錦之助ざんまい

時代劇のスーパースター中村錦之助(萬屋錦之介)の出演した映画について、感想や監督・共演者のことなどを書いていきます。

『紅孔雀』(その4)

2007-02-13 02:44:11 | 紅孔雀

 錦・千代の決闘シーンは『里見八犬伝』にもあり、これも見せ場だったが、『紅孔雀』第四篇の最後と第五篇の最初にある小四郎と浮寝丸の決闘もハラハラするものだった。ほかに二人の決闘シーンは『隠密七生記』と『沓掛時次郎』の名場面が頭に浮ぶ。『紅孔雀』では、二人の背後に黒刀自の毛利菊枝が狂ったように呪いまくっている姿があり、しかも雷鳴の中で行われるので、迫力満点だった。途中で大友柳太朗の五升酒の猩々が仲裁に入って事なきを得るのだが、そのあと浮寝丸の目が開くという椿事が起こる。こんなことを言っては千代之介に失礼かもしれないが、浮寝丸は盲目の方がずっと良かったと思う。目が開いてからはそれまでのイメージが崩れてしまった。
 高千穂ひづるの久美も大熱演だった。黒刀自にどくろかづらの毒を飲まされてから、「されこうべ党」の首領にされ、小四郎を殺そうとする悪い心に取りつかれてしまう。この久美の表情の変わり方がすごかった。メーキャップも変えていたが、目が吊り上って急に恐ろしい顔になるのだ。私は今でも高千穂ひづるの狂気の表情が瞼から離れない。『紅孔雀』の久美と『ゼロの焦点』で金持ちの奥様を演じた高千穂ひづるは、その豹変ぶりが恐いほどだった。

 錦之助の二刀流について触れておこう。那智の小四郎は、場面によって二刀流を使う。錦之助の宮本武蔵が二刀流開眼するのはずっと後の話で、『宮本武蔵・第三部』は確か昭和38年の映画だが、錦之助は昭和29年末に製作された『紅孔雀』で初めて二刀流を使うわけである。以後、錦之助は、宮本武蔵に至るまで多くの剣士役で二刀流を磨いてきた。そして、『源氏九郎颯爽記・秘剣揚羽の蝶』(昭和37年)で、様式美の極みとも言うべきあの舞うように美しい二刀流(これぞ神変胡蝶流の完成であろう)を披露し、さらに『宮本武蔵・一乗寺の決斗』(昭和39年)では、源氏九郎とは全く違った武蔵独特の実戦的でなりふり構わない二刀流を使い、吉岡一門の多勢を次々と斬り倒す。
 『紅孔雀』の第二篇では、小四郎が、鎖鎌の使い手の黒騎刑部(楠本健二)と闘うシーンがある。これは、のちに『真剣勝負』で描かれた武蔵と宍戸梅軒との死闘を暗示させる。鎖が大刀にからんでも、小刀の方で相手を斬り倒す。二刀流の使い方は同じだった。が、『紅孔雀』の頃の錦之助の二刀流はまだお世辞にも上手とは言えなかったと思う。斬る時に腰が入っていないので、手先だけで刀を振り回している感じだった。錦之助も『紅孔雀』で初めて二刀流を使った時には大変苦労したと語っている。片方の刀に気をとられているともう一方の刀が死んでしまうというのだ。確かに両刀をうまく使いこなすのは、まだ若い錦之助にとっては至難の技だったかもしれない。

