11日の地震と津波の大災害に、日本中が慌てふためいた。我々人間が、常日頃、如何に自然に守られて暮らしているか、その恩恵の気付きが少ない、その警鐘かもしれない。
したがって、12日の散歩のときにお参りする神社では、国家安泰のみを祈念した。いつもは、自分や家族の良縁成就が中心だが、この日は国家安泰のお願いのみ。そして、朝の読経のときも、国家安泰の祈念のみである。先ずは、自分が生きるためには、支えて頂く周り方々の存在が、絶対条件なのだから。私の気づきは遅いと、反省している。
したがって、12日の散歩のときにお参りする神社では、国家安泰のみを祈念した。いつもは、自分や家族の良縁成就が中心だが、この日は国家安泰のお願いのみ。そして、朝の読経のときも、国家安泰の祈念のみである。先ずは、自分が生きるためには、支えて頂く周り方々の存在が、絶対条件なのだから。私の気づきは遅いと、反省している。