東京・台東借地借家人組合1

土地・建物を借りている賃借人の居住と営業の権利を守るために、自主的に組織された借地借家人のための組合です。

【判例】*新賃貸人は建設協力金の性質を有する保証金の返還債務を承継しないとされた事例

2018年11月26日 | 民法・借地借家法・裁判・判例

最高裁判例


ビルの貸室の賃貸借契約に際し賃借人から建物所有者・賃貸人に差し入れられた建設協力金の性質を有する保証金の返還債務が右建物の所有権を譲り受けた新賃貸人に承継されないとされた事例
(最高裁 昭和51年3月4日判決 民集30巻2号25頁)


       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人(賃借人株式会社X)の負担とする。


       理   由
 上告(賃借人株式会社X)代理人高芝利徳、同渡辺法華の上告理由第1点について
 原判決の確定した事実関係は、次のとおりである。

 1 上告人(賃借人株式会社X)は、昭和38年6月15日訴外A(賃貸人)から同人所有の本件建物(ビルデイング)の2階部分176.85㎡(以下「本件貸室」という。)を、期間昭和38年7月1日から5年間、賃料1か月23万50円、敷金138万300円、保証金664万4700円の約定で賃借し、上告人(賃借人株式会社X)は昭和38年7月1日までに右敷金及び保証金を甲に差し入れ、本件貸室の引渡を受けた。

 2 右敷金及び保証金に関する特約として、本件賃貸借契約の期間満了の際、上告人(賃借人株式会社X)が本件貸室の明渡を完了し、かつ、右契約上の債務を完済したときは、A(賃貸人)は直ちに前記敷金及び保証金を上告人(賃借人株式会社X)に返還しなければならず、ただ、上告人(賃借人株式会社X)は、(イ) 右契約成立時から2年間はやむを得ない事情がない限り解約することができず、(ロ) 2年経過後は正当な理由がある限り解約することができるが、A(賃貸人)は、右(ロ)の場合には直ちに敷金及び保証金を返還しなければならないのに反し、(イ)の場合には、敷金については、直ちにこれを返還し、保証金については、本件貸室の次の入居者が決定し、その者から保証金が差し入れられるまで、6か月を限ってその返還を留保できる旨約された。

 3 本件保証金に関する約定は本件賃貸借契約書の中に記載されていたが、右保証金は、A(賃貸人)が本件建物建築のために他から借り入れた金員の返済にあてることを主な目的とする、いわゆる建設協力金であって、本件賃貸借契約成立のときから5年間はこれを据え置き、6年目から毎年日歩5厘の利息を加えて10年間毎年均等の割合でA(賃貸人)から上告人(賃借人株式会社X)に返還することとされている。

 4 被上告人(新賃貸人株式会社Y)は昭和43年5月9日競落によって本件建物の所有権を取得し、同年6月5日その旨の登記を経由した。

 5 建物の所有権移転に伴って新所有者が賃貸人たる地位を承継するとともに、保証金返還債務も当然に承継するという慣習ないし慣習法が形成されていることの立証はない。

 以上の事実関係に即して考えると、本件保証金は、その権利義務に関する約定が本件賃貸借契約書の中に記載されているとはいえ、いわゆる建設協力金として右賃貸借とは別個に消費貸借の目的とされたものというべきであり、かつ、その返還に関する約定に照らしても、賃借人の賃料債務その他賃貸借上の債務を担保する目的で賃借人から賃貸人に交付され、賃貸借の存続と特に密接な関係に立つ敷金ともその本質を異にするものといわなければならない。そして、本件建物の所有権移転に伴って新所有者が本件保証金の返還債務を承継するか否かについては、右保証金の前記のような性格に徴すると、未だ新所有者が当然に保証金返還債務を承継する慣習ないし慣習法があるとは認め難い状況のもとにおいて、新所有者が当然に保証金返還債務を承継するとされることにより不測の損害を被ることのある新所有者の利益保護の必要性と新所有者が当然にはこれを承継しないとされることにより保証金を回収できなくなるおそれを生ずる賃借人の利益保護の必要性とを比較衡量しても、新所有者は、特段の合意をしない限り、当然には保証金返還債務を承継しないものと解するのが相当である。そうすると、被上告人(新賃貸人株式会社Y)が本件保証金返還債務を承継しないとした原審の判断は、正当として是認できる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用できない。

 同第2点及び第3点について
 所論は、原審の認定にそわない事実又は独自の見解に基づき原判決を非難するものにすぎず、採用できない。所論引用の判例は、いずれも事案を異にし、本件に適切でない。

 同第4点について
 原判決は、上告人(賃借人株式会社X)が現に本件貸室を占有していないこと及び上告人において民法201条3項所定の期間内に占有回収の訴を提起していないことを理由に、上告人が本件貸室につき留置権を有しないと判断したものであって、原判決の確定した事実関係のもとにおいては、右判断は正当として是認できる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用できない。

 よって、民訴法401条、95条、89条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

    最高裁裁判長裁判官下田武三、裁判官藤林益三、同岸盛一、同岸上康夫、同団藤重光

 


  

 参照 敷金は賃貸建物の所有権移転に伴い新賃貸人に承継されるとされた事例(最高裁昭和44年7月17日判決

 

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