められる金員であるが,それが借地借家法の定める更新規定に反するか否かの問題はあっても,それも契約締結時に明示されている限り,その趣旨は明らかである。

 問題となり得るのは,保証金である。その法律上の性質について種々議論されているが,少なくとも本件では保証金名下で差し入れられた100万円中60万円は,明渡し後も返還されないことが契約締結時に明示されているのであるから,その法的性質が如何であれ,賃借人は本件契約締結時に,本件建物明渡し後に同金額が返還されないものであることは,明確に認識できるのである。

 2 建物賃貸借において,上記のごとき費目の金銭が授受されるか否か,また如何なる費目の金銭が授受されるかは各地域における慣行に著しい差異がある。国土交通省が公表している調査資料によれば,例えば,敷金あるいは保証金名下で賃貸借契約締結時に賃貸人に差し入れられた金員のうち,明渡し時に一定額(あるいは一定割合)を差し引く旨のいわゆる敷引特約(以下,単に「敷引特約」という。なお,この差引き部分は,上記の本来の敷金としての性質を有するものではないから,「敷引特約」という用語は誤解を招く表現であるが,一般にかかる用語が用いられているところから,それに従う。)は,京都,兵庫,福岡では半数から大多数の賃貸借契約において定められているのに対し,大阪では約30パーセント,東京では約5パーセントに止まっており,また更新料については,かかる条項が設けられている契約事例が,東京や神奈川では半数以上を占めるのに対し,大阪や兵庫では,その定めがあるとの回答は零であったなど,首都圏とそれ以外の地域で著しい差異があり,また,近畿圏でも,京都,大阪,兵庫の間で顕著な差異が見られるのであって,賃貸借契約における賃料以外の金銭の授受に係る条項の解釈においては,当該地域の実情を十分に認識した上でそれを踏まえて法的判断をする必要がある(なお,このような各地域の実情は,地裁レベルでは裁判所に顕著な事実というべきものである。)。

 岡部裁判官は,その反対意見において,賃貸人は敷引特約の条項を定めるに当たっては,その敷引部分に通常損耗費が含まれるか否か,礼金や権利金の性質を有するか否か等その具体的内容を明示するべきであると主張されるが,そこで述べられる礼金や権利金についても,それに通常損耗費の補塡の趣旨が含まれているか否かをも含めて必ずしも明確な概念ではなく,また,上記のとおり賃貸借契約の締結ないし更新に伴って授受される一時金については各地域毎の慣行に著しい差異が存することからすれば,敷引特約の法的性質を一概に論じることは困難であり,いわんや賃貸人にその具体的内容を明示することを求めることは相当とは言えない。

3 現代の我が国の住宅事情は,団塊の世代が借家の確保に難渋した時代と異なり,全住宅のうちの15パーセント近く(700万戸以上)が空き家であって,建物の賃貸人としては,かっての住宅不足の時代と異なり,入居者の確保に努力を必要とする状況にある。そこで,賃貸人としては,その地域の実情を踏まえて,契約締結時に一定の権利金や礼金を取得して毎月の賃料を低廉に抑えるか,権利金や礼金を低額にして賃料を高めに設定するか,契約期間を明示して契約更新時の更新料を定めて賃料を実質補塡するか,賃貸借契約時に権利金や礼金を取得しない替わりに,保証金名下の金員の預託を受けて,そのうちの一定額は明渡し時に返還しない旨の特約(敷引特約)を定めるか等,賃貸人として相当の収入を確保しつつ賃借人を誘引するにつき,どのような費目を設定し,それにどのような金額を割り付けるかについて検討するのである。他方,賃借人も,上記のような震災等特段の事情のある場合を除き,一般に賃貸借契約の締結に際し,長期の入居を前提とするか入居後比較的早期に転出する予定か,契約締結時に一時金を差し入れても賃料の低廉な条件か,賃料は若干高くても契約締結時の一時金が少ない条件か等,賃借に当たって自らの諸状況を踏まえて,賃貸人が示す賃貸条件を総合的に検討し,賃借物件を選択することができる状態にあり,賃借人が賃借物件を選択するにつき消費者として情報の格差が存するとは言い難い状況にある。

 4 敷引特約も賃貸条件中の一項目であり,消費者契約法10条前段には一応該当するとは言える。しかし,同条後段との関係では,当該地域の賃貸借契約において定められている一般的な条項や当該契約における他の賃貸条項をも含めて総合的に検討されるべきであり,敷引特約に基づく敷引金と賃料との比較のみから単純にその有効性が決せられるべきものではない。

 なお,敷引特約に基づく敷引金の金額が賃料に比して高額であり,賃貸借契約締結時に当事者が想定していたより短期に賃貸借契約が終了したような場合には,敷引特約に定められた敷金(保証金)をその約定どおり差し引くことが信義則上問題となることがあり得るが,それは当該契約当事者間における個別事情の問題であって,敷引特約の有効性とは異なる問題である。

 5 ところで,賃貸人が賃貸借に伴う通常損耗費を賃借人の負担に求めようとする場合には,賃料として収受すべきであって,賃料以外の敷引金等に求めるのは相当でないとの見解が一部で主張されている。しかし,賃貸人が賃貸借に伴う通常損耗費部分の回収を,賃料に含ませて行うか,権利金,礼金,敷引金等の一時金をもって充てるかは,賃貸人としての賃貸営業における政策判断の問題であって,通常損耗費部分を賃貸借契約において賃貸人が取得することが定められている賃料及びその他の一時金以外に求めるのでない限り,その当不当を論じる意味はない(一審判決が引用する最高裁平成16年(受)第1573号同17年12月16日第二小法廷判決・裁判集民事218号1239頁は,通常損耗費を賃借人が負担する旨の明確な合意が存しないにもかかわらず,賃借人に返還が予定されている敷金から通常損耗費相当額を損害金として差し引くことは許されない旨判示するもので,当初から賃借人に返還することが予定されていない敷引金を通常損耗費に充当することを否定する趣旨のものではない。)。

 6 本件では,賃貸借契約締結後,最初の更新時に賃借人である被上告人は賃料値下げを賃貸人である上告人に了解させているのであるから,被上告人が上告人に比して弱い立場にあったものとは認められない。また,本件契約においては,契約締結時に権利金や礼金の授受はなく,敷引特約は賃貸借契約締結時に明示されているのであって,被上告人はそれを十分に認識して本件契約を締結したものと窺える。そして,本件敷引特約に定める敷引金額は60万円であって,賃料の約3.5ヶ月分と一見高額かのごとくであるが,賃貸借契約が更新されても敷引金額は当初に定められた金額のままなのであるから,賃貸借期間が長期に亘るほどその敷引金額の賃料に対する比率は低下することになるところ,被上告人は本件契約の解約迄6年余本件建物に居住していたものであるから,敷引金額を居住期間の1ヶ月当たりにすると8,333円で,当初の1ヶ月の賃料(共益費込み)の4.76パーセント,更新により改定後の賃料(共益費込み)の4.90パーセントにすぎないのである。

 かかる敷引金を賃貸人が取得することをもって,消費者契約法10条に該当するとは到底認められない。

 

 裁判官寺田逸郎の補足意見は,次のとおりである。

 消費者契約法10条の適用との関係で若干の付言をする。

 1 居住用建物賃貸借契約に見られる「権利金」をはじめとする一時金(賃借人への返還が予定されないもの)の授受については,使用収益の対価を規制することを止めるとの判断で昭和61年に地代家賃統制令が廃止された後は,その趣旨に立ち入って検討し,介入すべき公的動機づけは薄れ(ただし,いわゆる「更新料」については,借地借家法が強行的に権利の存続保障をしていることとの関係で,契約更新に対する阻害要因としてどうみるかという別個の判断要素がある。),その目的が特定されている場合のゆれは残るものの,広い意味で使用収益の対価の一部をなし,賃料として組み込めないものではなくなったという意味で,賃料との本質的な差はなく,いわば賃料を補うものとしての性格をもった金銭の授受と受けとめるべきものとなったといえよう。本件で問題となっているいわゆる「敷引特約」に係る賃貸借終了時に返還されない金銭についても,そのような性格のものであると理解することができる。そうであるとすると,たとえこの部分における賃借人の負担が少なくないとしても,一般的には,これのみを切り離して取り上げ,それが相当性を欠くかどうかの内容的な検討をすることが適切であるとは思われない。多数意見は,基本的に以上のような理解に立っていると考えられる。

 2 ところで,このように解するときは,敷引特約を取り上げて消費者契約法10条の規定の適用を問題となし得るのかというところに立ち返って検討を要することにもなる。同条の規定は,法律に定められている任意規定の適用に比べて消費者の権利を制限し,その義務を加重する契約条項を対象として,その有効性を問題とするものであるところ,敷引特約によって賃借人に返還されないものとされるところが広い意味で賃料の実質を持つ金銭の支払にほかならないということであれば,少なくとも予定していた賃貸借の期間を満了した場合には,民法における賃貸借の規定の枠をはずれて賃借人に義務を課するものではないのではないかと考えられるからである。もちろん,敷引特約の下で,本件のように,契約締結時に差し入れられた金銭のうち返還されないものと約された部分がそのまま契約終了時に債務による差引きの影響を受けずに賃貸人に帰属する結果となる場合には,賃料の支払時期に関する民法614条の規定による賃借人の義務を加重するものと解し得るであろう。しかし,このような特約の意義を支払時期に係る義務の加重程度のものとしてとらえるのでは皮相的とのそしりを免れまい。

 3 そこで,検討するに,結論としては,敷引特約に係る金銭の支払義務が消費者契約法10条の適用対象に当たることを肯定してよいと考える。

 消費者契約法の立法趣旨に鑑みると,同条の規定は,契約条件の実質のみならずその形式にも着目し,それによってもたらされる問題をも対象としているのではないかと考えることができるように思われる。民法等に定める典型契約の規定は,パターン化によって契約における権利義務の関係を一般人にも理解しやすくする機能を有するものとなっているところ,ある契約条件が典型契約としてのパターンから外れた形で消費者に義務を課するものとなっているときは,一般人が通常観念する契約で頭に浮かぶパターンから外れた部分としてその合理性をただちに理解できないおそれがあるのであって,同条の規定の意義は,このように組み立てられた条項によって受けるおそれのある不利益から消費者を救済しようとするところにも広がると考えられるからである。典型契約のパターンから形式的に離れた契約条項が定められる場合には,消費者にとって理解が十分でないまま契約に至るなど契約の自由を基礎づける要素にゆがみが生じるおそれが生じやすいとみて,信義則を通して当該条項の合理性につきより立ち入って審査するという趣旨をみて取るわけである(その意味で,岡部裁判官の反対意見の示す問題意識にも共感できるところがなくはない。このような状況の中には,消費者契約法4条などが対象とする契約締結の手続上の瑕疵としてとらえることができる場合もあるかもしれないが,定型的に条項の在りよう自体の問題としてとらえることを妨げる理由もないように思われる。)。

 このような理解に立って本件をみると,本件の敷引特約は,賃料の実質を有するものの賃料としてではない形で支払義務を負わせるもので,民法の定める賃貸借の規定から形式的に離れた契約条件であるから,上記のような特約の実質的な意義を賃借人が理解していることが明らかであるなど特段の事情がない限りは,消費者契約法10条の「公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し,消費者の権利を制限し,又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項」の対象として扱って差し支えないと解することが相当であろう。

 4 そして,次の段階として,信義則との関係では,1で示したその本質的な性格に鑑み,それが高額あるいは賃料との関係で高率であるということだけで契約条件としての有効性が疑われることはないとしても,広く地域にみられる約定に基づくものであるとはいえ,いわゆる相場からみて高額あるいは高率に過ぎるなど内容面での特異な事情がうかがわれるのであれば,これを契約の自由を基礎づける要素にゆがみが生じているおそれの徴表とみて,当該契約条件を付すことが許されるかどうかにつき,他の契約条件を含めた事情を勘案し,より立ち入った検討を行う過程へと進むことが求められるということになる(相場の高止まりというような競争環境の不十分さまでも考慮に入れて契約内容の不当性を判断する役割を担うことをこの規定に期待すべきではあるまい。)。ただ,本件においては,広く見られる敷引特約の例として,敷引額が高額・高率に過ぎるなど内容的に特異な事情があると認めるべきところがないため,上記のような徴表を欠くものとみて,結局,多数意見の結論に落ち着くこととなると考えるわけである。

 

 裁判官岡部喜代子の反対意見は,次のとおりである。

 1 私は,多数意見と異なり,本件特約は消費者契約法10条により無効であると考える。その理由は,以下のとおりである。

 2 多数意見は,要するに,敷引金の総額が契約書に明記され,賃借人がこれを明確に認識した上で賃貸借契約を締結したのであれば,原則として敷引特約が信義則に反して賃借人の利益を一方的に害するものとはいえないというのである。

 しかしながら,敷引金は個々の契約ごとに様々な性質を有するものであるのに,消費者たる賃借人がその性質を認識することができないまま賃貸借契約を締結していることが問題なのであり,敷引金の総額を明確に認識していることで足りるものではないと考える。

 3 敷引金は,損耗の修繕費(通常損耗料ないし自然損耗料),空室損料,賃料の補充ないし前払,礼金等の性質を有するといわれており,その性質は個々の契約ごとに異なり得るものである。そうすると,賃借物件を賃借しようとする者は,当該敷引金がいかなる性質を有するものであるのかについて,その具体的内容が明示されてはじめて,その内容に応じた検討をする機会が与えられ,賃貸人と交渉することが可能となるというべきである。例えば,損耗の修繕費として敷引金が設定されているのであれば,かかる費用は本来賃料の中に含まれるべきものであるから(最高裁平成16年(受)第1573号同17年12月16日第二小法廷判決・裁判集民事218号1239頁参照),賃借人は,当該敷引金が上記の性質を有するものであることが明示されてはじめて,当該敷引金の額に対応して月々の賃料がその分相場より低額なものとなっているのか否か検討し交渉することが可能となる。また,敷引金が礼金ないし権利金の性質を有するというのであれば,その旨が明示されてはじめて,賃借人は,それが礼金ないし権利金として相当か否かを検討し交渉することができる。事業者たる賃貸人は,自ら敷引金の額を決定し,賃借人にこれを提示しているのであるから,その具体的内容を示すことは可能であり,容易でもある。それに対して消費者たる賃借人は,賃貸人から明示されない限りは,その具体的内容を知ることもできないのであるから,契約書に敷引金の総額が明記されていたとしても,消費者である賃借人に敷引特約に応じるか否かを決定するために十分な情報が与えられているとはいえない。

 そもそも,消費者契約においては,消費者と事業者との間に情報の質及び量並びに交渉力の格差が存在することが前提となっており(消費者契約法1条参照),消費者契約関係にある,あるいは消費者契約関係に入ろうとする事業者が,消費者に対して金銭的負担を求めるときに,その対価ないし対応する利益の具体的内容を示すことは,消費者の契約締結の自由を実質的に保障するために不可欠である。敷引特約についても,敷引金の具体的内容を明示することは,契約締結の自由を実質的に保障するために,情報量等において優位に立つ事業者たる賃貸人の信義則上の義務であると考える(なお,消費者契約法3条1項は,契約条項を明確なものとする事業者の義務を努力義務にとどめているが,敷引特約のように,事業者が消費者に対し金銭的負担を求める場合に,かかる負担の対価等の具体的内容を明示する義務を事業者に負わせることは,同項に反するものではない。)。このように解することは,最高裁平成9年(オ)第1446号同10年9月3日第一小法廷判決・民集52巻6号1467頁が,災害により居住用の賃借家屋が滅失して賃貸借契約が終了した場合において,敷引特約を適用して敷引金の返還を不要とするには,礼金として合意された場合のように当事者間に明確な合意が存することを要求していること,前掲最高裁平成17年12月16日第二小法廷判決が,通常損耗についての原状回復義務を賃借人に負わせるには,その旨の特約が明確に合意されていることが必要であるとしていることから明らかなように,当審の判例の趣旨にも沿うものである。

 4 このような観点から本件特約の消費者契約法10条該当性についてみると,次のようにいうことができる。

 まず,前段該当性についてみると,賃貸借契約においては,賃借人は賃料以外の金銭的負担を負うべき義務を負っていないところ(民法601条),本件特約は,本件敷引金の具体的内容を明示しないまま,その支払義務を賃借人である被上告人に負わせているのであるから,任意規定の適用の場合に比し,消費者である賃借人の義務を加重するものといえる。

 そして,後段該当性についてみると,原審認定によれば,本件敷引金の額は本件契約書に明示されていたものの,これがいかなる性質を有するものであるのかについて,その具体的内容は本件契約書に何ら明示されていないのであり,また,上告人と被上告人との間では,本件契約を締結するに当たって,本件建物の付加価値を取得する対価の趣旨で礼金を授受する旨の合意がなされたとも,改装費用の一部を被上告人に負担させる趣旨で本件敷引金の合意がなされたとも認められないというのであって,かかる認定は記録に徴して十分首肯できるところである。したがって,賃貸人たる上告人は,本件敷引金の性質についてその具体的内容を明示する信義則上の義務に反しているというべきである。加えて,本件敷引金の額は,月額賃料の約3.5倍に達するのであって,これを一時に支払う被上告人の負担は決して軽いものではないのであるから,本件特約は高額な本件敷引金の支払義務を被上告人に負わせるものであって,被上告人の利益を一方的に害するものである。

 以上のとおりであるから,本件特約は消費者契約法10条により無効と解すべきである。

 なお,上告人は,建物賃貸借関係の分野では自己責任の範囲が拡大されてきている,本件特約を無効とすることにより種々の弊害が生ずるなどと述べるが,賃借人に自己責任を求めるには,賃借人が十分な情報を与えられていることが前提となるのであって,私が以上述べたところは,賃借人の自己責任と矛盾するものではなく,かつ,敷引特約を一律に無効と解するものでもないから,上告人の上記非難は当たらない。

5 本件特約が無効であるとした原審の判断は,以上と同旨をいうものとして是認することができる。論旨は理由がなく,上告を棄却すべきである。

 (裁 判 長 裁 判 官・ 田 原 睦 夫  裁 判 官・ 那 須 弘 平  裁 判 官・ 岡 部 喜 代 子 裁判官・ 大谷剛彦  裁判官 ・寺田逸郎)

 

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【判例】 原状回復費が定額補修費を下回る場合は、その差額分の返還請求を認めた事例

2011年05月11日 | 敷金・保証金・原状回復に関する判例等

 判例紹介

事件番号  平成21(レ)167
事件名  敷金返還請求控訴事件
裁判所  さいたま地方裁判所 第1民事部
裁判年月日  平成22年03月18日
判示事項
 賃貸人・賃借人間の定額補修費の合意は敷金類似の金銭預託契約であり,消費者契約法10条に反しないとして,定額補修費のうちペットの消毒費を控除した金額につき賃借人からの返還請求を認めた事例

 

主         文


1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。


事 実 及 び 理 由


第1 当事者の求めた裁判
  1 控訴人
 (1) 原判決中,控訴人敗訴部分を取り消す。
 (2) 被控訴人は,控訴人に対し,5万2250円(請求額9万7000円から原審認容額4万4750円を控除した金額)及びこれに対する平成21年4月10日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。
 (3) 訴訟費用は第1,2審とも被控訴人の負担とする。
 (4) 仮執行宣言


