あを雲の涯

「 二、二六事件て何や 」
親友・長野が問う
「 世直しや 」
私はそう答えた

磯部淺一、憲兵聴取書 1 ・ 眞崎大將の事 『 乃公ハ最後迄頑張ツタンダ、林ハ違勅デアル 』

2020年07月19日 08時34分51秒 | 反駁 1 西田税と北一輝、蹶起した人達 (公判狀況)


磯部淺一 
昨年十二月末、村中孝次、小川三郎ト其方トノ三名デ陸軍次官を訪ネタノハ、

如何ナル関係デ時間を訪ネタカ
古荘次官ハ以前第十一師團長デアッタ關係上、小川三郎ガヨク知ッテオリ、
閣下ノ人物ガ立派デアリ、ヨク時局ニツキ心配シテ居ラルゝ方デアルカラ、
一度會ツテミヨウトノ話デアリマシタガ、其機會ヲ得ナカッタ処、
小川ガ丁度演習ノ關係上、上京シタノデ三名デオ訪ネシタ譯デス。

訪問スルノハ、其方等ニ何カ目的ガアッタノカ
相澤公判ノ事ト國體明徴問題ニ關シテ、
軍ノ確固タル決意ヲ促スコトヲ目的トシテ、行ツタ様ニ思ッテオリマス。

其ノ時 次官ヨリ如何ナル意思表示ガ聞キタカッタカ
此ノ儘ニ放ツテ置ケバ血ガ流レルコトヲ豫想シタノデ、色々事情ヲ申上ゲ、
軍ノ確固タル決意ヲ聞カシテ戴キタカッタノデス。

其ノ時 次官カラ如何ナル話ガ合ツタカ
君達ハ急進的ナ事ヲ考ヘ居ルガ、其レハ出來ナイ、漸進的ニヤッテ行カナケレバイカン、
ト 云ハレマシタ。

其方ガ時間ヲ訪問スル時ノ目的ニ考ヘ、右ノ様ナ答デハ其方等ノ意ニ満タナイト思フガ、如何
全ク左様デアリマス。
次官ハ以前ヨリ立派ナ方ダト聞イテ居リマシタガ、
維新運動ニ對スル十分ナル認識ヲオ持チニナラヌ方ダト直感シ、
最早話シテも駄目ダト思ヒ、質問スルコトヲ止メマシタ。

右ノ様ナ話ダケデ時間ノ宅ヲ辞シテ後、何カ三人デ話シ合ツタコトハ無イカ
山下奉文ノ処ニ行ツテ話シテ見ヨウデハナイカト云フ事ニナリ、
直チニ三名デ山下閣下ノ御宅ヲ訪ネマシタガ、オ留守デシタノデ、直グ歸リマシタ。

其翌日カ翌々日、小川三郎ト共ニ眞崎大將ヲ訪問シタト云ッテオルガ、其目的ハ何カ
次官閣下ヲ訪問シタ時、次官ヨリ、
「 眞崎大將ハ御自分カラ辭表ヲ御出シニナッタノダ、云々 」
トノ事デシタカラ、其ヲ確メニ行ッタノデス。

右ノ様ニ眞崎大將ヲ訪問シタノハ、如何ナル事カラ行ク話ニナッタカ
確カ小川ハ兄ノ家ニ泊ツテ居リマシタガ、私ノ宅ニヤッテ來マシテ、一緒ニ行ツタノデス。
行ク事ニナッタノハ、時期ハ忘レマシタガ、
其レヨリ前、小川ト二人デ行クコトニ豫メ打チ合シテ居ッタノデス。

右ノ様ナ考ヘデ眞崎大將ヲ訪問シ、如何ナル話デアッタカ
小川ガ單刀直入ニ、
「 陸軍次官ヲ訪問シタ処、閣下ハ敎育總監更迭ニ關シテ辭表ヲ出サレタ 」
ト 次官ガ云ヒマスガ、「 本當デスカ 」 ト 云ッタト思ツテ居リマス。
眞崎大將ハ、
「 左様ナ事ヲ云ッテオルカ。ソンナ事ハナイ 」
ト 云ハレタト覺ヘテ居リマス。