 ところで『紅孔雀』は、もともとNHKのラジオ連続ドラマ『新諸国物語』の第三話で、昭和29年の正月から一年間放送された。その前年が第二話『笛吹童子』だった。東映のこの映画は、ラジオの『紅孔雀』がちょうど終了する間際、昭和29年12月終わりから封切られる。そして翌30年の正月から五週にわたって公開され、正月の子供の観客を総ざらいする大ヒットとなる。『紅孔雀』は、『笛吹童子』をはるかにしのぐ収益を上げた。昭和30年度に公開されたすべて東映映画の中だけでなく、すべての邦画の中でも、『紅孔雀』の興行成績はダントツだったという。『東映十年史』という本によると、『紅孔雀』五部作の封切り配給収入は約4,600万円で、二番館・三番館での上映も含めた総配給収入は約2億2千万円だったそうだ。(『笛吹童子』三部作の封切り配給収入は、約1,300万円だったそうで、これでも爆発的なヒットだった。)昭和30年当時、金銭の価値が現在の十分の一だったとすれば、『紅孔雀』五部作で現在なら20億円以上の収入があったことになるだろう。
 それでは、何が『紅孔雀』をこれほどまでに大ヒットさせたのだろうか。まず、『笛吹童子』で始まった錦・千代ブームが沸騰の頂点に達したことが言えるだろう。東映が企画した子供向けの中篇映画路線が軌道に乗ったことも明らかだ。それと、『紅孔雀』各篇の終わり方が次回に期待を膨らませるようなうまい作り方だったことも大きい。たとえば、第一篇の終わりは、小四郎と一角が崖の淵で、紅孔雀のカギを奪い合うシーン、第二篇の終わりは、浮寝丸が黒刀自の呪いで雷に襲われるシーンである。まるで連続物の紙芝居のように、どうしても続き見なくてはおさまらない終わり方になっていた。
 東映の映画は、戦後の子供たちにとって全国のあちこちで一斉に上演された大規模な紙芝居のようなものだったと言えよう。口の悪い映画関係者たちが「東映はジャリ集めの映画を作っている」と評したことも故なきことではなかったし、『紅孔雀』という映画が、子供たちにとってまさに空前絶後の紙芝居、今の言葉で言えば一大イヴェントであったことも確かだった。(おわり)



『紅孔雀』(その3)