2 被控訴人
  主文1項と同旨

第2 事案の概要
 本件は,被控訴人との間で,A市B町所在のCアパート0号室(以下「本件貸室」という )の賃貸借契約を締結し,その後合意解約して本件貸室を被控訴人に明け渡した控訴人が,①上記賃貸借契約締結の際に,被控訴人に交付した定額補修費8万円は敷金であるとして,また,仮に定額補修費が敷金でなかったとしても,定額補修費の合意は消費者契約法10条に違反して無効であり,被控訴人がこれを不当に利得しているとして定額補修費8万円の返還を,②前払した賃料及び共益費のうち,明渡し日の翌日以降退去月の末日までの分を返還しないとする契約条項は,消費者契約法10条に違反して無効であり,被控訴人が明渡し日の翌日以降の賃料及び共益費に相当する1万7000円を不当に利得しているとしてその返還を,それぞれ求めるとともに,これらに対する訴状送達の日の翌日である平成21年4月10日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

 原判決は,定額補修費8万円のうち 「ペットによる消毒費3万5000円」及びこれに対する消費税相当額1750円を控除した4万3250円及び明渡し後の共益費15日分に相当する1500円の合計4万4750円の返還並びにこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で控訴人の請求を認容し,その余の請求を棄却したところ,控訴人がこれを不服として控訴した。

1 前提となる事実(争いがないか,後掲の証拠によって認定できる事実)
(1) 控訴人は,平成16年12月17日,仲介業者であるD社の仲介により,控訴人との間で,本件貸室を,次の内容で賃借する内容の賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。 )を締結し,平成17年1月27日に本件貸室の引渡しを受けた。

 ア 賃貸借期間・・平成17年1月27日から2年間
 イ 賃料・・・・・・・・1か月3万1000円
 ウ 共益費・・・・・・1か月3000円
 エ 特約・・・・・・・・ペット飼育が可能であり,これにより賃料を2000円増額する。

(2) 控訴人は,被控訴人に対し,D社の仲介により,本件賃貸借契約締結に際し,定額補修費の名目で8万円を交付した(以下,この8万円を「本件交付金」という 。)。定額補修費8万円のうち,3万円は,ペット飼育可による増額分である。

 控訴人が本件交付金をD社に渡した際に,D社が控訴人に交付した「預かり証及び領収証 (以下「本件領収証」という。 )には,本件交付金が, 「家賃その他」の欄ではなく , 「保証金」欄に記載されていた。

 また,その際に,D社が控訴人に交付した「振込金明細書・必要書類一覧」には, 「敷金」欄が「敷金定額補修費」と訂正されて,その欄に本件交付金が記載され, 「礼金」欄は空欄のままであった。

 本件貸室の「入居者募集要領」には, 「大幅に・・・条件変更!!礼金敷金¥0」, 「定額補修費3万円UP,家賃2千円UPで・・・・福祉可!・ペット可!」と記載されている。

 控訴人は,本件賃貸借契約の締結に際し,D社に対する仲介手数料(賃料1か月分相当額と消費税) ,被控訴人に対する賃料及び共益費の各支払を除き,いずれに対しても,本件交付金のほかは,敷金,礼金,権利金などの名目を問わず,一切の金員を交付していない。
(甲1,2の1ないし3,弁論の全趣旨)

(3) 本件賃貸借契約について,D社が仲介業者として記名捺印し,控訴人と被控訴人間で作成された定型的な契約書(以下「本件契約書」という。)には,その3条に具体的な敷金条項が記載されているが,その敷金額欄は抹消され金額の記載がない(甲1) 。

(4) 本件契約書の7条3項には「乙(控訴人)が本契約を解約して退去した場合において,その月の入居期間が1ヶ月に満たないときであっても,家賃は1ヶ月分を支払うものとする 」と記載されている(以下「日割精算排除。条項」という。) (甲1)。

(5) 本件契約書の18条1項本文には, 「乙(控訴人)は,2ヶ月以前に ・・・本契約を解除することができる。この場合においては,乙の通知が,甲(被控訴人)に到達した日より起算して,2ヶ月が経過した日が属する月の末日をもって,本契約は終了する。 」と記載されている(以下「退去条項」という 。)。

(6) 控訴人は,被控訴人との間で,本件賃貸借契約を合意解約し,平成20年6月15日,本件貸室を明け渡した(甲3,弁論の全趣旨)。

(7) 被控訴人は,控訴人が退去した後,①「洋室クロス張替え5万4000円」②「洋室CF交換4万5000円」③「ペットによる消毒費3万5000円」④「柱のキズ補修費2万円」⑤「床のキズ補修費1万5000円」⑥ 「クリーニング費2万5000円」及び消費税の費用(合計20万3700円)を支出して,本件貸室の原状回復をした(上記①ないし⑥の補修費用を「本件補修費用」という 。)。


2 本件の争点及び争点に対する当事者の主張

 (1) 争点1
 本件交付金は,敷金であり,全額返還請求できるか。

 ア 控訴人の主張
 本件交付金は,敷金契約に基づき差し入れた敷金である。D社は,控訴人に対し,定額補修金費は,損害が多額に上っても,この額に限定するものであると説明した。したがって,定額補修金費の性質は,損害賠償額の上限を定め,それを前払したものであり,損害が生じない場合は返還義務を負うものであるから敷金である。

 控訴人は,故意・過失で,本件貸室の柱,クロス及び床に汚損,破損を生じさせたことはない。本件貸室には表面上現れた柱は存在しないから,柱のキズは生じようがない。控訴人は,通常の清掃をした上で退去している。被控訴人が主張する汚損・破損は,賃料で負担されるべき通常の損耗である。
 したがって,本件交付金は全額返還されるべきである。

 イ 被控訴人の主張
 本件交付金は敷金ではない。定額補修費の5万円は,退去後の清掃・クリーニング費及び修繕費のうち,賃借人が分担する費用額であり,退去時に返還する合意はない。ペット飼育の場合の増額分3万円は,ペットによる臭いを取るための清掃費,消毒費である。

 賃借人の故意・過失により汚損・破損が生じた場合は,賃借人は定額補修費の定額を超えて補修費を負担する義務を負う。賃借人の故意・過失による汚損・破損でない場合,賃借人の負担は,定額補修費の定額に限定さ れる。定額補修費については,D社が重要事項として説明し,控訴人は承諾しているはずである。


(2) 争点2
 定額補修費の合意は,消費者契約法10条に違反し無効であるか。

 ア 控訴人の主張
 仮に,定額補修費の趣旨が,敷金ではなく,退去後のクリーニング費や修繕費等の回復費用を本件交付金で賄い,これが本件交付金の額を下回る場合にも返還義務が生じないという内容のものであるとすれば,定額補修費の合意は,本来賃借人が負担しなくてもよい通常損耗部分の原状回復費用の負担を強いるものである。

 また,本件賃貸借契約では,ペット飼育を理由として月額2000円が賃料に加算されているのであるから,ペット飼育による賃貸物件の劣化や価値の減少については,賃料によって賃貸人が負担すべきである。

 さらに,定額補修費が月額賃料の2倍を超えること,通常損耗費が定額補修費より少ない場合にも,入居期間の長短に関わらず,差額を返還請求できないこと,賃借人の故意・過失による汚損破損の場合には追加請求されること,更新料6万2000円を支払っていることなどの事情に照らせば,本件交付金の差入れ合意は,民法1条2項に反する。

 したがって,定額補修費の合意は,消費者契約法10条に違反し無効である。

 被控訴人の主張
 本件交付金の差入れ合意は,消費者契約法10条に違反しない。

 
 (3) 争点3
  日割精算排除条項は,消費者契約法10条に違反し無効であるか。

ア  控訴人の主張
 被控訴人は,日割精算排除条項によって,平成20年6月16日から同月30日までの分の家賃及び共益費の返還を拒絶している。

 しかしながら,それでは賃借人が賃貸目的物を返還しても賃料の支払義務が生じるから,賃借人の自由を不当に制約するものであり,他方で,賃貸人に不当に利得させるものである。

 したがって,日割精算排除条項は,消費者契約法10条に違反し無効である。

イ 被控訴人
 賃借人は退去日を自由に決めることができるのであるから,日割精算排除条項は消費者契約法10条に違反しない。


第3 当裁判所の判断

 1 争点1について
  (1) 定額補修費と敷金の関係について

ア 定額補修費は,本件契約書に記載はないけれども,入居者募集要領及び本件賃貸借契約の際に仲介業者であるD社から交付を受けた振込金明細書・必要書類一覧には「定額補修費」と明記されていること,入居者募集要領には「定額補修費3万円UP,家賃2千円UPで・・・・福祉可!・ペット可!」と記載されていることからすると,本件貸室の修復費用に当てられることが合意された「定額」の金員であると認められる。

イ 次に,実際の修復費用が定額補修費を下回る場合に,その差額を賃借人に対して返還すべきであるかについて判断する。

 そもそも,定額補修費が本件貸室の修復費用に当てられることが合意された金銭であることからすれば,本来は,修復費用がこれを下回れば差額を賃借人に返還すべき筋合いのものである。したがって,被控訴人と控訴人との間で,上記差額を返還しないとの合意が成立している場合を除き,被控訴人は,上記差額の返還義務を負うものと解するのが相当である。

 そこで,このような合意の有無について検討するに,本件貸室の入居者募集要領や本件契約書の中で,殊更に定額補修費が「敷金」ではないことが明記されているのは,被控訴人が,定額補修費を,原状回復費用の担保としての性質を有しつつ上記差額の返還義務を負わないという,敷金と礼金のいわば中間的な性質を有する金銭として理解していたことによるものと解される。

 しかしながら,他方で,本件契約書,入居者募集要領,振込金明細書・必要書類一覧及び本件領収証のいずれにも,賃貸人が上記差額を返還する義務を負わないとの記載はなく,また,D社が控訴人に対し上記差額を返還しないと説明したと認めるに足りる証拠もないことからすると,本件において,控訴人が定額補修費につき被控訴人と同様の理解をしていたとは認められない。

 よって,定額補修費につき,被控訴人と控訴人との間に,上記差額を返還しない旨の合意が成立したと認めることはできず,被控訴人は,上記差額の返還義務を負うものと解すべきである。

 ウ 以上を前提として,定額補修費と敷金の関係について判断する。

 控訴人は,定額補修費は敷金であると主張するが,本件契約書には「敷金条項」があるのに敷金欄に記載がなく 「振込金明細書・必要書類一,覧」には「敷金」欄が「敷金定額補修費」と訂正され,その欄に本件交付金が記載されていることに加えて,入居者募集要領には「大幅に・・・条件変更!!礼金敷金¥0」とも記載されていることからすると,定額補修費を敷金そのものとみることは相当でない。

 もっとも,既に検討したとおり,定額補修費は,敷金そのものではないが,本件貸室の修復費用に当てるものとして賃借人から賃貸人に差し入れられる金銭であり,かつ,実際の修復費用が定額補修費を下回る場合に,その差額を賃借人に対して返還すべき性質のものであることからすると, 定額補修費の合意は,このような敷金に類似する性質を有する金銭の預託契約であると解される。

 そして,控訴人の申立ては,定額補修費が敷金であるとしてその返還を求めるものであるが,上記金銭預託契約に基づく返還申立てをも含む趣旨であると解するのが相当である。

(2) 本件補修費用の控除について

ア そこで,本件補修費用が,返還すべき定額補修費の額から控除される修復費用といえるかを検討する。

 本件補修費用は,いずれも本件貸室の修復費用であり,その中に通常損耗の原状回復費用を含むものであるところ,建物の賃借人にその賃貸借において生ずる通常損耗についての原状回復義務を負わせるのは,賃借人に予測しない特別の負担を課すことになるから,賃借人に同義務が認められるためには,少なくとも,賃借人が補修費用を負担することになる通常損耗の範囲が賃貸借契約書の条項自体に具体的に明示されているか,仮に賃貸借契約書では明らかでない場合には,賃貸人が口頭により説明し,賃借人がその旨を明確に認識し,それを合意の内容としたものと認められるなど,その旨の特約が明確に合意されていることが必要であると解するのが相当である(最高裁平成17年12月16日第二小法廷判決・判例タイムズ1200号127頁 。)

 イ これを本件についてみるに,入居者募集要領には 「定額補修費3万円,UP,家賃2千円UPで・・・・福祉可!・ペット可!」と記載され,賃借人は,定額補修費の中から,ペット飼育に掛かる汚損・破損の補修費,則ち,ペット飼育により室内に染みついた臭いの消臭や除菌のための消毒の費用を負担することを明確に認識できたことからすると,上記ペット飼育にかかる汚損・破損の補修費については,控訴人と被控訴人との間で,控訴人がこれを通常損耗として負担することが明確に合意されていたものと認められる。したがって,被控訴人は,定額補修費からペットによる消毒費を控除することができる。

 他方,それ以外の本件補修費用については,控訴人と被控訴人との間で,これらを控訴人の負担とすることが明確に合意されているとまでは言い難いから,定額補修費からこれらの費用を控除することはできない。

 (3) 以上によれば,被控訴人は,本件交付金のうち 「ペットによる消毒費3,万5000円」及びこれに対する消費税相当額1750円を控除して,その残額を控訴人に返還すべきである。


2 争点2について
 (1) 定額補修費の合意が,敷金契約と類似する性質を有する金銭預託契約であることは,上記1のとおりである。また,控訴人主張の事実を考慮しても,本件賃貸借契約に権利金や礼金はなく,ペット飼育の賃料増額は1か月2000円であるから,定額補修費の合意が民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものとはいえない。

 さらに,前提となる事実として認定したとおり,本件賃貸借契約では,ペット飼育を理由に賃料が2000円,定額補修費が3万円それぞれ増額されているところ,このように賃料のみならず定額補修費も増額されていること及び各増額分の額に照らせば,本件賃貸借契約における賃料の増額分は,本件貸室でペットを飼育できるという利益を享受することの対価とみるのが合理的であり,それ以上にペット飼育に伴う賃借物件の劣化又は価値の減少を補填する趣旨を含むものではないと解するのが相当である。

 (2) したがって,本件交付金の差入れ合意は,消費者契約法10条に違反し無効であるとはいえない。


3 争点3について

  (1) 日割精算排除条項及び退去条項によれば,控訴人は,本件賃貸借契約を解約して退去する場合,最長,解約の意思表示が被控訴人に到達した日から 3か月間本件賃貸借契約に基づく賃料支払義務を負担することになる。

 しかしながら,本件賃貸借契約は,期間の定めがあるから,退去条項がなければ一方的な解約はできないのが原則であり,期間の定めのない建物賃貸借契約の場合は解約申入れから3か月間の経過により終了するものとされていることからすると,日割精算排除条項(及び退去条項)が,民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものとはいえない。

 したがって,日割精算排除条項は消費者契約法10条に違反するとはいえない。よって,控訴人は,日割精算排除条項に基づき,平成20年6月分の賃料全額3万1000円の支払義務を負うから,このうち退去後の賃料に相当する分の返還を請求することはできない。

 (2) 他方,共益費は,日割精算排除条項に記載がないから,控訴人は,同月分の共益費3000円のうち退去後の共益費に相当する分は支払義務を負わない。したがって,平成20年6月16日から同月30日分の1500円は不当利得として返還すべきである。

4 以上によれば,控訴人の被控訴人に対する請求は,定額補修費8万円のうち「ペットによる消毒費3万5000円」及びこれに対する消費税相当額1750円を控除した4万3250円及び明渡し後の15日分の共益費に相当する1500円の合計4万4750円の返還並びにこれに対する訴状送達の日の翌日である平成21年4月10日から支払済みまで年5パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

 よって,上記と結論を同じくする原判決は相当であり,本件控訴は理由がないから,これを棄却することとし,訴訟費用の負担につき民訴法67条1項,61条を適用して,主文のとおり判決する。


      さいたま地方裁判所第1民事部

栽 判 長 裁 判 官   佐 藤  公 美

裁 判 官        高 橋   光 雄

栽 判 官      川    慎 介

 

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【判例】 敷金返還請求、解約違約金等請求(反訴) 東京簡易裁判所(平成21年08月07日判決)

2010年05月13日 | 敷金・保証金・原状回復に関する判例等

 判例紹介

◇ 平成21年8月7日判決言渡  東京簡易裁判所
◇ 平成21年(少コ)第998号  敷金返還請求本訴事件(通常手続移行)
◇ 平成21年(ハ)第23060号  解約違約金等請求反訴事件

 

判        決

主        文

 

1 本訴原告の請求を棄却する。
2 反訴被告は反訴原告に対し,金14万4751円及びこれに対する平成21年3月2日から支払済みまで年14.6パーセントの割合による金員を支払え。
3 反訴原告のその余の請求を棄却する。
4 訴訟費用はこれを4分し,その1を本訴原告の負担とし,その余を本訴被告の負担とする。
5 この判決は,第2項に限り,仮に執行することができる。

 

事 実 及 び 理 由

 


第1 請求の趣旨
  (本訴請求)
  被告は原告に対し,金6万8500円及びこれに対する平成21年4月1日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。

  (反訴請求)
  被告は原告に対し,金56万9338円,並びに,内金16万1000円に対する平成21年3月1日から,及び内金40万8338円に対する同月2日から,それぞれ支払済みまで年14.6パーセントの割合による金員を支払え。

第2 事案の概要
  本件は,未払賃料を控除した後の敷金残額の返還を求めた本訴請求に対して,被告が原状回復費用,解約違約金及び未払賃料の支払を求めて反訴請求した事案である。

1 本訴請求
 (請求原因の要旨)
 (1) 原告は,被告との間で,平成20年12月26日,下記のとおり賃貸借契約 (以下「 本件契約」 という。) を締結し 被告から本物件の引渡しを受けた。

 

 

  物件所在地    東京都港区a丁目b町c番d-e号
  契 約 期 間    平成20年12月27日から同22年12月31日
  賃 料 月 額    15万3000円(別途管理費8000円)
  敷     金    22万9500円(賃料月額の1.5ヶ月分)
  遅延損害金    年14.6パーセント


 (2) 原告は被告に対し,平成21年2月上旬頃,本件契約の解約を通知し,3月2日に本件建物を明渡した。原告は被告に対し,賃貸借期間中のうち2月分までの賃料を支払った。

 (3) よって,原告は被告に対し,敷金から3月分の賃料・管理費の合計16万1000円を控除した残額6万8500円及びこれに対する平成21年4月1日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員の支払を求める。

 (被告の主張要旨)
 (1) 請求原因の要旨(1)(2)は認める。

 (2) 本物件には,明渡時において原告の過失・善管注意義務違反による以下の損耗があったので,原告はこれらの修復費用を負担すべきである。

  (ア) 洋室北面の壁に黒い汚れ2箇所

  (イ) 洋室北面の壁,前記(ア)の汚れの右脇に引っかけたキズ(剥がれ)1箇所

  (ウ) 洋室床,前記(ア)の汚れの近くに油のような粘着質の液体をこぼした跡(シミではなく固着して粘りがある)

  (エ) 洋室床に,ガムテープを剥がし損なったような粘着質の付着物7箇所

  (オ) 洋室南側の窓枠に粘着テープを貼り付けた跡4箇所

  (カ) キッチン東側壁,洗面所入口付近の巾木に黒い汚れ


 (3) 本件契約には,中途解約の場合の違約金について,次の定めがあり,賃貸人である被告がこれを請求する実質的根拠がある。

  (ア) 原告が契約期間中に解約する場合は,書面により被告に通知し,通知が被告に到達した日の翌月末をもって解約日とする。

  (イ) 被告が賃貸借開始より1年未満で解約する場合は,違約損害金として賃料の2ヶ月分を,1年以上2年未満で解約する場合は,違約損害金として賃料の1ヶ月分を支払う。

