錦之助ざんまい

時代劇のスーパースター中村錦之助(萬屋錦之介)の出演した映画について、感想や監督・共演者のことなどを書いていきます。

錦之助映画祭り(フィナーレ)追記その6

2010-01-03 16:00:48 | 錦之助映画祭り
 15日(日)のテレビ番組「笑点」で林家木久扇(きくおう)さんが錦之助映画祭りの宣伝をしてくださったことを書き忘れていた。あいにくこの日、私はテレビを見ることができなかったが、見た人の話によると、真打昇進披露の口上のときに木久扇さんがおっしゃったらしい。3月にも木久扇さんは同じ「笑点」で錦之助映画祭りの宣伝をしてくださった。今度も、である。木久扇さんはもちろん、放送してくれた「笑点」のスタッフの皆さんには、本当に心から感謝している。なんと言っても全国放送のテレビで、宣伝してもらえたのは大きい。それも人気番組の「笑点」で、宣伝料を一銭も払わず、木久扇さんの好意によって、放送してもらえたのだ。実際、「笑点」を見て、錦之助映画祭りのことを知り、新文芸坐へいらした方も多かったようだ。これは、新文芸坐のスタッフから聞いた話である。
 では、どうして木久扇さんが(木久蔵さんと言った方がどうもしっくりするが…)、錦之助映画祭りを応援してくださったのかと言うと、これには錦之助映画ファンの会の副代表の高橋かおるさんが一役買っている。木久扇さんが大の時代劇映画ファンであることは有名で(ラーメンだけではありません!)、「チャンバラ大全」(ワイズ出版刊)なる名著(珍書?)や「チャンバラスターうんちく塾」(小池書院刊)なるガイドブックも出版している。また、いろいろなチャンバラ愛好会にも入っていらして、そこでずいぶん前に高橋さんが木久扇さんと親しくなったらしい。

 
<「チャンバラ大全」には木久扇さんのカット入り(桶屋の鬼吉)で「追憶の萬屋錦之介」という文章があります。>

 錦之助映画祭りが開催される2月に高橋さんがチラシと招待状をお宅へお送りすると、お返事にハガキが届いて、今度「笑点」で宣伝します!とのことだった。3月には、木久扇さん、新文芸坐へ二度ほどいらして映画をご覧になったそうだ。私はそのとき居合わせなくて、残念ながらご挨拶ができなかった。実は、私はというと木久扇さんには一度もお会いしたことがない。今度、どこかの寄席の楽屋に伺い、お礼を言おうと思っている。で、今回の錦之助映画祭りでも高橋さんが木久扇さんのお宅へチラシと招待状を送ったところ、また「笑点」で宣伝してくださったわけなのだ。
 
 今回の錦之助映画祭りの宣伝に関しては、いろいろな人たちのお力添えがあった。落語家では、ほかに三遊亭鳳楽さん(故・円楽さんの一番弟子で、次代三遊亭円生を継ぐと目されている方)が独演会のパンフに錦之助映画祭りのチラシ(200枚)をはさんで配布してくださり、講談師では宝井琴調さんが国立演芸場の講談の会でチラシ(200枚)を配布してくださった。西東京シネマ倶楽部の飯島一次さん(時代小説も書いている方)、とよはしまちなかスロータウン映画祭の佐々木順一郎さん、横浜黄金町の名画座ジャック&ベティの支配人・梶原俊幸さんにもチラシをたくさん配布していただいた。トークゲストの皆さんもチラシをお知り合いの方々に送ってくださったそうである。
 新聞社では、東京新聞、朝日新聞、読売新聞が錦之助映画祭りのことを報道してくれた。今回は、NHKのテレビ・ラジオでの報道はなかったが、3月の報道で、錦之助映画祭りの評判が広まったことも確かだった。NHKのニュースを見て初めて新文芸坐にいらしたお客さんが、11月にもたくさんいらしてくれたように思う。



錦之助映画祭り(フィナーレ)追記その5

2010-01-01 21:44:44 | 錦之助映画祭り
 14日(土)午後5時より、錦之助映画ファンの会の宴会(一回目)。会場は、新文芸坐の近くの日本料理店「隠れ坊」。25名ほど。乾杯のあと、皆さんに自己紹介してもらう。皆さんが錦ちゃんへの熱き思いを語り、大いに盛り上がる。東京、神奈川、千葉、埼玉だけでなく、愛知、大阪、山口など遠方からいらした会員も参加。8時くらいまで続く。そのあと、喫茶室「ルノアール」で二次会。映画を観終わった5名が合流。夜10時ごろ解散。


