読書日和

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「君が夏を走らせる」瀬尾まいこ

2017-08-06 20:09:16 | 小説


小説感想記事の通算400記事目となります。
今回ご紹介するのは「君が夏を走らせる」(著:瀬尾まいこ)です。

-----内容-----
金髪ピアスの俺が1歳の女の子の面倒をみるなんて!?
16歳の少年の思いがけない夏。
青春小説の傑作が誕生!
駅伝小説『あと少し、もう少し』に登場した不良少年・大田の、ひと夏の出会いと別れを描く物語。

-----感想-----
小説感想記事の通算400記事目なので、ぜひ一番好きな青春小説を読みたいと思いました。
そんな時書店でこの作品が目に留まりました。
かなり面白い青春小説だった「あと少し、もう少し」で印象的だった不良少年の大田が主人公とあり読んでみたいと思いました。

高校二年生になった大田は夏休み直前のある日、3歳年上の中武(なかたけ)先輩から1ヶ月間、1歳10ヶ月の娘、鈴香の面倒を見るアルバイトをしてほしいと頼まれます。
中武は大田が通っている高校を一年で中退し今は建築資材を扱う会社で働いています。
中武の3歳年上の奥さんのさつきさんが切迫早産で入院することになり、保育園や託児所を探す間もなくさらに二人とも親とは不仲で頼れないため、大田に頼むことになりました。

この頼みに大田はかなり戸惑い、自身について胸中で語ります。
子どものことを何も知らないどころか、いい加減で高校もろくに行かず、先のことはもちろん、今日やりたいことすらわからずに、派手な格好をしていきがってふらふらしている。それが俺だ。
この言葉を見てやはり大田は単にいきがっているだけではなく、自分自身のことを客観的に見て受け止めることができるのだと思いました。

中武と奥さんで話し合った時に中武はこんなことを任せられるのは大田しかいないと言い、奥さんも実際に大田を見て「大田君なら大丈夫だと思った」と言います。
私も「あと少し、もう少し」での、ぞんざいな態度とは正反対な周りへ気配りのできる姿を知っているので大田なら大丈夫だと思いました。
ずっと大田のことを可愛がってくれている先輩の頼みを断ることはできず、大田は鈴香の面倒を見ることを引き受けます。

アルバイト初日、鈴香は30分以上泣いても全く泣き止まず大田は途方に暮れます。
大田は中学校三年生の時に出場した駅伝大会のことを思い出します。
駅伝大会の後、このまま何かに打ち込める自分自身でいたいと思った大田は気持ちを入れ換えて必死に勉強しますが受験には失敗し、白羽ヶ丘高校に入ります。
白羽ヶ丘高校は大田によると不良を引き受けるだけの何の魅力もない高校で、半数が卒業までに辞めていくとありました。
そこにはかつての大田のような不良生徒ばかりいるのですが、駅伝に夢中になった大田はこの高校の雰囲気を楽しめなくなっていました。

アルバイト2日目、鈴香は少しだけ大田に慣れ、大田が差し出した好物のビスコを食べてくれます。
4日目になると鈴香が楽しくままごとをしてくれるようになります。
しかしゾウのおもちゃをフライパンのおもちゃで焼くのを見て大田は「そんなことをしたらゾウが熱いだろう」と止めようとしますが、そうすると鈴香は機嫌が悪くなります。
大田も鈴香のやることに真剣に付き合っていて面白かったです

大田はかつての自身について「昔は怖がられることが快感だった。周りをびびらせては悦に入っていた。」と胸中で語っていました。
ただし今は周りの不良達から「大田はすごい不良だ」と一目置かれても居心地が悪く感じるようです。
同じクラスの仲代(なかだい)と清水がよく話しかけてくるのですが、この二人には舐められないようにと悪ぶったことを言っています。
駅伝への参加以降全く吸っていないタバコを今も吸っているかのように言ったりもしていて、クラス内での不良のイメージを維持するのは面倒なようです。

料理が得意な大田は鈴香のためにチャーハンを作ってあげます。
チャーハンを炒めるのは鈴香にとって珍しい光景で、炒めるのを機嫌よく眺めていました。
そして初めて大田と一緒に昼ご飯を食べてくれました。

大田のクラスには大田和音(かずね)という、同じ苗字の女子がいます。
和音は中学校時代に不登校で出席日数が足りなくてこの高校に入学しました。
終業式の日に担任が二人の通知表を間違って逆にして渡してしまったことから少し話す場面があり、さらに和音の吹奏楽部のプリントが大田のほうの通知表に紛れ込んでいたりもして、二人が物語の中で話すようになっていくのではという気がしました。

大田は母子家庭で母親と二人暮らしなのですが、母親が鈴香のために積み木を買ったのを見て大田も絵本を買うことにします。
自身みたいに教科書を読むのにすら苦労するような子になっては困ると鈴香を心配しているのが微笑ましかったです。

大田が鍋を使って料理を作っていると鈴香が「ぶんぶー。ジュージュー」と言ってきて、大田はその言葉だけで鍋の中を見せろという意味と分かっていました。
段々と鈴香の言葉が分かってきます。

鈴香のもとに通い始めて10日になります。
大田は鈴香を初めて公園に連れていきます。
公園にはたくさんの子ども達とともにたくさんの母親達がいて、大田は自身の風貌が金髪にピアスでいかついことから母親達に引かれるのではと思います。
しかし母親達は気軽に話しかけてくれ大田はその様子に戸惑います。
そうか。ここで話されているのは子どものことだけだ。誰も自分のことは話していない。公園では子どもが主役なのだ。俺が金髪だろうと、若かろうと、関係ない。
鈴香のおかげで大田は母親達に自然と受け入れられていました。