2 反訴請求
 (請求原因の要旨)
 (1) 反訴原告(以下「被告」という。)は,反訴被告(以下「原告」という。)との間で,平成20年12月26日,本件契約を締結し,原告に本物件を引き渡した。

 (2) 本件契約には,契約終了時の明渡し及び原状回復について,使用期間及び汚れの程度の如何を問わず,自然損耗劣化分を含め,以下の補修・修繕基準に従い原状に復し,明渡さなければならない旨の定めがある。

  (ア) ルームクリーニング
  退去明渡し時には必ず実施し,その費用額は5万2000円とする。

  (イ) フローリングワックス
  費用額は2万3000円とする。

  (ウ) クロス貼替(壁面用・天井用)
  1平方メートルあたりの費用額は1300円とする。

 (3) 本物件には,明渡時において前記1被告の主張要旨(2)記載の原告の過失・善管注意義務違反による以下の損耗があった。前記(2)の定めにより,これらの修復費用合計10万2338円は,原告が負担すべきである。

  (ア) ルームクリーニング (¥52,000  × 1.05)   5万4600円
  (イ) フローリングワックス (¥23,000 ×1.05 )   2万4150円
  (ウ) クロス貼替 (1,300円×17.28㎡×1.05 )    2万3588円

 (4) 本件契約には,前記1被告の主張要旨(3)のとおり,途中解約の場合の違約金支払いの定めがあり,本件は賃貸借開始より1年未満で解約する場合であるから,原告は違約損害金として賃料の2ヶ月分に当たる30万6000円を賃貸人である被告に支払わなければならない。

 (5) 本件契約には,前記1被告の主張要旨(3)のとおり解約予告期間の定めがあり,本件では原告からの解約届は平成21年2月9日に被告に到達したので,その翌月末である3月31日が解約日となる。したがって,原告は3月分の賃料・管理費合計16万1000円の支払義務がある。

 (原告の主張要旨)
 (1) 補修・修繕基準に従い原状回復義務を負うとする特約の有効性を争う。
  ルームクリーニング,フローリングワックスは次の入居者のためのグレードアップであり,原状回復費用とはいえない。クロスの損傷は原告の故意・過失によるものか不明である,仮に原告の過失によるとしても,1ヶ所のみの汚れと傷であり,1面分の費用負担とはならないはずである。

 (2) 中途解約の場合の違約金についての特約の有効性を争う。この特約は,入居募集のチラシ・図面には記載されておらず,原告は認識していなかった。この特約は,消費者である原告の利益を一方的に害するものとして消費者契約法10条に違反して無効であるか,少なくとも同法9条1号により平均的損害を超える部分につき無効である。原告は契約時に礼金として15万3000円を支払っており,被告が主張するほどの損害は与えていない。

 (3) 3月分の賃料・管理費の支払義務は認める。しかし,これは敷金から充当・相殺されるべきである。

3 本件の争点
 (1) 原告が負担すべき原状回復費用の有無及びその額
 (2) 中途解約違約金についての特約の有効性


第3 当裁判所の判断
 1 争点(1) (原告が負担すべき原状回復費用の有無及びその額)について

  平成20年12月26日締結の本件契約書(甲1)21条(1)には 「使用,期間及び汚れの程度の如何を問わず,自然損耗劣化分を含め,別に定める後記補修・修繕基準に従い原状に復し ・・・明渡さなければならない」との記載が,あり,同基準の一覧表には床,壁・天井等の区分ごとに行うべき補修・修繕の内容が記載されている。しかし,この一覧表では,どのような損耗状態が発生したときにこの基準により補修・修繕を行うことになるのかが明らかにされているとはいえず,その意味では賃借人が負担すべき原状回復費用の範囲が明確に示された基準ということはできない。ルームクリーニングについては 「明け,渡しの際には必ずルームクリーニングを実施する」との記載がある。

  費用については 「補修・貼替実費料金(消費税別途 」として「ルームクリーニング5万2000円」, 「クロス貼替壁面用1300円(㎡あたり )」,「フローリングワックス2万3000円」とされている。

 (2) 以上を踏まえて,以下検討する。
  (ア) まず,クロス,フローリングについては,特約により賃借人が負担すべき原状回復費用の範囲が明確に示されているとはいえないから,費用負担の特約が合意されているとみることはできず,原告の費用負担は故意・過失による損耗部分に限定されるべきことになる。

  (イ) 証拠(乙1,証人A)によれば,クロス(原告入居時に貼り替えられていると認められる)には3箇所の汚れ,傷が認められ(乙1の1,1,2 ),これらの汚れ,傷は原告の故意・過失により生じたものと推認するのが相当である。しかし,その対象範囲は,横約0.9メートル,縦約2.3メートル程度が1枚単位となるクロス材の2枚分(0.9×2.3×2= 4.14㎡)で足りる範囲と認められる。 そうすると,クロス貼替費用は5651円(¥1,300 ×4.14㎡×1.05=¥5,651)となり,これを原告負担とするのが相当であるから,被告の主張はこの限度で認められる(入居期間が2ヶ月余りであることから,減価償却を考慮する必要はない。)。

  (ウ) フローリングの汚れについては,原告はこれを争っており,証拠 (乙1)によってもこれを認めるに十分ではない。仮に,被告主張のとおりの汚れがあるとしても,その除去は後記のクリーニングの一環として対処されるべきであり,フローリングワックスの費用を原状回復費用として賃借人である原告に負担させることは相当でなく,被告の主張は認められない。

  (エ) ルームクリーニングについては,「明け渡しの際には必ずルームクリーニングを実施する」との記載があり,その費用額も5万2000円(消費税別途)と具体的に示されていることからすると,通常損耗の場合(通常の清掃を行った場合)でも費用を負担することが明確に合意されていると認められる。その費用額は,居室面積に応じた平方メートル単価でみると1495円(¥52,000÷ 34.77㎡=¥1,495円) であり,不相当に高額であるとはいえない。また,証拠(証人A)によれば,退去時の清掃状況は,床に髪の毛や紙くずが残され,トイレに汚物の散った跡があり,キッチンの収納には包丁や調味料等が残置されたままであったことが認められ,通常の清掃を行ったとは認めがたい不十分な清掃状況であったといわざるを得ない。以上によれば,本件のルームクリーニング費用5万4600円(¥52,000 ×1.05 )は原告の負担とするのが相当であり,被告の主張が認められる。

2 争点(2)(中途解約違約金についての特約の有効性)について
 (1) 本件契約書(甲1)第4条(3)には,被告主張の違約金の定めがある。原告は,この特約は入居募集のチラシ・図面には記載されておらず,認識していなかったと主張するが,証拠によれば原告は契約条項の説明及び重要事項説明を受けていることが認められ,この条項を認識していなかったとの主張は認められない。

 (2) また,原告は,この特約は,消費者である原告の利益を一方的に害するものとして消費者契約法10条に違反して無効であるか,少なくとも同法9条1号により平均的損害を超える部分につき無効であると主張するので,以下検討する。

  本件契約は,事業者たる被告と一般消費者である原告との間の消費者契約に該当する(消費者契約法2条3項) ,一般の居住用マンションの賃貸借契約である。賃貸借契約において,賃借人が契約期間途中で解約する場合の違約金額をどのように設定するかは,原則として契約自由の原則にゆだねられると解される。しかし,その具体的内容が賃借人に一方的に不利益で,解約権を著しく制約する場合には,消費者契約法10条に反して無効となるか,又は同法9条1号に反して一部無効となる場合があり得ると解される。

  途中解約について違約金支払を合意することは賃借人の解約権を制約することは明らかであるが,賃貸借開始より1年未満で解約する場合に違約金として賃料の2ヶ月分,1年以上2年未満で解約する場合に違約金として賃料の1ヶ月分を支払うという本件契約上の違約金の定めが,民法その他の法律の任意規定の適用による場合に比して,消費者の権利を制限し又は義務を加重して,民法1条2項の信義則に反し消費者の利益を一方的に害するものとして一律に無効としなければならないものとまではいえない。

  しかし,途中解約の場合に支払うべき違約金額の設定は,消費者契約法9条1号の「消費者契約の解除に伴う損害賠償の額を予定し,又は違約金を定める条項」に当たると解されるので,同種の消費者契約の解除に伴い当該事業者に生ずべき平均的な損害を超えるものは,当該超える部分につき無効となる。これを本件についてみると,一般の居住用建物の賃貸借契約においては,途中解約の場合に支払うべき違約金額は賃料の1ヶ月(30日)分とする例が多数と認められ,次の入居者を獲得するまでの一般的な所要期間としても相当と認められること,被告が主張する途中解約の場合の損害内容はいずれも具体的に立証されていないこと(賃貸人が当然負担すべき必要経費とみるべき部分もある) ,及び弁論の全趣旨に照らすと,解約により被告が受けることがある平均的な損害は賃料の1ヶ月分相当額であると認めるのが相当である(民事訴訟法248条)。

 そうすると,被告にこれを超える損害のあることが主張立証されていない本件においては,1年未満の解約の場合に1ヶ月分を超える2ヶ月分の違約金額を設定している本件約定は,その超える部分について無効と解すべきである。このことは,原告が本件契約時に礼金として賃料1ヶ月分相当の15万3000円を支払っていること,解約予告期間として最大で2ヶ月が設定され,本件でも2月9日の予告日から解約日3月31日まで50日間の猶予があったことを併せ考慮すると,解約時における賃貸人,賃借人双方の公平負担の観点からも妥当な結論であると解する。

  したがって,被告が請求しうる違約金額は,賃料の1ヶ月分である15万3000円の限度と解するのが相当である。

3 まとめ
 (1) 以上によれば,本件解約及び退去・明渡しに伴い原告が負担すべき費用は次のとおりとなる。

  (ア) 3月分の賃料及び管理費・・・・16万1000円(争いがない)
  (イ) クロス貼替費用・・・・ 5651円
  (ウ) ルームクリーニング費用・・・・5万4600円
  (エ) 解約違約金・・・・15万3000円
                 合 計 37万4251円


 (2) 原告の預入敷金は22万9500円であるから,これを前記の原告が支払うべき37万4251円に充当・相殺すると(まず(ア)から) ,原告が支払うべき金額は14万4751円(¥374,251-¥229,500=¥144,751)となる。

 (3) 以上のとおりであるから,敷金の返還を求める原告の本訴請求には理由がないのでこれを棄却することとし,解約違約金等の支払を求める被告の反訴請求は14万4751円及びこれに対する平成21年3月2日から支払済みまで年14.6パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるのでこれを認容し,その余は理由がないのでこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。


   東 京 簡 易 裁 判 所 民 事 第 9 室

             裁 判 官   藤  岡  謙  三

 

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【判例】 敷金返還請求 (東京簡易裁判所 平成21年10月30日判決)

2010年05月07日 | 敷金・保証金・原状回復に関する判例等

 判例紹介

♦事件番号   平成21(少コ)2202
♦事件名     (通常手続移行)敷金返還請求
♦裁判所     東京簡易裁判所 民事第9室
♦裁判年月日  平成21年10月30日

平成21年10月30日判決言渡 東京簡易裁判所
平成21年(少コ)第2202号 敷金返還請求事件(通常手続移行)

 

 

判        決

主        文

 


1 被告は原告に対し,金24万円及びこれに対する平成21年7月26日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

3 この判決は仮に執行することができる。

  

事 実 及 び 理 由

 

第1 請求の趣旨
 主文同旨(遅延損害金の起算日は訴状送達の日の翌日)

第2 事案の概要

 1 請求原因の要旨
 (1) 原告は,被告との間で,平成19年2月17日,下記のとおり賃貸借契約(以下「 本件契約」 という。)を締結し,被告は原告に対し賃貸物件 (以下「本件建物 」という。)を引き渡し,原告は被告に対し敷金24万円を預け入れた。

 賃 貸 物 件   東京都渋谷区a町b番cAマンションd号
 契 約 期 間   平成19年2月17日から2年間
 賃     料   月額12万5000円(共益費5000円を含む)

 (2) 本件契約は平成21年2月16日に終了し,原告は被告に対し,同日までに本件建物を明け渡した(引越は1月15日に完了)。

 (3) 原告は被告に対し,前記契約期間中の賃料,並びに,被告から請求された原状回復費用(ルームクリーニング費用等)7万1400円を支払った。

2 被告の主張の要旨
 (1) 原告は平成21年1月15日に引っ越した際に,引越業者がパイプスペースの扉のペンキを剥がし,その補修が完了したのは同年3月13日である。

 (2) 退去時に,玄関扉に凹みキズや汚れがあることを確認し,原告が契約していた損害保険を使って補修を行うことになった。しかし,その補修工事費用について保険会社の仲介により原告被告間で示談が成立したのは,平成21年6月5日であり,補修工事が完了したのはさらにその後の8月上旬である。

 (3) 被告は,玄関扉の補修工事が完了するまでの間は次の入居者に賃貸することができず,賃料収入を得られない状態であり,原告の本件建物の明渡しが2月16日に完了したとはいえない。そうすると,原告は本件建物の明渡しを遅延したものとして,賃料精算済みの翌日である2月18日から示談成立の6月5日まで,約定に基づく賃料相当の2倍の損害金として87万2000円(12万円×2倍×3ヶ月+12万円×2倍÷30日×19日)及び原告に依頼された各業者への対応による出動費用として1万500円(5000円×2日分及び消費税)を支払う義務がある。これに敷金24万円を充当しても,なお被告は64万2500円の請求権がある(反訴提起の趣旨ではない)。

3 本件の争点
 (1) 本件建物の明渡し完了時期はいつか
 (2) 被告の損害はあるか


第3 当裁判所の判断

1 認定事実
 争いのない事実,証拠及び弁論の全趣旨によれば,本件の事実経過は次のとおりである。

 (1) 原告は,平成20年12月16日付けの解約届(乙2)を被告に送付し,約定に従い本件契約は平成21年2月16日に終了した。 原告は, 同月6日,被告の求めに応じて原状回復費用(ルームクリーニング費用等・甲4)として7万1400円,2月分の日割賃料として7万5882円(甲5)を支払った(原告本人 )。

 (2) 原告は,契約終了日の1ヶ月前である同年1月15日に引越を完了したがその際,引越業者がパイプスペースの扉のペンキを剥がした。この扉の補修は引越業者が行うことで原告,被告,引越業者が合意し,同年3月13日に補修が完了した(被告本人)。

 (3) 原告は,同年1月15日に引越を完了した後に行った被告との立会確認の際に,入居期間中の同月11日頃に本件居室の玄関扉(平成元年の新築当時から交換,修理はされていない。)に凹み,キズ等の損傷(甲8の1~3)を与えたことを認め,これを原告が契約していた損害保険からの給付により補修することを被告と合意した(原告被告各本人)。その補修工事について保険会社が手配した業者による補修方法の検討や見積等に手間取り,具体的な補修費用について保険会社の仲介により原告被告間で示談が成立したのは,同年6月5日であった(乙6 )。同月9日,前記示談に基づき保険会社から被告に78万2250円が支払われた(甲6 )。補修工事は同年8月上旬頃完了したが,玄関扉の補修費用としては,前記示談金より約8万円少ない約70万円であった(被告本人)。

 (4) 被告は,補修工事完了後の同年8月中旬頃から,本件居室の新たな入居者募集を始めたが,同年10月上旬頃下見に来訪した者があったものの,口頭弁論終結時において入居者は決まっていない(被告本人)。


2 争点についての判断
 (1) 本件建物の明渡し完了時期
 以上認定した事実によれば,原告は平成21年1月15日までに本件居室から退去し,同年2月6日,被告の求めに応じて原状回復費用を支払い,玄関扉の補修については原告が契約していた損害保険からの給付により補修することを被告と合意し,保険会社が工事見積等に着手していたのであるから,原告は,遅くとも契約終了の同年2月16日時点では,原状回復,明渡しについて賃借人としてなすべきことを尽くしているとみるのが相当である。

 他方,被告は,玄関扉の補修工事が完了するまでの間は次の入居者に賃貸することができず,明渡しが完了したとはいえないと主張する。しかし,玄関扉のキズの状況は,床上約40ないし50センチメートル位の高さ2箇所に着いている凹み様のものであり(甲8の1~3) ,美観上はともかく,玄関扉の開閉 施錠等の機能としては何の支障もなかったものである (原告本人)。そうすると,被告としては,新たな入居予定者に近々補修又は交換する予定であることを説明して,賃貸借契約を締結することは十分可能であったと解するのが相当である(被告は未補修箇所を残したまま新規契約をすることは後日のトラブルを招くおそれがあると述べるが,賃借人への説明と写真等による入居当時の状況の保全によりトラブルを防止することは十分可能である) 。そうすると,被告は本物件の支配を回復し,他への賃貸などの利用が可)能な状態にあったとみることができ,この点からも本件居室の明渡しは,遅くとも同年2月16日時点で完了したと解するのが相当である。

 (2) 被告の損害はあるか
 玄関扉の補修費用が前記示談金より約8万円少ない約70万円であったことからすると,被告はその差額を合理的理由なく取得していることになる。また,本件の玄関扉は,平成元年の新築当時から交換,修理されないまま既に20年余が経過していることを考えると,本来相当程度の減価償却を行うべきであり,被告は新規扉への交換費用70万円余と減価償却後の残存価値との差額を合理的理由なく取得していることになる。さらに,本件居室の新たな入居者募集を始めてから約2ヶ月余経過した口頭弁論終結時においても入居者は決まっておらず,本件居室の平均空室期間が約3ないし4ヶ月間であると被告自身が述べていることからすると,これらは賃貸借契約解除に伴う不可避の空室期間とみるのが相当である。

 以上の各点を総合すると,玄関扉の補修工事完了が遅れたことにより被告が主張するような損害が発生したと認めることはできないというべきである。

4 以上のとおりであるから,被告の抗弁は理由がなく,原告の請求は理由があるのでこれを認容することとし,主文のとおり判決する。


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【判例】 敷金等返還請求事件 名古屋簡易裁判所(平成21年06月04日判決)

2010年03月08日 | 敷金・保証金・原状回復に関する判例等

 判例紹介


◆事件番号・・・・  平成20(少コ)438
◆事件名・・・・  敷金等返還請求事件(通常訴訟手続に移行)
◆裁判所・・・・  名古屋簡易裁判所
◆裁判年月日・・・・  平成21年06月04日
◆判示事項・・・・  敷金は全額償却するとの約定の下に敷金が差し入れられていた建物賃貸借契約が建物入居前に賃借人により解約された場合において,敷金は,賃借人に未払家賃,修繕費等の債務がない場合,賃貸人が賃借人に対して返還する義務を負うものであって,敷金を全額償却する旨の定めは,他に合理的な理由がない限り,消費者契約法10条により無効になると解し,敷金全額を返還すべきものとした事例

 平成20年(少コ)第438号敷金等返還請求事件(通常訴訟手続に移行)

 

判         決

 主         文

 

 1 被告は,原告に対し,金34万2000円及びこれに対する平成21年1月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 2 原告のその余の請求を棄却する。
 3 訴訟費用は,これを10分し,その2を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。
 4 この判決は,1項及び3項に限り,仮に執行することができる。

 

事 実 及 び 理 由

 

第1 請求
 1 被告は,原告に対し,金44万7000円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで年 5分の割合による金員を支払え。
 2 訴訟費用は被告の負担とする。
 3 仮執行宣言


第2 事案の概要
1 請求原因の要旨
 原告は,被告との間で,平成20年10月5日,k市l区m町n-o所在の建物(以下「本件建物」とい。)について,原告を借主,被告を貸主とする賃貸借契約(以下「本件契約」という。)を締結した。

