東京・台東借地借家人組合1

土地・建物を借りている賃借人の居住と営業の権利を守るために、自主的に組織された借地借家人のための組合です。

【判例】 基礎工事の施工不良を理由に原状回復請求及び損害賠償請求の一部容認

2012年04月10日 | 民法・借地借家法・裁判・判例

名古屋地方裁判所 平成19年3月30日判決言渡し

平成17年(ワ)第45号 工作物収去等請求事件

平成17年(ワ)第737号 損害賠償反訴請求事件

判示事項の要旨
 建物新築工事請負契約において,施主が基礎工事の施工不良を理由に工事のやり直しを要求したにもかかわらず,請負業者が同要求を拒絶し事態が膠着した事案において,請負業者の仕事完成義務が履行不能となったものと判断し,施主の請負業者に対する解除による原状回復請求及び損害賠償請求の一部を認容した事例

 

主           文

     1 被告は,原告に対し,978万5000円及びこれに対する平成18年12月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

     2 原告のその余の請求を棄却する。

     3 被告の反訴請求を棄却する。

     4 訴訟費用は,本訴反訴を通じ,これを10分し,その4を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。

     5 この判決は,1項に限り仮に執行することができる。

 

事          実

第1 当事者の求めた裁判

 1 原告
  (1) 被告は,原告に対し,1788万5000円及びこれに対する平成18年12月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

  (2) 主文3項と同旨。

  (3) 訴訟費用は,本訴反訴を通じ,被告の負担とする。

  (4) (1),(3)につき仮執行宣言

2 被告
  (1) 原告は,被告に対し,142万0858円及びこれに対する平成16年11月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

  (2) 原告の請求を棄却する。

  (3) 訴訟費用は,本訴反訴を通じ,原告の負担とする。

  (4) (1),(3)につき仮執行宣言


第2 当事者の主張

 (本訴について)

 1 本訴請求原因

  (1) 原告は,介護事業等を目的とする株式会社である(会社法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律2条1項)。
    被告は,建築請負業等を目的とする株式会社である。

  (2) 原告は,平成16年9月7日,被告との間で,原告を発注者,被告を請負人とし,以下の約定で木造平家建て建物の建築工事請負契約を締結した(以下,同契約を「本件請負契約」といい,同契約よる建築工事を「本件建築工事」という。)。

  ア 工 事 名  有限会社シマ企画デイサービス新築工事

  イ 請負代金  2887万5000円

  ウ 工 期 着 手 平成16年9月7日

             完 成 平成17年1月15日

             引渡日 完成の日から7日以内

 (3) 原告は,平成16年9月7日,被告に対し,本件請負契約の報酬の一部として800万円を支払った。

 (4) 被告の作業員が,同月24日,基礎工事であるコンクリート打設工事(以下「本件打設工事」といい,これにより打設されたコンクリートを「本件コンクリート」という。)を行ったが,本件コンクリートには以下の欠陥があった。

 ア 本件打設工事は豪雨の中で行われ,生コンクリート中に大量の雨水が混入したため,本件コンクリートの表層部には,骨材の含有量が少なく水と石灰などのコンクリート中の不純物が溶け合わさってできたコンクリート工学上,強度が零とされているレイタンス層が形成されたほか,コンクリート中には養生材が巻き込まれているなど,本件コンクリートの品質は劣悪である。

 イ 本件打設工事に使用された生コンクリートの配合及び同工事の施工方法は,日本建築学会の建築工事標準仕様書の規定に反する。

 ウ 本件請負契約上,コンクリートの圧縮強度は1平方ミリメートル当たり21ニュートンとされていたのに,本件打設工事では,圧縮強度が1平方ミリメートル当たり18ニュートンの生コンクリートが使用された。

 (5) ア 原告は,同月27日及び28日,被告に対し,本件コンクリートに欠陥がある旨主張し,工事の中止を指示するとともに,基礎工事をやり直すよう求めたが,被告はこれを拒絶した。

