ことのは

初めに言葉があった。言葉は神とともにあった。言葉は神であった。と、ヨハネは言う。まことに、言葉とは不可思議なものである。

浮雲、浮草

2015-08-03 09:07:02 | 日記・エッセイ・コラム
日本人の思いである。
思想と言ってもいい。
ゆうゆうと流れるのである。
天空・大地の中で、
ゆうゆうと流れるのである。
・・・・・
月日は百代の過客にして行きこう年もまた旅人なり...
松尾芭蕉である。
ゆく川の流れは絶えずしてしかも元の水にあらず...
加茂長明である。
時の流れ、水の流れに身を任せる。
大きな流れには逆らえない。
漂うように生きるのである。
たんたんと生きる、それが人生だと。
一喜一憂は世の習いだが、
その中に無情感、諦念がある。
これは日本人の根である。
奪い合いの大地ではどこまでも戦いである。
譲り合いの世界だからこその思いである。
譲り合えばそこに、
たんたんとした人生が成る。
・・・・・
とはいえ、
「流れる」ということは「流される」ということでもある。
昨今のマスコミの酷さに鑑みれば、
流されるばかりでは情けない。
いいように利用されるばかりだ。
どうすればいいのか。
どうもできない。
流されるのなら流されればいい。
どこまでも流されればいい。
要は「流されている」ということを知っていればいい。
それだけのことだ。
流されていると分かっていれば、
流れが緩やかな時は多少は向きを変えられる、
浅瀬に来れば岸に上がることもできる。
そういうことだが、
さすればだ、
時には命を懸けて抗うこともできる。
・・・・・
要は「流されている」ということを、
分かっていればいい。
それだけだ。
それにしても、
自分の周りの流れはさっぱり分からん。
どうしようもない。
嗚呼!




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