2007-02-13 00:18:06 | 紅孔雀

 那智の小四郎は、小天狗の異名をとり、神変胡蝶の二刀流の使い手であるという。第一篇で高千穂ひづるの久美が小四郎と初めて出会った時、「天下に並ぶ者のない名手とお聞きしました」と言うところがある。それに対し、小四郎は、「なに、田舎剣法ですよ」と照れくさそうに謙遜するのだが、『紅孔雀』全編を観る限り小四郎の腕前はあまり強いとは思えなかった。
 妖術使いの信夫一角(三條雅也)にやられてばかりいるのだ。それが私にはどうも気に入らなかった。たとえば月形龍之介が信夫一角なら、錦之助が太刀打ちできなくても許すのだが、三條雅也ごときに歯が立たないのにはいささか我慢がならなかった。最初のシーンで久美と話している時、それを妬んだ一角に石礫を投げられ、小四郎はそれをおでこに食らってしまう。女性ファンは頭から血を流す錦ちゃんを観て、可哀想!と胸を痛めたにちがいない。が、ここは、前回も書いたように、家の者にいろいろ言い訳する錦ちゃんが男の子らしくて私には好感が持てた。あとで小四郎は、父の嘉門(有馬宏治)に額の傷が一角の石礫によるものであることを見抜かれ、「一生の不覚でした」と言う。まあ、これは、美しい久美に見惚れて油断していたバチみたいなもので、仕方があるまい。
 ただ、一角との立会いのシーンで小四郎の方がいつも分が悪いのは不満だった。小四郎が斬りかかると一角が消えてしまい、刀が空を斬ってばかりいるではないか。また、妖術にかかって、小四郎が何人も忍者を斬ったと思ったら、斬ったのは全部木だったというのでは話にならない。小四郎の剣術はどうも未熟で、不甲斐ないのだ。
 それに対し、大友柳太朗の五升酒の猩々(しょうじょう)は滅法強い。その名の通り酒ばかり飲んでいる癖に、いざとなると一角の手先が束になってかかってきても、バッタバッタとなぎ倒してしまう。彼の差している刀は竹光なので、木の枝のような長い棒を振り回す。一角の妖術も五升酒の猩々には通用しない。一角がドロンと消えても、どこに居るのかすぐに見破ってしまう。
 那智の小四郎は、五升酒の猩々を兄と慕い、剣術の師とあおぐ。「貴公の剣は正剣である。もっと心眼を磨きなさい」と忠告されるが、小四郎は理解できない。五升酒の猩々はなんと竹光で庭にある石の鉢を真っ二つに割る。「心で斬るのだ」と言われて、小四郎はびっくりする。ここは映画を観ている子供たちもびっくりしたことだろう。大人の私が今観てもびっくりする。
 大友柳太朗は、初期の頃は錦・千代の映画に出演するといつも「おいしい役」で、いい所をさらっていた。『笛吹童子』の霧の小次郎もそうで、『曽我兄弟』の畠山重忠もそうだった。大友柳太朗は、この頃の東映映画では、常に別格扱いで、若手の錦・千代とは違う意味で少年たちに大変人気があったと思う。チャンバラに迫力があり、役柄も幅広く、キャラクターも豪快で魅力的だったからなのだろう。大友の五升酒の猩々は、とくに面白かった。
 話は戻るが、第二篇で那智の小四郎は一角の鉄砲に肩を撃たれ、崖から転がり落ちる。その後の小四郎はどうもミジメで、冴えなかった。第三篇では崖から転落して倒れているところを一角たちに捕まって、山の洞窟の牢屋に入れられてしまう。一角に足蹴にされたり、父の前で鞭を打たれ拷問を受けたりする。また、小四郎が傷を癒すため寝ているだけの時もあった。この辺は錦之助ファンとしては脚本家と監督に文句を言いたい部分で、主役の錦之助をちょっと軽く扱いすぎるきらいがあったと思う。また、『紅孔雀』は、味方側の登場人物を頻繁に牢屋に入れるので、入れたり、出したりが目まぐるしかった。小四郎だけでなく久美や風小僧なども、ストーリーで違う人物を活躍させる時は、とりあえず牢屋に入れておこうといった感じがした。
 第二篇からは東千代之介の盲目の剣士・浮寝丸が登場する。この千代之介は、印象的だった。私は子供の頃、錦・千代の映画をずいぶん観たと思うが、千代之介だけの印象で言えば、この浮寝丸が一番鮮やかに脳裏に残っている。浮寝丸は、悪の権化「されこうべ党」でありながら、決して悪者ではない。養母の黒刀自に操られているが、良心が時々目覚めて、悩みながら黒刀自に反抗する。久美と会ってからは、正義の心が芽生えて、傀儡ではなくなっていく。心静かに笛を吹いたり、黒刀自の呪いにかかって雷光に打たれながら悶え苦しんだり、浮寝丸は、大熱演だった。千代之介は、この盲目の剣士(剣盲という)の役柄をずいぶん工夫して演じたようだ。第二篇、第三篇と、錦之助と共演する場面はないが、錦之助が出ていない時は、千代之介が主役だった。第四篇でいよいよ錦之助の小四郎と千代之介の浮寝丸が刃を交える見せ場がやってくる。(つづく)



『紅孔雀』(その2)

