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ことのは

初めに言葉があった。言葉は神とともにあった。言葉は神であった。と、ヨハネは言う。まことに、言葉とは不可思議なものである。

一丁目一番地

2020-09-28 10:17:35 | 日記・エッセイ・コラム
これは住所の初めなり。
日本は今のところ住所不定である。
先ず、一丁目一番地を取り戻そう。
はて、何のことか。
それはさておき、世界は今戦争の中にある。
二大大国、アメリカとシナが戦争している。
貿易(経済)戦争とか言われているが、
これはもう完全なる戦争である。
あの上念司氏もそう言っている。
・・・・・
なお、その中心は先端技術、就中IT技術である。
その覇権争いである。
これまでは軍事力による戦いであったが、
技術の進展によって様相が一変している。
今や、軍事はおろか経済や社会などすべてにITが関わっている。
自動化とその制御および膨大な電磁記録の応用など、
すべてのインフラにITが関わっている。
そこを破壊されればもうお手上げである。
IT技術をめぐっての覇権争いとなるのは必然である。
それでも、特定国がその中心になるのは止むを得ない。
だが、それを支配の道具に使う国に渡してはならない。
世界共同管理的枠組みは必要である。
そこは注視しなければ。
防衛省もサイバー防衛部隊を新編しようしている。
それに今回の内閣でデジタル庁が新設された。
これはマイナンバー制度などの充実だけを目指してはいない。
それもあろうが、
すべてのインフラにITが関わっている今日、
省庁を横断的に繋いで厳正に管理するもので、
安全保障上の要である。
最初は奇異に感じたが、
そう思えばなるほどである。
・・・・・
先記は今起こっている戦争のことである。
日本には他に厳しい戦争がある。
それは歴史戦争である。
歴史観を押し付けられたまま、ずっと防戦一方なのである。
取り違えてはいけない。
歴史的事実は誰が見ても概ね一致しなければならない。
でも歴史観は別である。
観とは思いである。
同じ事実でも、人によって見え方(思い)は異なる。
それが同じでなければならない、とは如何。
そも違っていていいのだ。
事実を曲げてはいけないが。
だが現実は逆だ。
歴史観が同じでなければならないと言い、
その口で事実を捻じ曲げる。
シナと半島である。
曰く「南京大虐殺」に「従軍慰安婦の強制連行」など。
それなりの証があれば、認めるのにやぶさかではない。
でも、無いものは無いのである。
無いものは証明できない。
それに戦後すぐ、国内や進駐先で無理やり裁判が行われた。
日本軍の戦争犯罪を裁く為である。
そこでは先の件は裁かれていない。
もし実際にあったなら、幾らでも証があった筈。
さすれば当然裁かれていたろう。
でも、それはなかったのです。
もはや事実は明らかだ。
・・・・・
それに比べてだ、
今シナが行っている蛮行は、
彼の国はむにゃむにゃと否定してるようだが、
それは現今のことだ、
無いなら証明することができるのです、
実態を見せればいいだけ。
悪魔の証明などではない。
できるのです。
それをしないのは、
事実だと白状してるようなもの。
さすがに欧米も見逃せない。
対応を検討している。
気に入らないのは日本の親中派だ。
親中であってもいいが、言うことを言ってなら。
むにゃむにゃ親中は止めてほしい。
私などが言っても仕方ないが。
ところで、一丁目一番地とは、はて?
それは世界で喧伝されている嘘が、
嘘として認知されることです。
さすれば、日本もやっと立てるのです。
本籍かつ現住所に。
それが一丁目一番地です。
それを別の言葉で言えば、
「日本を取り戻す」です。
・・・・・
なおその象徴は靖国神社である。
最高神格の神社は伊勢にあって、
そこでは最高神が祀られている。
靖国には普通の日本人が祀られているのです。
日本を護る為に亡くなった普通の人が。
だからこそだ、故にこそ大切なのです。
そこへ誰でも何時でも気軽にお参りができること、
勿論日本国総理大臣も、
畏れ多くも天皇陛下も。
それが成れば、
その時きっと復活する。
日本は完全に復活する。