goo blog サービス終了のお知らせ 

ことのは

初めに言葉があった。言葉は神とともにあった。言葉は神であった。と、ヨハネは言う。まことに、言葉とは不可思議なものである。

全体主義

2022-03-14 08:46:38 | 日記・エッセイ・コラム
欧米には悪魔が住んでいる。
まあ見たことはないが。
一般的には個人主義だと謂われている。
この個人主義というのが曲者なのです。
それを知ろう。
個人主義には全体主義が付いている。
これは裏表一体であり同じものです。
多くの人は別物だと思ってるが。
全体主義は全体が個と化すもの、
そこでは独裁が発生する。
ときに個人が消える。
根っこが奴隷社会である所以か。
だからこそ又個人が前に出る。
自由平等や人権とか言って。
民主主義も又そうである。
如何にもではある。
ちなみにその根底に一神教がある。
すべては一神教ゆえなのか、
あるいは一神教は結果なのか、
はてさて。
どちらにしても、
神と悪魔は表裏一体で同じもの。
欧米ではそれを別物と考える。
そこが日本とは違うところ。
・・・・・
ドイツとロシアは似ている。
ようなところがある。
地理的に近いからか喧嘩もするし、
お互い警戒しながらも手を組む。
そこにはシナも入ってくるが。
シナも個人主義だが、
神なき個人主義であり、
謂わば超個人主義である。
扱いにくいことこの上なし。
勿論ドイツやロシアが特別な訳ではく、
欧米は基本的には同質である。
でも英国は少し違うような、
そんな気が…。
それはさておき、
個人主義が問題なのは場が消えること。
場とはすべてなのに。
それは世界であり宇宙であり、
そこに在るすべてである。
場があって我があり、
我は場の一部としてある、
このこと自明の理也。
そんな当り前を個(我)が消してしまう。
これは言葉の技です。
これが言葉の毒です。
一神教の毒でもある。
・・・・・
日本は個人主義ではない。
だから全体主義には決してならない、
と思っている。
なら何なのかと言えば、
それは集団主義である。
全体主義と集団主義は似て非なるもの。
全体はそれを一つと見做す。
そのとき個が消える。
そのとき場が消える。
集団は個が集まっているだけ、
個が消えることはない。
常に場とともにある。
そこが決定的に違う。
だから日本人が戦うときは、
個の為でもあるが、
当然場の為である。
だから欧米人には分からない、
日本人が大東亜戦争を戦った意味が。
日本人も見失っている。
欧米思考に惑わされて。
でも日本の根本は変わっていない。
歴史伝統文化の中で今も厳にある。
でもそろそろ気付いてほしい、
自覚的に。
お願いしますよ、
橋下さん。
上2行は余計なこと。
・・・・・
ちなみに今のウクライナ人は、
戦っている戦士は皆神風の人、
その魂はともにある。
場とともにある。
ロシア人は貧乏くじを引いた。
悪役をやらされている。
もとよりウクライナ人と戦うつもりはないだろう。
でもそうなってしまった。
そのように仕向けられた。
ロシア人の心中や…。
この戦いは大きな仕掛けの中にある。
目的はロシアを叩くため。
がしかしそれさえ表向きかも。
その実は、
集団(場)と全体(個)の戦いであり、
民衆と支配者の戦いである。
どのような結末となるか。
まあどうなろうと、
ここから世界はかわる、
必ずかわる。

コメントを投稿

サービス終了に伴い、10月1日にコメント投稿機能を終了させていただく予定です。