 原告は,被告及び仲介業者に対して,本件契約に基づき,次の金員を支払った。

 1 敷金・・・・ 30万円 (※裁判所は全額返還を認めた)
 2 同年11月分家賃・・・・ 12万6000円 (※裁判所は解約予告分を除いた家賃5日分21000円の返還を認めた)
 3 仲介手数料・・・・13万2300円 (※仲介業者が全額返還)
 4 消毒料・・・・1万6275円
 5 家賃保証料・・・・2万5200円 (※仲介業者が全額返還)
 6 鍵交換代・・・・2万1000円 (※裁判所は全額返還を認めた)
 7 火災保険料・・・・ 3万円 (※仲介業者が全額返還) 

             合計 65万0775円     (※)は台東借地借家人組合 注記

 原告は,同年10月24日,仲介業者を通じて,被告に対し,本件契約を解除する旨申し入れた。

 その後,仲介業者から,前記3仲介手数料,5家賃保証料,7火災保険料の合計18万7500円の返還はあったが,残りの金員の返還はない。

 よって,原告は,被告に対し,本件契約の合意解除又は解約に基づく原状回復請求として,前記1敷金,2同年11月分家賃,6鍵交換代の合計44万7000円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

2 請求原因に対する認否及び被告の主張
 (1) 敷金,平成20年11月分家賃及び鍵交換代を請求原因のとおり受け取った事実は認める。

 (2) 本件契約を合意解除した事実はない。また,本件契約を解約する場合は,約定により,書面により申し入れすることとされているが,書面による解約申し入れはなく,解約は成立していない。原告が仲介業者の従業員のEに解約を申し入れたとしても,被告は仲介業者に賃借人の募集を依頼し,本件契約は締結され,金銭の授受はなされ,仲介業務は終了しているから,被告に対して,いかなる効果も生じない。原告は,本件建物に一度も入居しておらず,被告としては,入居する意思はないものとして,同年12月末日をもって本件契約は終了したものとして扱い,同21年1月から原告とは別の入居希望者に賃貸したものである。

 (3) 敷金に関しては,約定により,全額償却するものとされている。本件建物の家賃は月額20万円から25万円が相場であるが,全額償却を前提としていること,賃貸借期間は5年で,延長は認めないという定期借家契約を条件としていることから,月額15万円で賃貸しようとしたが原告から減額の申し出があったことや,2階部分はリフォームせず,2階にある5部屋のうちの2部屋に本件契約時に置かれていた荷物を引き続き置かせてもらうという条件で,月額12万6000円にしたものである。

 敷金は60万円で全額償却するのが相場であるが,本件では敷金を30万円としていることから,これを全額償却としても,賃貸人に一方的に有利とはいえず,敷金の償却の約定が社会的相当性を逸脱しているともいえない。

 (4) 鍵交換代については,原告が費用は負担するので鍵を交換して欲しいということで,交換に要する費用として,被告は仲介業者の従業員であるEから2万1000円を受け取ったものである。

 被告が鍵交換代を負担することになっていたのであれば,そもそも原告はEに鍵代を支払う必要はなかったはずである。

3 原告の主張
 (1) 本件契約はすべて仲介業者であるFを通じて行われており,担当者はEであったことから,解約もEを通したもので,一般的に解約申し入れは仲介業者を通して行われるものであるから,本件でも解約申し入れは有効である。
 なお,解約申し入れは書面で行っている。

 (2) 敷金を全額償却する旨の契約条項は,賃借人の権利を不当に制限するものであるから無効であり,被告は敷金返還義務を負うべきである。

 被告から敷金を全額償却する代わりに家賃を低額に抑えておくという説明は受けていないし,家賃は低額ではなく,適正な額である。

 (3) 引っ越しの際に鍵の交換を行うのは常識である。原告は仲介業者から鍵交換代として求められた金額を支払ったに過ぎない。

第3 裁判所の判断
 1 原告と被告間で本件契約が締結され,その後,本件契約は終了している事実並びに敷金,平成20年11月分家賃及び鍵交換代を原告が被告に支払った事実は,当事者間に争いはない。

 2 本件契約の終了理由,被告に敷金等の返還義務があるのかという点に関して,当事者間に争いがあるので,以下,検討する。

 (1) 本件契約終了理由について
 原告は合意解除ないし原告からの解約申し入れにより,本件契約は終了した旨主張するのに対し,被告はそれらの事実をいずれも否定し,原告が入居しないので,平成20年12月末をもって本件契約が終了したものと扱った旨主張している。

 甲4,甲5及び原告の弁論によれば,同年10月24日に原告はEに解約の申し入れを行い,同月25日にEは被告にその旨伝えた事実が認められる。

 ところで,被告の弁論によれば,被告は原告の解約申し入れに納得していなかった事実が認められること,本訴が提起されているということは,原告と被告間で,現在にいたるも本件契約に関する精算が行われていないことの表れであることからすると,原告と被告間で,合意解約が成立したものと解することは困難である。

 しかしながら,原告から被告に対して,解約申し入れが行われた事実は認められることから,本件契約は解約によって終了したものと解することはできる。

 なお,この点に関して,被告は被告自身に対する解約申し入れがなかった旨主張し,さらに,本件契約条項上,書面によることとされているが,書面によっていない旨主張している。しかしながら,甲5によればEを通して,原告の解約申し入れは被告に伝えられたものと認められるし,被告自身,原告は幽霊が出る,妖気を感じたとして,本件契約に因縁をつけてきたので怒りを抑えることができなかった旨述べており,原告から解約申し入れがあったことを知っていたことを推認させる弁論を,行っている。また,被告は甲4の書面は見たことがない旨述べているが原告の弁論からすれば,原告がEに解約申し入れを行った際,原告はEから甲4の書面に署名押印するよう求められ,甲4はその場で作成されたものであると認められるから,書面による解約申し入れはなされたものと解される。Eは仲介業者としての立場で,本件契約の締結に関与しており,Eによって,原告の解約申し入れは被告自身に伝わっていることからすると,Eを通じて行われた原告の解約申し入れが無効となるいわれはない。甲2によれば,同年11月分の家賃は同年10月6日に支払済みであることが認められることから,甲1の14条の規定により,本件契約は被告に告知されたと考えられる同月25日に終了したものと解するべきである。

 (2) 敷金等の返還義務について
 甲1の契約条項7条には,保証金(敷金)30万円は全額償却する旨の記載が認められるが,敷金は一般に賃貸借契約から生ずる賃借人の債務(未払家賃や賃借人が負担する必要のある修繕費等)を担保するために賃借人から賃貸人に差し入れられたものであるから,賃借人に未払家賃,修繕費等の債務がない場合には,他に合理的な理由がない限り,賃貸人は賃借人に返還する義務を負い,これと異なる定めは消費者契約法10条により無効になると考えるべきである。被告は,敷金の全額償却の定めは賃料及び敷金を相場と比べて低額にしているためである旨主張しているが,当該事実を裏付ける証拠はないし,被告自身,賃料を低額にした理由として,契約期間を5年間として,更新できない定期借家としたことや,リフォームを一部行わないことにしたからである旨述べて,いるところであり,また,敷金を低額(相場の半額)に抑えたとしてもそれは早期に契約を締結し,空室状態をできるだけ防ぐという経営上の措置であるとも考えられるところであり,敷金の全額償却を正当化する合理的な理由は認められないから,被告は,原告に対し,敷金30万円の返還義務を負う。

 次に,同年11月分の家賃の返還義務の有無について検討するに,解約申し入れにより,本件契約は同年10月25日に終了したものと解されるところ,甲1によれば,契約条項14条に,1か月分の月額家賃を賃貸人に支払うことにより即時中途解約することができる旨定められており,本件ではこの条項に該当すると考えられるから,原告は,初日不参入により,同月26日から1か月後の同年11月25日までの賃料については返還請求することはできず,同月26日から同月30日までの5日間分のみ返還請求することができるものと考えられる。12万6000円の30日分の5日分は2万1000円となるから,被告が返還義務を負うのは2万1000円である。

 次に,鍵交換代の返還義務について検討するに,新たに賃貸借契約が締結される場合の鍵の付け替えは,賃貸人が当該物件管理上の責任を負っており,その義務の履行としてとらえるのが相当であるから,賃借人が負担した場合には,賃貸人は自らの支出を免れたことによる利得を得たことになるから,原則として,当該費用の返還義務を負うと解するべきである。鍵の交換を原告が要求して,その費用の負担を了解していたものであるか否か,原告と被告とで主張は異なっており,事実関係は明らかではないが,少なくとも,鍵は交換され,その費用を原告が負担した事実は明らかであり,原告が負担する必要がないのに鍵交換代を支出したことを裏付ける証拠はないから,原則に従い,被告が鍵交換代2万1000円の返還義務を負うと解するべきである。

 なお,訴状送達の日の翌日が同21年1月24日であることは顕著な事実である。甲1によれば,契約条項8条に敷金の返還時期は原告又は,物件管理者が退去確認後,原則として1か月以内とする旨定めているが訴状送達の日の翌日はその後であるから,遅延損害金の起算日は後者となる。敷金以外の既払金(11月分家賃の一部及び鍵交換代)についても,同日以降遅滞となる。

3 結論
 以上によれば,原告の請求は,34万2000円及びこれに対する平成21年1月24日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから,主文のとおり判決する。

 

名 古 屋 簡 易 裁 判 所

裁 判 官  佐 藤  有 司

 

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【判例】 原状回復費用等請求事件 東京簡易裁判所(平成21年4月10日判決)

2010年03月04日 | 敷金・保証金・原状回復に関する判例等

 判例紹介

   平成21年4月10日 判決言渡 東京簡易裁判所
   平成20年(少コ)第2812号 原状回復費用等請求事件(通常手続移行)

 

判        決

主        文

 

      1 原告らの請求を棄却する。
      2 訴訟費用は原告らの負担とする。

 

事 実 及 び 理 由

 

第1 請 求
 被告らは,原告ら各自に対し,連帯して30万1751円及びこれに対する平成20年10月25日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。

第2 事案の概要
1 請求原因の要旨
 (1) 原告A及び原告B(以下,「原告ら」という。)は,平成19年10月21日,被告株式会社C(以下「被告会社」という。)との間で,東京都新宿区a町bc丁目d番e号所在のEビル2階110.25平方メートル(以下,「本件建物」という。)について,原告らを賃貸人,被告会社を賃借人,被告Dを連帯保証人とし,賃料は月額44万1221円(消費税込み) ,共益費は月額10万5052円(消費税込み) ,賃料等は毎月末日限り翌月分を支払う,保証金は306万8200円との約定で,賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という 。)を締結した。

 (2) 本件賃貸借契約は,被告会社の平成20年1月11日付け賃貸借契約の解除届により,同年7月10日に終了した。

 (3) 被告会社は本件賃貸借契約に基づき,被告Dは連帯保証契約に基づき,原告ら各自に対し,連帯して,次の金員の合計336万9951円(遅延損害金を除きいずれも消費税込み)の支払義務を負っている。

 ① 賃料2か月分相当の償却費(本件賃貸借契約書10条6項)88万2441円
 ② 平成20年5月分賃料,管理費及び公共料金等の合計額59万9295円(同年3月分賃料等に対する遅延損害金を含む 。)
 ③ 同年6月分賃料,管理費及び公共料金等の合計額59万1944円(同年4月分賃料等に対する遅延損害金を含む。)
 ④ 同年7月分賃料,管理費及び公共料金の合計額20万5444円
 ⑤ 原状回復費用(本件賃貸借契約書の特約条項1項)85万8009円
 ⑥ 同年6月4日から同年7月17日までの公共料金5万1853円
 ⑦ 同年3月分から同年7月分までの賃料等に対する遅延損害金(本件賃貸借契約書11条)18万0965円

 (4) 被告らの上記債務額336万9951円に本件預り保証金306万8200円を充当すると,被告らの原告らに対する残債務は30万1751円である。

 (5) よって,原告ら各自は,被告らに対し,連帯して,30万1751円及びこれに対する平成20年10月25日から支払済みまで年5パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める。


2 争点
 (1) 本件賃貸借契約における原状回復特約の成否
 (2) 本件賃貸借契約における保証金の償却特約の効力

3 争点についての原告ら及び被告らの意見
 (1) 原告ら
  ア 争点(1)について
  本件賃貸借契約における原状回復特約(以下「本件原状回復特約」という。)は,本件賃貸借契約書に全額借主負担と明記約定されており,また,国土交通省のガイドラインはオフィスビルには適用されないから,有効に成立している。

  イ 争点(2)について
  本件賃貸借契約における保証金の償却特約(以下「本件償却特約」という 。)は礼金の後払的性質のものであり,経済的合理性がある。

 (2) 被告ら
  ア 争点(1)について
  本件原状回復特約条項は,被告らが原状回復費用を負担すべき通常損耗の範囲を明白に定めたものとはいえない。

  イ 争点(2)について
  本件償却特約に基づく保証金の償却は,通常損耗についての原状回復費用に充当するものとしてのみ許されるものと思慮される。


第3 当裁判所の判断
 1 請求原因(1)の事実は,当事者間に争いはない。

 2 証拠及び弁論の全趣旨によれば,ア 請求原因(2)の事実,イ 被告らは原告ら各自に対し,連帯して,請求原因(3)の②,③,④,⑥の各債務及び平成20年5月分から同年7月10日までの賃料等に対する各弁済期から同日までの遅延損害金6万6053円の債務を負っていること,ウ 本件償却特約に基づく償却費に相当する金額は88万2441円 (消費税込み )であること,及び,エ 原告らが支出した本件建物の原状回復費用は85万8009円(消費税込み)であることが認められる。


3 争点(1)について
 (1) 原告らは,本件建物に被告会社の義務違反ないし故意過失による損耗は存しないことを認めたうえで,本件原状回復特約に基づいて,本件建物の通常損耗についての原状回復費用を請求するものであると主張する。本件賃貸借契約書の特約条項1項は 「借主は,本貸室を事業用の事務所として賃借する為,本契約書第20条に基づく解約明渡時における原状回復工事は,床タイルカーペット貼替,壁クロス貼替,天井クロス貼替及び室内全体クリーニング仕上げ等工事を基本にして借主負担とする 。」と定める(甲1)が,この特約条項は,被告らの原状回復義務の範囲を被告会社の義務違反ないし故意過失に基づく損耗に限定していないから,通常損耗を含めて被告らに原状回復義務を負わせたものと解せられる。 そこで, 本件賃貸借契約において,被告らが通常損耗についての原状回復義務を負う旨の特約が締結されたか否かについて検討する。


 ア 「賃借人は,賃貸借契約が終了した場合には,賃借物件を原状に回復して賃貸人に返還する義務があるところ,賃貸借契約は,賃借人による賃借物件の使用とその対価としての賃料の支払を内容とするものであり,賃借物件の損耗の発生は,賃貸借という契約の本質上当然に予定されているものである。それゆえ,建物の賃貸借においては,賃借人が社会通念上通常の使用をした場合に生ずる賃借物件の劣化又は価値の減少を意味する通常損耗に係る投下資本の減価の回収は,通常,減価償却費や修繕費等の必要経費分を賃料の中に含ませてその支払を受けることにより行われている。そうすると,建物の賃借人にその賃貸借において生ずる通常損耗についての原状回復義務を負わせるのは,賃借人に予期しない特別の負担を課すことになるから,賃借人に同義務が認められるためには,少なくとも,賃借人が補修費用を負担することになる通常損耗の範囲が賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記されているか,仮に賃貸借契約書では明らかでない場合には,賃貸人が口頭により説明し,賃借人がその旨を明確に認識し,それを合意の内容としたものと認められるなど,その旨の特約(以下「通常損耗補修特約」という。)が明確に合意されていることが必要であると解するのが相当である」(最高裁判所第二小法廷平成17年12月16日判決)。

 イ これを本件についてみると,本件原状回復特約条項は, 「原状回復工事は,床タイルカーペット貼替,壁クロス貼替,天井クロス貼替及び室内全体クリーニング仕上げ等工事を基本にして借主負担とする。」と記載するのみであり,補修工事の具体的範囲,方法,程度等について何ら定めていないから,被告らが負担することになる通常損耗の範囲が一義的に明白であるとはいえない。また,同条項中の「・・・等工事を基本にして借主負担とする。」との文言の意味するところも必ずしも明確とはいえない。したがって,被告らが補修費用を負担することになる通常損耗の範囲が賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記されているとは認められない。また,被告らが補修費用を負担することになる通常損耗の範囲について,原告らが口頭で説明し,被告らがその旨を明確に認識し,それを合意の内容としたものと認められるなど,その旨の特約が明確に合意されていることを認めるに足りる証拠はない。したがって,本件賃貸借契約において,被告らが通常損耗についての原状回復義務を負う旨の特約が成立しているとはいえない。

 ウ 原告らは,本件賃貸借契約はオフィスビルについての契約であり,国土交通省のガイドラインはこれに適用されないから,本件原状回復特約は有効に成立していると主張する。しかし,オフィスビルの賃貸借契約においても,通常損耗に係る投下資本の減価の回収は,原則として,賃料の支払を受けることによって行われるべきものである。賃借人に通常損耗についての原状回復義務を負わせることは賃借人にとって二重の負担になるので,オフィスビルの賃貸借契約においても,賃借人に通常損耗についての原状回復義務を負わせるためには,原状回復義務を負うことになる通常損耗の範囲が賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記されているか,賃貸人がそのことについて口頭で説明し,賃借人がその旨を明確に認識し,それを合意の内容としたものと認められるなど,その旨の特約が明確に合意されていることが必要であると解すべきであり,このことは居住用の建物の賃貸借契約の場合と異ならないというべきである。したがって,原告らの主張は採用しない。

 (2) 以上によれば,本件原状回復特約の成立は認められないから,本件原状回復特約の成立を前提とする通常損耗についての原状回復費用の請求は理由がない。


4 争点(2) について
 本件賃貸借契約書10条6項は,「本契約に基づく解約においては,契約終了後乙が本物件を明渡した日より6カ月経過後直ちに甲は預り保証金額内から解約時賃料の2カ月分を償却費として控除し,返還すべき保証金額からこれらの乙の債務の金額を控除することができる。」と定めている。

 被告らは,本件償却特約は通常損耗についての原状回復費用に充当するものとしてのみ許されると主張する。しかし,保証金についての償却特約は,原告ら主張のように礼金の後払的性質を有するものとしてだけではなく,設備の償却費の一部負担,建設協力費等様々な目的で定められるものであるが,本件償却特約が原状回復費用に充当するものとしてのみ締結されたことを認めるに足りる証拠はない。

 証拠及び弁論の全趣旨によれば,被告らは,本件償却特約の内容を了承して,本件償却特約が付された本件賃貸借契約を締結したものと認められる。したがって,被告らには,本件賃貸借契約書の償却特約条項に基づき,原告ら各自に対し,連帯して,本件賃貸借契約解約時の賃料の2か月分に相当する88万2441円(消費税込み)の支払義務がある。


5 以上によれば,原告らは通常損耗についての原状回復費用を請求し得ないのであるから,原状回復費用を除く被告らの前記未払賃料等の債務に本件保証金を充当すると,同未払賃料等の債務は消滅し,なお保証金に残余が生じることになる。したがって,本件賃貸借契約に基づく被告らの債務に本件保証金を充当しても被告らの債務は完済されず,なお債務が残るとして残債務の支払を求める原告らの請求は理由がない。

