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ことのは

初めに言葉があった。言葉は神とともにあった。言葉は神であった。と、ヨハネは言う。まことに、言葉とは不可思議なものである。

科学者の傲慢

2015-07-15 17:31:01 | 日記・エッセイ・コラム
バラエティー番組でのことです。
話の中で誰かが「本能」という言葉を使った。
そしたらその言葉は使うべきではないと言う。
今はそんな言葉は使ってないと。
・・・・・
分からないではない。
科学者が本能という言葉を使えば学問は成り立たない。
本能とは何かを研究してるのだから。
他の有意な言葉で説明しなければならない。
でも、本能とはその生物が持っている本来の力のことである。
鳥は鳥としての生きる術・力を持っている。
魚は魚、虫は虫として。
それを本能と言っている。
それだけのことである。
ひとつ言えるのは、
後天的に習得する術・力は本能とは言えないとしても、
その生物であるからこそ習得できるものなら、
それも本能と言ってもおかしくない。
どこで線を引くかは難しいのだ。
人の子が人になるには教育が必要だ。
教育は後天的なもので本能ではない。
それはそうだ。
だが、猿に人の教育を施しても人にならない。
人の子は教育されれば人になる力を持って生まれてくる。
顕在化してなくても、これも本来の力だ。
そういう力を持って生まれてくる。
ならば、それも本能といって差し支えない。
・・・・・
科学者を非難してるのではない。
人の使う言葉を自分の都合で良し悪しを言うのは、
ちょっとどうかと思うだけです。
科学者に限らない。
人は自分の得意な分野で時に傲慢になる。
とりわけ、科学者は謙虚であってほしい。
何と言っても人の世の道標なのですから。
と思っている。


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