湘南ライナー日記 SHONAN LINER NOTES

会社帰りの湘南ライナーの中で書いていた日記を継続中

プレゼントの価値

2008-12-24 23:58:01 | あんな話こんな話家族編


「クリスマスのプレゼント、何がいい?」
子供たちに聞いても、返ってくるのは「何でもいい」の一言。
まるで、夕飯なにがいい問答と同様で、まったく張り合いがない。
もっとも、欲しいものがないわけではないのだ。ただ、それは言葉にしたところで価格的にムダだとわかっているからだろう。
子供はサンタクロースを信じなくなる時から、現実と向き合うことになる。夢もチボーもないけれど、それは仕方がないことなのだ。
しかし、そんな彼らにもまた、そう遠くないうちにプレゼントされる喜び、プレゼントする楽しさを知るときがやってくる。
とりあえず、今年も息子はCDや本、娘は洋服あたりに落ち着きそうだ。むろん、今夜にはもう間に合わない。とりあえず、サンタさんは枕元に目録でも置いていってくれるはず(笑)。

「たいへんだよ!やっぱりサンタさんいたんだ、サンタさんが来たよ!」
目をキラキラ輝かせて、大きな包みを抱え僕を見上げた子供の姿が懐かしい。

写真は、サンタさん大集合の図。いや、昨日から東京ドームでライブを行っているリュ・シウォンさんの入り待ちをしている女性たち。寒空の下、早朝からお昼過ぎまでじっと待ち続けていた。交差点を左に折れて水道橋駅近くまで伸びている。マラソンの観客ではありませんよ。

最初で最後の東京タワー

2008-12-23 22:13:43 | 思い出日和


誕生日だそうだ、東京タワー50歳。
地デジだ、スカイツリーだと騒がれ出してから、かえって元気になったような気がする。
なんだか嬉しいですねぇ。他人とは思えないし(笑)。
子供のころから、よく絵も画いたなぁ。好きだった。
でも、初めて高い所から東京の街を見下ろした体験は、なぜか霞ヶ関ビル。小学生の時だ。
でも、やっぱりいつかは東京タワーに上ってみたい、ずっとそう思っていた。
そして、その願いを実現させたのは、大学生になってから。自分の夢を、デートの場面で叶えることにした。
ところが、これがまずかった。
展望台も館内もガラガラで、場末の観光地に来ちゃったなあという印象。
彼女、苦笑いである。
思い出すのは展望台からの眺めよりも、水族館のシーンばかりだ。暗闇に四角い水槽がズラリと並んだ迫力や、むせ返るような生臭さ。水族館と名はついていたが、まるで熱帯魚屋さんみたいだった。水槽には、値札がついていたような気もする(笑)。
これが原因ではないだろうが、それからいくらもしないうちに見事にフラれてしまった。
僕にとって東京タワーは、スッパイというより、ニガイというより、魚クサイ思い出なのだ。
写真は2006年に仕事の途中で。

                こんな楽しいムック本も出ています。


街道をゆくママチャリで

2008-12-22 23:35:56 | 湘南ライナーで読む


文庫本で一度読んでいるのは確かなのだが、そのありかがわからない。
いや、内容についても、脳内のどこの引き出しにしまい込んだのかまったく思い出せないでいる(笑)。
そこで、『街道をゆく 本郷界隈』(司馬遼太郎著 朝日新聞社刊 1100円)【ワイド版】を改めて購入した。昼休みの散チャリの友である。
再び読んでみて驚くのは、司馬氏は常に膨大な資料を傍らに、たっぷりと時間をかけて歩いているということ。今ならインターネットで簡単に調べられるものも、当時は(といっても1991~2年頃)ぶ厚い文献のページを何度も何度も持ち上げるように開いていたに違いない。
だからこそ、その一歩一歩に重みが感じられるのだ。いつだって行き当たりばったりの僕の散チャリと一緒してはまったくもって失礼である。
それにしても、土器が発掘された地名から命名された弥生時代に始まり現代まで、歴史をひもときながら時間の旅を楽しむことができて実に面白い。
あの時代にここでこんなことが…
そこではそんな事件やあんなロマンスが…
いつもの風景が違って見えてくる。
そして、司馬遼太郎氏が本郷歩きを始めた最初の日、ここでクスノキの大木を見上げた姿を想像すれば、それ自体も既に大いなる歴史の一部である。