 よって,原告らの請求を棄却することとし,主文のとおり判決する。


       東 京 簡 易 裁 判 所 民 事 第 9 室

                  裁 判 官   石 堂  和 清

 

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【判例】 庭修復費用請求事件 (東京簡易裁判所 平成21年05月08日)

2009年12月10日 | 敷金・保証金・原状回復に関する判例等

 判例紹介

事件番号・・・・ 平成21(少コ)81等
事件名 ・・・・庭修復費用請求事件(本訴,通常手続移行),敷金返還請求事件(反訴)
裁判所・・・・ 東京簡易裁判所 民事第9室
裁判年月日・・・・ 平成21年05月08日

 平成21年5月8日判決言渡 東京簡易裁判所
 平成21年(少コ)第81号庭修復費用請求事件(本訴・通常手続移行)
 平成21年(ハ)第9885号敷金返還請求事件(反訴)

 

判         決

 

主         文

 1 本訴原告の請求を棄却する。
 2 反訴被告は反訴原告に対し,金6万円及びこれに対する平成19年6月12日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。
 3 反訴原告のその余の請求を棄却する。
 4 訴訟費用は, 本訴反訴を通じてこれを8分し, その1を本訴被告の負担とし,その余を本訴原告の負担とする。

 

事 実 及 び 理 由

第1 請求の趣旨
 (本訴請求)
 本訴被告は本訴原告に対し,金36万8350円を支払え。

 

 (反訴請求)
 反訴被告は反訴原告に対し,金12万円及びこれに対する平成19年5月25日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。

第2 事案の概要
 本件は, 庭付き一戸建て住宅を賃貸した本訴原告 (以下「原告」 という。)が,契約当時の庭の植栽等は十分に手入れがされ健全な状態であったのに,本訴被告(以下「被告」という )退去時には松が枯れるなど荒れ果てた状態になって。いた,として庭の修復費用の支払いを求めて本訴請求したのに対し,被告が,庭の植栽等の管理をする契約上の義務はないとして,敷金全額の返還を求めて反訴請求した事案である。

1 請求原因の要旨
  (本訴請求)
  (1)原告は,被告との間で次のとおり賃貸借契約を締結し(以下「本件契約」という。),下記賃貸物件を,その敷地である庭とともに引き渡した。

  (ア) 契約日  平成16年8月8日
  (イ) 賃貸物件  所在東京都町田市a町b-c
             構造・間取り  木造2階建て  4LDK
             面積  建物  109.3平方メートル  敷地90坪
  (ウ) 賃貸期間  2年間(更新により平成20年8月7日満了予定)
  (エ) 解約予告期間  1ヶ月
  (オ) 賃料  1ヶ月  金12万円
  (カ) 敷金・礼金額  敷金12万円  礼金12万円

  (2) 前記賃貸借契約は平成19年6月11日限りで終了し, 被告は原告に対し,同日賃貸物件を明け渡した。

  (3) 本件敷地である庭の植栽は,被告入居時は十分に手入れがされていたのに被告退去後は,被告の管理不十分により荒れ果てており,特に門かぶりの松は枯れていた。

  (4)庭の修復費用として,以下の合計48万8350円の費用を要するので,被告はこの費用から敷金12万円を充当・控除した残額36万8350円の費用を負担すべき義務がある。

  (ア) 2メートル以上の高木剪定作業等費用     14万0700円
  (イ) 2メートル以下の低木剪定作業等費用      6万5100円
  (ウ) 雑草・除草及び刈取り処分費用          3万2550円
  (エ) 枯れた松と同程度の松の植替え費用      25万0000円

  (反訴請求)
  (1) 反訴原告(以下「被告」という。 )は反訴被告(以下「原告」という 。)との間で本件契約を締結し,敷金12万円を預け入れた。

  (2) 本件契約は平成19年5月25日限りで終了し,被告は原告に対し,同日賃貸物件を明け渡したが,原告は敷金を返還しない。

2 本件の争点及び争点に関する当事者の主張

 (争点)
 本件賃貸物件の敷地・庭の植栽について,被告がこれを手入れするなどして健全な状態に保つべき注意義務及びその違反があったか。

 (原告)
 (1) 契約に際し,原告は仲介業者である株式会社Aの担当者を介して,退去時に庭を原状に近い状態に戻すことを条件とするよう依頼し,被告がこの条件を承諾した。

 (2) 植木・垣根は伸び放題で,隣家2階のウッドデッキが隠れる程になり,落ち葉は3シーズン分堆積し,つる草(蔦)は植木部地面全体にはびこり,荒廃状態になっていた。門かぶりの松が枯れた原因は,切断面に虫食いもないことから,松葉が密集・堆積して蒸れたことによると思われる。異常に気付いた時点で対策をとる必要があったのに, 被告はなんの措置も講じなかった。

 (被告)
 (1) 庭は本件契約の目的ではないから,特約がない限り庭の修復費用は原告が負担するべきであり,本件契約書及び重要事項説明書にも庭の管理等についての記載はなく,被告は原告主張のような庭の管理についての説明も受けていない。 庭は建物の敷地として, 一般常識的な使い方をしていたに過ぎない。

 (2) 平成19年5月25日の退去時に,株式会社Aが委託した管理会社担当者が立ち会い,敷地,庭,ガレージ,建物内の状況を確認した上で,被告が負担すべき原状回復費用はゼロであるとの原状回復工事承認書を交付している。

 (3) 剪定作業等の費用などは,契約上明記されず,事前の説明もないので負担義務はない。雑草・除草刈取り処分費用は賃借人に負担義務はない。枯れた松の植替え費用は,被告が故意に枯らしたのではなく,いつ,どういう原因で枯れたのかも不明であり,被告に負担義務はない。

第3 当裁判所の判断
 1 証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

  (1) 本件賃貸物件は,平成元年建築であり,JRd線e駅から数百メートルの地点の住宅地に所在する。構造・間取りは木造2階建て,4LDKで,建物109.3平方メートル,敷地90坪あり,近隣の賃料相場に比べて安い物件である(甲1,乙3,乙4,原告本人,証人B )。

  (2) 本件契約書及び重要事項説明書(甲1,乙3,乙4)には,賃貸借の目的物として建物のみが記載され,敷地,庭の植栽等に関する記載はない。仲介業者株式会社Aを介した説明を受けて,被告が,退去時に庭を原状に近い状態に戻すことを承諾した,との原告主張事実を認めるに足りる証拠はない。

  (3) 被告は,本件賃貸物件の敷地・庭で子どもを遊ばせるなど,通常の一般的な使用をしていた。庭の植栽の管理については,株式会社Aから週に1回程度芝を刈ること,つつじの枝が飛び出すように伸びたらその部分を刈ってもよいが,基本的には植栽はジョキジョキ刈らないこと,などの説明を受けていた 被告及びその妻B(被告代理人。 以下両者を 「被告ら」 という。)には,庭の植栽の管理についての知識はほとんどなく,植栽等の剪定の必要を感じたこともなかったので,剪定はしなかった。植木・垣根は入居当時よりは明,(,らかに伸び 隣家2階のウッドデッキが隠れるほどになっていた (甲5の1,2, 証人B)。門かぶりの松が枯れた原因は 病害虫ではないと推認されるが真の原因は明らかではない(原告本人)。

  (4) 被告は,平成19年5月11日までに本件契約を解約することを原告に通知し,契約は同年6月11日限りで終了したが,被告はそれ以前の5月25日に退去し,賃貸物件を明け渡した(乙6,原告本人,証人B )。退去時に,株式会社Aが委託した管理会社担当者が立ち会い,敷地,庭,ガレージ,建物内の状況を確認した上で,被告が負担すべき原状回復費用はゼロであるとの原状回復工事承認書を交付した(乙2,乙7,証人B)。

  (5) 原告は,訴外C造園に見積もらせた本件賃貸物件の樹木剪定工事費用合計23万8350円のうち,(ア) 2メートル以上の高木剪定作業等費用14万0700円のみの作業を行わせ,同額を支払った(甲2,甲3,原告本人)。(エ) 枯れた松と同程度の松の植替え費用25万円は,原告が訴外C造園の植木職人から相当額として聴き取ったものである。この松は原告が別の場所で育成していたものを,本件賃貸物件の新築時に移植したものである。

 2 本件賃貸物件の敷地・庭の植栽についての被告らの善管注意義務違反以上で認定した事実を踏まえて,被告らの善管注意義務違反の有無・程度について検討する。

  (1) 庭の植栽についての被告らの善管注意義務
    本件契約書及び重要事項説明書には,賃貸借の目的物として建物のみが記載され,敷地,庭の植栽等に関する記載が一切ないことは前記認定のとおりである。 しかし, 本件のような庭付き一戸建て物件の賃貸借契約においては,被告らのような庭の使用状況に照らして,庭及びその植栽等も建物と一体として賃貸借の目的物に含まれると解するのが当事者の合理的意思に合致するというべきである。そうすると,被告ら(被告の妻Bは利用補助者)は本件賃貸物件の敷地・庭の植栽についても,信義則上,一定の善管注意義務を負うと解するのが相当である。

  (2) 植栽の剪定をしなかったことについて
  庭の植栽の剪定をしなかったことを被告の善管注意義務違反とみることができるかどうかについては,敷地・庭の植栽の管理方法についての具体的な合意・約定がないこと,株式会社Aから基本的には植栽は刈らないようにとの説明を受けていたこと,植栽の剪定・養生にはこれに関する一定の知識経験が必要と解されるが,被告らには知識経験はほとんどなかったこと等に照らせば,剪定をしなかったことを被告らの善管注意義務違反とみることはできないというべきである。

  (3) 草取りの状況について
  被告らの入居前と退去後の庭の草の状況を比較すると,退去後は明らかに草が生い茂っている状態であり,甲5の25の写真が退去の約1ヶ月後の状態であることを考慮しても,一般的な庭の管理として行われるべき定期的な草取りが適切に行われていなかったものと推認される。したがって,この点は被告らの善管注意義務違反とみるのが相当である。

  (4) 松枯れについて
  松枯れの原因は不明であり,被告の善管注意義務違反によるものかどうかは明らかでない。しかし,松枯れはある日突然起きたわけではなく,徐々に葉の状態を変化させながら枯れるにいたったものと推認される。そして,本件の松はいわゆる門かぶりの松であり,その変化の推移は居住していた被告らが毎日目にしていたはずのものである。 そうすると, 庭の植栽についても信義則上,一定の善管注意義務を負うと解される被告らは,その変化の状態に気付き,これを株式会社Aないし原告に知らせて対応策を講じる機会を与えるべき義務があったと解するのが相当であり,これを怠った被告らには善管注意義務違反があったと認めるのが相当である。

  (5) 以上の草取り及び松枯れについての被告らの善管注意義務違反の程度を総合的に評価し,本件賃貸物件が近隣の賃料相場に比べて安い物件であることも併せ考慮すると,被告は預託した敷金の半分にあたる6万円を庭の修復費用の一部として負担するのが相当である。

3 以上によれば,敷金12万円を充当した後の庭修復費用の残額を請求した本訴原告の請求には理由がなく,敷金全額の返還を請求した反訴原告の請求には負担すべき分を控除した残額6万円の支払を求める限度で理由があるので,主文のとおり判決する。
  なお,遅延損害金の起算日は契約終了日の翌日とするのが相当である。


     東 京 簡 易 裁 判 所 民 事 第 9 室

              裁 判 官  藤 岡 謙 三

 

 

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【判例】 敷金全額償却特約は消費者契約法10条により無効 (名古屋簡裁 平成21年06月04日判決)

2009年12月09日 | 敷金・保証金・原状回復に関する判例等

 判例紹介

事件番号/ 平成20(少コ)438
事件名 /敷金等返還請求事件(通常訴訟手続に移行)
裁判所 /名古屋簡易裁判所
裁判年月日/ 平成21年06月04日
判示事項/
  敷金は全額償却するとの約定の下に敷金が差し入れられていた建物賃貸借契約が建物入居前に賃借人により解約された場合において,敷金は,賃借人に未払家賃,修繕費等の債務がない場合,賃貸人が賃借人に対して返還する義務を負うものであって,敷金を全額償却する旨の定めは,他に合理的な理由がない限り,消費者契約法10条により無効になると解し,敷金全額を返還すべきものとした事例

 

平成20年(少コ)第438号敷金等返還請求事件(通常訴訟手続に移行)

 

判       決

 

主       文

 

 

  1被告は,原告に対し,金34万2000円及びこれに対する平成21年1月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
  2 原告のその余の請求を棄却する。
  3訴訟費用は,これを10分し,その2を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。
  4この判決は,1項及び3項に限り,仮に執行することができる。

 

事 実 及 び 理 由

 


2 事案の概要
 1請求原因の要旨
  原告は,被告との間で,平成20年10月5日,k市l区m町n-o所在の建物(以下「本件建物」という )について,原告を借主,被告を貸主。とする賃貸借契約(以下「本件契約」という 。)を締結した。

  原告は,被告及び仲介業者に対して,本件契約に基づき,次の金員を支払った。
  ① 敷金  30万円
  ② 同年11月分家賃  12万6000円
  ③ 仲介手数料  13万2300円
  ④ 消毒料  1万6275円
  ⑤ 家賃保証料  2万5200円
  ⑥ 鍵交換代  2万1000円
  ⑦ 火災保険料 3万円
              合計  65万0775円

  原告は,同年10月24日,仲介業者を通じて,被告に対し,本件契約を解除する旨申し入れた。
  その後,仲介業者から,前記③仲介手数料,⑤家賃保証料,⑦火災保険料の合計18万7500円の返還はあったが,残りの金員の返還はない。

  よって,原告は,被告に対し,本件契約の合意解除又は解約に基づく現状回復請求として,前記1敷金,2同年11月分家賃,6鍵交換代の合計44万7000円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める。


2 請求原因に対する認否及び被告の主張
 (1) 敷金,平成20年11月分家賃及び鍵交換代を請求原因のとおり受け取った事実は認める。

 (2) 本件契約を合意解除した事実はない。また,本件契約を解約する場合は,約定により,書面により申し入れすることとされているが,書面による解約申し入れはなく,解約は成立していない。原告が仲介業者の従業員のEに解約を申し入れたとしても,被告は仲介業者に賃借人の募集を依頼し,本件契約は締結され,金銭の授受はなされ,仲介業務は終了しているから,被告に対して,いかなる効果も生じない。原告は,本件建物に一度も入居しておらず,被告としては,入居する意思はないものとして,同年12月末日をもって本件契約は終了したものとして扱い,同21年1月から原告とは別の入居希望者に賃貸したものである。

 (3) 敷金に関しては,約定により,全額償却するものとされている。本件建物の家賃は月額20万円から25万円が相場であるが,全額償却を前提としていること,賃貸借期間は5年で,延長は認めないという定期借,家契約を条件としていることから,月額15万円で賃貸しようとしたが原告から減額の申し出があったことや,2階部分はリフォームせず,2階にある5部屋のうちの2部屋に本件契約時に置かれていた荷物を引き続き置かせてもらうという条件で,月額12万6000円にしたものである。敷金は60万円で全額償却するのが相場であるが,本件では敷金を30万円としていることから,これを全額償却としても,賃貸人に一方的に有利とはいえず,敷金の償却の約定が社会的相当性を逸脱しているともいえない。

 (4)  鍵交換代については,原告が費用は負担するので鍵を交換して欲しいということで,交換に要する費用として,被告は仲介業者の従業員であるEから2万1000円を受け取ったものである。被告が鍵交換代を負担することになっていたのであれば,そもそも原告はEに鍵代を支払う必要はなかったはずである。

3 原告の主張
 (1)  本件契約はすべて仲介業者であるFを通じて行われており,担当者はEであったことから,解約もEを通したもので,一般的に解約申し入れは仲介業者を通して行われるものであるから,本件でも解約申し入れは有効である。なお,解約申し入れは書面で行っている。

 (2) 敷金を全額償却する旨の契約条項は,賃借人の権利を不当に制限するものであるから無効であり,被告は敷金返還義務を負うべきである。被告から敷金を全額償却する代わりに家賃を低額に抑えておくという説明は受けていないし,家賃は低額ではなく,適正な額である。

 (3) 引っ越しの際に鍵の交換を行うのは常識である。原告は仲介業者から鍵交換代として求められた金額を支払ったに過ぎない。

第3 裁判所の判断
 1 原告と被告間で本件契約が締結され,その後,本件契約は終了している事実並びに敷金,平成20年11月分家賃及び鍵交換代を原告が被告に支払った事実は,当事者間に争いはない。

 2 本件契約の終了理由,被告に敷金等の返還義務があるのかという点に関して,当事者間に争いがあるので,以下,検討する。

 (1)  本件契約終了理由について
   原告は合意解除ないし原告からの解約申し入れにより,本件契約は終了した旨主張するのに対し,被告はそれらの事実をいずれも否定し,原告が入居しないので,平成20年12月末をもって本件契約が終了したものと扱った旨主張している。

   甲4,甲5及び原告の弁論によれば,同年10月24日に原告はEに解約の申し入れを行い,同月25日にEは被告にその旨伝えた事実が認められる。

   ところで,被告の弁論によれば,被告は原告の解約申し入れに納得していなかった事実が認められること,本訴が提起されているということは,原告と被告間で,現在にいたるも本件契約に関する精算が行われていないことの表れであることからすると,原告と被告間で,合意解約が成立したものと解することは困難である。しかしながら,原告から被告に対して,解約申し入れが行われた事実は認められることから,本件契約は解約によって終了したものと解することはできる。

   なお,この点に関して,被告は被告自身に対する解約申し入れがなかった旨主張し,さらに,本件契約条項上,書面によることとされている,が,書面によっていない旨主張している。しかしながら,甲5によればEを通して,原告の解約申し入れは被告に伝えられたものと認められるし,被告自身,原告は幽霊が出る,妖気を感じたとして,本件契約に因縁をつけてきたので怒りを抑えることができなかった旨述べており,原告から解約申し入れがあったことを知っていたことを推認させる弁論を,行っている。また,被告は甲4の書面は見たことがない旨述べているが原告の弁論からすれば,原告がEに解約申し入れを行った際,原告はEから甲4の書面に署名押印するよう求められ,甲4はその場で作成されたものであると認められるから,書面による解約申し入れはなされたものと解される。Eは仲介業者としての立場で,本件契約の締結に関与しており,Eによって,原告の解約申し入れは被告自身に伝わっていることからすると,Eを通じて行われた原告の解約申し入れが無効となるいわれはない。甲2によれば,同年11月分の家賃は同年10月6日に支払済みであることが認められることから,甲1の14条の規定により,本件契約は被告に告知されたと考えられる同月25日に終了したものと解するべきである。


 (2)  敷金等の返還義務について
   甲1の契約条項7条には,保証金(敷金)30万円は全額償却する旨の記載が認められるが,敷金は一般に賃貸借契約から生ずる賃借人の債務(未払家賃や賃借人が負担する必要のある修繕費等)を担保するために賃借人から賃貸人に差し入れられたものであるから,賃借人に未払家賃,修繕費等の債務がない場合には,他に合理的な理由がない限り,賃貸人は賃借人に返還する義務を負い,これと異なる定めは消費者契約法10条により無効になると考えるべきである。被告は,敷金の全額償却の定めは賃料及び敷金を相場と比べて低額にしているためである旨主張しているが,当該事実を裏付ける証拠はないし,被告自身,賃料を低額にした理由として,契約期間を5年間として,更新できない定期借家としたことや,リフォームを一部行わないことにしたからである旨述べて,いるところであり,また,敷金を低額(相場の半額)に抑えたとしてもそれは早期に契約を締結し,空室状態をできるだけ防ぐという経営上の措置であるとも考えられるところであり,敷金の全額償却を正当化する合理的な理由は認められないから,被告は,原告に対し,敷金30万円の返還義務を負う。

