錦之助ざんまい

時代劇のスーパースター中村錦之助(萬屋錦之介)の出演した映画について、感想や監督・共演者のことなどを書いていきます。

近況報告―怒り心頭に発する

2010-10-31 00:00:06 | 錦之助映画祭り
 京都にいる時、とんだ手違いが起った。
 「錦之助映画祭り2010」のリーフレット(チラシ)が18日の月曜に出来るので、印刷所からその日に新文芸坐へ約1万部を納品し、そのうち500部を私のいるT・ジョイ京都へ新文芸坐から宅急便で送ってもらうことにしていた。リーフレットを錦之助映画ファンの会員と関係者へ京都から発送しよう思い、私は京都へ行く前の日に宛名シールと同封物をコピーし、用意を整えていた。茶封筒は手荷物に入れるとかさばるので、京都の100円ショップで大量に買った。19日の火曜にはリーフレットが京都に届くはずなので、宿泊していたホテルで封筒に宛名シールを貼り、ウラにファンの会のゴム印を押し、さあ、後はリーフレットを入れて封詰めするだけという状態で待っていた。それが、新文芸座のスタッフから宅急便を月曜に出すのを忘れたという電話が入った。一日遅れるが、その時は仕方がないと思った。
 20日の水曜の昼過ぎにようやくリーフレット500部の包みがT・ジョイ京都に届いた。早速T・ジョイのロビーの片隅に出してもらった机で封詰めをしようと、包みを開け、出来具合を見ようとリーフレットを手にした瞬間、唖然とした。
 錦ちゃんの顔(片目がまだ潰れていない独眼竜政宗)のある表紙と時間表のあるウラ表紙が左右逆になっているではないか!折りが右側に来てしまい、表紙を左から右に開ける形になっている。中のページが縦書きならいいのだが、リーフレットの文章は横書きなので、これではまずい。一番最初のいわゆる面付けを間違えている。印刷会社としてはごく初歩的な、あり得ないミスである。
 「怒り心頭に発する」という表現があるが、その時の私はまさにそうした状態だった。私が仕事を頼んでいる印刷会社の若い担当者が不注意だったためだ。
 すぐにその担当者へ電話して、刷り直しを命じた。彼の顔は見えなかったが、きっと顔面蒼白だったにちがいない。これは完全に印刷会社のミスだから、12000部、翌日の夕方までに刷り直すことになった。もちろん、費用はあちら持ちだ。
 次に新文芸坐に電話を入れた。新文芸坐のスタッフにも私は腹が立った。月曜日にリーフレットが届いた時に、表紙と折りの位置がおかしいことに誰か気付きそうなものだ。私に電話をして来た時に、それに気付いて教えてくれれば、もっと早く手が打てただろうし、すでに都内の映画館に送ったリーフレットを回収しなくてすんだはずである。要するに、私が苦労して作ったリーフレットをスタッフが誰もしっかり見ていないということなのだ。電話をするとスタッフの中でも若手のGさんが出た。彼の言い分がふるっていた。というよりも、私はあきれてしまった。
 「ちょっとおかしいとは思いましたが、そういうチラシもよくあるんで……」
 面付けを間違えていても、刷り直しをしないで、そのまま配ってしまうらしいのだ。
 「それで、都内の映画館には全部でどのくらい送っちゃんたんだ?」と私。
 「いや、まだ送っていなくて、今日の夕方送ることになっているんです。今のところ館内に置いているだけです」
 私はそれでなくても腹が立っているのに、新文芸坐のスタッフのていたらくに対し、火に油を注がれたように激怒した。リーフレットをできるだけ早く配布しようと徹夜をして急いで作ったのに、そして月曜の午前中には新文芸坐へ届くように手配したのに、何たることか!実はGさんが責任者ではないので、チーフの矢田さんを電話に出すようにと言った。矢田さんは遅番なので、まだ出勤していないとのこと。
 「ともかく、明日の夕方、刷り直しがそちらに届くので、前のやつは映画館へは送らないように。それから私の分は、もう京都へ送らなくてもいいから」と私はGさんに指示を出した。
 しばらくして、チーフの矢田さんから電話が来た。彼は謝りもせず、言い訳ばかりして、責任を人に押し付けるので、「バカヤロー!」と怒鳴りつけて電話を切った。
 ロビーに円尾さんが来たので、事情を話すと、彼は結構冷静で、
 「いちばん悪いのは印刷会社ですよ。新文芸坐のスタッフはみんな忙しいんだから、しょうがないですね」と言う。まだほかの映画館へ発送していないのは、不幸中の幸いだった、みたいな言い方をする。確かに円尾さんの言う通りかもしれない。
 後で、円尾さんに聞くと、私が怒鳴って電話を切った後に、新文芸坐の矢田さんから彼の携帯に電話がかかって来たそうだ。
 「Fさん(私のこと)は今、頭に血が上っているから、一日置いて明日にでも電話をかけ直したほうがいいですよ、と矢田さんに言っておきました」と彼。
 翌日の夕方、矢田さんから電話があったが、私は映画を観ている最中だったので、電話に出られなかった。
 留守電を聞くと、「刷り直しが先ほど届き、発送も済ませましたので、ご心配なく」とのメッセージ。
 
