読書日和

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「みさと町立図書館分館」高森美由紀

2018-01-13 20:03:29 | 小説


今回ご紹介するのは「みさと町立図書館分館」(著:高森美由紀)です。

-----内容-----
みさと町立図書館分館に勤める遥は、33歳独身の実家暮らし。
遥が持参する父お手製の弁当に、岡部主査はいつも手を伸ばし、くすねていく。
人事異動でやってきた彼は、図書整理もできないネットサーファー(死語)で砂糖中毒だ。
本の賃借トラブル&クレーム対処をはじめ、家庭内の愚痴聞きや遺失物捜索など色々ある”図書館業務”は、ままならないことが多い。
でも小さな町の図書館分館では、訪れる人たちの生活が感じられる。
理解もできる。
だから、ここではちょっと優しくなれるのだ。
いなかの図書館を舞台に描かれる、小さな町のハートフル・ストーリー。

-----感想-----
語り手は山本遥という女性です。
遥はみさと町立図書館の分館で働いています。
作中に「北国」とありさらに「津軽弁」とあったので青森県が舞台のようです。
遥は契約職員で、役場職員の岡部さん、香山さんの三人で分館を回しています。
岡部は遥の弁当のおかずをよく勝手に取る人で遥が怒っている場面が何度もありました。

遥の家の三軒隣には「小山のばあさん」という強烈な津軽弁で何かと文句を言う人が住んでいます。
小山のばあさんもたまに図書館に来ることがあり、他のお客さんに露骨に嫌味を言って遥をヒヤリとさせていました。

二年前に遥の母が亡くなり、以来父の誠一と二人暮らしになりました。
母の死後、父は料理を始めるようになりました。
父は訛りがすごいです。
物語の冒頭、遥は31歳で父は62歳です。

ある日父が山菜を採ってきて、遥が小山のばあさんの家にお裾分けに行くことになります。
小山のばあさんは庭に築山とししおどしがあり周りを石垣で囲まれた立派な一軒家に一人で住んでいます。
小山のばあさんは息子夫婦と暮らすために家を建てたのですが、息子夫婦は同居を断り家から100mほど離れたアパートで暮らしています。
せっかく家を建てたのに一人で住むことになってしまい、小山のばあさんのきつすぎる性格が悪いのですがこれは可哀想な気がしました。

ある日遥が小山のばあさんの家を訪れるとばあさんが脳梗塞で倒れていました。
遥が救急車を呼び、半身に麻痺が残りましたが何とか助かります。
そして遥は父から、小山のばあさんが息子の奥さんをいびり倒していたことを教えてもらいます。
小山のばあさんは最初は結婚を祝福していたのですが、奥さんの年齢が高いのを知ると結婚に猛反対するようになります。
しかし二人は反対を押し切って結婚し、同居も許否され、小山のばあさんはひたすら奥さんを憎むことになります。

小山のばあさんは退院すると特養老人施設「ほほえみ園」に入ります。
そして息子夫婦がばあさんの豪邸に引っ越してきます。
ばあさんはずっと施設暮らしになると見込んでのことで、家の中の物も大量に棄ててしまっていました。
かつてはこの家に住むのを許否していたのに、小山のばあさんがいなくなったら許可も得ずにあっという間に引っ越してくるとは酷いなと思いました。
遥も父との話の中で「ばあさんがいなくなったとなったら、行動が速いね」と呆れを口にしていました。
その冬、小山のばあさんは亡くなります。
本人の性格が問題ではなるものの、息子夫婦に疎まれたまま死ぬのは寂しいと思います。

一年が経ちます。
その秋、みさと町立図書館分館の三人の会話で、遥が「香山さんは岡部さんのことが好きなのでは」と考えている場面がありました。
バレンタインに香山が岡部に「義理だけど」と言いながらチョコをあげたことがあり、そのチョコがこの辺りではまず見かけない欧州産の輸入品だったとのことです。
たしかに義理でそんな希少なものを手に入れてくるかなという気はしました。