   次に,同年11月分の家賃の返還義務の有無について検討するに,解約申し入れにより,本件契約は同年10月25日に終了したものと解されるところ,甲1によれば,契約条項14条に,1か月分の月額家賃を賃貸人に支払うことにより即時中途解約することができる旨定められており,本件ではこの条項に該当すると考えられるから,原告は,初日不参入により,同月26日から1か月後の同年11月25日までの賃料については返還請求することはできず,同月26日から同月30日までの5日間分のみ返還請求することができるものと考えられる。12万6000円の30日分の5日分は2万1000円となるから,被告が返還義務を負うのは2万1000円である。

   次に,鍵交換代の返還義務について検討するに,新たに賃貸借契約が締結される場合の鍵の付け替えは,賃貸人が当該物件管理上の責任を負っており,その義務の履行としてとらえるのが相当であるから,賃借人が負担した場合には,賃貸人は自らの支出を免れたことによる利得を得たことになるから,原則として,当該費用の返還義務を負うと解するべきである。鍵の交換を原告が要求して,その費用の負担を了解していたものであるか否か,原告と被告とで主張は異なっており,事実関係は明らかではないが,少なくとも,鍵は交換され,その費用を原告が負担した事実は明らかであり,原告が負担する必要がないのに鍵交換代を支出したことを裏付ける証拠はないから,原則に従い,被告が鍵交換代2万1000円の返還義務を負うと解するべきである。

   なお,訴状送達の日の翌日が同21年1月24日であることは顕著な事実である。甲1によれば,契約条項8条に敷金の返還時期は原告又は,物件管理者が退去確認後,原則として1か月以内とする旨定めているが訴状送達の日の翌日はその後であるから,遅延損害金の起算日は後者となる。敷金以外の既払金(11月分家賃の一部及び鍵交換代)についても,同日以降遅滞となる。


3 結論
  以上によれば,原告の請求は,34万2000円及びこれに対する平成21年1月24日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから,主文のとおり判決する。

  
    名 古 屋 簡 易 裁 判 所

        裁 判 官      佐  藤  有  司

 


 

東京・台東借地借家人組合

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【判例】  大阪高裁 定額補修分担金 (2009年3月10日判決) 2

2009年08月03日 | 敷金・保証金・原状回復に関する判例等

 判例紹介


判決要旨
 消費者と事業者の間の家屋賃貸借契約において,消費者が事業者に対して原状回復費用(軽過失損耗によるものを含む)として一定額を支払うとする定額補修分担金条項が消費者契約法10条により無効とされた事例 (大阪高裁 2009年3月10日判決

 平成21年3月10日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
 平成20年(ネ)第2700号敷金返還等請求控訴事件(原審・京都地方裁判所平成20年((ワ)第1469号)
 口頭弁論終結日 平成21年1月20日

 

判         決

 

 

主         文

 

 1 原判決を次のとおり変更する。
 2 被控訴人は控訴人に対し,12万円及びこれに対する平成20年4月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 3 訴訟費用は,第1,2審を通じ,これを10分し,その1を控訴人の,その余を被控訴人の負担とする。
 4 この判決は,第2項に限り,仮に執行することができる。

 

事 実 及 び 理 由

 

第1 当事者の求めた裁判
 1 控訴人
  (1)主文第1,2項と同旨。
  (2)訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
  (3)仮執行宣言

2 被控訴人
  (1)本件控訴を棄却する。
  (2)控訴費用は控訴人の負担とする。

第2 事案の概要
 1 本件は,賃貸マンションの賃借人であった控訴人が,賃貸借契約に付随して締結した,①定額補修分担金特約に基づき,定額補修分担金として12万円を支払い,また,②退去月において賃料の日割計算をしない特約に基づき月額賃料5万8000円全額を支払ったところ,賃貸人であった被控訴人に対し,
 (1)ア ①の特約は敷金契約であるとして,敷金契約に基づき,又は,
    イ ①の特約は消費者契約法(以下「法」という。)10条により無効であるとして,不当利得返還請求権に基づき,12万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成20年4月10日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を,
 (2) ②の特約は法10条により無効であるとして,不当利得返還請求権に基づき,2万6180円及びこれに対する上記平成20年4月10日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求めた事案である。

 2 原審は,1(1),(2)に係る各請求をいずれも棄却したところ,控訴人が1(1)の請求棄却部分を不服として本件控訴を申し立てた。したがって,1(2)に係る請求の当否は当巷における審判の対象となっていない。

 3 争いのない事実等,争点(当事者の主張を含む。)は,原判決の「事実及び理由十第2の1並びに2の(1)及び(2)(原判決2頁10行目から6頁2行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。


第3 当裁判所の判断
 1 争点(1)(本件特約の性質)についての当裁判所の判断は,原判決の「事実及び理由」第3の1(原判決6頁24行目から7頁16行目まで)の理由説示と同一であるから,これを引用する(ただし,原判決7頁8行目から9行目にかけての「汚損ないし損耗した場合の回復費用のうち受領した定額補修分担金額を超過した部分を除き,」を「汚損ないし損耗した場合を除き,」に改める。)。

 2 争点(2)(本件特約の有効性)について
(1)弁論の全趣旨によれば,控訴人は法2条1項の「消費者」に,被控訴人は同条2項の「事業者」に該当すると認められ,その間で締結された本件賃貸借契約は同条3項の消費者契約に該当する。

 (2)法10条前段は,同条により消費者契約の条項が無効となる要件として,「民法,商法その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し,消費者の権利を制限し,又は消費者の義務を加重する」条項であることを定めている。

 民法の規定(616条,598条)によれば,賃借人は,賃貸借契約が終了した場合には,賃借物件を原状に回復して賃貸人に返還する義務があるところ,賃貸借契約は,賃借人による賃借物件の使用とその対価としての賃料の支払を内容とするものであり,賃借物件の損耗の発生は,賃貸借という契約の本質上当然に予定されている。したがって,建物の賃貸借において賃借人が社会通念上通常の使用をした場合に生ずる賃借物件の劣化又は価値の減少を意味する通常損耗については,賃貸人が負担すべきものといえ,賃貸借契約終了に伴う原状回復義務の内容として,賃借人は通常損耗の原状回復費用についてこれを負担すべき義務はないと解される。

 本件特約は,それに基づいて支払われた分担金を上回る原状回復費用が生じた場合に故意又は重過失による本件物件の損傷,改造を除き原状回復費用の負担を賃借人に求めることができない旨規定しているところ,本件賃貸借契約書(甲1)の記載内容や弁論の全趣旨によれば,逆に,原状回復費用が分担金を下回る場合や,原状回復費用から通常損耗についての原状回復費用を控除した金額が分担金を下回る場合,あるいは原状回復費用のすべてが通常損耗の範囲内である場合にも,賃借人はその差額等の返還請求をすることはできない趣旨と解され,そうすると,上記の場合本件特約は,賃借人が本来負担しなくてもよい通常損耗部分の原状回復費用の負担を強いるものといわざるをえず,民法の任意規定に比して消費者の義務を加重する特約というべきである。

 (3)さらに法10条後段は,同条により消費者契約の条項が無効となる要件として,「民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの」であることを規定する。

 これを本件についてみると,定額補修分担金の金額は月額賃料の2倍を超える12万円であること,上記(2)のとおり原状回復費用が分担金を下回る場合や原状回復費用から通常損耗についての原状回復費用を控除した金額が分担金を下回る場合のみならず,原状回復費用のすべてが通常損耗の範囲内である場合においても賃借人は一切その差額等の返還請求をすることはできない趣旨の規定であること,入居期間の長短にかかわらず,定額補修分担金の返還請求ができないこと(本件賃貸借契約5条3項),本件賃貸借契約5条1項が,「新装状態への回復費用の一部負担金として」定額補修分担金の支払を定めているところからすれば,定額補修分担金には通常損耗の原状回復費用が相当程度含まれていると解されること,控訴人は被控訴人に対し,定額補修分担金の他に礼金15万円を支払っていること(甲2)などの事情を併せ考えれば,本件特約は,民法1条2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものというべきである。

 (4)これに対し,被控訴人は,本件特約は,賃貸借契約締結時において原状回復費用を定額で確定させて,賃貸人と賃借人の双方がリスクと利益を分け合う交換条件的内容を定めたものであるから,法10条には該当しないなどと主張する。しかし,定額補修分担金という方式によるリスクの分散は,多くの場合,多数の契約関係を有する賃貸人側にのみ妥当するものといえ,また,原状回復費用を請求する側である賃貸人は,定額を先に徴収することによって,原状回復費用の金額算定や提訴の手間を省き紛争リスクを減少させるとのメリットを享受し得るといえるが,賃借人にとっては,そもそも通常の使用の範囲内であれば自己の負担に帰する原状回復費用は発生しないのであるから,定額補修分担金方式のメリットがあるかどうかは疑問といわざるをえない。本件における定額補修分担金の金額が月額賃料の2倍を超える12万円であることも併せ考えると,本件特約が交換条件的内容を定めたとする被控訴人の主張は採用できない。

 (5)したがって,本件特約は,法10条により無効である。

3 以上の認定及び判断の結果によると,12万円及びこれに対する平成20年4月10日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める控訴人の請求は理由があるからこれを認容すべきである。これと異なる原判決を上記の趣旨に変更することとし,主文のとおり判決する。

 

大阪高等裁判所第12民事部

 

裁判長裁判官   安 原    清   蔵

 

裁判官       樋 口    英   明

 

裁判官       本 多    久 美 子


 

 

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【判例】 大阪高裁 定額補修分担金(2008年11月28日判決) 1

2009年07月31日 | 敷金・保証金・原状回復に関する判例等

 判例紹介

(判決要旨)
  消費者と事業者の間の家屋賃貸借契約において,消費者が事業者に対して原状回復費用(軽過失損耗によるものを含む)として一定額を支払うとする定額補修分担金条項が消費者契約法10条により無効とされた事例。

  本件補修分担金特約は,それに基づいて支払われた分担金を上回る原状回復費用が生じた場合に故意又は重過失による本件物件の損傷,改造を除き原状回復費用の負担を賃借人に求めることができない旨規定している。
 本件賃貸借契約書の記載内容や弁論の全趣旨によれば,逆に,原状回復費用が分担金を下回る場合や,原状回復費用から通常損耗についての原状回復費用を控除した金額が分担金を下回る場合,あるいは原状回復費用のすべてが通常損耗の範囲内である場合にも,賃借人はその差額等の返還請求をすることはできない趣旨と解される。
 本件補修分担金特約は,賃借人が本来負担しなくてもよい通常損耗部分の原状回復費用の負担を強いるものといわざるをえず,民法の任意規定に比して消費者の義務を加重する特約というべきである。

  なお、賃借人は更新料6万3000円の返還も求めていたが、賃貸人が任意に弁済したので、この点は判断されていない。 (大阪高裁 2008年11月28日判決

 

 平成20年11月28日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
 平成20年(ネ)第1597号定額補修分担金・更新料返還請求控訴事件(原審・京都地方裁判所平成19年((ワ)第2242号
 口頭弁論終結日 平成20年8月29日

 

判    決

 

主    文

 

1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。

 

事 実 及 び 理 由

 

第1 当事者の求めた裁判
1 控訴人
 (1)原判決中,控訴人敗訴部分を取り消す。
 (2)上記取消部分にかかる被控訴人の請求を棄却する。
 (3)訴訟費用は第1審,2審を通じて被控訴人の負担とする。

2 被控訴人
 主文同旨。

第2 事案の概要
 1 本件は,控訴人との間で賃貸マンションの賃貸借契約とともにそれに付随して定額補修分担金特約(以下「本件補修分担金特約」という。)及び更新料特約(以下「本件更新料特約」という。)を締結した被控訴人が,控訴人に対し,本件補修分担金特約及び本件更新料特約は消費者契約法10条などにより無効であるとして,不当利得返還請求権に基づき,上記各特約に基づいて支払った定額補修分担金16万円及び更新料6万3000円の合計22万3000円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成19年8月5日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

 原審は,被控訴人の請求のうち,更新料相当額及びこれに対する遅延損害金については控訴人から受領済みであるとして請求を棄却したが,補修分担金相当額及びこれに対する遅延損害金については,本件補修分担金特約は消費者契約法10条に該当し無効であるとして請求を認容したため,控訴人が,敗訴部分を不服として,控訴を申し立てた。

 2 前提事実,争点及び争点に対する当事者の主張は,次のとおり付加訂正するほかは,原判決「事実及び理由」中の第2の2及び3(原判決2頁20行目から16頁10行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。

 (1)原判決6頁14行目末尾に改行の上,以下を加える。
 「ウ 被控訴人は,平成17年3月17日,株式会社*)宅地建物取引主任者から本件補修分担金特約を含めた本件賃貸借契約の重要事項について説明を受け,重要事項説明書を受領した。上記重要事項説明書には,賃料等授受される金銭として,礼金10万円,定額補修分担金16万円,契約更新料前賃料の1か月分,火災保険料1万5100円,仲介手数料6万6150円,賃料月額6万3000円,共益費・管理費月額6000円との記載がある(甲21)。」

 (2)原判決6頁15行目「本件賃貸借契約を締結した際,」の次に「礼金10万円及び」を加える。
 (3)原判決9頁24行目から16頁10行目までを削る。

3 当審における控訴人の補足主張
 (1)本件補修分担金特約は,借主の過失による損傷についての原状回復につき契約締結時に予め定額精算をする旨の合意である。

 (2)消費者契約法10条後段の要件を満たすためには,当該条項が信義則に反すること,及び消費者の利益を一方的に害することの両方の要件を満たすことが必要である。たとえば,当該消要者契約条項について,消費者が特に説明を受け,それを承知して契約している場合は,当該消費者契約条項の情報力,交渉力の格差が解消されており,消費者にも自己責任が求められることから,信義則に反しているとはいえない。当該消費者契約条項により,消費者が不利益を受ける側面があっても,他方消費者が利益を受ける側面がある場合,あるいは,事業者側にも負担が発生する場合は,消費者の利益を一方的に害するとの要件に該当しない。

 (3)消費者契約法10条後段の要件は,当該条項を有効とすることによって消費者が受ける不利益と,その条項を無効とすることによって事業者が受ける不利益とを総合的に衡量し,消費者の受ける利益が均衡を失するといえるほどに一方的に大きいといえるか否かで判断されるべきところ,本件補修分担金特約においては,金額が16万円に定まっていること,被控訴人は契約締結時に定額補修分担金についての説明を受け,それが返還されないことを承知で支払をしていること,被控訴人は,本件補修分担金特約の締結により,過失による損傷費用の定額化,限定化をはかることができ,原状回復費用について予測可能性を持っことができるとのメリットを享受していること,控訴人は,支払われた定額補修分担金について自己の収入であることを前提に賃貸経営をしているのであり,後日その返還が命じられると不測の損害を被ること,被控訴人は,本件定額補修分担金を自ら承知し支払っているにもかかわらず,後日その返還が認められるとすれば,予想外の利益を得ることになり,また,事実上過失による損傷の支払義務を免れることになって不当であることなどの事情からみて,消費者契約法10条後段には該当しない。

4 当審における被控訴人の補足主張
 (1)敷金の授受がない本件では,本件定額補修分担金は,敷金代わりのものとして設定されている。故意,過失損耗の回復費等は居住年数によって減価償却され(たとえば,カーペットでは6年で残価10パーセント),月額賃料の約2.5倍もの金額に相当する故意,過失損耗が生じることはほとんど考えられない。したがって,本件補修分担金特約は通常使用損耗の原状回復費用を消費者に負担させるための特約であることは明らかである。

 (2)消費者契約法1条の立法趣旨は,消費者と事業者との情報九 交渉力の格差に鑑み,合意した契約内容であってもその条項が不合理で消費者利益を不当に害する場合は無効とするというのであるから,消費者が説明を受け承知していることをもって,情報力,交渉力格差が解消されているとはいえない。

 (3)被控訴人は,礼金10万円を支払った上で本件定額補修分担金16万円を支払っており,極めて消費者に不利な内容といえる。被控訴人が,本件補修分担金特約に合意していることは消費者契約法10条の要件該当性を検討する際の衡量事由とはならないし,消費者は交渉力格差によって同意させられているにすぎない。控訴人が主張する被控訴人のメリットは,本来支払わなくてもよい16万円もの金額を支払うことを払拭するほどのメリットではないし,不当条項による金銭の授受であればそれを返金するのは当然であり,これを控訴人の損害とは評価できない。

第3 当裁判所の判断
 1 争点(1)(本件補修分担金特約は消費者契約法10条に該当して無効か。)について

  (1)弁論の全趣旨によれば,被控訴人は消費者契約法2条1項の「消費者」に,控訴人は同条2項の「事業者」に該当すると認められ,その間で締結された本件賃貸借契約は同条3項の消費者契約に該当する。

  (2)消費者契約法10条前段は,同条により消費者契約の条項が無効となる要件として,「民法,商法その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し,消費者の権利を制限し,又は消費者の義務を加重する」条項であることを定めている。

 民法の規定(616条,598条)によれば,賃借人は,賃貸借契約が終了した場合には,賃借物件を原状に回復して賃貸人に返還する義務があるところ,賃貸借契約は,賃借人による賃借物件の使用とその対価としての賃料の支払を内容とするものであり,賃借物件の損耗の発生は,賃貸借という契約の本質上当然に予定されている。したがって,建物の賃貸借において賃借人が社会通念上通常の使用をした場合に生ずる賃借物件の劣化又は価値の減少を意味する通常損耗については,賃貸人が負担すべきものといえ,賃貸借契約終了に伴う原状回復義務の内容として,賃借人は通常損耗の原状回復費用についてこれを負担すべき義務はないと解される。

 本件補修分担金特約は,それに基づいて支払われた分担金を上回る原状回復費用が生じた場合に故意又は重過失による本件物件の損傷,改造を除き原状回復費用の負担を賃借人に求めることができない旨規定しているところ,本件賃貸借契約書(甲1)の記載内容や弁論の全趣旨によれば,逆に,原状回復費用が分担金を下回る場合や,原状回復費用から通常損耗についての原状回復費用を控除した金額が分担金を下回る場合,あるいは原状回復費用のすべてが通常損耗の範囲内である場合にも,賃借人はその差額等の返還請求をすることはできない趣旨と解され,そうすると,上記の場合本件補修分担金特約は,賃借人が本来負担しなくてもよい通常損耗部分の原状回復費用の負担を強いるものといわざるをえず,民法の任意規定に比して消費者の義務を加重する特約というべきである。

 (3)さらに消費者契約法10条後段は,同条により消費者契約の条項が無効となる要件として,「民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの」であることを規定する。これを本件についてみると,定額補修分担金の金額は月額賃料の2.5倍を超える16万円であること,上記(2)のとおり原状回復費用が分担金を下回る場合や原状回復費用から通常損耗についての原状回復費用を控除した金額が分担金を下回る場合のみならず,原状回復費用のすべてが通常損耗の範囲内である場合においても賃借人は一切その差額等の返還請求をすることはできない趣旨の規定であること,入居期間の長短にかかわらず,定額補修分担金の返還請求ができないこと(本件賃貸借契約5条3項),本件賃貸借契約5条1項が,「新装状態への回復費用の一部負担金として」定額補修分担金の支払を定めているところからすれば,定額補修分担金には通常損耗の原状回復費用が相当程度含まれていると解されること,被控訴人は,控訴人に対し,定額補修分担金の他に礼金10万円を支払っていることなどの事情を併せ考えれば,本件補修分担金特約は,民法1条2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものというべきである。

