昭和十一年六月四日
香田淸貞
論告中ニ於ケル、北、西田等ノ信奉セル日本改造法案ニヨリ
社會民主革命ヲ實行セント クーデター ヲ斷行セントシタリトアルハ 承服出來ザル所ナリ、
何トナレバ
今回ノ蹶起ハ蹶起ノ趣意書ニ明示セル如ク
國體ノ眞姿顯現ニヨリ 一路御維新ニ入ラントシタルモノナリ、
ト 弁明シタル後、
其ノ他ハ大體檢察官ノ論告ヲ是認シ、
檢察官ヨリ 御詔勅ニヨリ 百世改マリ軍ハ粛軍ニ邁進シアリトノ言明ニヨリ
決起將校等ノ眞意ハ認メラレアルハ眞ニ満足スル所ナリ トシ
行動ノ是非ハ陛下ノ御宸襟ヲ悩マシ奉リタルコトハ御恐懼ノ至リニ堪ヘズ
ト 結ビタリ
安藤輝三
日本改造法案ヲ信奉シ、社會民主革命ヲ實行云々ハ、香田清貞ト同様ノ陳述ヲナス。
本回ノ行動ニ於テ、
大臣告示、戒嚴部隊ニ編入ノ事實ハ
當時軍首脳部竝重臣、各閣僚ニ至ル迄蹶起部隊ノ行動ヲ是認シタルモノナリ。
事件後ノ今日、
大臣告示ハ説得案ナリ、
又、戒嚴部隊編入ハ作戰ノ妙ナリト云フモ、
之ハ小藤大佐ガ正式ニ麹町地區警備隊長ノ命課アリタルモノナルヲ以テ、
當時上層部ニ其意思ナキニアラズ。
本件ハ奉勅命令ヲ出シ叛亂部隊ニ正式ニ下達セズ、
而シテ豹變シタルモノナルコトヲ斷言シテ憚ラザルモノナリ。
尚、本件ニ關シ村上大佐ノ如キハ大詔渙發ノ原稿ヲ所持開示セル事實ヨリスルモ、
軍上層部ニ改造ノ意思アリタルハ明カナリ。
私ノ行動ハ獨斷専行ニアリ、
統帥權干犯者ヲ斬ルニアリタルモノニシテ、
私ハ週番司令トシテ確カニ命令ニテ兵ヲ動カシタルモノニシテ、
自分ノ部下將校ハ斷ジテ責任ナキ
ヲ 鞏調ス
竹嶌継夫
社會民主革命ヲ實行セントシタル云々ノ點は香田ノ申立ニ同ジ
私等ノ行動ガ陛下ノ御宸襟ヲ悩マシ奉リタルコトハ眞ニ恐懼ニ堪ヘズ。
豊橋方面ノ關係ニ附テハ
自分ガ先任者ニテ指揮下令シタルニ附、自己ニ全部責任ヲ負ハシメラレ度。
栗原安秀
檢察官ハ蹶起ノ趣意ヲ歪曲シ、故意ニ叛徒ノ賊名ヲ以テ葬リ、全ク精神ヲモ葬レバ、斷ジテ承服スル能ハズ。
社會民主革命ヲ實行云々ハ香田清貞ノ陳述ニ略同ジナルモ、
日本改造法案大綱ニ附、北、西田等ノ思想ハ 決シテ社會民主主義ノ思想ニアラズ。
ト 反駁ス
檢察官ハ現狀維持者ノ代弁者トシテ本事犯ヲ斷罪シアリ、
栗原ハ即チ本件ハ日本ノ生成發展ノ大飛躍ノ爲ノ已ムニ止マレヌ所ヨリ
統帥檢干犯者ヲ斬ツタノミニテ、超法的ノ行爲ナリ
ト 鞏調ス。
大臣告示、戒嚴部隊編入ノ件ハ安藤ノ陳述ト大同小異ナリ
奉勅命令ハ絶對下達サレズ。
小藤大佐ノ麹町警備隊長ノ解任モ下達サレズ。
大臣告示ハ説得案ナリシト云フモ、第一師團ニハ立派ニ下達サレ、
刑務所ニ來ル迄説得案ナリシト云フコトハ明示サレタル事實ナシ。
要スルニ、陸軍ノ首脳部ガ責任ヲ負ヒ切レザル様ニナツタ爲
奉勅命令ヲ以テ叛徒ノ汚名ヲ着セ居ルモノナルヲ以テ、
陸軍ガ負ヒ切レナイト云フナレバ、喜ンデ其處刑ヲ受クルモノナリ。
( 約二時間ニ亘リ陳述ス )
對馬勝雄
檢察官ノ論告ハ全面的ニ認ムル能ハズ。
檢察官ハ御維新ト革命ヲ履違ヒアリ。
