東矢憲二の「気づきの経営」

経営コンサルタントとしての長年の経験を活かして、様々な気づきをご紹介します。
毎日読んでいただくと、心がホンワカ・・・

危機

2012-02-29 | 雑談
「危機」という言葉の語源は、ギリシャ語のカイロスという言葉に由来し、神との出会いや運命の時を意味するものだと言われている。危機という日本語も、「危」はあぶない、不安定、険しいなどといった意味であり、「機」は時機、機会などの用い方をしており、転換期としての意味がある。

この「危機」をマネジメントすることが「危機管理」だが、縦割り行政の日本は、本当にお粗末である。想定していなかった出来事に対処するのが危機管理だが、担当責任者は「想定外」だと言って逃げてしまう。もっと「危機管理」の意味を知った上で対処して欲しいものだ。



困ったときが気づきのスタート

2012-02-28 | 経営の気づき
私が、ブログやフェイスブック用の写真を撮る場所は、事務所のカウンターを用いることが多い。カウンターに対象物を置いて、パチリと写す。しかし、いつも、邪魔になるのが、冷蔵庫の上にあるコーヒーサイフォン。そして、先日、スタッフに場所を移動してもらうとき、スタッフが気づいた。「ここに置かなくても、こちらでも別にいいよね」と、別の場所に置くことになった。

人間が、何かを考え答えを見つけようとするとき、そのスタートになるのが、問題が起こって困ったときである。普段何気なく行動するときは、何も考えずに無意識に動いている。しかし、何かの問題に気づいたとき、やっと頭を働かせるアクションを起こす。したがって、困ったとき、問題が起こったときがチャンスである。このときに良いアイディアにたどり着けば、「改善」というワンステップに進む。

(写真は、受賞後のパーティーをフェイスブックにて知らせるとき、カウンターに置いて撮影したもの)

脇役の存在価値

2012-02-27 | 人生の気づき
人間は、それぞれが主役を演じている。何しろ、他人様の気持ちはわからないから、自分自身の気持ちとキャッチボールしながら、自分の行動をコントロールする。即ち、主役の上演とも言えるだろうか。

しかし、主役を上手に演じるには、脇役の力を借りなければならない。例えば、部屋の雰囲気を変える力があるのは、部屋の内装という主役以外に「照明」という脇役の力が必要だ。あるいは、スーツ姿を格好よく見せるには、スーツという主役以外に、カッターシャツという脇役の力がいる。カッターを気の効いたものを用いれば、同じスーツでも随分イメージが変わる。

そして、会社においては、取扱商品が主役であろうが、それを説明する社員の説明力によって、商品価値も大きく変わってくる。要するに、脇役次第で、主役の輝き度が変わるということだ。

(写真は、私の事務所の天井の様子だが、間接照明の存在によって、柔らかい雰囲気をかもし出している)

遺品整理

2012-02-26 | 人生の気づき
遺品は、その方の人生の名残であり、暮らし振りや哲学が伝わってくる。何を考え何を楽しんでおられたか、あるいは、反対に、楽しむことを如何に控えていたかまでも伝わってくる。いつもその方の横に居続け、他の人には決して見せなかった表情までも、見ていた。場合によっては、本人さえも気づかなかったことも、家具は見抜いていたかも知れない。

このような遺品に対して、遺族は、限りなく愛着を感じる。特に、独り暮らしの方の遺品については、遠く離れた家族や縁者は、ひとしおの思いで遺品と接する。長らく不義理していた家族や縁者であれば、その想いも重く、不要だからといって簡単に処分できない。

現代社会は独り住まいの人が多いこともあって、この遺品を、専門的に処理する会社がある。お客の多くは、独り住まいの方、縁者のいない方だという。ワン・ストップ・サービスの遺品整理の会社は、10年前に登場した。1年間で1500件のご用命があるという。時間に追われる現代、そして、核家族社会ならではの商売である。

(写真は、亡き父の作成した「家族史」)

サイン用の万年筆

2012-02-25 | 初体験の気づき
最近は、万年筆を持ち歩くようになった。以前は、ボールペンやシャープペンだったが、このごろは万年筆を必ず携帯している。その理由は、時々、サインを求められるためだ。再々ではないが、時に、昨年出版した著書「気づきの智慧」(アトラス出版)を持参されて、サインを求められる。

サインするときは、ボールペンでは安っぽいため、金釘流の文字をカバーするためにも万年筆の方が優れている。ぐにゅぐにゅと書けば、下手な字も何とかごまかせる。

万年筆は、当初書くときに制約があるが、ある程度の書き癖は万年筆の方で許容してくれる。多少筆圧が強かったり、ひねり気味、立て気味で書いてもOKだ。使い込めば、手に馴染んで二度と手放せない筆記具になる。 