  イ 以上により,本件請負契約の仕事完成義務は履行不能となった。

 (6) 原告は,同年10月20日,被告に対し,本件請負契約を解除する旨の意思表示をした。

 (7) ア 本件コンクリートは現在も残存したままであり,原告は,今後,これを除去しなければならないところ,その撤去費用として,178万5000円を要する。

  イ 原告は,被告の債務不履行によって,本件建築工事により完成した建物において福祉事業を営むことで当然得られるべきであった利益を得られなかった。この逸失利益は,810万円を下らない。

 (8) よって,原告は,被告に対し,本件請負契約の債務不履行解除による原状回復請求権に基づき800万円,本件請負契約の債務不履行による損害賠償請求権に基づき988万5000円及びこれらに対する平成18年12月20日付け訴え変更の申立書送達の日の翌日である同月22日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2 本訴請求原因に対する認否,反論

 (1) 本訴請求原因(1)ないし(3)の事実は認める。

 (2) 同(4)の事実は,否認する。

 (3) 同(5)アの事実は認める。

    同(5)イは争う。

 (4) 同(6)の事実は認める。

 (5) 同(7)の事実は否認する。

3 本訴抗弁(帰責事由の不存在)

 (1) 本件打設工事中,生コンクリートに雨水が混入することはほとんどなく,本件コンクリートに欠陥はない。
  本件コンクリートの表面状況は,被告が表面仕上げをしようとした時点で,原告が工事の中止を指示したため,これが不可能になった結果である。
  本件請負契約の工事内訳書には「FC−21N」(圧縮強度1平方ミリメートル当たり21ニュートンの趣旨)との記載があるが,これは誤記であり,原告と  被告との間では,通常,木造平家建ての建物の基礎として必要な強度で足りるものとされており,圧縮強度は1平方ミリメートル当たり18ニュートンで足りる。

 (2) 被告は,平成16年9月27日,原告に対し,既設のコンクリートの上に更に10センチメートルの鉄筋コンクリートを打ち増しする補強案を提案した。  仮に本件コンクリートが不十分なものだとしても,このような補強を行えば地盤に基礎をつくるよりもはるかに強固な基礎となる。

  しかし,原告は,一旦はこのような補強を行うことで被告と合意したのに,これを撤回し,打ち直しを要求してきた。

4 本訴抗弁に対する認否

  本訴抗弁事実は否認する。

(反訴について)

1 反訴請求原因

 (1) 被告は,平成16年9月7日,原告との間で,本件請負契約を締結した。

 (2) 原告は,同年10月1日,民法641条により本件請負契約を解除する旨の意思表示をした。

 (3) 被告は,前項の解除により,以下の損害を被った。

  ア 基礎工事費(仮設工事,設計費用等を含む)・・・・・・・・・・・・・・・・208万8246円

  イ 契約印・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1万5000円

  ウ 大工補償費(30日×2万5000円)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・75万0000円

  エ プレカット図面作成その他打合せの費用・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・20万0000円

  オ 鋼製建具,工事準備費用・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・10万0000円

  カ 電気・給排水衛生設備工事図面作成等準備費用・・・・・・・・・・・・・・30万0000円

  キ 官庁確認申請費用・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1万9000円

  ク 逸失利益(工事総額に対する20パーセント)・・・・・・・・・・・・・・・・・・550万0000円

                                        小 計 897万2246円

                                        消費税 44万8612円

                                        合 計 942万0858円

 (4) 被告は,平成16年11月8日,原告に対し,142万0858円(ただし,前項の損害から本件請負契約の既払い代金800万円を控除したもの)を支払うよう催告した。

 (5) よって,被告は,原告に対し,本件請負契約の民法641条による解除に伴う損害賠償請求権に基づき142万0858円及びこれに対する催告の日の翌日である平成16年11月9日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2 反訴請求原因に対する認否,反論

 (1) 反訴請求原因(1)の事実は認める。

 (2) 同(2)の事実は否認する。

 (3) 同(3)の事実は否認する。

 (4) 同(4)の事実は認める。


理         由

第1 本訴について

 1 本訴請求原因(1),(2),(3),(5)ア,(6)の事実は,当事者間に争いがない。

 2 事実の経過

  当事者間に争いのない事実に証拠(甲2ないし4,5の1・2,6ないし9,19,28,33,47,49,乙1ないし6,31,36,39,40)及び弁論の全趣旨を総合すれば,以下の事実が認められる。

