錦之助ざんまい

時代劇のスーパースター中村錦之助(萬屋錦之介)の出演した映画について、感想や監督・共演者のことなどを書いていきます。

『江戸っ子奉行 天下を斬る男』

2006-07-08 22:16:47 | 江戸っ子奉行 天下を斬る男


 錦之助が町奉行の与力役を演じるのがまず見どころといえば言えようか。大岡忠相(ただすけ)、つまり若き日の大岡越前守の役で、もちろん、錦之助にとって初役である。ただし、お白洲で大岡裁きが出てくるわけではない。この大岡忠相、まだ駆け出しの与力にすぎない。だが、謎の殺人事件を糾明し、政治権力の内幕を暴いていく。錦之助の与力姿がサマになっていて、新鮮である。

 大岡越前守といえば八代将軍吉宗の時代の名奉行だが、ここでは五代将軍綱吉の時代に設定していた。生類憐れみの令が発せられた頃とあって、チンケな犬をお篭に乗せて行列が通る場面が二度出てくる。私は、大岡と綱吉がどうも結びつかず、時代が重なるのかと思って、映画を観た後調べてみると、大岡忠相は1677年~1751年、綱吉は将軍在位が1680年~1709年で、大岡の青年時代は綱吉全盛の頃だったと分かって納得。こんなことは、映画とはあまり関係がないが、気にかかったので調べてしまった。ちなみに吉宗の将軍在位は1716年~1745年で、六代家宣(いえのぶ)・七代家継の間が7年しかない。

 映画の話に戻ろう。初め、錦之助は長屋に住む市井の遊び人として登場する。このやくざっぽいアンちゃん役は錦之助としてはやり慣れた役どころでお手のもの。忠さんという通称で、隣に住むおぼこ娘の丘さとみとアツアツ。惚れ合っている。錦之助と丘さとみの相思相愛カップルの映画は見ていて楽しい。

 丘さとみはお栄という名前で、博打ばかりやっている遊び人のダメ兄貴(田中春男)と二人暮らし。お針子のバイトなんかをやっている。長屋の壁の破れ目から錦之助が覗いて丘チンに話しかけ、お祭りのデートに誘う場面などなかなか良く、目を細めて見とれてしまう。この映画は昭和36年の製作だが、丘さとみ嬢がちょっと太り気味で、あんぱんみたいな顔が肉まんみたいになっている。私は彼女のキャラクターが可愛くて子供の頃からずっと好きだった。あんぱん美人が肉まん美人になろうと構わず、好きな気持ちは変わらない。
 この映画、前半は二人のシーンが多くて、楽しい。土手の木のところで待ち合わせをして、丘チンが奇麗なおべべを着ていそいそとやって来るシーンとか、祭りで錦之助がかんざしを買って、髪に差してやるところなど、別にどうでもよいシーンかもしれないが、この二人が好きな私は見ていて嬉しくなる。「忠さんがいなくなったら、あたしも生きていないから」なんて、丘チンが愛の告白をする。照れるが、悪い気はしない錦之助。

 相変わらず田中春男はダメな男の役だ。博打で大負けし、悪親分の山形勲に可愛い妹の丘チンを奪い取られてしまう。錦之助はそれを知ってすぐに助けに行くのだが、山形から十両返せと言われて、その金をどうにか算段をしようとする。ここから話が急に展開し始める。
 錦之助はとある武家屋敷を訪れる。庭から障子の向こうに声を掛けると美しい武家娘が出てくる。これが大川恵子で、錦之助の妹役だった。ここで初めて観客は、錦之助が奉行所の与力を勤める厳格な父親(東野英治郎)と喧嘩して、勘当されたことが分かる。大川恵子も品があって奇麗だ。ここら辺もなかなか良い。十両なんて大金はないから、妹の恵子ちゃん、大切にしまっておいた宝箱(何だか分からない)を風呂敷に包んで、兄に手渡す。これを質にして金にかえてくださいという意味。錦之助が去ってすぐ、父親の東野が庭に人の気配を感じて出てくる。お兄様が可哀想だから、許してあげてと恵子ちゃんが懇願する。東野が苦虫を噛みつぶしたような顔をして、親の心子知らずみたいなセリフを言うと、めまいがして、柱に倒れ掛かる。
 錦之助が十両を持って、丘チンを引き取りに行くと、悪親分の山形は利子をつけろと無理難題。そこから、インチキ博打を暴いて、乱闘が始まる。面白いのは、怒った錦之助が山形を風呂場まで追い詰めて、首根っこをつかまえ、湯につける場面。「もう手出しをするんじゃないぞ、オレが出て行くまで湯につかって待ってろ!」と錦之助に脅され、山形が着物のまま湯にドブンと飛び込むシーンには笑える。

 その後、父親が危篤になって、恵子ちゃんが錦之助を長屋へ迎いに来る。それで、錦之助がお侍だったことが丘チンにバレてしまう。結局死に目に会えず、錦之助は父親の遺書を読んで、改心。長屋を引き払い、ついに奉行所の与力になる。武家の嫁にはなれないと丘チンは諦め、錦之助に愛想尽かしをする。ここまでが映画の前半。ここから、謎の殺人事件が勃発し、与力の錦之助が大活躍。映画は後半から、捕物帖と旗本退屈男を足して二で割ったような展開になっていく。絶望した丘チンが、下手人の兄貴の身代わりとして自首して、牢屋に入れられる。なんと丘チンが竹刀で叩かれる拷問シーンがあったりして…、あとは映画をご覧あれ。

 監督は佐々木康、脚本は鈴木尚之と平田肇(内田吐夢の長男で後に映画監督になった内田一作のペンネーム)の共作。まあ、作品的にはお定まりの娯楽時代劇だが、ところどころに見せ場もあり、楽しめる映画である。共演者は他に、月形龍之介が南町奉行の長官、岡田英次の同僚与力、進藤英太郎の悪い豪商。(2019年2月6日改稿)