 長々と書いたが、錦之助映画ファンの会の会員のみなさんに「錦之助映画祭り2010」のリーフレットが届くのが一週間も遅れてしまった顛末である。結局、リーフレットは京都から発送できず、かさばる封筒一式を東京へ持ち帰り、23日の土曜の午後に封詰めを終え、発送した次第。左右逆の欠陥リーフレットはどうしたかと言うと、京都に送ってきた分は、知り合いやお客さんに差し上げてしまった。高知で上映活動をやっている岡本さんと京都大学で映画論を教えている先生がみんなに配ってくれると言うので、それぞれ200部ずつ持って行った。新文芸坐の分は、印刷会社が引き取って処分したと思う。
 

近況報告―京都での上映会のことなど(そのニ)

2010-10-29 18:10:07 | 錦之助映画祭り
 京都での上映会を企画して催したのは今度が三度目だった。「三度目の正直」の意気込みでの再挑戦したのだが、またもや赤字を出す結果になってしまった。昨年4月、祇園会館での「錦之助映画祭り」オープニング、続いて6月、京都シネマで一週間催した「錦之助映画祭り」、そして今回の「吐夢、月形回顧上映会」と、すべて20万円以上の赤字を出してしまった。が、同じ赤字でも、率直に言って一番盛り上がらなかったのが今回の上映会だった。

 祇園会館の時は、土曜日を丸一日借り切って、大々的にオープニングの催しを行った。主催は錦之助映画ファンの会。「曽我兄弟 富士の夜襲」「独眼竜政宗」「浪花の恋の物語」の3本立てで、すべてニュープリント。トークゲストに有馬稲子さんを迎え、聞き手は中島貞夫監督。この日は有馬さんのトークショーに250名ほど集った。「京都での興行は難しいぞ!」と最初京都でのこの催しに消極的で、その後いろいろ忠告してくださった中島監督が、「このくらいお客さんが集れば上等だよ」とおしゃってくれた。私はそれでも不満だった。祇園会館は500名入るホールなので、半分の入りでは空席が目立ち、寂しかった。が、今にして思えば、中島監督がやってる京都映画祭に負けないくらいお客さんが集ったので、これでも成功の部類だったかもしれない。京都での50年ぶりの「錦ちゃん祭り」だったこともあり、有馬稲子さんがわざわざ横浜からトークショーのためにいらしてくださったのが、大きかった。

 京都シネマでは館主の神谷雅子さんの協力を得て、一週間に7本の錦之助映画を上映した。ここは小さなシネコンで、100名ほど入る一室を朝から夕方まで独占して、上映会を行った。トークショーも毎日催した。初日(土曜)は今は亡き千原しのぶさんだった。千原さんのトークの時だけは満員で、他のトークショーは30名前後の入りだった。映画の上映時は多くて50名、少ないと10名くらい。平日はガラガラだという印象を受けた。最終日に、中島監督を交え、神谷さんと私で反省会を開いた。京都シネマの会員(確か2000人以上いるはず)は20歳代から40歳代までがほとんどで、昔の東映時代劇には関心が薄いという結論であった。

 ところで、今回の「吐夢、月形回顧上映会」は、当初京都シネマで一週間予定していたのだが、夏前にT・ジョイ本社から私の所へ連絡があり、6月にオープンしたT・ジョイ京都でやらせてくれないかという申し出があった。京都シネマの神谷さんも、同じ京都に東映系のシネコンができた以上、今回はそちらでやった方が好ましいという判断だった。そこで、T・ジョイ京都で、東映時代劇傑作選(その一)というサブタイトルを付けて、上映会を行うことになったわけである。

