錦之助ざんまい

時代劇のスーパースター中村錦之助(萬屋錦之介)の出演した映画について、感想や監督・共演者のことなどを書いていきます。

『丹下左膳 飛燕居合斬り』

2006-04-23 20:24:33 | 丹下左膳 飛燕居合い斬り


 監督五社英雄には最初の、主演中村錦之助(萬屋錦之介ではなく)には最後の、東映作品だったからであろうか、『丹下左膳 飛燕居合斬り』(昭和41)は、両者の意気込みがぶつかり合って火花を散らすような映画である。こういうのを息もつかせぬ痛快娯楽活劇というのだろうか。よくもまあ、次から次へと見せ場を作り、これでもかこれでもかと並べたものだ。斬って斬って斬りまくる! しかも、ケレン味たっぷり。
 いやはや、この頃の五社英雄は過激だった。リアリティ、残虐な描写、スピード、徹底した娯楽性、無思想、破壊性、エロ…、何もかも作品の中にぶち込んで、観る者の度肝を抜くサディスティックな映像感覚が際立っていた。この映画には、彼の過激さが随所に盛り込まれている。その良し悪しはともかく、また好きか嫌いかは別として、こんな映画を見てしまうと、麻薬中毒みたいになってしまう。これは刺激の強いアブナイ映画だ。それ以前の東映時代劇が古き良き時代のレトロの娯楽作品のように思えてくるから不思議だ。時代の移り変わりを感じないわけにはいかない。五社英雄アンド錦之助の『丹下左膳』は、今見ても鮮烈で尖鋭的である。
 
 丹下左膳は、知っての通り、隻眼隻手(正確には左目一個左腕一本)だから、立ち回りはもちろん、演技も大変である。錦之助の丹下左膳は、この映画一本きりであったが、実にサマになっている。精魂込めて役作りに打ち込んだにちがいない。錦之助の左膳、もっと見たかったと思うが、それも叶わぬ願いか。
 私らの世代で言うと、リアル・タイムで観た左膳は大友柳太朗。左膳は大友と決まっていた。大河内伝次郎が演じた戦前の左膳は知らない。阪妻の左膳、水島道太郎の左膳はどこかで見たことがある。最近の豊川悦司、中村獅童のは見ていない。さて、大友の左膳は顔がでっかく、開いた片目も大きくて…、刀さばきはナタを振るうようで迫力満点だった。口が回らず、しゃっちょこばっていたが、ユーモラスで人間味のある無頼の浪人が大友の左膳のイメージだった。
 錦之助の左膳はどうか。大友とは全然違う。顔も目も小さく、動作はきびきびしていて、刀さばきは速くて鋭い。やくざっぽい口ぶりで、ユーモラスなところはなく、凄みがあって近寄りがたいイメージである。大友の左膳は男の色気はないが、錦之助の左膳には色気がある。櫛巻お藤の淡路恵子が本当に惚れるのも当然だという感じがする。

 ストーリーは相変わらず。登場人物も同じ。左膳が手に入れた「こけ猿の壷」をめぐって、柳生一派と公儀の隠密たちが奪い合いをするというお話。チョビ安、お藤、与吉、萩乃、柳生源三郎、柳生対馬守、蒲生泰軒、愚楽老人、そして、大岡越前、徳川吉宗までが登場。出演者では、元左膳の大友柳太朗が大岡越前に扮して最後に出てくるのも見どころ。
 ちょっと変わっていると思ったのは、左膳の過去、つまりなぜ左膳が隻眼隻手になったかを説明する場面を、映画のプロローグに置いたことだ。こうした前置きは、確かほかの丹下左膳の映画にはなかったような気がする。私は 林不忘の原作を読んだわけでもなく、左膳のすべての映画を見たわけでもないので、よく分からないが、これは五社英雄のアイディアだったのではないかと思う。この映画はケレン味たっぷりだったと前に述べたが、五社英雄という監督は、見せたいシーンを中心にプロットを組み立てていくところがある。左膳の刀を握った腕がぶった斬られて宙に飛び上がる映像。五社はきっとこの映像が見せたくて、わざとプロローグを加えたのではないのだろうか。「その一年後」となって本格的に話は始まるが、丹下左膳をどうカッコよく登場させるかにも苦心の跡が見られた。ただ、タイトル・バックで女をムチで叩いて拷問するシーンは、コケおどしで、何の意味もなかった。一発かましてやろうといった下心まる見えである。
 この映画、剣戟のすさまじさは抜群で、それだけでもスゴいと思うのだが、五社英雄のあり余るサービス精神も(ハッタリ精神ともいえ、やり過ぎのこともあるが)、うまく生かされた。前半では「こけ猿の壺」を奪い合う格闘シーンがまるでラクビーのボール回しのようで面白かったし、後半では、お藤(淡路恵子)が大勢集まった警護の者たちの注意を引き付けようと走り出し、着物を一枚一枚脱ぎ捨て、まっ裸になる(もちろん吹き替え)。時代劇にストリーキングとは驚いた。
 
 初期の五社英雄の作品が実を言うと私は好きなのである。思えば、五社が一躍脚光を浴びたテレビ時代劇「三匹の侍」(昭和38年~40年)を私は毎週欠かさず観ていた覚えがある。小学5、6年の頃だった。その後、五社は映画監督になり、映画版『三匹の侍』(昭和39年、松竹)を皮切りに、次々に斬新な時代劇を作っていったが、この『丹下左膳』もその1本である。(2019年2月5日一部改稿)