かながわ定食を聞こう

2008-12-21 22:17:26 | B食の道


今日の神奈川新聞の隔週掲載の『かながわ定食紀行』は、今年も番外の特別座談会。
いつもは、『かながわ定食紀行』巻末にもあるように、定食について語り合うのだが、今年はなんとセンターグリルのご主人を招き、歴史をうかがいながら“定食”の成り立ちみたいなものに話が及ぶ。
一同「はあ~」とか
一同「なるほど!」
とか、驚きのお話満載で興味深い。
最下段の一段広告以外はブチ抜きのタップリな座談会。その見出しには「ナポリタン」「洋食」「キャベツ」「カレー」など、大好きな言葉がズラリ。よだれが溜まる。
センターグリルのご主人が、まさに僕と一緒にコンデジのモニタを覗いた方。
さらに、座談会に出席されている黒岩比佐子さんという作家の方は、『「食道楽」の人村井弦斎』の著者だという。村井弦斎といえば、平塚ゆかりの人。
恒例の座談会、今年はとっても親しみを持って楽しく読めました。


うまかったなあ、ナポリタン。座談会で登場する『スパゲティランチ』も、ナポリタン+ご飯+チキンカツも考え方としては大好きだけど、チキンカツが好みではなく(カツはやっぱりポーク!)、ナポリタンにしたんだよね。
一番上の写真のマークのいわれも話されています。

休める休日

2008-12-20 17:45:16 | 自分四季報


大掃除にもなかなかエンジンがかからずに、本屋さんへ出かけて、街を自転車でグルグル走って、帰りにはいつものお店でコーヒー&読書。
尻に火がつくのを、待つだけ(笑)。結局やらなきゃならなくなるのにね。


写真は、閉店している旅行会社(やっていたのも知らないけれど)。一昨日の新伊勢崎のあの食堂の左側も旅行会社だったと教えていただいた。

風化する街

2008-12-19 23:51:36 | お休み日和


荒川を渡り埼玉県内に入ると、東武伊勢崎線の車窓からは、かなり遠くの方まで眺められるようになる。
そして、いよいよ群馬県が近づくと、山並みの稜線が蒼白く美しい姿を見せる。ただ、その麓までは見事に平野が広がっているのだ。神奈川では絶対に出会えない景色である。
実は、この地形こそが、あの空っ風や赤城おろしと称される身を切るような冷たく強い風を生んでいる。山からの風を遮るものがまったくないというわけだ。
「なにしろ自転車に乗っていられないんだから」
食堂のおばちゃんが真顔で言うのも納得。
伺った会社の方々も、都内との違いは「異常なほどの風の冷たさ、強さ」と口を揃えた。
それでも、昨日は穏やかな方で、次の電車までの小一時間、散歩するのには絶好の日和だったのかもしれない。
それにしても、駅名こそ『新伊勢崎』だが、古い建物も多く見事に枯れている。いいですねぇ。次の電車まで3時間位あってもよかったんじゃないかと思う(笑)。


新伊勢崎駅。昼間は1時間に1本。帰りは高校生にホームが占拠されていた。
なんといっても、群馬県はクルマの保有台数日本一なので、電車を利用するのは免許を持っていない人!


創業明治何年かと書いてあります。


夜になれば開くのでしょうか。


異国情緒漂ってい…ないか。


看板建築のお風呂屋さん。潰れてます。


この独特の造りは、もしかしたらああいったエリアでは…。


住宅街かと思うと、いきなり歓楽街になったり。うっかり迷い込むにはいいかも。でも、その多くは、やっぱり潰れている。


こんな所まで遠征していたんですね。しかもオフィスではなく、民家に見えるんですけど…。


なんといっても今日一番の発見はコレ。百年だから、昭和を通り越してます!