 (1) 原告は,平成16年9月7日,被告との間で,本件請負契約を締結し,被告に対し,本件請負契約の報酬の一部として800万円を支払った。

  本件建築工事は,愛知県尾張旭市a町b丁目cを建築場所とし,老人福祉施設を用途とする,1階建て木造建物の建築工事であるところ,基礎は,建物面積と同面積の単一基礎スラブを設ける,べた基礎が採用された。本件請負契約の契約書添付の明細書には,基礎工事のコンクリートの摘要欄に「FC−21N」(圧縮強度1平方ミリメートル当たり21ニュートンの趣旨)との記載がある(甲2,49・4頁)。

 (2) ア 被告の作業員は,平成16年9月24日,地盤上に単一基礎スラブを設置するコンクリート打設工事(本件打設工事)を行った(甲33)。

  同日の中日新聞の朝刊には,同日の名古屋の天候につき,午後3時まで曇,午後3時から雨,降水確率は60パーセントとの予報が掲載されていた(甲19)。

  イ 同日の降雨量は,尾張旭市消防本部気象観測装置によれば,以下のとおりであるとされている(乙40)。

      午前1時台   5.0ミリメートル

      午前2時台ないし午後0時台  0.0ミリメートル

      午後1時台   1.5ミリメートル

      午後2時台   0.5ミリメートル

      午後3時台   13.5ミリメートル

      午後4時台   3.5ミリメートル

      午後5時台   0.0ミリメートル

      午後6時台   0.0ミリメートル

  大雨・洪水警報が,同日午後3時19分に,本件建築工事の現場を含む愛知県尾張・西三河北部を対象区域として発令され,同日午後8時25分に,解除されている(甲9)。

  ウ 本件打設工事に使用する生コンクリートは,以下のとおり,ミキサー車6台に分けて工事現場に納入され,被告の作業員は,順次,基礎の型枠に生コンクリートを打設した(乙1ないし6)。

      1台目 午後1時29分   納入容積5.0立方メートル

      2台目 午後1時45分   納入容積5.0立方メートル

      3台目 午後2時05分   納入容積5.0立方メートル

      4台目 午後2時25分   納入容積5.0立方メートル

      5台目 午後2時55分   納入容積5.0立方メートル

      6台目 午後3時20分   納入容積2.5立方メートル

  強い雨が同日午後3時ころ降ってきたが,被告の作業員は,生コンクリートの打設の途中であったため,これを続行し,作業完了後,打設部分に養生材(ポリエチレンシート及びビニールシート)を被せて養生をした(乙39)。

  このとき原告代表者の夫は,雨の中,被告の作業員が生コンクリートを打設している様子を目撃していた(甲13,47)。

 (3) 原告代表者は,夫から上記のような本件打設工事の状況を聞き,本件コンクリートには重大な欠陥があり,基礎工事をやり直す必要があると考え,平成16年9月24日午後7時ころ,本件建築工事の現場監督を務めていた被告従業員Aに対し,工事の中止を指示するとともに,既設のコンクリートを撤去して基礎工事をやり直すよう要求した(甲47,乙36)。

  原告代表者,同人の妹,被告代表者及びAは,同月27日午前9時ころ,原告代表者の自宅において,本件打設工事について協議した。その際,被告代表者及びAは,原告代表者に対し,既設のコンクリートの上に更に10センチメートルの鉄筋コンクリートを打ち増しする補強案を提案した。原告代表者は,一旦は同補強を行うことに積極的な姿勢を見せたが,同日中に,被告に対し,再び基礎工事のやり直しを要求した(甲47,乙36)。

  原告代表者,同人の夫,被告代表者及びAは,同月28日午後7時ころ,再度,原告代表者の自宅において,協議した。原告代表者らが,コンクリートに関する文献を示して「降雨時のコンクリート打設により30パーセントは強度が下がる。」などと主張したのに対し,被告代表者らは,「本件においては強度の低下はない。」旨説明するとともに,上記補強案を再度説明した(甲28)。原告代表者らは,既設のコンクリートと補強部分のコンクリートとの接合部に隙間が生じることに難色を示し,改めて基礎工事のやり直しを要求したが,被告代表者らはこれに応じなかった(甲47,乙36)。

