錦之助ざんまい

時代劇のスーパースター中村錦之助(萬屋錦之介)の出演した映画について、感想や監督・共演者のことなどを書いていきます。

中村錦之助伝~『お坊主天狗』

2013-06-02 19:57:34 | お坊主天狗・新選組鬼隊長
 「お坊主天狗」は、子母澤寛(しもざわかん)が昭和29年3月から9月まで毎日新聞の夕刊に連載し、ちょうどその頃、好評を博していた新聞小説であった。新聞雑誌に人気作家の連載が始まると、映画各社で原作権の争奪戦が行なわれたが、東映が子母澤寛から映画化権を得たのは連載が始まって間もなくのことだったと思われる。戦後しばらくは連載物でも現代小説に映画の企画が集中していたが、この頃は時代劇映画の製作も盛んになり、時代小説の人気作家も戦前の時代劇黄金期のように大いに持て囃されるようになっていた。子母澤寛のほかにも、長谷川伸、吉川英治、大佛次郎、川口松太郎、村上元三、山岡荘八、山手樹一郎といった作家たちである。
 子母澤作品の映画化では、戦後は「千石纏」「御存じお役者小僧」「すっ飛び駕」「飛びっちょ判官」などがあるが、昭和30年代では勝小吉・麟太郎親子を描いた「父子鷹」がベストセラーで、これは市川右太衛門と北大路欣也(デビュー作)親子で映画化された。監督松田定次、脚本依田義賢、共演は長谷川裕見子、月形龍之介。『父子鷹』(昭和31年5月公開)は名作である。が、何と言っても一世を風靡したのは、子母澤寛が小説のタネを書いた随筆集「ふところ手帖」からヒントを得て、犬塚稔が創作を加えて脚色し、三隅研次が監督して映画化した『座頭市物語』(昭和37年4月公開)とそのシリーズであろう。


子母澤寛(1892~1968)

 戦前の子母澤作品では「弥太郎笠」(昭和6年)と「国定忠治」(昭和7~8年)が代表作である。そして、戦後はそのリメイクも盛んに行なわれるようになっていく。
 錦之助が主演した『唄ごよみ いろは若衆』も、子母澤の初期の作品「投げ節彌之」のリメイクで、林長二郎(長谷川一夫)主演ですでに戦前(昭和5年)に映画化された作品であった。また、子母澤のデビュー作は「新選組始末記」(昭和3年)だが、その本格的な映画化は、『お坊主天狗』に続く千恵蔵と錦之助の共演作『新選組鬼隊長』(昭和29年11月22日公開)である。つまり、錦之助は、昭和29年後半に子母澤寛原作の映画に三本出演したことになる。

 ところで、戦後の時代劇映画は、昭和28年頃から約10年間に大量に作られるが、時代劇映画の企画製作には五つのパターンがあった。錦之助出演作もこの五つのパターンのどれかに当てはまるので、カッコ内に代表例を二、三書いておく。
一 新作の連載時代小説の映画化。(『お坊主天狗』『源義経』『源氏九郎颯爽紀』)
二 旧作、おもに戦前の時代小説の名作のリメイク。(『弥太郎笠』『宮本武蔵』『瞼の母』)
三 歌舞伎、浄瑠璃、講談などの古典の映画化。リメイクも含む。(『忠臣蔵』『浪花の恋の物語』『あばれ纏千両肌』『一心太助』)
四 ラジオの放送劇からの映画化。(『笛吹童子』『紅孔雀』)
五 オリジナル脚本の映画化。(『恋風道中』『風と女と旅鴉』)
 ただし、原作の時代小説そのものが、歌舞伎や講談をネタにしていることも多い。また、映画の企画が先で、製作と並行して雑誌に連載した小説もある。

 「お坊主天狗」は、歌舞伎狂言の「三人吉三」をモチーフにしたもので、お坊吉三、お嬢吉三、和尚吉三を登場させているが、この三人の人物設定も性格付けもまったく変え、子母澤が新たに創作した時代小説だった。歌舞伎のほうは黙阿弥の白浪物(盗人が主人公の話)で江戸末期の退廃的な風潮を描いたピカレスク・ロマン(悪漢物語)。一方、「お坊主天狗」は、時代と舞台は同じでも、勧善懲悪のストーリーで、江戸下町のあぶれ者や庶民が活躍する仇討物である。原作はずいぶん前に読んだので、私の記憶も定かでないので、映画について述べたいと思う。
 主役はタイトルの通り、お坊吉三こと番匠谷吉三郎という直参旗本くずれの無頼漢。といっても、悪者ではなく、庶民の味方で、江戸下町の与太者や夜鷹などを統率する頭領である。これを片岡千恵蔵が演じる。錦之助は、お嬢吉三にあたる役で、女歌舞伎の座員で阪東小染という花形女役者(男の女形役者ではなく、女の役者として育てられた男)、実の名は柳谷吉三郎。そして、この二人の吉三郎がそれぞれ親の仇を狙って、互いに協力し合い、次々に仇討を果していくというのがメインストーリーである。もう一人の和尚吉三(石井一雄)は、快天というニセ和尚で、婦女をだまして布施を集める悪党だが、のちに改心する。この三人に三様の色恋がからみ、二人の吉三郎が仇討を遂げ、最後は三人とも好きな女と結ばれて、めでたしという幕切れ。錦之助の阪東小染は、お坊吉三の妹おしゅん(田代百合子)と相思相愛の末、ハッピーエンドとなる。
 出演者は、準主役の大友柳太朗が敵側の重臣で、悪漢の首領は月形龍之介、ほかに男優は、加賀邦男、原健策。女優陣では、花柳小菊、田代百合子、高千穂ひづる、喜多川千鶴、宇治みさ子、それに戦前の新興キネマのスター女優高山裕子(廣子から改名)が出演している。

 *『お坊主天狗』は、この8年後の昭和37年にカラーシネスコ版でリメイクされている。主役の番匠谷吉三郎は同じく千恵蔵で、お嬢吉三の小染は美空ひばり、そして、刀研ぎ師秋葉の役を大きく変え(前作では団徳麿)、これを大川橋蔵が演じている。そのため、和尚吉三は登場しない。また、大友柳太朗は前と同じ役であった。脚色は結束信二、監督は佐々木康だったが、なにしろ主役の千恵蔵が年をとってしまい、魅力も半減。しかも、小染が芸者で女のひばりでは原作の趣向が生かされず、興味も薄れた。芸者のひばりと偏屈者の刀研ぎ師の橋蔵が惚れた腫れたの関係になって面白くしようと狙ったのだが、これが裏目で、ここまで原作を捻じ曲げて失敗したのでは、リメイクした甲斐もなく、原作者の子母澤寛に顔向けできないような作品になっていた。




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