人生初の群馬県。いろんな意味で、好印象でした。

12/19(金)の湘南ライナー

2008-12-19 21:30:26 | 今晩の湘南ライナー車内
9時半です。
乗車率は70%位。
車内の表示温度は20.1℃でした。

「あんなに人が多いとは思わなかったよ」
「今日がピークでしょ」
東京駅の丸善に寄った帰りに、皇居の方から歩いてきたおじさんたちの会話を耳にしました。
イルミネーション『光都』は、今日スタートしたばかりなんですけどね。

新伊勢崎駅前食堂にて

2008-12-18 23:59:56 | B食の道

群馬県の新伊勢崎駅近くでの仕事を終え、駅まで戻ってきたのが14時半。
朝から何も食べていないという営業のK君と駅周辺を歩いてみたが、開いている飲食店が見つからない。結局、駅前に戻ってきて、「本日休業」の札がかかっているのになぜか暖簾も出ていた『松村食堂』の引戸を開けてみた。

ワンワンワンワン!
キャンキャンキャン!
いきなり二匹の犬が飛び出して来て、僕の足にまとわりつく。その後を追うように、今度は赤い毛糸の帽子を被った小柄なおばちゃんが飛び出してきて、僕の足元で二匹の尻をひっぱたく。そして、犬たちを捕まえると、中へ戻っていってしまった。

店内を覗くと、暗くて犬の鳴き声ばかり。
「いいのかな?やってる?」
とりあえず聞いてみた。
「あっ、う・うん、いいですよ。犬の散歩の時間だったもんでね」
なるほど!
「電気を点けろよ」
奥にいただんなさんに促され、電気とテレビがついて、ようやく食堂らしくなった。


「何でもできますよ」
そう太鼓判を押されたので、『かつ定食』と『玉子焼き』を。若いK君は、ガツンと『メンチ定食』と『ラーメン』を。
さすがに電気を点けるところから始まったもので、料理もイチからだったようで、たっぷり時間がかかった。でもまあ急ぐ旅でもない、のんびり待つ。


出来てきた料理はどれも家庭的な仕上がり。普通の味がなによりだった。
「こういうのが嬉しいんすよ」と、付け合わせの小鉢の煮物にK君の顔がほころぶ。
玉子焼きも、おウチの朝ごはん的な造形がいい。実はこれ、厨房から「何にも入ってない方がいい?それともネギを入れる?」と聞かれて、玉ねぎをお願いしたもの。写真じゃわからないが(笑)、僕用にしっかりカスタマイズされているのだ。

さて、家庭のおかず定食を堪能すると、取材を始める(笑)。
どうやら僕たちが来なければ、今日はもう店じまいだったようだ。そのかわり、朝は4時からやっているというのに驚いた。
「このへんは夜の商売の人が多くて、仕事が終わってからご飯を食べにくる人たちで朝からいっぱいだったのよ。オカマチャンなんかもいたわね」
だだし、それも10年以上も前のこと。今じゃすっかりお客が減って淋しいとポツリ。
「そのころの習慣で、ずっと毎朝4時に暖簾を出しているの」と笑う。
お店はすでに70年。おばちゃんが嫁いできた30数年前には週に2回、朝一番の電車で築地まで仕入れに行っていたのだという。
そんな昔話から、カラっ風の脅威や暑さの話まで、お茶のおかわりを何杯もいたたきながらのんびりとうかがった。
「じゃあ、そろそろ」と立ち上がると
「ちょっと待って、時刻表を見るから…え~と2時54分ね」
「え~!行っちゃったばっかりじゃん!でもまあいいか」
というわけで、あんなにたくさん食べて、あんなにたくさんしゃべって、しめて2300円とは、あらお安い。
「こっちに来たらまた寄ってね」
表に出たら、風が冷たい。温かいお店だったから尚更だね。
「パソコンたたいて駅で待ってます」というK君と別れ、思いがけず僕はそれから小一時間の散歩を楽しむのであった。