遥の母が脳卒中で亡くなった時の回想が描かれていました。
一回目の脳卒中では左半身に後遺症が残りますが命は助かり、退院後はバリアフリーに改装した家で暮らせるようになります。
そして父が定年になったら三人で温泉旅行に行こうと計画を立てていました。
しかしその前に二度目の脳卒中になり亡くなってしまいます。
遥が「もっと早く旅行の計画を立てるべきだった」と胸中で悔やんでいたのが印象的でした。
何が起きるか分からないのが人生なので、あまり先にせず行ける時に行ったほうが良いのだろうなと思います。
母が生きていた頃の回想は会話を見ていると心が温まりました。

遥は33歳になります。
ある日家に帰ると知らないおばさんが来ていました。
おばさんは父の同窓生で溝端と名乗ります。
かなり失礼なおばさんで、初対面の遥に「あらま三十路の厄年なのね。ご結婚は……ああごめんなさいね。家にいるってことはしてないのよね」と言っていました。
溝端はなかなか帰らず、遥は「いつ帰るんだろう」とイライラしていました。
溝端はよく家に来るようになります。

図書館にはクレーマーなお客さんも来て、遥はその対応に疲れます。
本を返却していないのになぜか逆ギレして食って掛かってくるような人にも丁寧に応対しないといけないのは辛いと思います。
そんなある日、何と溝端が図書館にやってきます。
溝端は遥に「結婚して家庭を持って、誠一さんを安心させてあげるべきじゃないかしら」と偉そうなことを言っていました。
これは「私が誠一さんと暮らすからお前は出ていけ」と言っているように聞こえ、溝端が遥の父との再婚を狙っているのは明らかでした。
遥は「あんな人に家を乗っ取られてたまるか」と憤っていて、私もまさにこの気持ちを思いました。
退治して家を守ってほしいと思いました。

遥の家の向かいに住む本田さんという主婦が溝端のことを知っていて、詳しいことを教えてくれます。
本田さんも溝端は遥の家に入り込もうとしているのではと予想していました。
溝端はこれまでに三度結婚していて、三度目は旦那が病で亡くなりこの町に帰ってきたとのことです。
本田さんは「ああいうひとは、距離を一気に詰めるすけ、気をつけだほうがいいよ」と緊迫感のある言葉を言っていました。
やがて台所にまで溝端が侵食してきて、勝手に食器用スポンジを別のものに変えたり調理器具の位置を変えたりします。
そして一番大事なものを捨てられそうになる事件が起こり、ついに怒りの限界に達した遥は出ていってくれと言います。
鈍感な父と違い溝端のこの家に入り込もうとする計略に気づいていた遥は毎日気が気ではなかったと思います。

岡部は普段はお茶らけた人ですがたまに興味深いことを言うことがあります。
遥が性格的に喧嘩ができずに育ったことを話した時、岡部は「ぼくも、できなかった」と言っていました。
それ以上は語らず、後で遥は岡部がどう育ってきたのかを気にしていて、私も気になりました。

物凄く訛りのあるおじいさんが図書館にやってきます。
「まごぁてっとんするすけあいしつのほんこばぁあるがい」と言っていて、何を言っているのか全く分かりませんでした
遥にも分からなかったのですが何と岡部には通じて、おじいさんの応対をしてくれました。
この時図書館ではおじさん同士のバトルが起きていて、これも訛っていました。
「やがましいってへってらべな!」
「おめえのほうがうるせぇんだよ!」
「お宅は誰さ向がってやがましいってへってんだっきゃ!」
「おめえのほうがやがましいでねえが!」
最近は定年したてで体力のあるおじさんがバトルをすることがよくあるとのことで、そんな人には図書館に居てほしくないなと思います。

岡部が応対したおじいさんは香山の祖父でした。
また香山の下の名前は真里菜だと分かります。
香山の祖母が病で入院し、病床で独り身の香山のことを心配しているとありました。
祖父、祖母ともに以前からなかなか結婚しない香山のことを心配していて、先日改めて祖父に結婚のことを聞かれたとのことです。
香山はこれ以上二人を心配させるよりはと、「結婚を前提に付き合っている相手がいる」と方便を使います。
すると二人は盛り上がってしまい、すぐに親戚を読んで結婚式をやろうという話になります。
香山は両親には方便であることを打ち明けていて、岡部に花婿役をやってもらい、祖父と祖母に結婚式を見せようとします。