<錦之助映画ファンの会の宴会>

 15日(日)午後4時半ごろから、尾形伸之介さんを囲み、飲み屋で小宴会。8名ほど。夜8時ごろ帰るが、疲れてすぐに就寝。
 この土日の2日間はまさに山場だったが、期待通りうまく行く。大盛況だった。

 16日(月)は、一日中仕事。新文芸坐へ行けず。この日は、『ちいさこべ』の一本立てだったが、どうしても観に行けなかった。『ちいさこべ』は、6月に京都シネマで観たが、あそこはスクリーンが小さいのが難。もう一回、大スクリーンで鑑賞したかったが、願いかなわず。
 この日の午後に、錦之助さんのお姉さんの多賀子さんが観にいらっしゃることになっていたので、朝、新文芸坐に電話を入れ、席までご案内するようにお願いする。多賀子さんには、お詫びの電話を入れておく。
「あなた、甘いもの、お好き?」
「はい、アンコとかケーキとか大好きですけど…。」
「うちの近くにおいしいお団子屋さんがあるから、差し入れに、それ持って行くわね。明日でもいいから食べてちょうだい。」
 ありがたいことだ。多賀子さんは、錦之助さんの一つ上のお姉さんで、現在78歳。まだ、お目にかかったことはないが、電話では何度もお話している。やはり、血を分けたご姉弟は違う。
「あたし、錦之助という字を見ただけで、目がうるむのよ」とまでおっしゃる。
 今年の2月、小川陽子さん(中村獅童さんのお母さん)に、錦之助さんのご親族である小川家の皆さんのご住所を教えていただき、錦之助映画祭りのチラシと招待状をお送りした。そのときすぐに多賀子さんからお電話をいただいた。知り合いに配るから、もっとたくさん送ってちょうだいとの話だった。もちろん、励ましのお言葉もいただいた。それがきっかけで、そのあともずっと支援していただいている。
 多賀子さんは、3月には新文芸坐へ一度もいらっしゃらなかった。が、今度は、
「嫌いな池袋まで足を運ぶわよ!」
 多賀子さんに言わせると、「池袋」と聞いただけで、「ゾッとする」そうな。「なんだかゴミゴミしていそうで、ばい菌だらけみたいで、イヤ!」とおっしゃる。多賀子さんは世田谷の新町にお住まいだが、最近は歌舞伎座へ行くとき以外は出歩かないらしい。
 
 夕方、多賀子さんから電話をいただく。『ちいさこべ』は、久しぶりにご覧になったそうだが(多分封切り以来なのだろう)、
「ほんとにいい映画だった。錦ちゃんも賀津雄ちゃんもとっても良かった。涙が出て、止まらなかったわ!」
 感動さめやらず、といった感じなのだ。
「池袋まで観にいらした甲斐がありましたね」と私。
「それがね。あなたが言ってた大きなデンキ屋さん(ビックカメラのこと)。そこまではなんとかたどり着けたんだけど、そっから迷っちゃって……。タクシー、乗ったら、すぐそこですよ、って言われて降ろされちゃった。アッハッハ(高笑い)」
 多賀子さん、実は、ひどい方向音痴らしい。それにしても、思ったことをズケズケと言うお人柄、いかにも東京人(私もそうだが)らしい。錦之助さんのご一家は、お母様始め皆さんそうだったのかなあ、と思ったりして……。




2010年新年を迎えて

2010-01-01 01:51:17 | 錦之助ファン、雑記


昨年に引き続き、記事を書いていきますので、
ご愛読、よろしくお願いします。

大晦日にどどーっと書いたのですが、11月15日の記事で終わってしまいました。年は越してしまいましたが、元旦からまた連載していくつもりです。
今年は、錦之助普及活動、どうしようかと思案中ですが、昨年のような大掛かりな映画祭りはできないにせよ、違った特集で、錦之助映画を上映していこうかと思っています。

