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ことのは

初めに言葉があった。言葉は神とともにあった。言葉は神であった。と、ヨハネは言う。まことに、言葉とは不可思議なものである。

2020-09-21 13:22:02 | 日記・エッセイ・コラム
場とは、
大きく言えば宇宙であり、
中に銀河系があり、太陽系があり、地球がある。
その地球が我らが本貫である。
そこは生命に満ち溢れており、
内の一種に人間がいる。
種としては人(科)と表記するのだが、
日本人は大抵は人間と表現する。
これは思うに、
一人では生きていけないと覚悟し、
群れて生きることを選んだからで、
だからの人の間なのだ。
そんな人間にとって、
場は大きく二つある。
一つは、大宇宙太陽系にある本貫たる地球であり、
一つは、群れて生きる基としての人間社会である。
・・・・・
言葉を持ち我を意識したときから、
人はすぐれて個(自分)を生きる。
さりながら、個は個だけでは存在しえない。
場があればこそだ。
もとより個は場と切り離せない。
場の一部としてあるのだ。
場とは自分でもあるのだ。
原初の人間はそんな感覚を持っていたろう。
これは虫たちの感覚に同じか。
その時の場を楽園と言ったか。
ともかくも、それが始まりだ。
前にも言ったが、
その感覚を日本人は持っている。
先の戦争でもあきらかなり。
国の為に亡くなった人たち、神風にように。
国(という場)を護る為に、命を捧げたのである。
場は自分でもあるのだ。
自分とは自分が残した命をも含み、
それは家族友人同朋らを含むのだ。
もとより好んですることではない。
でも日本人には奇異なことではなかった。
それを知らねば。
・・・・・
なのに、
訳も分からず批判する人がいる。
外国人ならまだしも。
日本人でありながら。
ひょっとしたら、
大方なりすましの日本人なのかも。
何とも怪しいことだ。
それに、
これも根は同じだが、
戦争に敗れても棟梁らは逃げない。
他国では支配者はほとんど逃げる。
でなければ断罪されてしまうのだ。
シナが典型だ。
彼らは常に逃げる準備をしている。
欧米でもそこはかわらない。
ドイツもそうだった。
ナチスの幹部も逃げたのである。
多くは南米に逃げたといわれる。
後に捕まった者もいるが。
当のヒットラーも自殺したとされているが、
逃亡したとの噂が絶えない。
日本にはそんな人はいない。
甘んじて絞首刑にかけられるのだ。
あきらかであろう。
場に生きる日本人は場を捨てない。
場は自分でもあるのだ。
それを知らねば。
・・・・・
だからこそです。
そんな日本が今ここに在るのは奇跡なのだ。
そんな日本は在らねばならない。
そんな日本が在ることが、
世界の最後の希望である。
そんな日本を押し付ける必要はない。
知ってもらえれば、それでいい。
戦争は避けよ。
これは右左関係なく戦後日本の命題である。
だがである、
先の戦争は不可欠だった。
通らなければならない道だった。
それを知ろう。
それにしても、
今この荒涼たる世界の中で、
次の戦争は避けられないかも知れない。
それにも備えよう。
場を護る為。