錦之助ざんまい

時代劇のスーパースター中村錦之助(萬屋錦之介)の出演した映画について、感想や監督・共演者のことなどを書いていきます。

『一心太助 天下の一大事』

2006-03-23 19:36:27 | 一心太助 天下の一大事


 『一心太助 天下の一大事』(昭和33年10月下旬公開)は、5本続いた錦之助の「一心太助」シリーズの第2作目である。第1作が『江戸の名物男 一心太助』で、第3作『一心太助 男の中の男一匹』、第4作『家光と彦左と一心太助』、第5作『一心太助 男一匹道中記』と続く。私は昔から錦之助の一心太助が大好きなのだが、その理由はごく個人的な事情もからんでいる。
 まず、私が東京生まれで、自称「江戸っ子」であるから。あいにく、生まれた場所は東京のはずれ(目黒)で、5歳のとき札幌へ引っ越し、小学4年までそこで育ったので、本当の東京人ではない。インチキ東京人だ。しかし、父方の先祖は山の手(小石川)に住む武家で、母方の先祖は下町(本所深川)の職人だったので、これでも一応江戸っ子の末裔だと自負している。
 そして、もう一つの理由は、私が大の落語ファンであるから。とくに江戸の庶民が登場する古典落語が大好きだからだ。魚屋が主人公の噺では「芝浜」が有名だが、桂三木助の名演は今でも時々カセットで聴いている。一心太助は江戸の魚屋、しかもこの役を演じるのが大ファンの錦之助だとすれば、こりゃーどうしたって好きにならずにはいられない!
 
 『一心太助 天下の一大事』は、見るたびに、やっぱり錦之助はいいなあと思う映画である。錦之助の気風のいい江戸っ子ぶりには、もう惚れ惚れとしてしまう。錦之助のセリフは、落語に出て来る登場人物の歯切れのいい江戸弁そのままである。さすが、江戸っ子役者(錦之助は東京麻布三河台育ち)だ。こんな役、他の俳優には絶対にできやしない。戦前(トーキー時代)は知らないが、戦後から現在に至るまで「チャキチャキの江戸っ子」をこれほど見事に演じた俳優は他に見当たらないと思うのだが、どうであろうか。他にいたら教えてもらいたい。さらに言えば、たとえ錦之助といえども、この頃の溌剌とした彼でなければ、とうてい不可能な役で、この映画の太助の名場面は歴史的な価値さえあると信じて疑わない。
 たとえば、この映画の冒頭、魚河岸のシーンでは、太助がこんな啖呵を切る。ボーとしてぶつかってきた男(田中春男)に対し、まくし立てるような威勢のいいセリフで、観る者を一気に引き込む。
 「気をつけやがれ、このデコすけ。魚河岸は生きてる人間が跳ねけえってるとこだ。まごまごしていやがると、踏み殺すぞ!ちくしょー!」
 木場で人足たちと大喧嘩をするシーンは、こんな前口上で始まる。
 「おい、このオレを知らないで、それでもテメエたち、江戸っ子か!神田駿河台大久保彦左衛門の一の子分、親分同様曲がったことはでえ嫌い、一心太助とはこのオレのこったい!」
 もろ肌脱いで、悪党の旗本一味を待ち構えていた太助が暴れまわる前に切る啖呵もスカッとする。左の二の腕には「一心如鏡」の入れ墨。立て板に水で、一くさり啖呵を切った後で、最後はこう締めくくる。
 「こんな非道、この入れ墨が承知しねえぞ!」
 彦左に食ってかかるときの言葉は、いかにも口の悪い江戸っ子らしい。「耄碌してる」とか「腑抜けも腑抜け、大腑抜けの腰抜けだーい!」とかいった痛罵を浴びせかける。
 この映画を見ていると、「べらんめえ調の太助語録」が出来そうなほどである。

 さて、この映画、監督は沢島忠、撮影は坪井誠。「一心太助」だけでなく「殿さま弥次喜多」シリーズでも続いた名コンビである。沢島忠は、東映時代劇に新風を吹き込んだ名監督。彼の映画は時代劇のヌーべル・バーグとも呼ばれた。昔のアメリカ映画さながらのドタバタ喜劇を取り入れ、さらには現代的なセリフをあえて時代劇の主人公に喋らせたり、ミュージカルの時代劇版を作るなど、アイデアに満ちた意欲的な演出を試みた監督で、この映画でもそうしたアイデアは随所に生かされている。
 共演は、大久保彦左衛門がもちろん月形龍之介。頑固一徹だがカクシャクとした天下のご意見番役は、まさに月形のはまり役である。(ほかに水戸黄門と吉良上野介役がある) 太助の間抜けな相棒役には田中春男。この幸吉という男、恋人を旗本に奪われ、死にたいほど絶望している。そこで「絶望」というあだ名で呼ばれるが、現代的なユーモアがあって面白い。田中春男のとぼけた演技は相変わらずで、気風のいい太助とは対照的な役柄だった。彦左の家来笹尾喜内には堺駿二(堺正章の父親)、悪役の旗本には進藤英太郎、珍しく悪役ではないが老中頭に山形勲。女優は、太助の許嫁お仲に「バンビちゃん」こと中原ひとみ、太助を恋い慕う長屋の娘に丘さとみ、悪旗本に監禁される腰元が桜町弘子である。
 そして、錦之助は一人二役で太助のほかに将軍家光を演じている。錦之助の家光は、太助とは打って変わり、気品と暖かみのある立派な若殿様ぶり。この変身、感心して、うなってしまう。(2019年2月4日一部改稿)