  被告の専務取締役であるBは,同月29日,原告代表者の自宅を訪問し,同人と本件打設工事について協議したが,両者の姿勢に変化はなく,話し合いが付かなかった(乙36)。

  原告代表者は,同月30日,被告代表者に対し,電話で,本件請負契約を解除する旨告げた(甲47,乙36)。

 (4) 被告は,平成16年10月1日午前9時ころ,原告に対し,原告から要求のあった「レディーミクストコンクリート納入書」と題する書面をFAXにより送信した。同書面は,本件打設工事に使用された生コンクリートの納入業者である名東生コン株式会社が作成した書面であり,平成16年9月24日午後3時20分に6台目のミキサー車により2.5立方メートルの生コンクリートが工事現場に納入されたことを示すものである(甲8)。

  また,原告は,同日ころ,被告に対し,本件打設工事に使用されたコンクリートの配合報告書を提出するように要求し,同要求を受けた被告は,名東生コン株式会社に対し,同報告書を提出するように手配した。

  原告代表者は,同日ころ,被告代表者に対し,「通知書」と題する書面を送付した。同書面には「降雨予報が出ていたにも拘らず9月24日午後3時過ぎ雷を伴う激しい降雨の中での基礎コン打設作業を断行した事は,根本的工事ミスであります。すなわち水/セメント比はコンクリートの強度に直接的に関係しているという公知の事実より,本工事におけるコンクリート性能に著しい強度,耐久性不足が生じる事は必至であります。このような基礎技術を軽視する工法は納得できません。毎回このテーマで話し合いを重ねて参りましたが御社にご同意頂けず誠に残念です。こうした理念での工事の続行は承服出来ない為昨日午前9時半社長に電話でお話しした通り契約の解除を求めると共に契約時支払金800万円の返還を求めます。」と記載されていた(甲3)。

  被告代表者は,同月4日ころ,原告代表者に対し,上記書面に対する回答として「回答書」と題する書面を送付した。同書面には「当社としましては,貴社からの本件申し出は,立上がり布基礎打設前の基礎ベタコンクリート工事であることから,雨天の中で施工したために重大なる瑕疵の発生や将来請負契約締結の目的を達成することができない程の問題が発生したとは理解しておりません。即ち,貴社の契約解除は,解除原因が存在しないと思料いたします。」との記載のほか,民法641条により注文者はいつでも請負人の損害を賠償して請負契約を解除できること,後日,原告に対して工事出来高部分の費用,損害賠償額を提示することが記載されていた(甲4)。

  名東生コン株式会社は,同月8日,被告の手配に従い,原告に対し,「レディーミクストコンクリート配合報告書」と題する書面をFAXにより送付した。同書面は,本件打設工事において使用された生コンクリートの「配合の設計条件」,「使用材料」,「配合表」などが記載された書面であり,その圧縮強度は1平方ミリメートル当たり18ニュートンとされていた(甲7)。

 (5) 原告代理人弁護士江尻泰介及び同岡耕一郎は,平成16年10月19日付けの内容証明郵便をもって,被告代表者に対し,「通知書」と題する書面を送付し,同書面は同月20日に到達した。同書面には,「激しい降雨の中でコンクリート打設工事を行うことはありえない,との意見を複数の建築業者からいただいており,また加水されたコンクリートの強度,耐久性が劣ることは諸文献からも明らかであります。さらに,そのような基礎コンクリートは補強工事で修補できるものではなく,このような瑕疵のある土台の上に建物の建築を行うことは将来的に建物の不等沈下やキレツが発生することになるともされています。従って,当社は民法635条に基づき,本書面をもって改めて貴社との間の請負契約を解除したことを通知致します。」との記載のほか,原告の契約解除は民法641条による解除ではないこと,既払い金800万円の返還,工事現場の原状回復,原告のデイサービス事業が遅れたことによる損害賠償を請求することが記載されていた(甲5の1・2)。

