錦之助ざんまい

時代劇のスーパースター中村錦之助(萬屋錦之介)の出演した映画について、感想や監督・共演者のことなどを書いていきます。

『怪談千鳥ヶ淵』

2006-08-09 23:59:18 | 悲恋物

 錦之助主演の怪談映画が一本ある。『怪談千鳥ヶ淵』(昭和31年7月公開)である。「薄雪太夫より」という副題が付いているが、これは北条秀司(「王将」で有名)が新派のために書いた『薄雪太夫』が原作だからで、当時評判を呼んだ芝居でもあったようだ。北条秀司のこの脚本を八尋不二がシナリオ化し、小石栄一が監督、三木滋人が撮影したのがこの映画である。錦之助の映画で幽霊の出てくるものは、ほかにも後年に『殿さま弥次喜多・怪談道中』や『江戸っ子繁昌記』があるが、本格的な怪談映画といえば『怪談千鳥ヶ淵』だけであろう。
 実を言うと、私は錦之助ファンでありながら、この映画をずっと観ていなかった。どうせ子供だましの馬鹿げた映画だと思って、観なかったのだ。三ヶ月ほど前、錦之助の自伝を読んで、この映画で共演した千原しのぶのことや撮影中の苦労話などについて知り、興味を覚えた。そこで、ビデオを買った。が、封もあけずに、ほうって置いた。夏になり、寝苦しい深夜にひとつ怪談映画でも観てやろうかと思い、部屋を真っ暗にして、初めてこの映画を観た。
 もちろん、恐くなかった。恐くなかったけれども、観終わって、なかなかいい映画だったなーと感心した。映画の出来が期待以上に良かったのだ。これは、昭和31年製作の古い映画だが、当時としては数少ないカラー映画だった。東映ご自慢の総天然色、イーストマン・カラーである。しかし、天然色といっても本当は決して天然ではなく極めて人工的な色合いをしている。が、かえって、その絢爛さ、色あざやかさが、私みたいな東映時代劇ファンにとってはたまらない魅力なのである。祭りの夜店を見ているようで、その華やかさに引き付けられてしまう。錦之助の出演したカラー映画としては、オールスター映画『赤穂浪士』(昭和31年1月)に続いて二本目だが、主演作としては初めてだった。東映が金をかけ、力を入れて作った映画だったようだ。本邦初、総天然色の怪談映画という触れ込みも付いている。しかし、怪談映画なのになぜ色付けなのだろうか、と私は観る前に少し不安になった。したたる血でも見せようというのか、安っぽい映画なら嫌だなーと感じながら、ビデオを挿入した。が、観ていくにつれて、色彩の美しさだけでなく、内容にも引き込まれていった。
 
 この映画、怪談とは言うものの、若い男女の心中話と母子家庭の人情話をうまくミックスしたようなストーリーだった。江戸時代の京都が舞台で、錦之助の役は、美之助という呉服屋の手代である。これが、頼りなさそうな若いヤサ男で、『浪花の恋の物語』の忠兵衛をもっとナヨナヨとさせたタイプだった。おい、錦之助がこんな役かよー、と内心思ったが、それも初めだけで、慣れていくと抵抗感もなくなった。純情な美之助が結構イケルのである。
 さて、どうした経緯でそうなったのかは知らないが、美之助は、薄雪という伏見の遊女(千原しのぶ)に熱を上げている。薄雪も美之助に惚れていて、相思相愛の仲なのだが、夫婦になりたくてもなれない。美之助には金がないし、薄雪には身請け話が持ち上がって、もうダメだということになり、心中をはかる。ここまではよくある話だ。実はここからドラマが始まる。
 沼に身投げして心中したものの、薄雪は死に、美之助は助かってしまう。抜け殻のようになってしまった美之助。それを母親が必死で立ち直らせようとする。この母親役が浪花千栄子で、さすがは名女優。彼女が登場すると、映画がぐっと真実味を帯びてくる。錦之助と浪花千栄子の共演は、『独眼竜政宗』のときの政宗と乳母が印象に残っているが、この映画の二人もまた良かった。美之助をこんこんと説き伏せる時の浪花千栄子の演技の素晴らしさ。母の情がこもり、しかも苦労人の味がにじみ出ている。関西人ならではの演技だと思った。
 ここで、美之助は母一人子一人で育ったことが分かる。本当は母親思いの息子だったのだ。現代風に言えば、美之助は、母子家庭に育ったマザコンのような若者である。こう解釈すると、美之助の行動もよく理解できる。心中をはかって自分だけが死ねなかったのも、母親のことが心残りだったからなのだ。美之助はそのことに気づいていて、もだえ苦しむ。が、母親の励ましもあって、立ち直り、また真面目に呉服屋で働き始める。心中に失敗した美之助に対し、何のお咎めもないのは不思議に思ったが、それは許すとして、ある日、大店(おおだな)の娘を助けたことが縁で、この娘に一目惚れされてしまう。相手方から縁談申し込まれ、母親のたっての願いもあって、美之助はいやいやながらこの娘と祝言を挙げる。初夜の寝所でのこと。ここから怪談が始まるが、あとは見てのお楽しみということにして…。
 千原しのぶが良かったことをぜひ付け加えておきたい。なんとも美しい幽霊なのである。細身でひょろひょろとしていて、首も顔も長く、顔に翳があり、幽霊にはぴったりだった。首が伸びれば、例のロクロ首というやつになるだろう。こんな艶やかで美しい遊女の幽霊なら、雪の中だろうが、沼の底であろうが、魅せられて付いていってしまうなー。雪の降る夜、遊郭の一室で幽霊の薄雪(千原しのぶ)が舞いを踊るシーンが見せ場だった。そして、心中した沼の縁へと美之助をいざない、二人が最後の契りを結ぶラスト・シーンは見ごたえ満点で、合成樹脂で作った人工雪が鼻や喉に詰まって苦労した(錦之助の自伝に出てくる)といった気配など、全然感じなかった。




