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読書日和

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「コンビニ人間」村田沙耶香

2016-08-07 23:34:55 | 小説


今回ご紹介するのは「コンビニ人間」(著:村田沙耶香)です。

-----内容-----
36歳未婚女性、古倉恵子。
大学卒業後も就職せず、コンビニのバイトは18年目。
これまで彼氏なし。
日々食べるのはコンビニ食、夢の中でもコンビニのレジを打ち、清潔なコンビニの風景と「いらっしゃいませ!」の掛け声が、毎日の安らかな眠りをもたらしてくれる。
コンビニこそが、私を世界の正常な部品にしてくれるー。
ある日、婚活目的の新入り男性、白羽がやってきて、そんなコンビニ的生き方は恥ずかしいと突きつけられるが……。
「普通」とは何か?
現代の実存を軽やかに問う衝撃作。
第155回芥川賞受賞作。

-----感想-----
「コンビニエンスストアは、音で満ちている」と、コンビニの音の描写から物語が始まりました。
客が入ってくるチャイムの音に、店内を流れる有線放送で新商品を宣伝するアイドルの声、店員の掛け声、バーコードをスキャンする音、かごに物を入れる音、パンの袋が握られる音、店内を歩き回るヒールの音、これら全てが混ざり合ったのを「コンビニの音」と表現しているのが印象的でした。
そんなコンビニの音を聞きながら、古倉恵子はアルバイトをしています。
客の細かい仕草や視線を自動的に読み取るため、「耳と目は客の小さな動きや意思をキャッチする大切なセンサーになる」とありました。

恵子は物事の捉え方におかしなところがあり奇妙がられる子供でした。
幼稚園の頃、公園で小鳥が死んでいて、他の子ども達が泣いている中、恵子は母親に「お父さん、焼き鳥好きだから、今日、これを焼いて食べよう」と言っていました。
また小学生になったばかりの時、体育の時間に男子が取っ組み合いのけんかをして周りの子が「誰か止めて!」と言うのを聞き、「そうか、止めるのか」と思恵子はそばにあった用具入れを開け、中にあったスコップを取り出して暴れる男子の頭を殴り倒して止めていました。
先生に事情を聞かれた恵子は「止めろと言われたから、一番早そうな方法で止めました」と答えていて、職員会議になって母親が呼ばれていました。

恵子は大学一年生の時、新しくオープンする「スマイルマート日色町駅前店」というコンビニでアルバイトを始めました。
そこから同じお店で18年間アルバイトを続け現在は36歳になっています。
著者の村田沙耶香さんも36歳で作家をしながらコンビニのアルバイトもしているため、どうやら自身の経験が恵子のモデルになっているようです。
作家仲間からは「クレイジー沙耶香」と呼ばれ発想のクレイジーぶりに驚かれたりしているとのことで、恵子の常軌を逸した物事の捉え方も多少村田沙耶香さんがモデルになっているのかも知れないと思いました。

初めてスマイルマート日色町駅前店で働いた日、完璧にマニュアルどおりに動く恵子を社員が絶賛してくれて、恵子は胸中で「そのとき、私は、初めて、世界の部品になることができたのだった」と語っていました。
しかし完璧なマニュアルがあって店員になることはできても、マニュアルの外ではどうすれば普通の人間になれるのか分からないとありました。
マニュアルのないところでは元々の物事の捉え方のあかしさが出てしまい妙な会話になってしまいます。

店には37歳でバイトリーダーの泉さん、24歳でバンドのボーカルをしながらアルバイトをしている菅原さんなどがいます。
恵子の喋り方は常に身近な人のものが伝染していて、今は泉さんと菅原さんをミックスさせたものが恵子の喋り方になっているとのことです。
また、服やバッグも身近な人の趣味に合わせ同じお店のものを買ったりしています。
物事の捉え方におかしなところがある恵子は喋り方も服やバッグの趣味も周りの人のものをトレースしたほうが社会的には生きやすいようです。
恵子は胸中で『周りからは私が年相応のバッグを持ち、失礼でも他人行儀でもないちょうどいい距離感の喋り方をする「人間」に見えているのだろう』と語っていました。
この淡々とした客観的な見方が面白かったです。

恵子にはミホという友達がいます。
学生時代は友達がいませんでしたが同窓会で再会した時にミホが話しかけてきてそこからたまに集まってご飯を食べたり買い物をしたりするようになりました。
恵子はマニュアルがない会話になるとずれた受け答えになるため、ミホの家に恵子や他の人が集まってお茶をしている時にもおかしな会話になっている場面がありました。
妹が考えてくれた「困ったときはとりあえずこう言え」という言葉を頓珍漢な場面で使ってしまったりと、恵子の会話は面白くもあり痛々しくもありました。
小学生の時に「誰か止めて!」という言葉を聞いて「そうか、止めるのか」と思いスコップで頭を殴って止めたことからも分かるように、あまりに言葉をストレートに受け止めすぎてしまうようです。
妹が言っていた「困ったときはとりあえずこう言え」も、困った時全てに当てはまると解釈してしまっていました。

ある日、白羽(しらは)という新人のアルバイトが入ってきます。
そこから徐々に恵子の日常が変わっていくことになりました。
白羽は35歳で婚活のために働き始めました。
非常に傲慢で自分勝手なところがあり、自分のことを棚に上げて他の人の悪口ばかり言っています。

恵子が周囲から自分が異物と思われているのを感じた時に思ったことは印象的でした。
正常な世界はとても強引だから、異物は静かに削除される。まっとうでない人間は処理されていく。そうか、だから治らなくてはならないんだ。治らないと、正常な人達に削除されるんだ。家族がどうしてあんなに私を治そうとしてくれているのか、やっとわかったような気がした。
これはたしかに、「みんなが送っている日常の風景」から外れている人が異物として削除される傾向はあるなと思います。

恵子は白羽と色々話すことになるのですが、白羽は恵子のことも口汚く罵ってきますが、そんな白羽を恵子はすごく冷静に分析していて、その坦々とした冷静さが印象的でした。

恵子は変化したいと思っていて、そのために白羽を活用し、白羽も恵子に寄生しようとし、二人は特殊な関係になります。
そんな恵子の状況を知るとコンビニの人達もミホ達もみんな態度が変わって恵子から色々聞き出そうとしていました。
恵子にどうやら男ができたと思い、しかもその相手が白羽というどうしようもない男だということで盛り上がっているようなのですが、下世話だなと思いました。
ただし白羽は自分のことを棚に上げて他の人の悪口ばかり言っていたり、口から出任せばかり言っていたりで最悪なので、下世話にあれこれ言われても同情の余地はないです。
変わっていくコンビニの人達について恵子は『店の「音」には雑音が混じるようになった』と表現していました。

物語の終盤、恵子の考えるコンビニの姿が書かれていました。
コンビニはお客様にとって、ただ事務的に必要なものを買う場所ではなく、好きなものを発見する楽しさや喜びがある場所でなくてはいけない。
この言葉を見て、恵子は喋り方や服の趣味などは周りの人のものをトレースしていますが、コンビニについては確固とした自分の考えを持っているのだと思いました。
「私は人間である以上にコンビニ店員なんです」という言葉も印象的でした。
コンビニこそが恵子が唯一生きられる場所なのだと思いました。
生きやすい場所で生きていってほしいです。


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