今回は私の愛猫と愛犬の写真を掲載します。
目下、私の仕事場でこの二匹と共同生活を送っております。


錦之助映画祭り(フィナーレ)追記その4

2010-01-01 00:18:52 | 錦之助映画祭り
 15日の日曜は、錦之助映画祭り(フィナーレ)を最高潮にまで盛り上げようとたくらんでいた。上映作品はニュープリント2本、『美男城』と『江戸っ子奉行 天下を斬る男』。どちらも娯楽映画の大家、佐々木康監督の作品。そして、トーク・ゲストは、われらがヒロイン、丘さとみさんである。これで、大入り満員にならなければ、私は、丸坊主になろうとさえ思っていた。これ、ホントの話。
 朝一番に新文芸坐へ行くと、お客さんの出足がすこぶる良い。『天下を斬る男』が始まった時点で、9割ほどの入り。これなら次の回で超満員になること間違いなし。坊主にならなくてすむ。
 今日は、朝からじっくり、錦ちゃんの若き日の大岡越前を観る。私の大好きな映画である。佐々木監督は東映に移籍する前、松竹でメロドラマを作っていただけあって、ヒロインの描き方がうまい。東映時代劇だとどうしても男性優位の描き方になりがちだが、佐々木監督はその点、異色なのだ。この映画、もちろんヒロインは丘チンで、錦ちゃんと丘チンの恋愛ドラマが実にうまく描けている。早く丘さんに見せたいと思う。丘さんは、牢屋に入るところしか憶えていないらしい。
 前の日に丘さんのお宅へ電話して、打ち合わせはすませてあった。12時半ごろには見えるとのこと。実は、丘さん、3日くらい前に風邪を引き、高熱が出ていた。でも、トークショーの日は、「這ってでも行く」との決意表明。板橋から池袋までは近いので、タクシーで来られるはず。心配していたが、熱が下がったとおっしゃるので一安心。トークのあと、『天下を斬る男』だけ観て、お帰りになる予定。
次の『美男城』が始まると、思ったとおり、館内は超満員。立ち見が出るほど。私は席に座らず、30分ほど一番後ろで立って見る。丘さんをお出迎えしなければならないので、ロビーに出る。全部見たいけれど、仕方がない。トークの聞き手の円尾さんは、全部見ると言って、お出迎えは私に任せるとのこと。

 12時半ぴったりに丘さんが受付にお見えになる。エレガントな黄色い洋服を着ていらっしゃる。ショートヘアで、可愛い!
 丘さんと4階の事務所へ。30分ほど丘さんと二人っきりで世間話をする。
丘さんはパチンコがお好きで、打ち止めにしたことが何度もあるそうな。それと、鳩山首相と現夫人がアメリカで出会ったときの馴れ初めの話、丘さんが前のご主人とサンフランシスコの邸宅で生活していたころの話。丘さんは動物が好きで、野生のリスや鹿を可愛がっていたという。今は自宅に毎朝訪れる野鳥に餌をやっているそうだ。(この話は雑誌「男の隠れ家」11月号の丘さとみさんのインタビュー記事にも出ていた。)
 そうこうするうちに、『美男城』が終わり、円尾さんが事務所へ上がってくる。丘さんと打ち合わせなし。すぐに、階下へ向かう。

 さあ、いよいよ丘さんのトークショーの始まり始まり。



 聞き手は円尾さんなので、こちとらは聴衆の一人になって、トークを楽しめる。見ると館内は、ぎゅうぎゅう詰め。通路に座っている人もたくさん居て、一番後ろには、立ち見客が鈴なり。錦之助映画祭り始まって以来の超満員じゃないか!良かった、良かった。


<丘さんのトークショーの時の館内。超満員!>

 会場には、佐々木康監督のご長男夫妻、殺陣師の尾形伸之介さんもいらしている。
 丘さんのお話は、のりに乗って最高に面白かった。やはり、丘さんは錦ちゃんを心の底から愛していたんだなーと実感する。(話の内容は、来年ホームページに掲載します。)


<質問するお客さんの挙手に、「はい、どうそ」と丘さん>

 サイン会もものすごい人の行列ができ、大変なことになる。ロビーはあふれんばかりの人、人、人。丘さんのサイン会のアシスタントは私めが務める。こうなったら、手際よくじゃんじゃんサインを消化していかないと、間に合わない。幸い、丘さとみさんのサインは簡単なので、早い、早い。もうベルトコンベアー式だ。「はい、次の方。はい、次の方」とお一人様5秒ほどでこなしていったら、150名ほどのサインを15分で終了。その後、ポスターの前に丘さんに立ってもらい写真撮影の時間まで設けることができた。




<丘さんのサイン会でごった返すロビー>

 丘さん、関係者席で『天下を斬る男』をご覧になり、大満足してお帰りになった。外に出てタクシーを拾い、円尾さんと尾形さんと私でお見送りした次第。丘さんと尾形さんが腕を組んで寄り添うように歩いていた姿、なんとも言えずほほえましかったなー。尾形さんも照れちゃって……、でも、二人ともとっても嬉しそうだった。