グッド・プラクティス賞

2012-02-24 | 初体験の気づき
先日、松山商工会議所の第3回CSR(企業の社会的責任)顕彰事業にて表彰された。私は、普段の顕彰事業だと審査する側なのだが、今回は審査される側に回って評価された。しかし、落選だと悔しいが、なんとか滑り込みの受賞である。

評価された活動は、「気づきの智慧」(アトラス出版)を教材にしての気づき塾である。ビジネスマンだけでなく、広く市民に呼びかけて、採算度外視の人間塾を開いたことが評価されたとのこと。

そして、私が支援させてもらっている株式会社ヴァンサンカン様は、「見える化賞」を頂いた。私が嬉しいのは、自分の事務所の受賞よりも、応援させてもらった会社が受賞できたこと。社長初め幹部スタッフの踏ん張りが実り、本当に喜ばしい。

手と足

2012-02-23 | 雑談
悪いことを始めることを「手を染める」と言い、やめることを「足を洗う」と言う。何故、手と足なのだろうか。ふと疑問に思って調べてみた。退屈をしていたある休日の調べものである。

「手を染める」の語源は、「一度染色屋という商売を始めると、その手は一生元に戻らない」ということからという説がある。ただ、「染める」ではなく「初める」が元々の意味だというのが有力な説で、「手を初める」が当初の表現で、新しい事とりわけ商売などに着手するというのが元来の意味合いだった。

一方、「足を洗う」の語源は、仏教と関わりがある。裸足で修行に歩いた僧は、寺に帰って泥足を洗うことで、俗界の煩悩を洗い清めて仏業に入ったことから、悪い行いをやめる意味に転じた。したがって、始めると止めるに、手と足で表現したのは、たまたまのことだったようで、深い意味合いはない。


酒と肴と友

2012-02-22 | 雑談
一昨日は、四国中央市にて大歓待を受けた。お会いするのは初めてだが、フェイスブックにて色々と交流していたので、初対面の意識はない。もう何年も前から付き合っている感触なので、酒も入ると会話も弾む。

なんと、料理は、知り合いの漁師の方に頼んで、渡り蟹・シャコエビ・なまこ、そして、私にとっては初体験のデビラの刺身を用意して頂いた。豪勢な料理に添えられた酒も、逸品の日本酒とワイン。ここまでご接待頂けるとは思いもしなかった。さらに、地元の経営者の友人を、電話して次から次へとお呼び頂いた。

酒と肴と友に囲まれた数時間は、あっという間の時間であった。これで、私のパワー充電は万全である。今回の気づきは、真心を込めたご接待のありようである。戴きものをしたから嬉しいわけではないが、心のこもり様があまりにも素晴らしかったので、大感激した。したがって、私がどなたかをご接待する機会がある場合には、今回のことをヒントにさせて頂きたいと思っている。

二度あることは三度ある

2012-02-21 | 雑談
お昼前に、前日の予告どおり、友人がトラックで訪れた。趣味で作っている野菜を山のようにもって来てくれた。桜島大根や赤い大根、そして極めつけは「チャンドラポメロ」。チャンドラポメロは、巨大柑橘で、超レアものらしい。チャンドラポメロの木は、幸運をもたらす縁起木としても重宝されているようだから、私にとっは福の神かも。

昼一番の仕事では、お客様が「甘平」をたくさん持参頂いた。どうも、亡くなられたお父さんが大切に育てていたものらしい。そして、「二度あることは三度ある」の格言どおり、3人目のお客さんも手土産持参でお越し頂いた。今度はケーキだった。本当にサプライズな一日である。

やはり、善行を施していると、その果報が現れるのだろう。ということは、悪因悪果もあるということだから、注意しなければならない。今のところ、悪いことをしたときには、酒を飲んで清めているから、悪因悪果には至っていない。笑

春雪お見舞い

2012-02-20 | 私の師匠
一昨日、生まれて初めて、春雪お見舞いの葉書を戴いた。久しぶりのご連絡のため、何事かと驚いたが、心を落ち着けてゆっくりと文面を読み、安心した。春雪見舞いである。そう言えば、この方は、ときどき時節外れの挨拶状を頂く。時節外れだから、印象に残る。

「年々歳々 花に似て
歳々年々 人同じからず」
の句で始まる文章は、さすが私の尊敬するお師匠様。こういう時節にこそ、心に染み渡る交流が出来るのかも知れない。年賀状ではなく、暑中見舞いでもなく、普通の人であれば書き起こすことのない季節に文と向かう。

また一つお教え頂きました。

蔵人体験

2012-02-19 | 初体験の気づき
日本酒とワインの好きな私は、酒造メーカーの見学は何回もしているが、実際に製造作業に参加した経験はない。しかし、先日、酒造り体験ツアーに参加した。仲間9名が、「洗米」と「蒸した米を捌いたり運ぶ作業」を体験させてもらった。

最初は楽しく雑談していた我々だが、体力が必要になってくると徐々に無口になった。蔵は増築を重ねているため、一部は屋根の高さも低く、米を運ぶのも一苦労だ。しかし、検査試飲するころには、美味しい酒を飲めるという期待感から、みな笑顔になっている。