 (4)これに対し,控訴人は,本件補修分担金特約は,賃貸借契約締結時において原状回復費用を定額で確定させて,賃貸人と賃借人の双方がリスクと利益を分け合う交換条件的内容を定めたものであるから,消費者契約法10条には該当しないなどと主張する。しかし,定額補修分担金という方式によるリスクの分散は,多くの場合,多数の契約関係を有する賃貸人側にのみ妥当するものといえ,また,原状回復費用を請求する側である賃貸人は,定額を先に徴収することによって,原状回復費用の金額算定や提訴の手間を省き紛争リスクを減少させるとのメリットを享受しうるといえるが,賃借人にとっては,そもそも通常の使用の範囲内であれば自己の負担に帰する原状回復費用は発生しないのであるから,定額補修分担金方式のメリットがあるかどうかは疑問といわざるをえない。本件における定額補修分担金の金額が月額賃料の2.5倍を超える16万円であることも併せ考えると,本件補修分担金特約は交換条件的内容を定めたとする控訴人の主張は採用できない。

 (5)したがって,本件補修分担金特約は,消費者契約法10条により無効であるから,被控訴人の控訴人に対する不当利得返還請求権に基づく16万円及びこれに対する平成19年8月5日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める請求は理由がある。

2 以上によれば,原判決は相当であり,控訴人の本件控訴は理由がないものとして棄却を免れない。よって,主文のとおり判決する。

 

大阪高等裁判所第12民事部

 

裁判長裁判官      安 原  清   蔵

 

裁判官          八 木  良   一

 

裁判官          本 多  久 美 子

 

 

原審・京都地裁平成20年4月30日判決(定額補修分担金事件)

 

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【判例】 *最高裁判所平成21年07月03日判決(賃料等請求事件)

2009年07月15日 | 敷金・保証金・原状回復に関する判例等

 判例紹介

(裁判要旨)
 1 担保不動産収益執行の開始決定の効力が生じた場合における担保不動産の収益に係る給付を求める権利の帰属

 2 抵当不動産の賃借人が,担保不動産収益執行の開始決定の効力が生じた後に,抵当権設定登記の前に取得した賃貸人に対する債権を自働債権とし賃料債権を受働債権とする相殺をもって管理人に対抗することの可否

 

最高裁判所第二小法廷平成21年07月03日判決、事件番号・平成19(受)1538

 

 

主       文

 

 

      原判決のうち,上告人敗訴部分を破棄する。

 

      前項の部分につき,被上告人の控訴を棄却する。

 

 

      控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。

 

 

理       由

 

 上告代理人平出晋一ほかの上告受理申立て理由(ただし,排除されたものを除く。)について

 1 本件は,建物についての担保不動産収益執行の開始決定に伴い管理人に選任された被上告人が,上記建物の一部を賃料月額700万円(ほかに消費税相当額35万円)で賃借している上告人に対し,平成18年7月分から平成19年3月分までの9か月分の賃料合計6300万円及び平成18年7月分の賃料700万円に対する遅延損害金の支払を求める事案である。上告人は,上記賃貸借に係る保証金返還債権を自働債権とする相殺の抗弁を主張するなどして,被上告人の請求を争っている。

 2  原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。

 (1)  第1審判決別紙物件目録記載2の建物(以下「本件建物」という。)の過半数の共有持分を有するA株式会社(以下「A」という。)は,平成9年11月2日,上告人との間で,本件建物の1区画を次の約定で上告人に賃貸する契約を締結し,同区画を上告人に引き渡した。

 ア  期 間  20年間
 イ  賃 料  月額700万円(ほかに消費税相当額35万円)
        毎月末日までに翌月分を支払う。

 ウ  保証金  3億1500万円(以下「本件保証金」という。)
         賃貸開始日から10年が経過した後である11年目から10年間にわたり均等に分割して返還する。
 エ  敷 金   1億3500万円
         上記区画の明渡し時に返還する。

 (2) Aは,上記契約の締結に際し,上告人から,本件保証金及び敷金として合計4億5000万円を受領した。

 (3) Aは,平成10年2月27日,本件建物の他の共有持分権者と共に,Bのために,本件建物につき,債務者をA,債権額を5億5000万円とする抵当権(以下「本件抵当権」という。)を設定し,その旨の登記をした。

 (4) Aは,平成11年6月22日,上告人との間で,Aが他の債権者から仮差押え,仮処分,強制執行,競売又は滞納処分による差押えを受けたときは,本件保証金等の返還につき当然に期限の利益を喪失する旨合意した。

 (5) Aは,平成18年2月14日,本件建物の同社持分につき甲府市から滞納処分による差押えを受けたことにより,本件保証金の返還につき期限の利益を喪失した。

 (6)  本件建物については,平成18年5月19日,本件抵当権に基づく担保不動産収益執行の開始決定(以下「本件開始決定」という。)があり,被上告人がその管理人に選任され,同月23日,本件開始決定に基づく差押えの登記がされ,そのころ,上告人に対する本件開始決定の送達がされた。

 (7) 上告人は,平成18年7月から平成19年2月までの間,毎月末日までに,各翌月分である平成18年8月分から平成19年3月分までの8か月分の賃料の一部弁済として各367万5000円の合計2940万円(消費税相当額140万円を含む額)を被上告人に支払った(以下,これらの弁済を「本件弁済」と総称する。)。

 (8) 上告人は,Aに対し,平成18年7月5日,本件保証金返還残債権2億9295万円を自働債権とし,平成18年7月分の賃料債権735万円(消費税相当額35万円を含む額)を受働債権として,対当額で相殺する旨の意思表示をし,さらに,平成19年4月2日,本件保証金返還残債権2億8560万円を自働債権とし,平成18年8月分から平成19年3月分までの8か月分の賃料残債権各367万5000円の合計2940万円(消費税相当額140万円を含む額)を受働債権として,対当額で相殺する旨の意思表示をした(以下,これらの相殺を「本件相殺」と総称し,その受働債権とされた賃料債権を「本件賃料債権」と総称する。)。

 3 原審は,上記事実関係の下において,次のとおり判断して,平成18年7月分の賃料700万円(以下,いずれも消費税相当額を含まない額である。)及び平成18年8月分から平成19年3月分までの8か月分の賃料の本件弁済後の残額2800万円の合計3500万円並びに平成18年7月分の賃料700万円に対する遅延損害金の支払を求める限度で被上告人の請求を認容した。

 (1) 本件相殺の自働債権とされた本件保証金返還残債権はAに対するものであるのに対し,本件開始決定の効力が生じた後に発生した支分債権である本件賃料債権は,その管理収益権を有する管理人である被上告人に帰属するものであって,民法505条1項所定の相殺適状にあったとはいえないから,本件相殺は効力を生じない。

 (2) 仮にそうでないとしても,本件相殺の意思表示の相手方となるのは本件賃料債権について管理収益権を有する被上告人のみであり,管理収益権を有しないAに対する相殺の意思表示をもって民法506条1項所定の相手方に対する意思表示があったとはいえないから,本件相殺は効力を生じない。

 4 しかしながら,原審の上記判断はいずれも是認することができない。その理由は,次のとおりである。

 (1) 担保不動産収益執行は,担保不動産から生ずる賃料等の収益を被担保債権の優先弁済に充てることを目的として設けられた不動産担保権の実行手続の一つであり,執行裁判所が,担保不動産収益執行の開始決定により担保不動産を差し押さて所有者から管理収益権を奪い,これを執行裁判所の選任した管理人にゆだねることをその内容としている(民事執行法188条,93条1項,95条1項)。管理人が担保不動産の管理収益権を取得するため,担保不動産の収益に係る給付の目的物は,所有者ではなく管理人が受領権限を有することになり,本件のように担保不動産の所有者が賃貸借契約を締結していた場合は,賃借人は,所有者ではなく管理人に対して賃料を支払う義務を負うことになるが(同法188条,93条1項),このような規律がされたのは,担保不動産から生ずる収益を確実に被担保債権の優先弁済に充てるためであり,管理人に担保不動産の処分権限まで与えるものではない(同法188条,95条2項)。

 このような担保不動産収益執行の趣旨及び管理人の権限にかんがみると,管理人が取得するのは,賃料債権等の担保不動産の収益に係る給付を求める権利(以下「賃料債権等」という。)自体ではなく,その権利を行使する権限にとどまり,賃料債権等は,担保不動産収益執行の開始決定が効力を生じた後も,所有者に帰属しているものと解するのが相当であり,このことは,担保不動産収益執行の開始決定が効力を生じた後に弁済期の到来する賃料債権等についても変わるところはない。

 そうすると,担保不動産収益執行の開始決定の効力が生じた後も,担保不動産の所有者は賃料債権等を受働債権とする相殺の意思表示を受領する資格を失うものではないというべきであるから(最高裁昭和37年(オ)第743号同40年7月20日第三小法廷判決・裁判集民事79号893頁参照),本件において,本件建物の共有持分権者であり賃貸人であるAは,本件開始決定の効力が生じた後も,本件賃料債権の債権者として本件相殺の意思表示を受領する資格を有していたというべきである。

 (2) そこで,次に,抵当権に基づく担保不動産収益執行の開始決定の効力が生じた後において,担保不動産の賃借人が,抵当権設定登記の前に取得した賃貸人に対する債権を自働債権とし,賃料債権を受働債権とする相殺をもって管理人に対抗することができるかという点について検討する。被担保債権について不履行があったときは抵当権の効力は担保不動産の収益に及ぶが,そのことは抵当権設定登記によって公示されていると解される。そうすると,賃借人が抵当権設定登記の前に取得した賃貸人に対する債権については,賃料債権と相殺することに対する賃借人の期待が抵当権の効力に優先して保護されるべきであるから(最高裁平成11年(受)第1345号同13年3月13日第三小法廷判決・民集55巻2号363頁参照),担保不動産の賃借人は,抵当権に基づく担保不動産収益執行の開始決定の効力が生じた後においても,抵当権設定登記の前に取得した賃貸人に対する債権を自働債権とし,賃料債権を受働債権とする相殺をもって管理人に対抗することができるというべきである。本件において,上告人は,Aに対する本件保証金返還債権を本件抵当権設定登記の前に取得したものであり,本件相殺の意思表示がされた時点で自働債権である上告人のAに対する本件保証金返還残債権と受働債権であるAの上告人に対する本件賃料債権は相殺適状にあったものであるから,上告人は本件相殺をもって管理人である被上告人に対抗することができるというべきである。

 (3) 以上によれば,被上告人の請求に係る平成18年7月分から平成19年3月分までの9か月分の賃料債権6300万円は,本件弁済によりその一部が消滅し,その残額3500万円は本件相殺により本件保証金返還残債権と対当額で消滅したことになる。

 5 以上と異なる原審の判断には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決のうち上告人敗訴部分は破棄を免れない。そして,被上告人の請求を棄却した第1審判決は結論において正当であるから,上記部分につき被上告人の控訴を棄却することとする。

 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 今井 功  裁判官 中川 了滋  裁判官 古田 佑紀  裁判官 竹内 行夫)

 

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【判例】 東京簡易裁判所 平成20年11月19日判決 (店舗の敷金返還請求事件)

2009年07月02日 | 敷金・保証金・原状回復に関する判例等

 判例紹介

  平成20年11月19日判決言渡 東京簡易裁判所
  平成20年(ハ)第5970号 敷金返還請求事件
  口頭弁論終結日 平成20年10月8日


              判    決
              主    文

 1 被告は,原告に対し,37万2160円及びこれに対する平成20年1月4日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

 2 原告のその余の請求を棄却する。

 3 訴訟費用は,これを3分し,その2を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。

 4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。


                   事実及び理由

第1 請 求
 被告は,原告に対し,108万円及びこれに対する平成19年7月4日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要
 本件は,原告が被告から被告所有のビル7階を事務所として賃借していたところ,原告が中途解約して賃貸借契約を終了し,事務所を明け渡したとして被告に交付していた敷金108万円の返還及びこれに対する明渡日の翌日である平成19年7月4日から支払済みまで年6分の割合による遅延損害金の支払を求めたのに対し,被告が敷金から控除すべき即時解約金,償却費等があると争っている事案である。

 1 前提事実(争いのない事実並びに証拠(かっこ内に掲記)及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)

 (1) 原告は,すし店の経営等を目的とする有限会社であり,被告は,不動産の賃貸等を目的とする株式会社である(争いのない事実 )。


 (2) 原告は,被告との間で,平成18年3月9日,別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。 )を賃料1か月9万6000円,賃貸借期間を平成18年3月11日から平成20年3月10日までの2年間とする約定で賃借する契約(以下「本件賃貸借契約」という )を締結し,その引渡しを受けた(争いのない事実)。

 (3) 原告は,平成18年3月10日,被告に対し,本件賃貸借契約に関し,敷金として108万円(以下「本件敷金」という )を交付した(争いのない事実)。

 (4) 原告は,平成19年5月28日,被告に対し,本件賃貸借契約の解約を申し入れ(乙1) ,同契約は同年6月30日終了し,同年7月3日,本件建物を明け渡した(争いのない事実 )。

 (5) 原告は,平成18年3月11日から平成19年6月30日まで1か月9万6000円の賃料を支払った(弁論の全趣旨)。

 (6) 本件賃貸借契約の契約書(以下「本件賃貸借契約書」という。)第15条には 「甲(被告)又は乙(原告)の都合により第3条の賃貸借期間満了前に解約しようとするときは,甲又は乙は,6ヶ月以前に相手方に対し,その予告をしなければならない。但し,乙は予告に代えて解約申し出の日以前の4ヶ月分の賃料額を甲に払込み,即時解約することができる (以下「本件借主解約特約」という。)との,同第18条には 「契約満了,第15条の解約及び第16条の解除により本契約が終了し賃貸借物件の返還を受けた場合,甲は敷金を賃料3ヶ月分相当額を差引いた金額を次項により返還する。」 (以下「本件償却特約」という。)との各定めがある。

2 被告の抗弁
 (1) 被告が返還すべき本件敷金108万円から控除すべき金額は,次のとおりである。

 ア 原告は,本件借主解約特約による払込みをしなかったのであるから,被告は,原告に対し,4か月分の賃料額38万4000円(9万6000円×4か月分 )(以下「本件即時解約金」という。)の支払義務があり,本件即時解約金が本件敷金から控除される。

 イ 本件償却特約により,償却費として賃料3か月分相当額28万8000円(以下「本件償却費」という。)が本件敷金から控除される。

 ウ 本件賃貸借契約書第19条には 「乙(原告)が賃貸借物件を明渡すべき場合にその明渡しをしないときは,乙は損害金として甲に対し1ヶ月当り退去事由の発生した月の賃料の倍額を支払うものとする。」旨の定めがあり,本件賃貸借契約が平成19年6月30日終了し,原告が本件建物を明け渡したのが同年7月3日であるから,7月1日からの3日分の損害金1万8580円(9万6000円×3/31×2)が本件敷金から控除される。

 本件賃貸借契約書第8条2項には 「賃貸借物件に関し乙(原告)が使用する電気,電話等の直接費用は乙の負担とする。 」旨の定めがあり,原告の負担した平成19年6月21日から同年7月3日までの未払電燈,空調料金1万7260円が本件敷金から控除される。

 オ 以上により,本件敷金から控除される金額は合計70万7840円である。

 (2) 本件賃貸借契約書第18条2項には,本件敷金の返還時期について,本件建物の明渡済みの6ヶ月後とする旨の定めがある。

3 争点
 本件借主解約特約及び本件償却特約の両方を適用することは,借地借家法の精神や公序良俗に反して無効となり,権利の濫用にあたるのか。

 (原告の主張)
 (1) 賃貸借契約は,賃借人による賃貸借物件の使用とその対価としての賃料の支払を内容とするものであり,本件建物を使用していない原告が,その期間に対応する被告の賃料収入を得られないことによって受ける損失を填補する理由はない。 また 本件償却特約の性質につき 被告も認めているとおり本件償却費は,本件建物の賃貸借期間中に生じた通常損耗,破損等の修復費に充てる目的とするものであるところ,賃貸借期間中に生じた通常損耗については,原則として賃借人が原状回復費用を負担することはないとしており(最高裁平成17年12月16日第二小法廷判決参照 ),本件のような敷引特約が通常損耗についての修復費を賃料により賃借人から回収しながら,更に敷引特約によりこれを回収することは,賃借時に,敷引特約の存在と敷引金額が明示されていたとしても,賃借人に二重の負担を課すことになるとして消費者契約法10条により敷引特約の効力を否定する判決が相次いでいる。確かに,原告は,法人であるから,消費者には該当せず,本件賃貸借契約には直接消費者契約法の適用はないが,上記敷引特約の性質は,本件賃貸借契約にも妥当するものであり,合理的な理由もない本件償却特約をその条項どおりに漠然と認めるのは賃借人保護を目的とする借地借家法の精神に反する。したがって,本件借主解約特約と本件償却特約のいずれも合理性がなく無効である。

 (2) 仮に本件借主解約特約と本件償却特約の両者が有効であっても,例えば賃借人が賃貸借契約満了前6か月よりも僅かでも遅れて解約の申入れをした場合には,賃貸人は,常に,賃借人に返還すべき敷金から,7か月分賃料相当額を控除することができることになる。本件においても,原告は,本件建物を実際に使用収益したのは1年4か月弱にすぎないのに,賃料7か月分相当額が本件敷金から控除されるのであり,かかる結果は,賃借人保護を目的とする借地借家法の精神に反し,賃貸人の暴利行為とも言いうるものであるから,本件借主解約特約と本件償却特約の両方を適用することが,公序良俗に反して無効となり,賃料7か月分相当額を本件敷金から控除することは権利の濫用にあたるというべきである。少なくとも,本件においては,本件借主解約特約及び本件償却特約の両方が適用されるべきではなく,控除額の少ない方の本件償却特約のみが適用されるべきである。

 (被告の主張)
 (1) 本件借主解約特約は,原告が明渡し予定日の6か月前までに解約予告をすることにより自己都合で中途解約することができるものとされる一方,即時解約を望む場合には,被告に4か月分の賃料額である本件即時解約金を支払う義務があることを約定したものであるところ,本件即時解約金は,原告の中途解約権の行使によって,被告が予定した賃料収入を得られないことによって受ける損失を原告が填補することにある。そして,被告が約定賃貸期間の拘束を受ける反面,中途解約の場合,その賃貸期間中の賃料収入の期待権を有すること,本件即時解約金38万4000円という額は原告の負担としては過大なものでないことを考えあわせると,本件借主解約特約が不合理な約定とはいえない。また,本件償却特約は,使用期間に関係なく賃料3か月分相当額である本件償却費を償却できる約定であるところ,本件賃貸借契約が終了し,本件建物の返還を受けた場合のみ敷金償却でき,本件賃貸借期間継続中に期間に対応する敷金償却ではないのであるから,賃借人である原告にとっては極めて有利な契約となっている。そして,本件償却特約は,本件償却費を本件賃貸借期間中に生じた通常損耗を含む損耗,破損等の修復費に充てる目的とするものであり,賃借人の犠牲において賃貸人を保護する規定ではない。したがって,本件借主解約特約も本件償却特約も借地借家法の精神や公序良俗に反して無効であるとは認められず,権利の濫用にあたるとはいえない。

