錦之助ざんまい

時代劇のスーパースター中村錦之助(萬屋錦之介)の出演した映画について、感想や監督・共演者のことなどを書いていきます。

『独眼竜政宗』

2006-03-22 04:36:24 | 独眼竜政宗


 錦之助が演じた若き日の戦国武将と言えば、真っ先に織田信長が思い浮かぶが、錦之助の伊達政宗も信長に劣らず、素晴らしかった。
 錦之助主演の『独眼竜政宗』(昭和34年5月下旬公開)は、高岩肇がオリジナル脚本を書き、河野寿一が監督している。まさに東映全盛期に製作された戦国物のスペクタクル巨編。戦闘シーンも多く、見応え十分の映画だった。
 なかでも、政宗が秀吉の放った刺客たちに襲われる場面は壮絶。なんと政宗の右目に、敵の射た矢が突き刺ささるのだ。それでも、刺さった矢を抜かずに、文字通り「血眼になって」闘いを続ける。その時の錦之助の形相がすさまじい。後年の錦之助ならこうした役もしばしば演じるところだが、当時としては珍しかったにちがいない。あの美しい錦之助の顔が破壊されるのである。ファンが思わず目を覆ったことは想像に難くない。
 もう一つ、印象に残る壮絶なシーンは、父の輝宗(=月形龍之介)が敵将にさらわれ、馬で連れ去られるのを、政宗が馬で追いかけ、鉄砲で撃ち落とすまでの場面である。数頭の馬が山道を駆け抜けていくところは迫力満点で、方向転換した時、一頭の馬が足をくじいたと思われるカットがあるが、これも一見に値するかも…。

 しかし、この映画、こうしたスペクタクルだけが目立つのではない。いや、この映画の良さは、派手な戦闘シーンよりも、むしろ伊達政宗の成長を、彼を取り巻く人間関係の中で捉えた、その厚みのある描き方にあったと思う。
 老将の親(輝宗)と跡継ぎの子(政宗)、山里の老爺と世間知らずの若武者(政宗)、一国の領主たる武将(政宗)と身分不相応な山家育ちの娘、片目を失った若殿様(政宗)とそれを見守る家来など、世代と身分の違いを越えた人間関係を、情愛豊かに描いている点が優れていた。
 父輝宗を演じた月形龍之介は、慈愛に満ちた風格を見事ににじませ、さすがであった。月形と錦之助の相性は絶妙である。戦(いくさ)に対する二人の考え方の違いもうまく描かれていて、父は平和主義者で現実妥協派、子は覇権主義者で理想追求型である。
 山里の老爺は大河内伝次郎が演じていたが、人生の大先輩として若い政宗を叱ったり、慰めたりする。この大河内も適役で、なんとも言えぬ味があり、実に良い。政宗の乳母役の浪花千栄子も好演だった。
 老爺の可愛い孫娘で、政宗と相思相愛になるお千代役は、佐久間良子で、当時20歳の妙齢だった。若いにもかかわらず、固くならず、自然体の演技をしている。もちろん、美しいのは言うまでもない。佐久間は東映東京撮影所の専属で、昭和33年のデビュー年は現代劇に十数本出演し、翌34年に東映京都へ来て、時代劇にも出演し始める。『旗本退屈男 謎の南蛮太鼓』で中国人娘、『たつまき奉行』で町娘、『新吾十番勝負』でお姫様に扮したが、みな脇役だった。それが、『独眼竜政宗』で錦之助の映画に初出演して、恋人役という大役を得たのである。この映画には、二人で釣りをするほほえましいシーンがあるが、思わず目を細めたくなる。お千代は、若殿様と知らずに政宗を好きになるのだが、政宗が片目を失い気落ちして訪ねに来た時に優しく接する。そのいじらしさ。そして、政宗の身分を知ると、可哀想に、親戚のいる違う土地へと旅立って行く。
 政宗の前にもう一人の娘が登場する。政略結婚で政宗に押しつけられた隣国の城主の姫君である。そんな姫君など不器量な女にちがいないと政宗は言う。が、会ってみると、予想がはずれ、なんとも美しいお姫様なのだ。この役は大川恵子で、この辺の話の展開も面白い。この姫君も政宗を恋い慕うようになる。大川恵子は東映のお姫様三人娘(二代目)の一人だが(他は丘さとみと桜町弘子)、楚々とした美しさのなかにも、一心に思いつめた表情が妙に印象に残る。

 『独眼竜政宗』のラストは、立派な武将に成長した政宗が馬に跨って家来を従え凱旋するシーンである。それを道端の群集のなかで遠くから見ている佐久間のお千代。思わず政宗の馬に駆け寄っていくと、馬上の政宗、いや独眼の錦之助が、お千代に気がつく。黙ったままうなずいて、しかし、意を決し、前へと進んでいく。このラストシーンも鮮やか。じーんと来る。(2019年2月3日一部改稿)