右ノ外、何カ話ガ無カッタカ
話ニ前後ガアリ、斷片的デハアリマスガ、
小川
「 西園寺公ニ會ハレテハ如何カ 」

眞崎
「 乃公ガ會フト大變ナ噂ガ出テ、誤解ガ生ズル。
 ナニシロ乃公ノ周囲ニハ、ロシヤのスパイ ガ附イテ居ルノデ、非常ニ警戒シテ居ル 」
私ハ成程ナアト思ヒマシタ。
磯部
「 七月統帥權干犯問題ハ、林大將ガ陛下ニ上奏シタ内容ト、其方法態度ガ問題ダト思フガ如何デスカ 」
眞將
「 乃公ハ最後迄頑張ツタンダ。林ハ違勅デアル 」
ト 云フ事ヲ、非常ニ興奮シタ面モチデ話サレマシタ。
私ハ其処デ心證ヲ得マシタカラ追及シマセンデシタ。

其方 「 七月統帥権干犯問題ハ、林大將が陛下ニ上奏シタ内容云々 」 ト 眞崎大將ニ云ツタ意味ハ如何
省部既定ニ對スル違勅ナルコトハ明ラカデアル。
人事ニ關スル勅ニ對シテ違勅シタ事ガ統帥權ニ對スル干犯デアル。
陛下ニ上奏スル時ニ、協議不成立ノ事實ヲ隠蔽シテ上奏スル林ノ自恣専斷ニ依ツテ、
渡邊大將ヲ推薦シタト云フ場合ニハ、明ニ統帥權干犯デアリマス。
然シ、右ノ様ナ事柄ハ、砲工學校ニ於ケル渡邊總監ノ訓示、
東日ニ報道セラレタ渡邊總監ノ車中談等ヨリ推察シタノデアリマス。

右ノ様ナ抽象的ナ事柄ヲ基礎ニ推察シタ丈デハ、今回ノ事件ニ奮起スル様ナ心境ニハナラナイト思フガ、
他ニ統帥権問題ニ關シ聞イタコトアリヤ
陛下ガ眞崎大將ノ敎育總監更迭ニ就イテハ、
「 林、永田ガ惡イ 」 ト 本庄侍従武官長ニ御洩ラシニナッタト云フ事を聞イテ、
我ハ林大將ガ統帥權ヲ犯シテオル事ガ事實ナリト感ジマシテ、非常ニ憤激ヲ覺エマシタ。

右ノ話ハ何時誰カラ聞イタカ
右ノ話ハ日時ハ判然トシマセンガ、
昨年十月か十月前デアッタト思ヒマスガ、村中孝次カラ聞キマシタ。

其ノ際、何カ他ノ話ハナカッタカ
其時デアッタト思ヒマスガ、本庄大將ガ、
「 陸軍ノ中央部ノ者ガ何故之レニ憤慨セナイノカ 」
ト云フ様ナ意味ノ事ヲ話サレタト聞キマシタ。

