錦之助ざんまい

時代劇のスーパースター中村錦之助(萬屋錦之介)の出演した映画について、感想や監督・共演者のことなどを書いていきます。

中村錦之助伝~転機(その3)

2012-11-05 16:18:08 | 【錦之助伝】~若手歌舞伎役者時代
 昭和28年4月、歌舞伎座での歌昇、芝雀襲名公演は、吉右衛門劇団、猿之助劇団、時蔵一門に三津五郎が加わって、1日から25日まで行われた。披露口上はなかったが、昼の部の「だんまり」と夜の部の「道行旅路の嫁入」(「忠臣蔵」八段目)を襲名披露にあてた。父時蔵が両演目に主演して、劇中で襲名した息子二人を紹介するといった段取りだった。
 「だんまり」は「暗闘」と漢字を当てるが、歌舞伎の演目名ではなく、演出様式にすぎない。舞台を暗闇であると仮定し、登場人物たちが無言で、ものを探り合ったり、奪い合ったりするといったスローテンポの一種の立ち回りである。同公演の「だんまり」は、曽我兄弟に関係のある鎌倉武士と遊女たちを配した時代物のいわゆる「お目見えだんまり」だった。
 配役は以下の通りである。
 三津五郎(工藤祐経)、時蔵(遊君亀菊)、勘三郎(畠山重忠)、幸四郎(仁田忠常)、歌昇(仁田の息忠胤)、芝雀(畠山重忠の娘梅ヶ枝)、錦之助(工藤の息犬坊丸)
 ほかに、団蔵、勘弥、八百蔵(同年6月に中車襲名)、田之助、訥升(同年9月に宗十郎襲名、その時長男の源平が訥升襲名)、又五郎など十数名が出演し、襲名披露を盛り立てた。
 夜の部の「道行旅路の嫁入」は以下の通り。
 時蔵(加古川本蔵の妻戸無瀬)、芝雀(娘小浪)、歌昇(奴時平)、吉之丞(家老)、勘弥・又五郎・慶三(駕籠際の侍)、八百蔵・高助・福助・田之助(槍持奴)、大輔(旅の武士)、源之助(奥女中)、九蔵・吉十郎・愛之助(警固の侍)、種五郎・時十郎(雲助)、時蝶・時寿(後見)
 錦之助は出演していない。出演者中、吉之丞、吉十郎、又五郎、九蔵、慶三は吉右衛門劇団、愛之助、種五郎、時十郎、時蝶、時寿は時蔵一座の面々である。
 
 歌昇、芝雀は上記の二役のほかに、もう一役なかなか良い役をやっている。歌昇は「暫」で鹿島入道震斎。芝雀は「弁慶上使」で腰元しのぶである。
 賀津雄は「暫」で渡辺小金丸の一役だけ出演している。
 また、この公演で、時蔵の門弟、蝶次郎と時代が、それぞれ時蝶、時寿となって名題昇進している。

 錦之助は、「だんまり」で工藤祐経の息子役のほかに、問題の「同志の人々」で薩摩藩士の一人、林庄之進という役をやっている。配役は以下の通り。田中瑳磨介は又五郎に変わっている。演出は久保田万太郎だった。
 勘三郎(是枝萬介)、幸四郎(田中河内介)、又五郎(田中瑳磨介)、福助〔高砂屋〕(谷元)、八百蔵(永山)、慶三(有馬)、吉十郎(橋口)

 この歌舞伎座公演には、吉右衛門も出演しているが、襲名披露の演目にも出ず、また本来ならば口上も吉右衛門が勤めるところだが、それも行っていない。不満があったのだろう。
 歌昇は、ある時期菊五郎劇団へ入っていたことがあり、退団後は時蔵一座の一員であり、吉右衛門劇団に在籍していない。菊五郎に弟子入りした時、吉右衛門の勘気に触れ、そのままの状態が続いていたようだ。また、芝雀は、播磨屋から京屋へ移ったことが吉右衛門の心証を害したのだと思われる。吉右衛門は昼の部の「石切梶原」(一幕)で梶原平三景時、夜の部の「増補忠臣蔵」(本蔵下屋敷の一幕)で桃井若狭介、この二役を演じているが、どちらにも、歌昇、芝雀は出演していない。
 二人の襲名は、時蔵は当然として、幸四郎と勘三郎が引き立てた。歌右衛門も吉右衛門同様、引き立て役をやっていない。

 さて、翌5月の大阪歌舞伎座も、歌昇、芝雀の襲名披露公演であった。東京に続いて大阪でも披露目しようということで、吉右衛門をはじめ、4月の歌舞伎とほぼ同じ顔ぶれが出演した。
 この時は、昼の部に披露口上があり、時蔵、歌昇、芝雀、時蝶、時寿が舞台で挨拶した。
 夜の部では歌舞伎座と同じ「道行旅路の嫁入」を披露演目にした。歌昇、芝雀ともに同役で、ほかにそれぞれ二役やっている。幸四郎、勘三郎、歌右衛門、時蔵出演の「絵本太功記」(尼ケ崎)では、歌昇が加藤正清、芝雀がその嫁初菊、加えて歌昇は、「嫗山姥」の太田十郎、芝雀は「河内山」の腰元しのぶを演じた。大阪歌舞伎座では、吉右衛門の昼の部の出し物「河内山」に芝雀が出演した。吉右衛門はもう一つ夜の部の「籠釣瓶」に出演。当たり役の佐野治郎左衛門を務めている。

 無論錦之助も加わり、この公演では以下の演目に出演した。( )内が役名である。

 色彩間苅豆 (捕手山蒲)
 勘三郎(与右衛門)、歌右衛門(かさね)、慶三(捕手沢田)
 *演目は「いろもようちょっとかりまめ」と読む。通称「かさね」。四世鶴屋南北作の怪談。

 嫗山姥 (沢潟姫)
 時蔵(八重桐)、勘弥(源七)、訥升(白菊)、歌昇(太田十郎)、九蔵(局呉竹)
 
 道行旅路の嫁入 (槍持奴)
 時蔵(戸無瀬)、芝雀(娘小浪)、歌昇(奴時平)、団蔵(家老)、高助・福助・慶三(槍持奴)、吉之丞・団之助・九蔵・愛之助・吉十郎(警固の侍)、種五郎・時十郎(雲助)

 女形の沢潟姫はまずまず良い役だが、他の男役は大した役ではない。二ヶ月間に及ぶ兄二人の襲名公演に付き合って、錦之助は、自分にはもう当分の間チャンスは廻って来ないだろうと思ったにちがいない。この時点で、映画出演は夢と消え、歌舞伎でも「同志の人々」で絶好の役を降ろされた、そのダメージも大きかった。




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