 経緯の説明が長くなった。
 ともかく、三度目の正直は、見事な失敗に終ってしまった。上映会の初日のお客さんの入りを見て、これじゃダメだと感じ、二日目(日曜)の『宮本武蔵』の上映に期待をかけたが、これも裏切られ、私は心に大きなダメージを受けた。落胆、悔しさ、腹立たしさ、徒労感、むなしさなど、人には言えない複雑な思いを抱きながら、初日、二日とトークショーの司会を務めた。会場では、努めて明るく振舞っていたが、ハラワタは煮えくり返る思いだった。二日目には東京から内田有作さんが応援に駆けつけてくださり、トークショーの前に10分ほど挨拶をしてくださった。
 三日目の中村和光さん(殺陣師)、五日目の井川徳道さん(秋田實さんは体調が悪く欠席)、六日目の高岡正昭さんと門田雅成さんのトークショーは、聞き手を円尾敏郎さんにお願いし、私は四日目の雪代敬子さん、最終日の神先頌尚(かんざきひろなお)さんと鳥居元宏さんの聞き手を務めた。ゲストの皆さんは、内輪でしか聞けないような、とっておきの話をしてくださった。皆さん、話し足りないほど楽しいトークをしていただき、私は感謝の気持で一杯になった。中村和光さんは袴姿の和服で登場し、お弟子さんの林真生さんを相手に刀で殺陣の基本を実演してくださった。私の参謀役の円尾敏郎さんには、昨年からずっと、私が上映会を催すたびに全面的な協力を得ているが、今回も自費で京都へ来て初日から最終日まで滞在し、裏方をしてくれた。まさに手弁当で、円尾さんほど、映画が好きで精力的にボランティア活動をしている人はいないと思う。
 
 会場に足繁く通ってくださった少数の皆さんから、励ましの言葉、慰めの言葉をいただいた。山崎ご夫妻(大映の元キャメラ助手と元女優さん)、映画書籍のコレクターの小部屋さん、橋蔵ファンのIさんには大変感謝している。残念ながら錦之助映画ファンの会の会員は今回参加者が少なく、私は失望を感じたが、それでも大阪在住の錦尊さんと錦心さん、京都の八隅さんと塩木さん、名古屋の倭錦さんが何本も映画を観てくれ、東京からは、かおるさんが二度にわたり京都まで応援に駆けつけてくれた。浜松のポテトさんも日曜日だけだったが、4本映画を観てくれた。北九州からは、泊りがけで中島さんが参加し、手渡しで義捐金まで(ファンの会への寄付金ではない)くださった。山崎ご夫妻からも義捐金や差し入れをいただいた。実を言うと、今回の上映会のため私は自分のお金を相当遣い、しかもトーク・ゲストのお礼とお車代を立て替えなければならないことになり、困っていた。それを中島さんも山崎さんも知って、気遣ってくれたのだった。他にもコレクターの石割さん、河野さん、右太衛門ファンの八木さんとか、関西在住の錦ちゃんファンや私の知り合いが何人か来てくれた。が、いかんせん、私にとって京都は遠隔の地。ホームグラウンドの東京での上映会に比べ、錦之助ファンも私の知り合いも少ない。これが、痛手だった。昨年京都で二回催した上映会には錦ちゃんファンがもっとあちこちから参加してくれた。あの頃はみんなもっと熱かったと思う。東京でこれだけ錦之助映画を上映するようになると、ファンの渇望感が低下し、東京で観たから今回は遠慮しようという自己本位の気持が生まれ、錦之助を世の中へ普及しようというファンの会の主旨が見失われてきたように思うのだ。
 
 T・ジョイ京都の上映設備は申し分ない。スクリーンも大きいし、座席も快適で、観やすい。祇園会館や京都シネマや京都文化博物館よりずっと良い上映環境なのだ。錦ちゃんファンにはぜひここで錦之助映画を観てもらいたかったと思うが、もう後の祭りである。おそらく、「東映時代劇傑作選(そのニ)錦之助映画特集」をここで実現することは最早不可能になってしまったと思う。それが私には残念でならない。



