11月半ば、『任侠清水港』のクランクも佳境に入り、いよいよ森の石松が金毘羅代参の帰り道、都鳥兄弟らのだまし討ちに遭って、壮絶な最期を遂げる場面を撮ることになった。
映画で錦之助が敵役に斬られるのも初めてなら、立ち回りで東映剣会(つるぎかい)の斬られ役の面々に錦之助が斬られて殺されるのも、もちろん初めてだった。
石松が都鳥兄弟らと斬り合いをやる場面は二度ある。
まず、賭場へ向かう夜道、酔っ払った石松が都鳥の吉兵衛(山形勲)に後ろから出しぬけに斬られ、待ち伏せしていた数人のやくざ(保下田の久六の子分ら)も都鳥に加勢して、斬り合う場面である。ここでは石松は背中を斬られたうえに足も斬られるが、危ういところで竹藪に逃れて窮地を脱する。
そのあと、石松は小松村の七五郎夫婦(東千代之介と千原しのぶ)の家へ行き、かくまわれて傷の手当てを受ける。しかし、親友夫婦に迷惑がかかるのを気遣い、七五郎が引き留めるのも断って、石松は杖をつき足を引きずりながら去っていく。
そして、深夜の閻魔堂の前。閻魔堂の中に石松は隠れているが、保下田の久六の子分らが石松を捜しながら、大声で次郎長と自分の悪口を言っているのを聞いて、我慢できずに飛び出して、斬り合いが始まる。すぐに都鳥兄弟らも駆けつけ、やくざ約十人を相手に、負傷した石松一人が死闘を繰り広げる。
石松のこの最期の場面をどのように撮影するか、これが一番の問題であった。
比佐芳武が書いた脚本では、この場面はこうなっていった。
吉兵衛「野郎、こんどこそは逃さねえぞ」
石松「なにをぬかしやがる。そいつァこっちのセリフでえ!」
凄烈な乱斗になったが、石松はついにズタズタに斬られ、がっくりと倒れ伏して、
石松「お、親分!」
監督の松田定次は、脚本に書かれてある「凄烈な乱斗」と「ズタズタに斬られ」という部分を実際どのように撮影するかについて頭を悩ませていた。
錦之助は今や東映の宝とも言うべき看板スターであり、とくに子供や若い女性たちから圧倒的な人気を得ているアイドル的存在である。その錦之助を立ち回りで無残に斬り殺させたとしたら、きっと多くのファンから反感を買うにちがいない。しかも、正月に全国の映画館で封切られる総天然色のオールスター映画で、錦之助が殺される場面を上映することはどうなのだろう。縁起が悪いだけではすむまい。監督の自分だけでなく東映本社がごうごうたる非難を浴びるのは目に見えているのではなかろうか。
松田は二度目の立ち回りは簡単に済ませ、斬られるところも省いて、石松が死ぬことの生々しさはできる限り避けようと考えた。
しかし、錦之助本人はどう考えているのだろうか。石松を演じることにものすごい意欲を向けている錦之助なのだ。撮影前に一応錦之助の意見をきいてみないわけにもいくまい、と松田は思った。
映画で錦之助が敵役に斬られるのも初めてなら、立ち回りで東映剣会(つるぎかい)の斬られ役の面々に錦之助が斬られて殺されるのも、もちろん初めてだった。
石松が都鳥兄弟らと斬り合いをやる場面は二度ある。
まず、賭場へ向かう夜道、酔っ払った石松が都鳥の吉兵衛(山形勲)に後ろから出しぬけに斬られ、待ち伏せしていた数人のやくざ(保下田の久六の子分ら)も都鳥に加勢して、斬り合う場面である。ここでは石松は背中を斬られたうえに足も斬られるが、危ういところで竹藪に逃れて窮地を脱する。
そのあと、石松は小松村の七五郎夫婦(東千代之介と千原しのぶ)の家へ行き、かくまわれて傷の手当てを受ける。しかし、親友夫婦に迷惑がかかるのを気遣い、七五郎が引き留めるのも断って、石松は杖をつき足を引きずりながら去っていく。
そして、深夜の閻魔堂の前。閻魔堂の中に石松は隠れているが、保下田の久六の子分らが石松を捜しながら、大声で次郎長と自分の悪口を言っているのを聞いて、我慢できずに飛び出して、斬り合いが始まる。すぐに都鳥兄弟らも駆けつけ、やくざ約十人を相手に、負傷した石松一人が死闘を繰り広げる。
石松のこの最期の場面をどのように撮影するか、これが一番の問題であった。
比佐芳武が書いた脚本では、この場面はこうなっていった。
吉兵衛「野郎、こんどこそは逃さねえぞ」
石松「なにをぬかしやがる。そいつァこっちのセリフでえ!」
凄烈な乱斗になったが、石松はついにズタズタに斬られ、がっくりと倒れ伏して、
石松「お、親分!」
監督の松田定次は、脚本に書かれてある「凄烈な乱斗」と「ズタズタに斬られ」という部分を実際どのように撮影するかについて頭を悩ませていた。
錦之助は今や東映の宝とも言うべき看板スターであり、とくに子供や若い女性たちから圧倒的な人気を得ているアイドル的存在である。その錦之助を立ち回りで無残に斬り殺させたとしたら、きっと多くのファンから反感を買うにちがいない。しかも、正月に全国の映画館で封切られる総天然色のオールスター映画で、錦之助が殺される場面を上映することはどうなのだろう。縁起が悪いだけではすむまい。監督の自分だけでなく東映本社がごうごうたる非難を浴びるのは目に見えているのではなかろうか。
松田は二度目の立ち回りは簡単に済ませ、斬られるところも省いて、石松が死ぬことの生々しさはできる限り避けようと考えた。
しかし、錦之助本人はどう考えているのだろうか。石松を演じることにものすごい意欲を向けている錦之助なのだ。撮影前に一応錦之助の意見をきいてみないわけにもいくまい、と松田は思った。