鈴香は落ち着いて座ってご飯を食べるのが苦手で、食べきる前にどこかに行こうとしてしまいます。
同じように落ち着いてご飯を食べるのが苦手な私の姪っ子のことが思い浮かびました。
「ちゃんと食べるって、座って食うことを言うんだぜ」
「ぶんぶー」
「なんだよ。どこでも座ればいいってもんじゃねえだろう」
「ぶんぶー」
「まあ、立ち食いよりはいいか」
「ねー」
「何がねーだ。調子のいいやつだ」
こういった大田と鈴香のかけあいがよくあって面白いです
鈴香は徐々にそれまで言っていなかった新しい言葉を言うようになり、「ねー」も初めて出てきました。
ちなみに「ぶんぶー」は中武の奥さんによると「お腹がすいたときや眠たいとき、何かしてほしいときや、やめてほしいときなどに言う」とのことで広い意味のある言葉です。

大田の母親は大田が鈴香の面倒を見ていることを知ってから、「鈴香ちゃんに怪我をさせることがないように」などと毎日言ってきます。
大田は煩わしく思いながらもその心境を理解していました。
「うるせえばばあだな」と返しているけれど、おふくろが俺や鈴香のことが気になってしかたがないのはわかっている。親がうるさく言うのは、子どもが心配だからだ。そんなことは中学生のころから知っていた。
中学生の頃から親の心境を分かっていたのは凄いなと思います。
駅伝の練習や大会の時も周りの人の心境に気を配っていましたし、やはり良い感性を持っていると思います。

ある日鈴香を連れて公園に行くと芝生の向こうにあるグラウンドで大田も通っていた市野中学校の陸上部が活動しているのを見かけます。
顧問の上原先生もいて、大田は今の不良にもまっとうにもなり切れずにくすぶっている自分自身を見られたくなくて気まずい気持ちになります。

8月4日が中武の奥さんの出産予定日で、8月7日が大田が鈴香の面倒を見る最後の日となります。
アルバイトも終わりが近づいていて、何もすることがない日常に戻ることに大田はぞっとしていました。
最初はとても無理だと断ろうとしていた鈴香の面倒を見ることがいつの間にか生きがいのようになっていたのが印象的です。

大田は和音のサックスの演奏を聴いてみようと思い商店街の「うきうきサマーカーニバル」というお祭りに行きます。
このお祭りでは小学校一年生の男の子の集団がいて、広場で出し物をしているおじいさんをからかっていました。
大田はこの生意気な子達を上手くおだてたりしながら軽くあしらっていてその様子が凄く鮮やかでした。
いつも行く公園には愛ちゃんと由奈ちゃんという5歳の女の子二人組がいて鈴香も一緒に遊んでもらっていて、大田はこの二人を中心とした子ども達との触れあいのおかげで子どもの扱いが上手くなっていました。
和音とも話すことになるのですが、何を言っても「はあ」と答えてばかりな和音との話は大田が一方的にあれこれ言う形になりがちでその様子が面白かったです
大田は和音に恋心を抱いてはいないですが興味はあります。

奥さんの退院まであと3日となった日、鈴香が大田と一緒に積み木で城を作っていました。
二週間前に初めて積み木遊びをした時は大田の積み上げた積み木を倒すだけで自身で組むことはできなかったのができるようになり、成長ぶりが凄いと思いました。

上原先生と話をする場面があります。
二学期になったらたまに駅伝の練習を見に行ってやろうかと言う大田に上原先生が良いことを言います。
「大田君の走る場所は中学校にはないよ」
「あんだよ、それ」
「大田君が走るのは、今まで通ってきた場所じゃなくて、これから先にあるってこと。まだ16歳なんだもん。わざわざ振り返らなくたって、たくさんのフィールドが大田君を待ってるよ」

これは不良にもまっとうにもなり切れずくすぶっていた大田の背中を押してくれる言葉だと思います。

ついに8月7日、鈴香と過ごす最後の日を迎えます。
別れの時が近いので、大田と鈴香の明るく微笑ましい会話が続いているのに読んでいて寂しい気持ちになりました。

大田達が走った中学校駅伝について最後のほうに少し描写がありました。
今日で走るのが終わることにやるせない気持ちになっていた駅伝メンバー達に上原先生が「あと少し、もう少しこんなふうでいられたら、そう思える時間が過ごせて、本当によかった」と言っていました。
その言葉を思い出した大田は今の状況も同じだと感じます。
もう少し鈴香が広げていくその世界をそばで見ていたい。あと少し鈴香と一緒に胸を踊らせていたい。その思いはどうしたって消えそうもない。だけど、「あと少し、もう少し」どこか苦しいそんな願いを持てるのは、きっと幸せなことだ。
最後の「そんな願いを持てるのは、きっと幸せなことだ。」がとても印象的でした。
あと少し今のままでいたいと思うのは、今の状況がかけがえのない尊いものということであり、それはまさに幸せなことです。

俺のフィールドがこれから先にしかないのなら、ここでの日々を握りしめてばかりもいられない。
最後、終わってしまう日々に大田が気持ちの整理をつけられたのはとても良かったです。
鈴香との日々を惜しむ気持ちはありますが、鈴香のいない日々を歩んでいくことにもしっかりと目を向けていました。
大田はもう一度真剣に陸上をやるようになると確信し、私もあと少しだけ大田の活躍を見ていたいと思いました。
そんな気持ちになる小説を読むことができて良かったです


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