近況報告―京都での上映会のことなど

2010-10-28 12:41:52 | 錦之助映画祭り
 先週の金曜の夜、京都から帰って、土日は「錦之助映画祭り」のリーフレットを錦之助映画ファンの会の全員と関係者へ発送し、月火は出版社の雑用をこなし、昨日(水曜)はまたリーフレットの発送を行って、ようやくひと段落した。
 振り返れば、長くて気苦労の多い二週間だった。いろいろなハプニングもあり、心配したり、落胆したり、腹を立てたりで、思い通りに行かないことばかりだった。
 まあ、長い一年にはそういう時もあるから、ぐっと我慢して、再び好機がめぐって来るのを待とうと思っている。
 
 T・ジョイ京都での「吐夢、月形回顧上映会」は、初日からお客さんの入りが悪く、京都での興行は難しいという大方の予想が的中してしまった。一週間で観覧総数の最低目標は700名だったのだが、この数字を大幅に下回り、おそらく500名を割ってしまったと思う。最後の2日間は平日にもかかわらずやや盛り返したが、それでも一日平均60名ほどだった。映画館側も大赤字である。上映フィルムの賃貸料、トークゲストのお礼、それに宣伝費を加えると経費が約70万円。入場料を平均1000円とすると、700名入ってトントン。500名では、20万円の赤字という計算。この中には、ショバ代も人件費も含まれていないので、赤字はもっと大きいはずである。
 
 実は初日から思わぬハプニングが起った。初日のトークゲストに予定していた丘さとみさんが病気で、京都まで遠征するのが無理になってしまったのだ。急遽、京都在住の円山榮子さんに代わりをお願いした。快く引き受けてくださった円山さんには心から感謝している。聞き手の中島貞夫監督も円山さんをうまくフォローしてくださった。それと、9月の新文芸坐での丘さんのトークショーの模様はキャメラマンの宮坂健二さんがビデオ撮影してくれていたので、円山さんと中島監督のトークの前に10分間だけ丘さんの映像をスクリーンに映写した。これでなんとかお客さんの不満もなく、事なきを得た。それにしても、初日(土曜)のトークショーに来場したお客さんの数は約30名。あまりの少なさに、唖然とし、またがっかりした。円山さんには悪いが、丘さんはいらっしゃれなくなってかえって良かったと思ったほどである。
 
 二日目のトークゲストは、入江若葉さん。若葉さんには、この2年間大変お世話になり、また誠心誠意対応していただいている。「西の円山榮子さん、東の入江若葉さん」と私が心から思っているほど、いつも暖かい支援をしてくださるお二人である。若葉さんは『宮本武蔵』の憧れのお通さんであるが、私は自分のことをお通さんに付き随う城太郎のような気持で、若葉さんに接している。円山栄子さんとご一緒している時は、円山さんが『神洲天馬侠』の咲耶子、私は鞍馬の竹童になった気でいる。さて、若葉さんのトークの時間もお客さんの数は少なかった。30名を割っていた。日曜の午後、トークショーの前後は『宮本武蔵』の一部と二部を上映するのにこの有様である。
 それにしても、チラシを1万8千部も作ってばら撒いたのに、どうなっているんだろう。少なくとも1万部は、人の手に渡っているはずだ。京都新聞にも告知記事が掲載されたという。8月30日の東映京都撮影所でも仮チラシを200枚はまいた。錦之助映画ファンの会の皆さんにもチラシを送った。ああ、それなのに……、8月30日の動員数とは雲泥の差である。トークショーの来場者約30名のうち、私の知り合いが10名ほど居たから、宣伝した効果で会場に来た人は約20名。これでは話にならない。
 若葉さんのトークは、中島貞夫監督がこの日も聞き手を務めてくださり、「和気あいあい」の雰囲気で終った。(つづく)

錦之助映画祭り2010上映スケジュール

2010-10-12 12:45:47 | 錦之助映画祭り


時代劇の至宝 中村錦之助=萬屋錦之介
あの雄姿 ふたたび(アンコール)!

錦之助映画祭り2010
11月16日(火)~26日(金)

東京池袋・新文芸坐

11/16(火)
殿さま弥次喜多
10:45~  14:45~  18:45~
股旅三人やくざ
12:30~  16:30~  20:30~

17(水)
浅間の暴れん坊
11:35~  15:45~  19:05~
瞼の母
10:00~  14:10~  17:30~  20:50~
*トークショー 13:20~ 稲野實さん(美術監督)

18(木)
暴れん坊兄弟
11:25~  15:40~  19:10~
独眼竜政宗
9:45~  14:00~  17:30~  21:00~
*トークショー 13 :10~ 高岡正昭さん(乗馬シーン担当)