歴史的必然性ニ就テノ認識ナシ。
國體ガ理論上三段ニ飛躍シアル 點ヲ鞏調ス
國権國法ヲ無視セヌ。
中橋基明
社會民主革命ヲ實行セントシタリト云フ點ハ斷ジテ承服セズ。
陛下ノ御爲ニ不義ヲナスモノヲ打取ツタノデ、國體ノ眞姿顯現ヲ圖リタルモノナリ。
今泉少尉ニ對シテハ命令ニテ御守衛勤務ニ附ク様ニ進メタルモノナリ。
ト、今泉少尉ノ犯行ヲ庇護ス
丹生誠忠
檢察官ノ御叱リヲ有難ク受クル旨前提シ、香田清貞ト大同小異ノ陳述ヲナス
坂井直
安藤、栗原等ノ陳述ト大同小異ナルモ、
時局認識ニ附、秩父宮殿下ニ對シ奉ル談話ニ言及シ、裁判長ヨリ注意サレル。
妻帯直後ノ犯行ニ附、一身上ニ附、
當時ハ陸大ノ受験勉強中、週番トナリ、身心共ニ困憊コンバイシアリ、
且ツ
安藤大尉ハ自重論者ナリシ爲 此ノ様ナ事ハ惹起ナシト確信シ居タルモ、
安藤大尉ノ命ニヨリ間違ヒナキモノト信ジ、一路維新ニ邁進セル
旨開陳シ、
且 小學校時代ニ精神ニ異常アリタルコトヲ供述ス
( 約一時間三十分 )
田中勝
大體檢察官ノ論告ヲ反駁スル程ノ認識ナシ トシテ、全面的ニ是認ス
中島莞爾
社會民主革命云々ノ點ハ香田清貞ノ申立ト略同様
中島ハ陛下ノ御爲ニ捨石トナリタルモノナルヲ以テ、蹶起ノ理由ヲ認メラレ度シ。
潔ク處刑ヲ受ク。
安田 優
中島ノ陳述ト略同様ナリ
高橋太郎
中島ノ陳述ト略同様ナリ
死刑ノ宣告ハ絶對的ナル如ク希望ス。
麥屋清濟
本事件ノ認識淺ク、論告ヲ反駁シ得ザル狀況ナリ
最後、
自分ハ刑ヲ受ケニ入隊セルモノ
ナル如ク 陳述ス ( 特志将校ナリ )
常盤稔
社會民主革命ヲ實行セントシタルハ承服セズ、
檢察官ハ日本改造法案ノ理解ナシ
ト 反駁ス
大臣告示、戒嚴部隊編入、奉勅命令等ノ件ニ關シ、
栗原ノ陳述ト略同様ナルコトヲ簡單ニ陳述ス
國法ヲ犯シタル點ハ是認ス
林八郎
栗原、常盤等ノ陳述ト略同様ナルモ、特ニ國體認識ヲ鞏調ス
鈴木金次郎
同志トシテ參加シタルニアラズ。
野中大尉ノ命令ニヨリ參加ス。
下士官兵ヲ啓蒙シタル事實ナシ。
刑務所ヘ來テヨリ、村中、磯部、栗原等ヨリ同志トシテ行動シタト言ヘト、運動 或ハ入浴ノ際アリ。
社會民主革命實行云々ノ點ハ私ハ其様ナ考ヘハ毛頭ナシ。
法律論ハ智識ナキ爲、檢察官ノ求刑ヲ反駁スル能ハズ。
清原康平
求刑ニ對シ、自己ノ意思ニテ行動シタルニ非ズ、
死ンデモ死ニ切レズトテ、今一度社會ニ出ズル如ク嘆願ス
( 此時興奮、泣聲ヲ發ス )
池田俊彦
常盤ノ陳述ト大同小異ニシテ、死刑ヲ輕クセナイ様ト申シ立ツ。
山本又
私ハ上部工作ニ從事シタルモ、社會民主革命ヲ實行セルモノニアラズ。
北、西田ナルモノヲ承知セズ。
國體擁護ノ爲起チタルモノニシテ、全ク私心ヨリ出デタル行動ニアラズ。
奉華經、日蓮ノ大精神ヲ鞏調ス
陛下ノ御宸襟ヲ悩マシ奉リタルコト恐懼ニ堪ヘザル
旨申立、陳述ヲ終ル。
村中孝次
檢察官ノ論告ハ全面的ニ認ムル能ハズ。
日本改造法案ノ説明ヲナシ、
改造法案ノ内容ハ決シテ社會民主主義を基礎トシアルモノニアラズ。
