錦之助ざんまい

時代劇のスーパースター中村錦之助(萬屋錦之介)の出演した映画について、感想や監督・共演者のことなどを書いていきます。

『宮本武蔵』(その三)

2007-03-26 16:03:17 | 宮本武蔵
 武蔵(タケゾウ)も又八も心の弱さを持つ人間である。この点はいみじくも沢庵和尚の言葉がずばりと言い当てている。「人間の心はよわーいものだ。決して孤独が本然のものではない」と。
 タケゾウは、闘争心によって内面的な心の弱さを克服しながら生きている。暴れん坊だが、本当は寂しがり屋で、愛情に飢えた孤独な若者である。こうしたタケゾウを錦之助は実に魅力たっぷりに演じている。野性的で荒々しいが、その半面、優しさとナイーヴさも備えているのが錦之助のタケゾウである。もちろん、人間的に成長した後年の宮本武蔵を演じた錦之助も素晴らしいが、タケゾウの中にも錦之助という役者の「剛と柔」をあわせ持つ優れた特質が十二分に発揮されていた。それを見逃してはならないと私は思う。
 一方、又八は、心の弱さに負け、年上の女の色情に溺れながら、転落していく。又八には、故郷の村に年老いた母親(お杉ばあさん=浪花千栄子)と可憐な許婚(お通=入江若葉)が居る。それなのに、後家のお甲の誘惑に負け、自らの性欲を衝動的に満たしたがために、人生の道を踏み外してしまう。ウジウジしたヤサ男の又八を演じた木村功がまた何とも言えず良く、悲哀さえ感じる好演だった。

 『宮本武蔵』第一部は、主要人物の登場のさせ方が手際よく、映像的に人物たちの性格と特徴を実にうまく描き出していく。最初の30分で、タケゾウ、又八のほかに、朱美、お甲、お通、お吟(タケゾウの姉)、お杉ばあさん、沢庵和尚らが一目瞭然、個性豊かに紹介される。第一部の脚本は、成沢昌茂と鈴木尚之の手によるものだが、この俊英と新鋭二人のシナリオライターの力を借りて、内田吐夢の演出は冴え渡っている。とくに、木暮実千代のお甲が又八の負傷した足に焼酎を吹きかけ、口で膿んだ血を吸う場面は、鮮烈極まりない。この部分は原作にはないのだが、映画独特の直截で見事な描写とでも言おうか。この映画で最もエロチックなシーンでもあった。色気たっぷりで欲求不満のお甲が、童貞の又八を犯すのである。若い男の足の血を吸っているうちに、お甲が発情していく様子がすさまじく、木暮実千代が私にはまるでカマキリの雌に思えたほどだった。その後、空に浮ぶ雲のカットがあり、それにお甲の満足したような高笑いがかぶって、野原にしどけなく寝そべっているお甲の姿が映し出される。カメラが右へパンすると、しょんぼり立膝をついて坐っている又八の姿がある。この一連のシークエンスは鮮やかで、内田吐夢の面目躍如といったところであろうか。
 次に続くシーンは、朱美(丘さとみ)とタケゾウの川辺での語らいの場面である。タケゾウは可愛い朱美と二人だけになるのだが、ここは青春純愛ドラマといった感じだ。錦之助と丘さとみの息の合ったやり取りがほほえましい。土手に寝ころんだタケゾウの横へ朱美が寄り添って、会話を交わし、最後に朱美がこんなカマをかける。「ねえ知ってる、私のオムコさん?」タケゾウは「知るもんか、そんなこと!」と無愛想に答える。「安心しなさい。タケゾウさんじゃないから!」このセリフを言うときの丘さとみの可愛らしさは、なんとも言えない。朱美に笑いながら皮肉を言われ、タケゾウは沈黙してしまう。女にウブなタケゾウとちょっとおマセな朱美のこのシーンは、お甲と又八のセクシャルなシーンとは対照的なだけに、ういういしく清新な印象を与える。

 タケゾウは、獣性と人間性が未分化で、それを自覚反省する心も持たずに生きている。だから、相手が敵と見れば、動物的な闘争本能をむき出しにして闘う。お甲の家が、野武士の一党に襲われた時に、木刀を振り回して野武士たちを叩き殺すタケゾウは闘争本能のかたまりである。最後は、野武士の頭領(辻風典馬=加賀邦男)を馬で追いかけ、後頭部に一撃を加え、馬から落ちたこの男を乱打して殺す。敵を打ち倒した時に、タケゾウは勝ち誇ったように、喜々として大声で笑う。ここらあたりの描写も強烈で、迫力満点だった。
 さて、これほど動物的な闘争本能を持っているタケゾウが、女にはオクテなのは一体どうしたわけなのだろうか。それは、タケゾウにとってお通さんが初恋の相手であり、永遠の恋人だったからにちがいない。この辺の事情は原作には書かれていないが、私の勝手な推測である。お通は、村のお寺に捨て子同然に預けられた可哀想な娘で、タケゾウはきっと幼い頃から、孤児のお通さんに、知らず知らずのうちに恋慕の情を寄せていたのだろう。彼女がどういう訳で本位田(ほんいでん)家のお杉ばあさんに見込まれ、息子又八の許婚になったかも不明であるが、タケゾウはお通への気持ちを抑え、叶わぬ恋と諦めていたはずである。それが、又八がお甲と朱美と一緒に姿をくらました時点で情況は一変する。
 タケゾウは大声で叫ぶ。「又八のアホー!お通さんをどうする気だ!お通さんをどうするんだ!」ここが第一部前半のドラマのクライマックスである。(つづく)




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2 コメント

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愈々佳境へ (倭錦)
2007-03-29 13:57:37
 23日に東京から帰り24日雨の中のウオーキングを決行し早めに切り上げて帰ったものの“うたたね”と日頃の不摂生がたたり25日から寝込んでしまいました。
すぐ直ると多寡を括っていたら20数年ぶりの“扁桃腺炎”夜に成ったら熱がでるし寝れないしで昨日から連日“点滴”今日は栄養剤を含めて3本!酒も飲めない状態に“歳”を痛感した今週です。でも点滴のおかげで大分楽になりブログを読む元気位は戻ったようです。ところでいよいよ“武蔵”へ挑戦ですね!!楽しみです、“プロローグ”だけで2回これから5部作+「真剣勝負」&原作・他作まで話は跳ぶので何回(何十回)続くか今からわくわく期待しています、体力勝負で頑張って下さい。小生、時々は感想や異論?(多分同感の方が多い!!)をかきこませていただきますので宜しく、ではロングランのスタート!!(最初からやる気を削ぐコメントだ! すみません・・・)
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体にお気をつけて (背寒)
2007-03-30 12:56:23
あちこち飛び回っていらしたので、疲れが出たのでしょうね。気をつけてください。私も人のことは言えませんが、体力より気力勝負でやっているところが多いので、スランプが続くとめげてしまいます。
「武蔵」はなにしろ見どころ満載の映画なので、書き甲斐があります。五部作のすべてが良いので、大変です。まあ、何十回までは連載できませんが、十回以上書くかもしれませんね。原作も若い頃のように一気に読むわけにも行かないので、ボチボチ読み続けています。
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