林は私に
「 おい、今晩だぞ。明朝未明にやる 」
と 言ったので、
「 よし、俺も行く 」
と 答えて中隊に帰った。
いよいよやるのだということで、
身の回りの整理するものは整理して、
夕食を居住室の食堂ですませてから自分の部屋に入った。
机に向って坐ると、
佐々木信綱の 「 萬葉読本 」、美濃部達吉博士の 「 法の本質 」 や
先日買ったばかりのショーロホフの 「 開かれた処女地 」 等の本と共に
義兄の海軍中尉小林敏四郎から贈られてきた 「 靖献遺言講話 」 が 置かれてあった。
私はその中の 「 出師の表 」 の 終りの諸葛孔明が出師の必要を説く最後の文章を読んだ。
凡そ事是の如く、逆あらかじめ見る可き難し。
臣鞠躬して力を盡し、死して後已まん。
成敗利鈍に至りては、臣の明の能く 逆あらかじめ観る所あらざるなり。
私はここを見て心の昻まりを覚え、迷いを断ち切った。
七時半過ぎであったと思うが、私は栗原中尉を機関銃隊に訪ねた。
栗原中尉は銃隊の入口に立っていた。
私は敬礼して
「 私も参加致致します 」
そう 言った。
池田俊彦 イケダ トシヒコ
『 私も参加します 』
池田ハ純情純真ノ人・・・村中孝次
目次
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・ 昭和維新 ・池田俊彦少尉
・ 池田俊彦少尉 「 私も参加します 」
・ 池田俊彦少尉の四日間
・ 磯部浅一 「おい、林、参謀本部を襲撃しよう 」
・ 池田俊彦少尉 「 事態の収拾に付ては真崎閣下に御一任したいと思ひます 」
・ 池田俊彦、反駁 『 池田君有難う、よく言ってくれた 』
・ 最期の陳述 ・ 池田俊彦 「 我々は断じて逆賊などではありません 」
・ 昭和11年7月12日 (番外) 池田俊彦少尉
・ 蹶起の目的は、昭和維新の端緒を開くにあった
・ 「 栗原中尉は新しい日本を切り開きたかった 」
・ 大御心は一視同仁
・ 大御心 『 まさに陛下は雲の上におわしめたのである 』
・ 河野大尉 ・ 自決の由
この頃、何処からともなく群衆が集まってきた。
私に対して話を聞かせてくれとしきりにせがんだ。
私は次のような話をしたことをかすかに覚えている。
「 我々は天皇陛下の聖明を掩い奉り、
我が国の前途に障害をきたす奸賊を斬って、昭和維新のために立ち上ったのだ。
大化の改新の際も中大兄皇子が奸物蘇我入鹿を倒して、
破邪顕正の剣を振るわれて大化の新政を実現したように、奸賊共を斬ったのだ。
日本の歴史はいつもこのような正義の力によってのみ切り開かれてゆくのだ。」
このようなことを言って、ちょっと言葉が途切れたとき、
一人の風采いやしからぬ四十位の人が私に近づいて、
「 おっしゃることはよく解りました。
しかし、皇軍同志撃ち合うようなことにならぬようにくれぐれもお願いします。
私共はそれが一番心配なのです」
と 言った。
私は、
「そのようなことは絶対にありません。私達はこちらから撃ったりするようなことはありません」
と 答えた。
・・・「おい、林、参謀本部を襲撃しよう 」