此ノ法案ハ理想トスルモノニシテ、改造ノ一指針ナリ。
今回ノ行ハ民主革命ニアラズ。
陛下ノ御爲ニ重臣、財閥等ノ袞竜ノ袖ニ隠レテ大權簒奪ヲナセルモノヲ斬ツタノニ過ギザルモノナリ。
我々ノ行動ハ已ムニ止マレズ起チタルモノナリ。
國家危急存亡ノ秋、時弊ヲ今ニシテ改メズンバ國體危機ヨリ、超法的ニ行動ヲナシタルモノナリ。
故ニ、國憲國法ヲ無視シタルモノニアラズ。
即チ、大權簒奪者ニ對スル現行刑法ノ制裁ナシ。
因テ、其ノ犯行者ヲ其儘ニスル能ハザルヲ以テ、之ヲ討ツニハ斬ルヨリ他ニ途ナシ。
謀議者トハ、私、磯部、栗原、野中ノ四名ナリ。
強イテ謀議ノ中ニ入ルノナレバ、安藤、香田位ナルベし。
其ノ他ノ者ハ自分ガ部署ヲ決定シ下達シタルモノニシテ、
檢察官ノ曰ハルゝ謀議ハ行動者タル軍隊ノ部隊トノ聯絡迄モ謀議ノ中ニ入レアルハ遺憾ナリ。
法律論
今回ノ行動ハ大權簒奪者ヲ斬ル爲ノ獨斷専行ナリ。
党ヲ結ビテ徒ラニ暴力ヲ用ヒタルモノニアラズ。
我々軍隊的行動ニヨリ終始一貫シタルモノナルヲ以テ、
此獨斷専行ヲ認メラルゝカ否カハ位置ニ大御心ニアルモノナリ。
若シ大御心ニ副ヒ奉ル能ハザリシ時ト雖モ反亂者ニアラズ。
陸軍刑法上ヨリスレバ檀權ノ罪ニヨリ處斷セラルゝモノタルヲ信ズ。
磯部淺一
事實論ニ附、日本改造法案ノ内容ガ社會民主主義ヨリ公正サレアルトノ檢察官ノ論告ハ斷ジテ承服セズ
トテ、其説明ヲナス
國憲國法ヲ斷ジテ侵シアラズ。
軍上層部ノ證言ハ實ニ卑怯ナル態度ナリ。
要スルニ、大臣告示、戒嚴部隊ノ編入ノ件ヲ鞏調シ、
併セテ眞崎大將、山下少將、満井中佐等ノ話ハ確カニ我々ノ行動ヲ有利ニ導キタルモノト思ヒ居リタリ。
尚、眞崎閣下ニハ一月二十八日面會シ、其后、森傳ヲ通ジ金五百圓ヲ貰ヒタリ。
又、山下少將ニ附テモ、去ル新宿御座敷本郷ノ會合モ同少將ガ黒幕ナリ。
其時ハ議會解散ニ對シ陸軍大臣ヲシテ署名ヲ拒否 ( 武力一個中隊ニテ罐詰 ) セシメ、以テ倒閣ニ導ク陰謀ナリキ。
當時之ハ表面相澤公判ノ協議ナリト體裁ヲ作リタリ。( 佐賀閥ノ陰謀カ )
山下少將モ我々ノ行動ヲ是認シ、維新ニ入ル氣分多分ニアリタルヲ思ハル。
檢察官ノ論告ニモアリタルガ如ク、
有難キ詔勅ハ出サレ
百世一新シ、又、軍ハ肅軍ニ邁進シアリ
ト聞キ、心私ニ喜ブモノナリ。
澁川善助
始メニ裁判官ヨリ開院式ニ賜リタル詔勅ヲ更ニ讀聞ヲ申請シ、讀聞ヲ受ケタリ
御詔勅ハマコトニ有難キ極ミナリ。
我々ノ力及バズシテ御維新ニ入ル事ヲ得ズ、
御宸襟ヲ悩マシ奉リタルコトハマコトニ恐懼ノ至リニ堪ヘズ。
社會民主革命ヲ實行シタルニアラズ、國體ノ眞姿顯現ニアツタノデアル。
檢察官ノ情状論ヲ一切指摘、反駁否定セリ
今回ノ行動ハ歴史的使命デアルコトヲ御究明サレンコトヲ希フ。
日本史観ヲ詳述ス
之ヲ要スルニ、澁川ハ
澁川ノ持ツ國體観念ニヨリ 七度生レ變ツテモ只今考ヘテ居ル陛下ノ御爲ニ盡ス心ニハ變ワリナイ ト、
最後に、今回ノ事件ハ最終ニシテ國體ガ明徴トナリ百世一新サレ、
軍ハ□然ト本義ニ基キ邁進スル様裁判長其他判士ニ御願ヒスル
トテ、弁論ヲ終了スル