 (2) そして,本件借主解約特約と本件償却特約はそれぞれの目的が異なるうえ,本件賃貸借契約を締結する際,A株式会社を仲介人として各契約条項の協議がなされ,原告代表者は本件即時解約金の支払や本件償却費の趣旨,すなわち,本件賃貸借契約の短期終了の場合の得失を十分に理解した上で本件賃貸借契約を締結したこと,賃借人の交替の際には新賃借人を見つけるまでにある程度の賃料収入を得られない期間が生ずることは往々にして避けられず,その際には賃貸人において新賃借人確保のために仲介業者に対する報酬等の経費が必要となること,更に,新たな賃貸に備えての賃貸物件の修復費(近年の一般的傾向として清潔傾向が高まり,入居者を確保するため,賃借人が代わる都度リフォームを行う必要に迫られていること)を要することなどの事情を考えると,本件賃貸借契約が短期に終了することを防ぎ,ひいてはその安定的な収入を確保するために賃貸借契約が中途解約となる場合に期間満了の場合と比して,多額の即時解約金,償却費を求めることは不合理ではなく許されるべきであり,本件即時解約金と本件償却費の合計額67万2000円という額は,賃料の7か月分に相当するものの,借主側の負担として必ずしも不当に高額とはいえない。したがって,本件各特約の両方を適用することが暴利行為になるとまではいえず,借地借家法の精神や公序良俗に反して無効にはならず,本件即時解約金と本件償却費の両者を原告に返還すべき本件敷金から控除することが権利の濫用にあたるとはいえない。

第3 争点についての判断
 1 証拠(甲1,乙3,4)及び弁論の全趣旨によれば,原告から貸室入居申入書の提出を受け,A株式会社がその仲介人となり,原告に対して重要事項説明書を説明したうえで本件賃貸借契約書が作成されたことが認められる。したがって,原告は本件賃貸借契約の作成経緯を特に争っていないのであるから,本件賃貸借契約書の内容を理解した上で本件賃貸借契約を締結したものと認めることができる。

 2 そこで,本件争点を判断する前提として,まず,本件借主解約特約と本件償却特約が有効な約定であるか否かを検討する。

 (1) 本件借主解約特約は,6か月前に解約予告をすることを前提に,借主に一方的な解約を許す一方,中途解約された場合に被告が賃料収入を得られないことによって受ける損害を違約金の支払義務という形で填補することによって,賃貸人の保護を図ることを目的として約定されたものと解するのが相当である。本件のような事業者用賃貸借契約の場合でも,解約予告ができる期間を明渡し予定日の6か月以前とすることや即時解約を望む場合には損害賠償の予定として相応の即時解約金を支払うこと自体は一般的に認められており,被告が本件賃貸借期間中の予定した賃料収入を期待することには十分な理由があるのであるから,本件即時解約金の額は,4か月分の賃料額であり,解約予告期限までの6か月分の賃料額にまではしておらず,原告の負担として過大な金額とはいえないから,本件借主解約特約が合理的な約定であると認めることができる。

 (2) 次に,本件では,本件償却特約とは別に本件賃貸借契約書第17条に,「乙(原告)は,契約満了,又は第15条の解約及び第16条の解除による場合,甲(被告)に対し,何等の異議なく直ちに賃貸借物件を乙の費用にて原状に回復して甲に明渡さなければならない。」旨の賃借人の原状回復義務を認める定めがあるところ,一般に,オフィスビルの賃貸借において,次の賃借人に賃貸する必要から,賃借人に通常損耗か否かを問わず原状回復義務を課す旨の特約を付す場合が多いことが認められる。また,この原状回復費用額は,賃借人の建物の使用方法によって異なり,損耗の状況によっては相当高額になることもあり,その費用を賃借人の負担とするのが相当であること,この原状回復特約をせずに原状回復費用を賃料額に反映させると賃料の高騰につながるばかりではなく,賃借人の使用期間は,もっぱら賃借人側の事情によって左右され,賃貸人においてこれを予測することが困難であるため,適正な原状回復費用をあらかじめ賃料に含めるのは現実的には不可能であることから,原状回復費用を賃料に含めないで,賃借人が退去する際に賃借時と同等の状態にまでにする原状回復義務を負わせる特約を定めていることは,経済的にも合理性があると解するのが相当である。そして,原告の主張する判例等は,居住用賃貸借契約の事案であり,そこで示された賃貸借期間中に生じた損耗については,原則として賃借人が原状回復費用を負担することはないことや通常損耗についての修復費を賃料により賃借人から回収しながら,更に敷引特約によりこれを回収することは,賃借時に,敷引特約の存在と敷引金額が明示されていたとしても,賃借人に二重の負担を課すことになるということは,前記のとおり,市場性原理と経済的合理性が支配するオフィスビルのような事業者用賃貸借契約には妥当しないといえる。 しかも,原告は事業者であり,被告とは共に事業者という交渉力と情報力で対等な立場にあるから,本件に消費者契約法を適用することはできない。したがって,本件償却特約が本件償却費を本件賃貸借期間中に生じた通常損耗を含む損耗,破損等の修復費に充てる目的とするものであると認められるところ,本件償却特約は,本件賃貸借契約が終了した本件建物に生じた通常損耗を含む損耗,破損等の原状回復費用として敷金の一定の額を充てるものであり,それが原状回復費用の事前の概算的な算定とみることができる限りで賃借人である原告に一方的に不利な特約とはいえず,本件償却費の額も本件敷金の約25パーセントであり,相当な額といえる。したがって,本件償却特約が合理的な約定であると認めることができる。

 (3) そうすると,本件借主解約特約と本件償却特約のいずれも合理的な約定であるから,借地借家法の精神や公序良俗違反に反して無効とはいえず,権利の濫用にもあたらないのはもちろん,本件各特約はそれぞれ目的を異にして約定されたものであるから,本件において本件各特約の両方を適用した本件敷金から控除される合計額が本件賃貸借契約の賃料7か月分相当額に達したとしても,これをもって暴利行為であるとまではいえず,借地借家法の精神や公序良俗に反して無効にはならず,本件敷金から上記合計額を控除することが権利の濫用にはあたらないといえるから,原告の主張を採用することできない。

 3 以上を前提に,被告が本件敷金から控除しうる金額は,本件即時解約金38万4000円,本件償却費28万8000円,損害金1万8580円及び未払電燈,空調料金1万7260円の合計70万7840円であり,本件敷金108万円からこれを控除した37万2160円が原告に返還すべき金額であると認められる。そして,被告が主張する抗弁(2)については,本件賃貸借契約書第18条2項によれば,本件建物の明渡済みの6ヶ月後を本件敷金の返還時期とすることが認められるところ,原告が本件建物を明け渡した平成19年7月3日の6か月後に本件敷金の返還につき遅滞が生じたのであるから,平成20年1月4日から遅延損害金が発生することになる。

 4 以上によれば,原告の請求は主文の限度で理由があるから,これを認容し,その余は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。

  東京簡易裁判所民事第5室

    裁 判 官   青 木  正 人

 

 

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【判例】 東京簡易裁判所平成20年11月27日判決 (敷金返還請求事件)

2009年06月29日 | 敷金・保証金・原状回復に関する判例等

 判例紹介


 平成20年11月27日判決言渡東京簡易裁判所
 平成20年(少エ)第25号敷金返還請求事件

 

少 額異 議 判決
 主
         文

 

 1 原告と被告間の東京簡易裁判所平成20年(少コ)第1420号敷金返還請求事件につき,同裁判所が平成20年6月30日言い渡した少額訴訟判決を次のとおり変更する。

 2 被告は,原告に対し,11万0641円を支払え。

 3 原告のその余の請求を棄却する。

 4 訴訟費用は,異議申立ての前後を通じて,これを4分し,その3を被告の負担とし,その余を原告の負担とする。

 事 実及 び 理由

 

 2被告の異議申立ての理由及び主張の要旨
 (1)少額訴訟手続の違法
 被告は,異議申立ての理由として,本件少額訴訟判決は手続に違法があり全部不服であるとして,以下のとおり述べる。すなわち,上記判決は,被告が少額訴訟判決には応じられない旨表明していたにもかかわらず,これを無視して言い渡されたものである。また,被告が第一回口頭弁論期日において,少額訴訟は希望しない旨繰り返し陳述していたが,裁判官や司法委員に翻意を促されたほか,書記官はこのことを調書に記載せず,さらに裁判官は,被告の真意を承知しながら,当事者(素人)の無知に乗じて少額訴訟判決を言い渡したものである。これらは民訴法312条2項1,2号に該当し,直ちに取消しを免れない。そこで,違法,不当な手続によってなされた本件少額訴訟判決については,すべて取り消した上,民訴法373条3項4号により通常の手続に移行する決定を求める。

 (2)遅延利息請求権との相殺(抗弁)
 ア 本件契約により原告が支払うべき本件賃料は,月額14万5000円で毎月末日に翌月分支払の約定で(本件契約書3条1項),約定遅延利息は日歩20銭(年73%)と規定されている(本件契約書7条)。原告は平成17年11月分から賃料の支払をしなかったが,平成18年4月27日原告の親と思われる者から,平成17年11月分から平成18年4月分までの未払賃料の元本及び同年4月6日本件契約解除後の賃料相当損害金の合計87万円の支払がされた。

 イ そこで,前記未払期間の賃料(ただし,平成18年4月分は,本件契約解除日が平成18年4月6日であることから,同日までの日割計算により2万9000円)より生じた同月27日までの遅延利息は,上記約定遅延利息の利率により算出すると,別紙遅延利息計算書1のとおり合計17万1796円となる。したがって,原告が求める敷金残金14万5000円については,本件契約書8条3項第1文及び第2文に基づき,上記17万1796円をもって対当額で相殺する旨の意思表示をする。


 (3) 原状回復費用請求権との相殺(予備的抗弁)
 ア 本件契約期間中,原告の居住・使用により,以下のとおり,本件物件が著しく損耗・毀損した。それらは,通常の使用では到底生じ得ない程度のもので,原告が賃借人としての善管注意義務に違反して生じさせたものであることは明らかである。

 ① クロス(壁紙)及び床面フローリングに,家具の出入れの際に付いたと見られる大きな傷跡が残っていた。
 ② 畳が激しくささくれ,そのまま使用を継続することはできない状態であった。
 ③ 襖が一カ所大きく破れていた。
 ④ ガス台及びその周辺が焦げ,非常に汚れていて,これらは専門業者による特殊な工具を使わないと除去できない状態であった。
 ⑤ 敷居等のアルミサッシが黒ずみが激しく,非常に汚れており,通常の掃除では除去することは不可能で,専門業者に頼まないと除去できない状態であった。
 ⑥ その他,賃貸開始時には存在しなかった大小様々なキズが室内のいたるところに存在した。


 イ したがって原告は,本件契約書18条1項なお書き第1号及び第2号により,上記について原状に復すべき義務があったにもかかわらず,明渡しの際一切原状回復をしなかったので,被告において,以下のとおり損耗・毀損箇所を修繕し原状回復費用を支出した。

 ① クロス(壁紙)張替え工事・・・・9万8000円
 ② CF(クッションフロア)工事・・・・1万8000円
 ③ 畳表替え・・・・ 2万7000円
 ④ 表具工事(襖の張替え)・・・・1万0000円
 ⑤ 雑工事・・・・1万9000円
 ⑥ ハウスクリーニング(ガス台の汚れを特殊な工具を用いて除去,敷居のアルミサッシの汚れを専門業者により除去)・・・・ 3万8000円
 ⑦ ハウスクリーニング(通常の室内清掃のほか,換気扇・玄関・窓サッシ・ガラス・照明器具・ベランダ・エアコン等全般のクリーニング)・・・・1万0000円
 ⑧ 上記①ないし⑦の消費税・・・・ 1万1000円
            ・・・・合計  23万1000円


 ウ よって,被告は,前記原告が求める敷金残金14万5000円について,上記原状回復費用23万1000円をもって対当額で相殺する旨の意思表示をする。

 3 争 点
 (1)本件未払賃料から生じた遅延利息について,約定利率を適用することの当否
 (2)本件物件の原状回復に要した費用との相殺の当否

第3当裁判所の判断
 1 先ず,少額訴訟手続が違法であるとの異議理由については,本件少額訴訟の第一回口頭弁論期日において,冒頭裁判官が少額訴訟手続についての説明をし,それに対し被告から,少額訴訟手続は希望しない旨の意思表明もなく,通常訴訟手続へ移行する旨の申述がなかったため,少額訴訟手続で審理・裁判されたことは,当裁判所に顕著な事実である。したがって,本件少額訴訟手続が不当・違法であるとする被告の主張は当を得ず,その他の異議理由も相当とは認められない。
 なお,少額訴訟における異議審は,少額訴訟の手続の特質を斟酌しつつ進められる最終審であり,民訴法379条2項が同373条3項4号を準用していないことからも,異議審においては,原則として,通常手続への移行決定はできないものと解される。

 2 争点(1)  について
 (1) 原告が被告との間で締結した本件契約に基づく賃料(月額14万5000円)について,平成17年11月分から平成18年4月分までの支払をせず,原告の父親が被告に対し,原告に代わって,前記期間の未払賃料及び賃料相当損害金計87万円を支払ったこと,及び本件契約書(第7条)には,約定遅延利息として日歩20銭と規定されていることは,当事者間に争いがない。

 (2) 被告は,本件契約書第7条に規定する遅延利息は,本件契約に基づく賃料不払の場合のペナルティーであることなどから,本件未払賃料に対する遅延利息の算出について同条の日歩20銭の利率を適用している。これに対し,原告は,本件約定利率は,不当に高く公序良俗(民法90条)に違反していること,消費者契約法10条の趣旨に反し原告に一方的に不利益な規定であり有効とは認められない,と主張している。

 (3) そこで判断するに,本件契約書(甲1)7条の遅延損害金の規定は,本件契約における消費者ともいうべき賃借人が,同契約に基づく賃料債務の支払を遅延した場合における損害賠償額の予定又は違約金の定めと解せられるところ,その場合は,遅延損害金の率の上限は年14.6パーセントとし,それより高率の遅延損害金が定められている場合には,民法420条の規定にかかわらず,年14.6パーセントを超える額の支払を請求することができず,その超過部分は無効と判断されるものである。それを前提に検討すると,被告本人尋問の結果によると,被告は原告を含め複数の者に少なくともある程度反復・継続的に居住物件を賃貸していることが認められ,消費者契約法にいういわゆる事業者とみることができる。そうすると,本件契約書7条に基づく日歩20銭(年73%)の遅延利息を求めるのは,通常の場合と比較して著しく高額で賃借人の予測をはるかに超える負担義務を課し,一方的に原告に不利益を強制することになるといえる。したがって,原告は,本件遅延利息として消費者契約法の規定する範囲で責任を負うものと解するのが相当であり,これに反する被告の主張は採用できない。

 (4) 以上によれば,原告が支払義務を負う遅延利息は,別紙遅延利息計算書2のとおり年14.6%で計算した3万4359円となり,それを超える部分については無効であって,同額を原告の請求する敷金残額14万5000円と相殺すると11万0641円が敷金残額ということになる。

 3 争点(2)  について
 (1) 被告は,予備的な抗弁として,本件物件には前記第2の2(3) で主張する損耗・毀損があり,それらの原状回復は,本件契約書18条1項に基づき原告が自らの費用でなすべきものであると主張し,それに沿う供述をする。

 (2) しかしながら,前記各項目について,原告が賃借人としての善管注意義務に違反して生じさせた損耗・毀損であることについて,写真等を含めそれらを認めるに足りる具体的証拠はない。

 また,証拠(甲1,2,乙2ないし5,9,10,原告本人,被告本人)によれば,①本件物件は築25年くらいで,原告は妻と二人で本件物件に居住し,賃借期間中通常の用法で使用し特に問題となる点はなかったこと,②被告は,本件物件の仲介業者であるB商事に任せており,本件物件明渡しの際,B商事の担当者が原告と共に本件物件を点検・確認したが,担当者からは綺麗に使っていると言われ,特に問題箇所の指摘はなかったこと,③原告が本件物件を退去した後,被告から敷金の精算についての説明はなく,その後の話合いも行われなかったこと,が認められ,これに反する被告本人の供述は採用できず,結局,被告が主張する原状回復費用を原告負担とすることは相当ではない。

 4 以上によれば,被告の前記争点(1)については前記第3の2で認定の範囲で認められ,同争点(2)の予備的抗弁は認められない。

 よって,原告の請求は,11万0641円の限度で認容しその余は棄却することとし,主文掲記の少額訴訟判決を変更し,主文のとおり判決する。

 
東京簡易裁判所民事第9室

裁判官  中島 寛


(別紙添付省略)

 

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【判例紹介】 通常の使用に伴う損耗の修繕費を賃借人の負担とする特約が否定された事例

2008年12月10日 | 敷金・保証金・原状回復に関する判例等

 判例紹介

 賃貸借契約において、通常の使用に伴う損耗分の修繕費等を賃借人の負担とする旨の特約は、賃借人がその趣旨を充分に理解し、自由な意思に基づいてこれに同意したことが積極的に認定されない限り、認めることができないとされた事例 (大阪高裁平成15年11月21日判決、判例時報1853号99頁)

 (事案の概要)
 賃借人は、特定優良賃貸住宅の供給の促進に関する法律(特優賃法)及び住宅金融公庫法の適用を受ける建物を賃借し、使用していた。

 そして、賃借人は、建物賃貸借契約終了に際して、賃貸建物を返還したところ、賃貸人から、建物の通常の使用に伴う損耗の修繕費(襖、畳表、クロスの張替費、補修費等)及び玄関鍵の取替費用を請求され、敷金から差引かれた。

 これに対し、賃借人は、通常損耗分の修繕費及び玄関鍵の取替費用を負担することに同意したことがないと主張し、また、賃借人負担の特約は、特優賃法及び住宅金融公庫法に違反し、公序良俗に反して無効であると主張した。

 原審の神戸地裁尼崎支部は、通常損耗分の修繕費及び玄関鍵の取替費用を負担することの合意が成立していることは争いがないとし、また、特優賃法及び住宅金融公庫法の精神にもとるとしても、公序良俗に反して無効であるとはいえないとして、賃借人の請求を棄却した。そこで、賃借人は、原判決を不服として、大阪高裁に控訴した。

 (判決)
 大阪高裁は、「賃貸借契約終了における通常損耗による原状回復費用の負担については、特約がない限り、これを賃料とは別に賃借人に負担させることはできず、賃貸人が負担するのが相当である。そして、賃貸人が負担することは社会通念に合致する。しかも、通常損耗分に関するこのような取り扱いは、本契約当時、望ましいものと公的に認められ、その普及、言い換えればこれに反する特約の排除が図られていた。

 このような事情及び特優賃法及び住宅金融公庫法の規定の趣旨にかんがみると、本件特約の成立は、賃借人がその趣旨を充分に理解し、自由な意思に基づいてこれに同意したことが積極的に認定されない限り、安易に認めるべきではない」と判断した。

 (短評)
 本件の賃貸人兵庫県住宅供給公社であり、これまで「修繕費負担区分表」及び 「住まいのしおり」に基づいて通常損耗分について賃借人負担の取り扱いをしてきたものである。

 本判決は、契約書とは異なる「修繕費負担区分表」及び 「住まいのしおり」は、通常損耗分を賃借人の負担としない限度でのみ有効と解し、結局、本件特約が成立していないとして、原判決を変更し、賃借人の請求を認めたものである。

(2004.07.)

(東借連常任弁護団)

東京借地借家人新聞より

 

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