2007-02-12 01:45:41 | 紅孔雀
 いつも錦之助の映画を観ていると、とりわけその映画で錦之助が初めて登場するシーンに注目する。初お目見えのシーンはどれもカッコいい。錦之助主演の映画はもちろんだが、東映のオールスター映画でも錦之助は颯爽と登場する。画面にパッと華が咲くとでも言おうか、錦之助のオーラが画面を覆い尽くすような印象を覚える。これは、私が錦之助ファンだから感じることかもしれないが、それだけでもないと思う。とくに東映映画は、錦之助の登場のさせ方に大変工夫を凝らしていたし、また、それに応えられるだけの華やかなスター性が錦之助にはあったということである。それに時代劇だから余計にカッコ良く見えたことも確かだろう。
 『紅孔雀』で錦之助の那智の小四郎が初登場するのは、海辺の岩場で家来の藤内(高松錦之助)と釣りをしているシーンだった。確か南紀の白浜でのロケシーンである。顔いっぱいに陽光を受けて、晴れやかで明るい錦之助が現れる。若々しい錦ちゃんだ。まだ頬のあたりに肉がついていないので、面長に見える。あごもすらっと伸びている。口もとにはあどけなさが感じられる。髪型は、総髪に一種のポニーテールで(茶筅と言うのか)、前髪を少し額に垂らしている。これは『ローマの休日』で有名になったヘップバーンカットの前髪の部分だけを真似たのだそうだ。(もちろんヘップバーンカットは、短く刈った後髪に特徴があるのだが…。)
 『紅孔雀』撮影当時、錦之助はやっと22歳になったばかりの頃で、若いお兄ちゃんといった感じだった。『紅孔雀』の那智の小四郎は、錦之助のやんちゃで利かん気な面と貴公子然とした品の良さと折り目正しさが実に良く表われていたと思う。それに動きやセリフにも錦之助の自信が窺われ、自由奔放に演じ始めたという印象を受ける。
 今改めて錦之助が主演した初期の東映映画を観ると、『笛吹童子』の菊丸はういういしいがまだ地に足が着いていないような頼りなさを感じ、『里見八犬伝』の犬飼現八は、颯爽としてすでに動きもきびきびしているが、それでもところどころで線の細さと固さを感じないわけにはいかない。しかし、『紅孔雀』になると、錦之助のみずみずしい清新さに力強さが加わって、錦之助らしい魅力が溢れ始めたと思う。それは、錦之助の力一杯演じる意気込みとカメラを気にしなくなった余裕とがうまく噛み合ってきたからなのだろう。『笛吹童子』が製作されるのは昭和29年の3月から4月にかけて、『里見八犬伝』が同年5月、そして『紅孔雀』が同年の秋から年末にかけてである。このわずか10ヶ月ばかりの間に、錦之助の成長は、ホップ・ステップ・ジャンプといった感じで、三段跳びしたような進歩を遂げる。
 最近『紅孔雀』全編を二回観て、私は、とくに第一篇の錦之助にその進歩ぶりを発見した。錦之助が自然体で伸び伸び演じているのだ。ありのままの錦之助の豊かな表情が見られるのも、第一篇である。第二篇以降は、ストーリーの展開が那智の小四郎中心ではなくなるので、錦之助の表情もパターン化してやや精彩を欠いてしまった気がする。第一篇の海辺での錦之助のファーストシーンから、久美との出会いの場面、信夫一角の投げた石礫(つぶて)を額に食らって家に帰り、家のみんなに言い訳をする場面など。この時の錦之助は、実に生き生きとしていて良かったと思う。セリフもユーモラスだった。「額に傷があったほうが男らしくて良いかもしれぬ。アッハッハ」とか、「姉上だって転ぶことがあるでしょ」とか、さりげなく言う錦之助のセリフには私も思わず笑ってしまった。(つづく)



『紅孔雀』(その1)