搾りたての酒、そして、搾ったあとの2時間経過した「中汲み」は、なんとも美味である。検査試飲だから、量は少ないが、我々は満足。そして、誰かが言った。「酒造りの大変さを知ったから、これからは、酒を拝んでから飲まないといけないな」と。

クラシック音楽の楽しみ方

2012-02-18 | 人生の気づき
ラジオで知った感動的な話をご紹介する。場所はフランス。クラシック音楽の好きな一市民が、もっとクラシック・ファンを増やそうと、音楽祭を企画した。クラシックは、一部のマニアックな人にだけ愛されるのはもったいないとの考え方があったようだ。

行政も説得しながら立ち上げた音楽祭だが、何年も続けた結果、最近の規模はでっかくなった。世界の著名な音楽家1,400人を集めて、4日間、街の色々な場所で音楽会を開く。しかし、たくさんの会場と楽曲が用意されているため、一つの演奏は40分程度の短いものだとか。

ラジオでの紹介者が中でも感激したシーンは、会場で放映されるアニメに合わせて、クラシック音楽が流れる場面だ。多分、曲に合わせて、アニメを後作りしたのであろうが、悲鳴に近いような歓声まで上がり、会場はあまりの素晴らしさに騒然となったようだ。

当初若かった一市民の企画者は、いまは中年になったそうだが、財力も知名度も何もない一市民が、よくもこのような企画を思いつき、しかも実現化したものだ。人間は、情熱さえあれば、何でも出来るということか。「好き」「情熱」「継続」この三つの力は大切にしないといけないね。

(写真は、私の愛用のサックスだが、いままで誰一人として、大きく感動させたことはない)

雨降りの気づき

2012-02-17 | 雑談
野球帽の日除けの出っ張りのような形のものを「ひさし」と言う。建物であれば、窓の上などからの出っ張り部分であり、陽をさえぎったり、吹き付ける雨の侵入を防いだりする。構造的には簡単な「ひさし」だが、役割は大きい。陽や雨などの不要な侵入を、完全ではないにしても殆どのものをカットするのだから、その存在価値は大きい。

あるいは、急に雨が降り出したときなどは、見知らぬ通行人の雨宿りの場所として提供することもある。この場合、家主が知らない間に価値を提供していることになる。

この「ひさし」を考え出した、古人の智慧はたいしたものである。・・・などと、急に雨が降り出したとき、通りがかりの家の「ひさし」にお世話になったとき、ふと気づいた。いつどこで、誰に、何にお世話になるか、分からないものである。感謝、感謝。

もしかして、「ひさし」って、日本独特のもの? 西洋の建築物にはついていないのかな? なんて、疑問を感じたものだから、簡単に調べてみた。すると、西洋では日光をさえぎるという考え方はなく、日光を取り入れる考え方があるため、「ひさし」は不要なようだ。雨露の観点からは「ひさし」があってもいいのだが、日光に関しては、むしろ邪魔であるとか。

「関係ない」ことはない

2012-02-16 | 人生の気づき
若い人に助言したとき、ときに「関係ない」と一蹴されることがある。私は、「そんなことと一切関係していない。私は、あなたたちとは違って、別個の世界で生きている」という意味なのだろう。しかし、自分のこととして翻って思い起こしたとき、そう言えば、私も若いときは、誰かに指摘されても「関係ない」と反芻していたような気がする。

要するに、人生経験が少ないときは、「何事においてもいずれは自分のところに戻ってくる」ということが分からないのだ。したがって、人間の成長とは「色々な物事との自分の関係がよく理解できる」ということであり、その度合いそのものが成長のバロメーターであると言える。

女性は潤滑材

2012-02-15 | 人生の気づき
先日のセミナー、私が担当した4日間の最終日において面白い事象にめぐり合った。いつも白熱して議論している二人のうちの一人の出席が遅れたため、別の女性チームに加わってもらった。その後すぐに、遅れてきた男性もそのチームに加わり、女性3人と男性二人のディスカッション・チームが出来た。

しかし、不思議なことに、前日までは、喧嘩にならないかと心配するほどの白熱した二人の議論が、この日は静かなのだ。その原因は、女性の存在である。女性が緩和剤となり、いつもと違って和やかな雰囲気を醸しだした。似たような性格の二人が議論すると、どうもけばけばしいが、女性がいるだけで何かが違う。

要するに、チームを組むときは、性格の異なる要素を組み合わせることが一つのコツなのであろう。お互いが補完しあうことが認識できると、更にチーム力は向上する。自分の強みが、他の人も強いと、つい張り合う気持ちが出てくる。しかし、自分の強い箇所が他の人にとって弱ければ、あるいは、自分の弱いところを他の誰かがカバーしてくれれば、歯車はかみ合う。

チーム組織化は本当に難しい。