  被告代理人弁護士高柳元及び同宇田幸生は,同年11月2日ころ,内容証明郵便をもって,原告代理人弁護士江尻泰介に対し,「通知書」と題する書面を送付した。同書面には,本件打設工事では,ブルーシート等により生コンクリートへの雨水の浸入を防ぎつつ生コンクリートの打設を行っており,打設面への雨水の浸入はほとんど問題ないこと,そもそも生コンクリートと雨水とは比重が異なるため,両者が混ざることはなく,コンクリート強度に影響が生じることはないことのほか,解除に伴う損害賠償として142万0858円(ただし,既払い金800万円を控除した後の損害額)の支払を請求することが記載されていた(甲6)。

3 本訴請求原因(4) (本件コンクリートの状態)について

 証拠(甲10,11,15,22,31,37,乙37)及び弁論の全趣旨を総合すれば,以下の事実が認められる。

 (1) 均質に練り混ぜられたコンクリートは,どの部分をとってもコンクリートを構成するセメント,水,細粗骨材などの構成比率は同一であるが,この均質性が損なわれる現象を分離という。分離の程度によってはコンクリートの性質に悪影響を及ぼさない場合もあるが,一般的には,分離は施工上著しい障害となったり,硬化したコンクリートの強度や構造物の美観,耐久性を阻害する。分離防止のためには,配合設計,運搬,打設,締固め,型枠,配筋等のあらゆる面からの配慮が必要である。

  型枠に打ち込まれたコンクリートにおいて,セメント・骨材が沈降し,水が上面に集まる現象をブリージングという。ブリージングに伴ってセメント中の比重の軽い成分,例えば,石こうや骨材中の泥分などが上面に集まり,レイタンスと呼ばれる層をつくる。

  レイタンスは,セメント中の水と水和反応を示さない成分がコンクリート打設後に混練水に溶け込んで上昇し,コンクリート表面にしみ出した後,水分が蒸発した後に残った白色の未水和の成分であり,硬化後の強度は零である。

  コンクリート打設中には雨水がコンクリートの表面にかからないように作業しなければならない。コンクリート表面に雨水がかかった場合は,表面の雨水を速やかに排水するとともに,表層部のコンクリート中に侵入したと考えられる厚み分のコンクリートをめくり取り,新たに生コンクリートを打設し,ブリージングが終了するまでコテ入れ作業を行ってから,養生を施して作業を終了させる(甲31,37)。

 (2) 本件コンクリートは,べた基礎として建物と同面積に設置された厚さ13センチメートルの鉄筋コンクリートである。本件コンクリートの表面には,広範囲にわたり石こう様に白色がかった部分があり,被告の作業員が使用した養生材(ポリエチレンシート及びビニールシート)のシワによりできた凹凸や雨水が養生材の上又は生コンクリート上を流動又は滞留してできた凹凸が随所にあるほか(甲10,11,37,乙37),剥離したコンクリートの破片が多数落ちている(甲15,22,37)。また,コンクリートに埋没した養生材(ポリエチレンシート及びビニールシート)の一部がコンクリート表面に出ている部分が2か所あるほか,コンクリート表面を深さ約2センチメートル削って採取されたコンクリート片の内部には,ポリエチレンシートが挟まれていた(甲15,37)。

  上記石こう様に白色がかった部分は,コンクリートの上層部に形成されたレイタンス層であり,厚さ約2センチメートルに及ぶところもある。この層は,ブリージングによる水分の上昇と降雨により,比重の小さい微細な粒子と水が混合したのろ状の物質が上記のような措置により除去されることなく硬化して生じたものであり,その強度は零に等しい。本件コンクリートの表面に落ちている多数の剥離片は,これが剥がれたものである。また,養生材がコンクリート内に埋没しているのは,被告の作業員が上記のろ状の部分を放置したまま上から養生材を被せて作業を終了したため,その後の降雨により養生材の上に滞留した雨水の重みなどによって,養生材の一部が上記のろ状の物質に沈み込み(これにより硬化前の生コンクリート上に雨水がさらに注がれたものと推認できる。),コンクリートの上層部が養生材を浸したまま硬化したことによるものである。この部分のコンクリートは連続性を欠いている(甲37)。

  以上からすれば,本件コンクリートは,強度上重大な欠陥があるといわざるを得ず,上部構造の広範囲な面積内の加重を地盤に伝えるべき建物の基礎に使用されるコンクリートが有すべき性能を欠くものと認められる。