右ノ事ヲ聞イテ、其方ハ何ノ事ト思ツタノカ
統帥權干犯問題ノ事ト思ヒマシタ。

何ウシテソンナニ思ハレルカ
陛下ノ仰セラレタ 「 今度ノ事ハ林、永田ガ惡イ 」 ノ話ニ續イテノ話デアリマスカラ、
統帥權干犯ニナル事ハ明瞭デアルト思ヒマス。

村中ハ誰カラ聞イタカ、話サナカッタカ
知リマセン。

村中ハ誰カラ聞イテ來タノダト、其時想像しタカ
恐ラク山口大尉カラ聞イタノダト思ヒマス。

一月下旬、渡邊大將ノ事に就キ話ヲ聞イタト云フガ、其ノ詳細ハ何フカ
私ガ渡邊大將ヲ辭職サシテ戴ク様、川島大臣ニ御願ヒニ上ツタ時ノ話デアリマスガ、

「 渡邊大將ヲ辭職サセテ戴キタイ。天皇機關説ノ信奉者デアルカラ 」
大臣
「 ソンナ事ハナイ 」

「 明瞭ジャナイカ 」
大臣
「 自分カラ辭職スル様ニナルト良イノダガナア。 君等將校達ガ渡邊大將ニ意見ヲ云ヘバ良イデハナイカ 」

「 意見ハ云ッテオルノダガ、聞カレナイ。 三月ニ變エラレル様シタラ何ウデスカ 」
大臣
「 三月ハデキン 」

其話ガアッテ、何ト思ッタカ
其時ハ、既ニ今度ノ蹶起ノ事ニ
就キ、私ハ決心シテ居リマシタカラ、三月ニ變ワラナケレバ、
殺スヨリ他ニ致シ方ガナイト思ヒマシタ。

右ノ様ナ決心デ行ッタトスレバ、大臣ニハ何カソンナ事ヲ仄メカシタカ
敎育總監ヲ更迭セナケレバ血ヲ見ル、ト云フ様ナ事ヲ云ヒマシタ。
血ヲ見ルト云フコトハ、渡邊大將ガ危險ダト云フ意味デアリマス。

右ハ何処デ話シタカ
大臣官邸デ、私ト大臣トガ對談シタノデス。

先ニ山下少將ノ宅ヲ訪問シテ留守デアツタト云ツタガ、其後少將ノオ宅ヲ訪ネタコトアリヤ
其ノ晩カ 其翌晩デアツタト思ヒマスガ、村中ト二人デオ宅ヲ訪ネ、大體、
「 現内閣ヲ倒サナケレバ駄目ダ。現狀ヲ早ク打開セナケレバ駄目ダ。此ノ
儘デ行ケバ一部ノ將校ノ蹶起ヲ見ル 」
ト 云フ様ナ事ヲ骨子トシテ話シマシタ。
閣下カラハ、
「 其ウ云フ事ガアルデアラウ。已ムヲ得マイ 」
ト云フ様ナ話ガアリマシタ。

右ノ様ナ事柄デ、其ノ外ノ方ヲ訪問シタル事アリヤ
村上大佐、今井閣下モ オ訪ネシマシタ。

村上大佐ヲ訪問シタノハ如何ナル目的カ
山下少將オ訪ネノ時ト同ジ様ニ、私等ハ既ニ決心シテ居リマシタノデ、
成可 血ヲ見ナイ様ニ現狀打開ノ意見ヲ申上ゲニ行ツタノデス。

其方等ガ其時、現狀打開ガデキナイトスレバ、靑年將校ガ蹶起シテ、血ヲ見ルヨリ外 致シ方ナシト云ツタ時、大佐ガ如何ニ云ハレタカ
大佐ハ
「 煽動スルノデハナイガ、コウナツタ以上、最早ソウスルヨリ外致し方ナカラウ 」
ト云フ事ヲ云ハレマシタ。

村上啓作大佐ヲ訪問シタノハ何時頃カ
幾度モ行キマシタガ、最近ハ本年一月ニ一人デ行キマシタ。
右ニ云ツタ様ナ意見ハ、村上大佐ニハ何度モ云ヒマシタ。

眞崎大將訪問ノ際ノ話ハ、前ニ云ツタダケカ
其時 小川三郎カラ
「 此ノ儘 放ツテ置クト、血ヲ見ルカモ判リマセン 」
ト 云ヒマスト、眞崎閣下ハ
「 確カニソウダ。血ヲ見ルカモ判ラン。其事ニ就イテハ各方面ニモ云ツテオルノダガ、
眞崎ガ靑年將校ヲ煽動シテイル様ニ云フモノダカラ、餘リ言エヌ云々 」
ト 云ハレマシテ、眞崎大將モ私等ノ蹶起ノ決心ヲ察シテオル様デアリマシタ。
思ヒダシマシタカラ申上ゲマス。

眞崎大將を訪問シテ帰歸ル時、如何ナル感ジヲ持ツタカ
唯 勇斷ナ人デアルト云フ事ヲ感ジタ丈デアリマス。

小川ガ 「 血ヲ見ルカモ判ラン云々 」 ト 云ツタ時ノ眞崎大將ノ言ニ對シ、其ノ方達ハ如何ニ思フタカ
此ノ人ハ、維新的情勢ニ對スル認識ガ相當アル人ダト思ヒマシタ。

外に申立ツルコトハナキヤ
別ニ何もアリマセン。
陳述人    磯部淺一
昭和十一年五月八日