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4 コメント

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夏はやはり怪談物 (青山彰吾)
2006-08-11 12:12:37
 この作品、30年前にニュープリントでリバイバル上映されましたよね。ご覧になってませんか? 併映は加藤泰監督の「怪談お岩の亡霊」と河野寿一監督の「怪談番町皿屋敷」。まさに真夏の怪談映画特集で、東映には珍しい企画でした。繋ぎの番組ですが、あのころ、東映は実録ヤクザ映画以後のカラテ映画や「トラック野郎」シリーズ、アクション映画などが中心でしたが、作品数が減っていたのでしょうね。

 もちろん、ボクのお目当ては「怪談お岩の亡霊」でしたが、この「怪談千鳥ケ渕」は背寒さんのご指摘通り、人工色の強い「総天然色」でしたよね。まだカラー撮影の技術が進んでいなかったためか、ものすごくライトを明るくしており、きっと役者さんたちにとっては酷暑の撮影だっただろうことがしのばれました。

 で、肝心の内容は、というと・・・つっころばしの錦之助が終始、気の晴れない悩ましげな表情をしていたなぁ・・・と記憶しているくらいで、よく憶えていません^^



 先日のプラネットとの合同企画のお知らせ、ありがとうございました。代表の安井さんとはボクの友達(ブログ中にある健さんのハッピを作ったヤツ)が親しく、ボクも会員にこそなっていませんが、昔、よく加藤泰特集でプラネット(昔は南森町にありました)に通ったことがあります。都合がつけば参加したいと思います。

 中崎町から南森町周辺の散策と五十冊ものおみやげ。いいですね。あの界隈は昔の職場の近くだったので、背寒さんの言われる雰囲気よくわかります^^
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怪談 (背寒)
2006-08-11 19:57:41
30年前というと、もう映画館へ行かなくなった頃ですね。東映の映画は「仁義なき戦い」シリーズまでは観ていましたが、そのあたりから離れました。錦之助も萬屋錦之介に改名し、深作監督の大作時代劇に出るようになって、ファンでなくなりました。また錦之助ファンになったのは、20年後、亡くなってからです。

ところで、加藤泰監督の「怪談お岩の亡霊」は観ていません。私は怪談映画とかはあまり観ない方なので…。新東宝のそのテの映画は学生時代に池袋で何本か観た記憶がありますが、印象に残っていません。でも落語の怪談噺はたまに聴きます。

洋画もホラーはめったに観ません。ヒッチコックとかクルーゾーのサスペンス映画なら大好きですが…。

大阪ではちょうど天神祭の前で、にぎやかな天満あたりをウロウロしてました。あの辺は古本屋があちこちから集まってきているようですね。神田なんかよりずっと安いので驚きました。

そう、この間青山さんのブログに、「化け猫映画」のことが書いてありましたね。大阪で「入江たか子」というタイトルの伝記本を買ったので、今度読もうと思っています。あの人は女優としては大したことなさそうですが、入江若葉は大好きなので、その関係で母親の方も調べようかなー、なんて思っています。

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黒髪 (どうしん)
2006-08-11 22:40:36
この古い映画はニュープリントされていたんですね。私の持っているビデオは画像がきれいですので、ニュープリントされてたものなのでしょう。当時観た記憶だけはありますが、内容に

関してはすっかり忘れていました。心中した場所が伏見の古沼という設定でしたが、映画の題名に、どうして”千鳥ケ淵”という名がついているのか? 私はいつの間にやら、お江戸の話と思い込んでいたようです。昔観たときは、薄雪太夫が「黒髪」を踊っていることも気づかず知らなかったと思うのですが、ビデオを買って観たときは、踊りが「黒髪」だったことにびっくりしました。私はSP盤の長唄「黒髪」を持っていますが、残念なことにプレーヤーの故障で今、聞くことができないんですが、HPで地唄の「黒髪」の歌詞を見つけたので・・・下記に



黒髪の むすぼれたる 思ひをば とけてねた夜の 枕こそ ひとり寝る夜の 仇枕 袖はかたしく つまじゃといふて ぐちな女子の心としらず しんとふけたる 鐘のこえ ゆうべのゆめの けささめて ゆかし 懐かし やるせなや 積もるとしらで つもる白雪



地唄の中で、最も愛されている曲の一つです。

恋しい人に捨てられた女の淋しさを舞います。

雪の降る夜、一人で過ごしながら、女は、黒髪をくしけずります。そして、昔のことを思い出し、去っていった人のおもかげを求めても得られぬわびしさに、そっと涙します。

外には雪が、しんしんと降り積もります。



以上解説付きで拝借しました。

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千鳥ヶ淵 (背寒)
2006-08-12 20:48:22
皇居のお堀に同じ名の場所があるので、私も江戸の話かと思っていました。千鳥ヶ淵って、伏見にある古い沼の名前なんでしょうかね?まあ、どうでもいいですが…。「薄雪太夫」より「怪談~淵」の方が恐い感じがするんで、タイトルを変えたのでしょう。

薄雪が化けて出てきて踊る舞は「黒髪」というのですか。そんな有名な地唄だとは知りませんでした。歌詞と解説、ありがとうございます。ずいぶん未練のこもった唄ですね。「衣かたしきひとりかも寝む」ってやつですか。映画では、舞のバックで何を唄っているのかよく聞き取れませんでした。

千原しのぶは日舞をずっとやっていただけあって、イイ感じでしたね。(実を言うと、うまいのかどうかよく分かりませんけど…)へえ、SP盤や蓄音機をまだお持ちだとは驚きましたね。
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