  この点,被告は,本件コンクリートに欠陥はないと主張し,「べた基礎のコンクリートには設計基準強度1平方ミリメートル当たり18ニュートンの普通コンクリートを採用する」旨記載された文献(乙32)のほか,琉球大学工学部教授Cの意見書(乙41),降雨量30ミリメートルにおけるコンクリート強度に関する報告書(乙43,44ないし46の各1~3)を提出する。上記意見書は,原告が主張する水セメント比及び単位水量の算定が不適切であること,原告が提出したシュミットハンマーテスト報告書(甲14)の計算式が不適切であり,適切な計算式によれば,測定地点すべてにおいて圧縮強度1平方ミリメートル当たり18ニュートンを超えていること等を指摘するものである。

  また,上記報告書は,本件打設工事の再現実験を行った結果,すべてのテストピースにおいて圧縮強度1平方ミリメートル当たり18ニュートンを超えたこと等を報告するものである。

  しかし,上記認定の本件コンクリートの欠陥は,レイタンス層の存在及び養生材の埋没による本件コンクリートの品質の粗悪を指すものであり,上記各証拠はこの点を直接反駁するものではない(かえって,上記意見書は「降水により,水セメント比,単位水量,そして分離傾向も増したであろうことは否定しない」と指摘している。)。上記認定の本件コンクリートの欠陥を指摘する愛知工業大学工学部教授Dの鑑定書(甲37)に照らし,この点に関する被告の主張は採用できない。

4 本訴請求原因(5)イ(履行不能)について

 上記2,3の認定事実からすると,原告代表者は,平成16年9月24日,本件打設工事が雨の中で行われたことなどから,本件コンクリートには重大な欠陥があり基礎工事をやり直す必要があると考えるとともに,そのような工事を行った被告に対し不信感を抱くこととなったこと,原告代表者は,工事の中止を指示して以来,一度被告の補強案に積極的な姿勢を示したことがあった外は,一貫して基礎工事のやり直しを求めたが,同月27日,28日及び29日と協議を重ねても被告代表者らがこれに応じようとしなかったため,不信感を強めていったこと,その結果,原告代表者は,同月30日及び同年10月1日,被告に対し解除を通告し,その後も考えをひるがえすことなく,事態が膠着化したことが認められる。

 これらの事実からすれば,弁護士である江尻泰介らが原告の代理人となり,被告代表者に対し,本件請負契約を解除する旨の内容証明郵便が到達した同月20日には,もはや被告において本件建築工事を完成できないことは確定的な状態となっており,本件請負契約に基づく仕事完成義務は社会通念上履行不能となったものと認めるのが相当である。

5 抗弁(帰責性の不存在)について

 (1) 上記3の認定のとおり,本件コンクリートは,基礎工事に使用されるコンクリートが通常有すべき性能を欠くものであるところ,このような欠陥は,被告の作業員が,速やかにコンクリート表面の雨水を排水するとともに,コンクリート表層部にできたのろ状の物質を除去し,必要に応じて生コンクリートを補充して打設し,ブリージングが終了するまでコテ入れ作業を行ってから,養生を施して作業を終了すべきところ,これを怠ったために生じたものである(甲37)。

  このような工事に対し,工事の中止を指示するとともに基礎工事のやり直しを求めた原告の対応は,施主として何ら不適切なものではない。上記のような工事を行った上,かかる原告の要求にも応じようとしなかった被告の対応は,請負人として適切を欠くというほかなく,結局,そのような被告の対応が,原告,被告間の信頼関係を破壊する要因となったということができる。

  したがって,上記履行不能について被告に帰責性がなかったということはできない。

 (2) この点,被告は,本件コンクリートの表面の状況について,被告が打設した生コンクリートについて表面仕上げをしようとした時点で,原告が工事中止を指示したため,これが不可能になったなどと主張する。しかし,原告が工事中止を指示したのは,本件打設工事当日の午後7時ころであること,本件打設工事に使用された生コンクリートは6台目のミキサー車が到着した午後3時20分までには,すべて現場に搬入されていたことからすれば,原告代表者の指示により,表面仕上げの作業が中断されたものと認めることはできず,上記被告の主張はその前提を欠く。