2007-02-08 17:31:17 | 紅孔雀

 『紅孔雀』のビデオを久しぶりに全部観た。通しで観ると4時間半ほどになる。一昨日の夜中に第一篇と二篇を、昨日の午後に第三篇・四篇・五篇と立て続けに観た。これで全編見終ったのだが、昨晩また初めから見直し、第三篇の途中まで観た。つまり、二日で『紅孔雀』を一周半観たわけである。今晩も続けて最後まで観るにちがいない。これで二周して、計9時間。このブログに記事を書いている間に、もう一周はするかと思う。もしかすると、さらに一周。いやはや、『紅孔雀』の秘密の鍵をめぐって、私もぐるぐる回っているような気がしてきた。
 こんなことを書くと、子供だましの映画を何度も観て、馬鹿じゃないか、と思う人もいるだろう。実は、私自身も内心そう思っている。しかし、『紅孔雀』という映画は、何度見ても面白い。飽きずにぶっ通しで観ることができる。それが不思議である。
 ストーリーは幼稚で馬鹿げている。が、この映画を観ていると、どうしたわけか、この年になっても意外にワクワク、ドキドキしてしまう。なぜなのか。もちろん、今の私は、子供の頃の純真な気持ちにはもう戻れない。落語の小言幸兵衛ではないが、映画を観てはケチばかり付けている不良中年である。錦之助への憧れも昔とは違う。
 思い出せば、私が那智の小天狗に成りすまし、チャンバラごっこをしていた子供時代は、半世紀も前のことである。私にとっては『笛吹童子』より、何と言っても『紅孔雀』だった。押入れにある唐草模様の大風呂敷を引き剥がし、それを身に纏って、那智の小天狗を気取った。錦之助の小天狗がそれに似たような柄物の着物を着ていたからである。輪ゴムをはめてチョンマゲを作り、おもちゃの刀を振り回して、家の中や裏庭や道路で遊んだ。近所の仲間のガキたちもそれに加わった。昔の思い出話はともかく、こうした原体験があるからなのだろうか、今でも、『紅孔雀』の奇想天外な冒険活劇の世界には、のめり込む。観ているうちにいつの間にか夢中になっている。ところどころで、『何だ、これは!』と感じ、馬鹿馬鹿しくなってハッと我に返る、というわけである。

 この二日間でタイトルバックに流れるあの主題歌はもう8回も聴いている。歌詞もメロディも耳にこびり付いて離れない。「まだ見ぬ国に住むと言う、紅き翼の孔雀鳥……」という例の歌である。『笛吹童子』の主題歌は物悲しく胸にしみるメロディだが、『紅孔雀』の「まだ見ぬ国に」は浪漫的とでも言おうか。どちらも作詞は原作者の北村寿夫、作曲は福田蘭童である。
 登場人物の顔と姿も頭に焼き付いている。いや、もう一度鮮やかに焼き付け直したと言った方が正確かもしれない。『紅孔雀』は、錦之助の那智の小四郎、高千穂ひづるの久美、東千代之介の浮寝丸、大友柳太朗の五升酒の猩々といった主役たちはもちろんだが、脇役たちの印象も強烈だった。まず、毛利菊枝が扮した黒刀自(くろとじ)という妖婆がすさまじい。仁王立ちして、小さな体を伸び上げながら大きな数珠を振り回し、呪文を唱えるあの姿は、忘れたくても永久に忘れられないだろう。子供の頃もそう感じたのだが、あの狂ったような姿を見るとこちらまで呪われたような気持ちになる。吉田義夫の網の長者(後半ではあこぎ大夫)も印象的だった。彼の異様な顔は見飽きない。妖術使いの信夫一角(しのぶいっかく)は、三条雅也にしては珍しく主演級の大役だったが、印象度から言うと今一歩か。憎憎しさは出していたが、個性的な悪役陣に囲まれると、見劣りがした。河合軍大夫(青柳竜太郎)とか鬼鮫(団徳麿)は悪役だが、ひょうきんで面白かった。
 味方では、風小僧(山手弘)とお艶(植木千恵)が断然可愛らしかった。ほかに、巨漢の坊主役を岸井明がやっていたが、昔なら笑えただろうが、今はどうだろうか。女優では、楓の和田道子と小四郎の姉の西条鮎子が出番も多く、いい役だった。が、高千穂ひづるのあの妖艶な輝きに圧倒されて、影が薄くなってしまったと思う。麻耶の星美智子もまあまあと言ったところか。
 話がそれて脇役陣のことばかり書いてしまったが、錦之助を初め、主演の面々については次回にお話したい。(つづく)