遥が人の生き方について語った次の言葉は興味深かったです。
ひとのためばかりに生きたひとを、気の毒に思うことがあるが、それはひとのために生きたことがないひとの勝手な思いこみで、実のところ、それほど気の毒がったり憐れんだりすることはないのかもしれない。
私はその人が自身の人生をどう思っているかが大事だと思います。
人のためばかりに生きたとしても、その人が良い人生だと思えたなら、それで良いのではと思います。

12月になります。
遥は珍しく香山に食事に誘われます。
香山は36、7歳とありました。
香山は夫婦の「自分が先に死ぬのが良いか、相手が先の方が良いか」について祖父が語っていたことを話し、遥は父の考えは香山の祖父と逆だなと思います。
おばあちゃんが残されたら、自分と同じ辛さを味わうことになろうから、それなら自分が後になったほうが良い、とおじいちゃんは考えた。
父は、母を見送るのは辛いから自分が先に逝きたかったというひとだ。
共通するのは、相手に対する深い想い。

これはたしかにどちらも相手を想っての考えで、どちらも良い考えだと思います。

新年になります。
三が日開けの4日に遥が出勤すると、何と岡部が事務室のソファーで毛布にくるまって寝ていました。
岡部は図書館で年末年始を過ごしていました。
岡部のスマートフォンに電話がかかってきて画面に「実家」と表示されるのですが、岡部は出ようとしません。
なぜ出ないのか、なぜ実家に帰らず図書館で過ごしたのか、気になりました。
岡部の実家は隣町にあり、帰ろうと思えばすぐに帰れます。

その日の夕方、岡部が高熱を出して動けなくなります。
香山と遥で岡部を一人暮らししているアパートに送っていこうとして、遥が父にそのことを電話すると、「それだば、うぢさ連れでこ(連れて来なさい)」と言い、遥の家に連れて帰ることになります。
岡部は高熱ですがご飯をよく食べ遥は呆れていました。
この頃、遥は岡部のことが好きになってきていて、それが分かる描写がありました。

遥の「自分の考えとは違う意見が、ときどき口から出ることがある。どうしてか分からない。」という言葉は印象的でした。
これは気持ちが拗ねてしまっていたり意地になっていたりする場合に出ると思います。
自分の考えとは違う意見を言うともやもやとした気持ちが後に残ります。
常に率直に言葉を言えれば良いのになと思います。

遥の説得によりついに岡部が実家に行くと言います。
ただし遥が言ったのだから遥も一緒についてこいと無茶なことを言い二人で実家に行くことになります。
実家に向かう時の会話で岡部は30歳と分かりました。
到着した実家では怜子という母親が応対するのですが、岡部と母親の会話はとても緊迫してよそよそしかったです。
やがて岡部の家庭事情が明らかになり、こんなに緊迫した空気になるようではたしかに年末年始も帰省したくないだろうなと思います。

実家からの帰り道、遥が語っていた「当たって砕けろ」という言葉についての考えは興味深かったです。
なんとかしようと思うことがさらにストレスを呼ぶ。
ぶつかってぶつかって、それで砕けるのは「がんばれ、当たって砕けろ」と発破をかけたひとじゃない。言われたそれを鵜呑みにしてぶつかった本人なのだ。

これはそのとおりです。
発破をかけた人は無事でも何とかしようとした本人は砕け散ってしまいます。
心身ともに取り返しがつかないくらい疲弊してしまうかも知れないです。
無闇に「当たって砕けろ」などと発破をかけるものではないなと思います。


青森県の田舎町が舞台なので、遥の父や香山の祖父などの方言が印象的で、読んでいると温かく楽しい気持ちになりました。
物語は全体的に穏やかで温かい雰囲気の中に緩急があり、笑ってしまうような場面もあれば緊迫して心配になる場面もありました。
そして読み心地が良くて日々過ぎていく日常の尊さを感じる面白い作品でした


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