  また,被告は,鉄筋コンクリートを打ち増しする補強案を示したことなどを指摘する。しかし,建物の基礎は,建物の最下部に造られ,建物を支え,上部建物加重を地盤へと安全に伝える構造安全上最も重要な部分であって,これに対する信頼性がすなわち,建物それ自体に対する信頼性の拠り所となる。当時,本件建築工事は,いまだ基礎工事の途中の段階にあり,基礎工事のやり直しに要する費用は社会通念上不当に高額なものではないこと(訴外建築会社作成の見積書(甲55)によれば,既設のコンクリートの撤去工事は外注した場合でも68万6000円程度であり,本件請負契約締結時の工事内訳書(甲49)によれば,コンクリートの打ち直し工事は100万円弱である。)に照らせば,このような建物の基礎について,欠陥があるコンクリートを残し,契約の内容にはない補強工事を行うことは承服できないとして,基礎工事をやり直すよう求めた原告の選択は,施主の選択として何ら不当なものではない。請負人である被告としてはこの要求に応じるのが本則というべきであって,被告が指摘する事情は帰責性に関する上記判断を覆すものではない。

6 そうすると,原告は,本件請負契約の仕事完成義務の履行不能に基づき同契約を解除することができると解するのが相当であり,本訴請求原因(6)の解除の意思表示により同契約は解除されたということができる。

 そこで,解除の範囲についてみるに,建物の建築工事請負契約につき,工事全体が未完成の間に注文者が請負人の債務不履行を理由に同契約を解除する場合において,工事内容が可分であり,しかも当事者が既施工部分の給付に関し利益を有するときは,特段の事情のない限り,既施工部分については契約を解除することができず,ただ未施工部分について契約の一部を解除することができるに過ぎないと解される(最判昭和56年2月17日・裁判集民132号129頁参照)。この点,本件建築工事は,いまだ基礎工事の一部である本件打設工事がされたにすぎず,しかも,打設された本件コンクリートには欠陥があるというのであるから,本件請負契約の施主である原告が既工事部分の給付に関し利益を有するということはできず,かかる解除は本件請負契約の全部に及ぶものと解するのが相当である。

7 本訴請求原因(7)について

 証拠(甲55)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,本件請負契約の仕事完成義務の履行不能により,本件コンクリートの撤去費用に相当する178万5000円の損害を被ったものと認められる。

 原告は逸失利益として810万円の損害を被った旨主張するが,これを認めるに足りる証拠はない。

8 以上より,原告の請求は,本件請負契約の債務不履行解除による原状回復請求権に基づき800万円,本件請負契約の債務不履行による損害賠償請求権に基づき178万5000円及びこれらに対する平成18年12月20日付け訴え変更の申立書送達の日の翌日である同月22日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余は棄却することとする。

第2 反訴について

 1 反訴請求原因(1),(4)の事実は当事者間に争いがない。

 2 同(3)につき検討するに,前記第1の2記載の事実の経過によれば,原告代表者は,平成16年10月1日ころ,被告代表者に対し,本件請負契約を解除する旨の書面を送付したことが認められるが,同書面には「激しい降雨の中での基礎コン打設作業を断行した事は,根本的工事ミス」と指摘して解除を求めた上,既払い金800万円の返還を求める旨記載されていることのほか,同書面が送達されるに至った経緯及び前記第1の3記載の本件コンクリートの状態に照らせば,上記書面による意思表示が,請負人に対する損害賠償債務の発生を伴う民法641条の解除の意思表示を含むものと解することはできない。

  したがって,同(3)の事実は認められない。

3 以上より,被告の反訴請求には理由がないからこれを棄却することとする。

第3 結論

  よって,主文のとおり判決する。

 

       名古屋地方裁判所民事第6部

              裁判長裁判官      内  田  計  一

                  裁判官      安  田  大  二  郎

                  裁判官      高  橋  貞  幹

 

東京・台東借地借家人組合

無料電話相談は 050-3656-8224 (IP電話)
受付は月曜日~金曜日 (午前10時~午後4時)
土曜日日曜日・祝祭日は休止 )
尚、無料電話相談は原則1回のみとさせて頂きます。