錦之助ざんまい

時代劇のスーパースター中村錦之助(萬屋錦之介)の出演した映画について、感想や監督・共演者のことなどを書いていきます。

錦之助の笑顔

2008-01-03 02:26:04 | 錦之助ファン、雑記
 明けましておめでとうございます。多忙にかまけてブログの記事を書かないでいたら、あっという間に年を越してしまった。正月になり、そこで、何か書かなければという気持ちになってパソコンに向き合っている。さて、何を書こうか?今年最初の記事なので、特定の映画の感想ではなく、錦之助のあの素晴らしい笑顔について書いてみたいと思う。
 まず、錦之助が映画のラストで見せるあの明るい笑顔、満ち足りたような晴れがましい錦之助のアップの表情が私はたまらなく好きだ。錦之助はこれを真正面から見せる時もあり、少し横向き加減で見せる時もあり、また振り向きざまに見せる時もある。そのどれもが良いが、映画のラストで錦之助がこちらに向かって微笑んでくれるとああ良かったなあと思う。そして、この上なく幸福な気分に満たされる。単純かもしれないが、人が何と言おうと、構わない。
 錦之助の映画を観ていると、私は相当感情移入しているようだ。自覚症状もある。錦之助が、いや正確には錦之助の演じる主人公が、悲しい気持ちになると私もなぜか悲しくなる。錦之助が怒れば、私も怒りたくなる。彼が女性に恋すれば…、私もおおむねその女性が好きになるといった具合である。おおむねと言うのは、相手役の女優によっては私が好きになれない例外もあるといった意味である。たとえば、『青雲の鬼』や『親鸞』の相手役の女優はまったくダメ、『反逆児』の岩崎加根子はちょっと苦手である。のっけから話がそれてしまった。錦之助の笑顔についての話だった。
 たとえば、『一心太助・天下の一大事』のラスト。箱根かどこかの峠の頂だったと思う。日本晴れの空の下で、錦之助の将軍家光が、湯治に行く月形の彦左衛門と太助(これまた錦之助)を前にして、「じいを頼むぞ」みたいなセリフを言って、にっこり笑った表情が格別だった。『殿さま弥次喜多』(第三作)で、最後に殿様に戻った錦之助が将軍職を賀津雄に譲って駕籠に乗ってお国へ帰る時、錦之助の顔のアップが映し出されるが、あの時の「これでいいのだ」と納得して微笑む表情も抜群に素晴らしかった。『暴れん坊兄弟』で錦之助の名君がラストで家来の東千代之介をねぎらう時の愛情のこもったにこやかな表情も何とも言えず良く、この映画では友情出演のため錦之助の出番は少ないが、それでも殿様役の錦之助の印象は鮮やかだった。
 錦之助のこうした表情をどう言い表したら良いのだろうか。名君の慈愛に満ちた表情と言っただけでは、物足りない。錦之助は映画館に集まった観客みんなに向かって微笑みかけているとしか思えないのだ。舞台なら、「千両役者!」「日本一!」と声のかかるところだろうが、錦之助は派手なアクションをして見栄を切るわけではない。映画の大画面に映る明るい顔のアップだけで、観客をうっとりさせ、この上なく幸せな気持ちにさせてくれる。ちっともわざとらしくない、心暖まる笑顔である。スターの魅力と片付けてしまうのではもったいない。数あるスターの中でも錦之助の魅力は特別で、私は他のスターからは胸いっぱいに広がるああした幸福感を得られない。観ているわれわれを(決して私だけではあるまい)幸せいっぱいな気持ちにしてくれる錦之助というスターは稀有な存在なのだ。
 若き名君を演じさせたら、錦之助の右に出る役者は絶対にいないと思う。気品、愛情の豊かさ、人徳、素養、すべての点で錦之助の殿様はパーフェクトである。この名君の錦之助がニコッと笑みを浮かべると、下々(しもじも)の者はまるで仏様の笑顔を拝んだような気持ちになるのかもしれない。
 旅人やくざに扮した錦之助の笑顔も素晴らしい。私は『浅間の暴れん坊』の錦之助が好きなのだが、あの映画のラストシーンは妙に印象に残っていて、頭から離れない。錦之助はやくざの足を洗い、かたぎになって戻ってくるつもりで、故郷の母親(夏川静江)の元に許婚の恋人(丘さとみ)と長脇差を置いて、黙って旅に出て去っていこうとする。それを知った母親がその脇差を小脇にかかえ、許婚といっしょに懸命に追いかけて行くのだが、途中で息を切らしてしまう。もう追いつけないというところで、錦之助が二人の方を振り向き、破顔一笑。何も言葉をかけないが、「きっと戻ってくるから、安心して待っていておくれよ」と愛情のこもった笑顔をこちらに投げかけて映画は終わる。この錦之助の表情が惚れ惚れするほど良かった。
 『浅間の暴れん坊』の監督は河野寿一であるが、彼の映画では『独眼竜政宗』のラストシーンも絶品だった。白馬にまたがって凱旋する錦之助の若き伊達政宗が、追いすがる娘役の佐久間良子を肩越しに見て、「そなたの愛情は一生忘れぬ」といった笑顔で応えるのだ。このラストシーンを見ると、いつも私は胸がじーんとしてしまう。ハッピーエンドではないが、凛々しく男らしい錦之助の最高の笑顔の一つだったと私は思っている。