錦之助ざんまい

時代劇のスーパースター中村錦之助(萬屋錦之介)の出演した映画について、感想や監督・共演者のことなどを書いていきます。

『若き日の次郎長 東海の顔役』

2006-05-03 14:08:39 | 若き日の次郎長 東海の顔役


 「元気をくれる」映画というのがある。観ているうちに、気分が晴れて、心が躍り、元気が湧いてくる映画のことだ。誰でもこうした映画のDVD(ビデオ)を持っていて、折りにふれ、観ているのではないだろうか。私の場合、錦之助の『若き日の次郎長 東海の顔役』(昭和35年)が、私に「元気をくれる」映画の一本である。
 錦之助が初めて清水次郎長に扮し、タイトルにもある「若き日の次郎長」シリーズの第1作となった映画である。監督はマキノ雅弘。錦之助とマキノのコンビもこれが4本目だった。この映画は、次郎長が米屋の若旦那からやくざになり、子分を次々と従えて、清水一家を興すまでの話を描いている。錦之助の次郎長がいっぱしの親分になっていく過程、それと並行し、丘さとみのお蝶と相思相愛になり、女房にするまでの過程、この青春のサクセス・ストーリーが魅力的である。
 そう感じるのは、個人的な私の好みが反映しているような気もする。私は立志伝のような話がもともと好きで、一人の若者が青雲の志を立て、世に出て、人の上に立つリーダーになっていく過程にすごく惹かれてしまう。錦之助が演じたやくざの役では、もちろん、風間の銀次もりゃんこの弥太郎も忠太郎も彌太ッペも時次郎も素晴らしいが、彼らは一匹狼的なやくざである。次郎長は、旅人やくざとは違い、多くの子分たちを率いる一家の親分であり、やくざ社会を越え、庶民のために尽くすリーダーでもある。こうした立派な親分を目指す若き日の次郎長、これを演じる錦之助は、いわゆる「ニン」に合っていて、大変良い。仲間と心を通わせ、人々と連帯するような社会的な人物を演じた錦之助である。

 錦之助の明るさ、気風の良さ、口の悪さ、人への思いやり、女への優しさ、目上の人への尊敬心、度胸の良さ、行動力、気品、貫禄など、「若き日の次郎長」シリーズには錦之助のエッセンスがすべて詰まっている。とくに第1作『東海の顔役』での元気溌剌、やる気満々の錦之助の次郎長は、最高である。映画が始まって、登場した錦之助の歯切れ良さといったら、他に類を見ないと私は思うのだが…。丘さとみのお蝶とのやりとりなど、地のまま、錦ちゃんが丘チンと接している普段の姿そのままだったのではないかと思えてしまう。子分たちの輪の中に入っている親分錦之助の様子も撮影中の雰囲気そのままだったように感じる。マキノ監督と錦之助が中心になってスタッフ全員が和気藹々と映画を作っている有様がひしひしと伝わってくるのだ。次郎長一家が親分衆の花会に殴りこみ、大立ち回りをした後、「勝った、勝った」と大喜びし、子分たちが次郎長を胴上げする場面があるが、ここは多分脚本になく、即興だったのではないだろうか。

 共演者について触れておこう。第1作『東海の顔役』では、次郎長一家に石松も大政も小政も関東綱五郎もまだ入っていない。
 まず、お蝶の丘さとみは可愛く、ほっぺにチューしたくなるほどである。
 また、法印の大五郎は例のごとく田中春男で、錦之助とのからみが笑える。桶屋の鬼吉の加賀邦男は、多分名古屋弁だろうが、どこの方言だか分からないしゃべり方が面白く、増川の仙右衛門は平幹二朗で、柄になく滑稽な味を出していた。
 追分の三五郎の東千代之介はゲスト出演といった感じだったが、颯爽としていて絵になっていた。
 次郎長の父親が月形龍之介、大前田英五郎が大河内伝次郎という両御大で、貫禄十分、存在感はさすが。悪役の親分は山形勲、阿部九洲男で、相変わらず憎憎しい。
 ほかに、薄汚くみじめな浪人役に原健策。いつもと違う役だが、さすが芸達者。その娘役の大川恵子がこれまた印象的で、この父娘コンビは助演賞に値する出来だった。大川恵子は、後半に売られた遊女の役で再登場するが、錦之助と再会するシーンがなんとも切なく、哀れである。美しいお姫様役の大川恵子でなく、こういう彼女もイイなあと感じる。

 この映画、マキノ監督の映像構成のうまさも随所に発揮されている。テンポが良く、シーンの転換も実に巧みなのである。
 ワンカットのパン撮影のあざやかさはキャメラマンの坪井誠の得意技であるが、とくにファースト・シーンとラスト・シーンは見事の一語。富士山の遠景から瓦屋根を伝わって、斜めにパン・ダウンし、中庭で子供同士が相撲を取っている所が映り、行司をやっている次郎長の錦之助が登場するまで、これがワンカットのファースト・シーン。ラスト・シーンは、同じ中庭で次郎長がお蝶と再会し、プロポーズして互いに抱き合う所から、カメラが引いて行き、斜めにパン・アップし、瓦屋根を伝わって、最後に富士山の遠景を映す。初めも終わりも富士山とは(合成写真であるとはいえ)、誠に晴れやかですがすがしい気持ちになる。
(2019年2月4日改稿)