19(金)
血斗水滸傳 怒涛の対決
10:00~  14:45~  18:45~
殿さま弥次喜多 怪談道中
12:20~  17:05~  21:05~

*トークショー 13 :55~ 松風はる美さん(=松風利栄子、女優)


20(土)
反逆兒
9:45~  13:30~  17:25~
沓掛時次郎 遊侠一匹
11:45~  15:40~  20:25~
*トークショー 19:35~ 二代目中村錦之助さん(歌舞伎俳優)

21(日)
忠臣蔵 櫻花の巻・菊花の巻
10:30~  14:15~  18:00~

22(月)
徳川家康
12:45~  18:10~
弥太郎笠
10:55~  16:20~  20:55~
*トークショー 15:30~ 尾形伸之介さん(俳優、殺陣師)

23(火・祝)
江戸っ子繁昌記
11:40~  15:15~  18:50~
関の彌太ッペ
9:55~  13:30~  17:05~  20:40~

24(水)
ひよどり草紙
11:45~  15:25~  19:05~
隠密七生記
9:55~  13:35~  17:15~  20:55~

25(木)
花吹雪御存じ七人男
11:25~  15:40~  19:10~
おしどり駕篭
9:45~  14:00~  17:30~  21:00~
*トークショー 13:10~ 月丘千秋さん(女優)、星美智子さん(女優)

26(金)
清水港の名物男 遠州森の石松
11:40~  15:20~  19:00~
若き日の次郎長 東海の顔役
10:00~  13:40~  17:20~  21:00~



連休を終えて

2010-10-11 16:26:22 | 錦之助ファン、雑記
リーフレット(チラシより立派)がようやく完成した。完成と言ってもまだ刷り上ったわけではなく、組版と校正が終ったところ。明日、印刷所に入れて、ゲラを見て、ゴーサインを出すと、18日(月)に12,000部仕上がる。あいにく私はその時京都にいるので、新文芸坐からリーフレットを500部ほどホテルへ送ってもらうことにしている。
 制作にまる一週間かかった。体調不良で集中力が続かなかったこともあるが、パソコン上の細かい作業に手間取り、また作品解説(高橋かおるさんに頼んだ)以外の文章の作成にかなり苦労したからだ。もちろん、一年ぶりの「錦之助映画祭り」なので、気合いを入れて作ったし、手抜きはしていない。
 ところで、専門的な話になるが、現在私はAdobeのInDesignという編集ソフトを使っている。これは、レイアウトなどに多少職人的技術が必要になる。が、この編集ソフトを私はまだマスターしていない上、私自身几帳面な職人気質なので、細かいところが気になって、それで余計に時間がかかるわけだ。普通、組版は制作会社に外注することが多い。が、私は自分でやっている。出版社として経費削減になるし、本でもチラシでも自分で組版を作った方が好きなようにできるというメリットがあるからだ。ただし、上映会のリーフレット制作は、私が無料でやっているので、メリットがあるのは映画館の方である。実費(印刷費)だけ映画館に支払ってもらっているが、私の労力に対する報酬はゼロ。昨年3月の錦之助映画祭りに始まって、この一年半ほど、立て続けに上映会の企画、宣伝、裏方といったことをボランティアでやっているので、最近はいろいろな点で反省することが多い。というか、多少悩んでいる。好きでやっていることとはいえ、孤軍奮闘、私一人の負担の大きさが次第に増して、疲れが蓄積してきた感じを持っている。
 誰か有能な助手がほしい。若くて、パソコンが使えて、電話受けができて、映画が好きで、錦ちゃんファンで……時給が安くても働いてくれて、性格の良い美人なら申し分ない。そんな人、いるわけがないが……。
 今週は15日の金曜に京都へ行き、翌日から一週間、T・ジョイでの上映会の裏方をやらなくてはならない。ずっとホテル暮らしである。交通費もホテル代も自分持ちだから、金がかかる。その前に、出版社の雑用を片付け、アルバイトの社員と留守中の打ち合わせをしておかなければならない。それと、錦之助映画ファンの会の収支報告書を作り、ファンの会の会員や関係者の宛名シールを作り、封筒に貼って、それを京都へ持っていくつもりである。京都では多分夜は暇になると思うので、リーフレットの発送を行う予定。京都から帰ったら、しばらく休暇を取り、11月16日からの新文芸坐での「錦之助映画祭り2010」に備えたいと思う。
 まだまだ大変である。