錦之助のラジオドラマ5本目で最後が昭和31年2月から放送が始まった「異国物語 ヒマラヤの魔王」だった。錦之助と千代之介が共演した唯一のラジオドラマである。二人は『笛吹童子』以降、映画では何本も共演していたが、ラジオで声だけで共演するのはこれが初めてであった。といっても、二人とも映画の撮影で非常に忙しかったため、録音はほとんど別々に行われたという。
ラジオドラマ「ヒマラヤの魔王」は、同じ映画の宣伝用に東映が肩入れして急きょ企画され、民放のラジオ東京によって制作された。内容は、ティーンエイジャー向きの冒険ロマン時代劇で、「異国物語」と副題が付いているように、NHKの「新諸国物語」を真似たものだ。原作者は大林清である。
錦之助は自著の「あげ羽の蝶」の中で、こう書いている。
――「ヒマラヤの魔王」は、何はともあれ、映画化の前にぜひやらねばならないことなので、二人とも(錦・千代)意を決してマイクの前に立つことになりました。
映画のほうは東映娯楽版中篇3部作として昭和31年のゴールデンウイークをはさんで公開されるが、ラジオドラマは同年2月から5月までの3か月間、月曜から金曜の夕方15分間の放送であった。スポンサーは不二家で、関東ではラジオ東京で午後5時30分より、関西は大阪の朝日放送とラジオ京都で午後5時20分より放送され、大変な人気を博した。当時子供たちの間で人気絶頂の錦之助と千代之介がラジオで共演したのだから当然である。ラジオ東京の番組では開局以来の大ヒットだったそうだ。
NHKのラジオドラマ「新諸国物語」は、昭和31年1月から第五話「七つの誓い」を放送中で、時間帯は月曜から金曜の夕方6時30分から15分だった。ということは、昭和31年2月から約3ヶ月間、錦・千代ファンの子どもたちは、夕方5時半から「ヒマラヤの魔王」を聞き、夕飯をとったあと、6時半から「七つの誓い」を聞いていたのだろう。
映画『ヒマラヤの魔王』三部作については回を改めてまた書きたいと思う。
ラジオドラマ「ヒマラヤの魔王」は、同じ映画の宣伝用に東映が肩入れして急きょ企画され、民放のラジオ東京によって制作された。内容は、ティーンエイジャー向きの冒険ロマン時代劇で、「異国物語」と副題が付いているように、NHKの「新諸国物語」を真似たものだ。原作者は大林清である。
錦之助は自著の「あげ羽の蝶」の中で、こう書いている。
――「ヒマラヤの魔王」は、何はともあれ、映画化の前にぜひやらねばならないことなので、二人とも(錦・千代)意を決してマイクの前に立つことになりました。
映画のほうは東映娯楽版中篇3部作として昭和31年のゴールデンウイークをはさんで公開されるが、ラジオドラマは同年2月から5月までの3か月間、月曜から金曜の夕方15分間の放送であった。スポンサーは不二家で、関東ではラジオ東京で午後5時30分より、関西は大阪の朝日放送とラジオ京都で午後5時20分より放送され、大変な人気を博した。当時子供たちの間で人気絶頂の錦之助と千代之介がラジオで共演したのだから当然である。ラジオ東京の番組では開局以来の大ヒットだったそうだ。
NHKのラジオドラマ「新諸国物語」は、昭和31年1月から第五話「七つの誓い」を放送中で、時間帯は月曜から金曜の夕方6時30分から15分だった。ということは、昭和31年2月から約3ヶ月間、錦・千代ファンの子どもたちは、夕方5時半から「ヒマラヤの魔王」を聞き、夕飯をとったあと、6時半から「七つの誓い」を聞いていたのだろう。
映画『ヒマラヤの魔王』三部作については回を改めてまた書きたいと思う。