藤井齊
憂國概言
皇祖皇宗の神靈と幾多の志士仁人の雄魂とを以て築き上げられたる
祖國日本の現狀は、
貧窮の民道に充満して
或は 一家の糊口を支ふべく、
子女を驛路の娼に賈り
或は 最愛の妻子と共に水に投じて死すあり。
或は 只生きんが爲めの故にパンの一片を盗みて法に網せらるヽあり。
或は 祖父傳來の田地にかへて學びたる學業も用ふる処なく、
失業の群に投じて巷路を放浪するもの幾萬なるを知らず。
貿易の行詰れる生糸は米國に販路を絶たれ 綿糸は印度の障壁を越ゆべからず。
北海の漁民亦その糧道を奪はれむとし、
征戰幾萬の犠牲を払つて得たる満洲も退却の悲報切に到る。
食ふに食なく、
住むに家なく、
故郷を張られて流浪の旅にある幾百萬の民衆は只動物的存在のために狂奔し、
或は 自爆に堕して淫亂に趨おもむく。
餓鬼畜生道の日本、
そは宛然應仁戰國の大動亂を豫想せしむるではないか。
共産主義はこの因亂紛爭の産物であるのだ。
然るに廟堂の諸公は口に日本は大丈夫だと安心を稱へつゝ
内心云ふべからざる不安焦燥に苦しみつゝ
民心の欺瞞と権力の壓迫とを以て一時を瀰縫し
只己れの利權を守らむが爲めに
数十萬、数百萬の賄賂わいろをむさぼれる濁血鮮々たるその手を以て
天皇の大權を左右しつゝある。
嗚呼 財界を見よ、
何処に社稷体統の天皇の道業は存する。
皆是れ民衆の生血を啜り骨を舐める惡鬼狼の畜生道ではないか。
内斯くの如し、
外 國際場裡を見よ、
劍を把らざる戰は、今やロンドンに於て戰はつゝある。
祖國日本の代表は英米聯合軍の高抑壓的威嚇に屈辱的城下の誓ひを鞏ひられんとして居る。
而も 外務当局及内閣大臣共は 之を甘受せんとしてゐるではないか。
日本は豚の如く存在すればよいのであるか。
この面上三斗の泥土をどうする。
君恥かしめらるるれば臣死す と云ふことは、
天皇及日本國家そのものが恥かしめらるる事實であるのだ。
閣僚共が體内政策の無爲無能を欺瞞せんが爲めに、
一旦己れの生命を延さんが爲めの故に、
日本自らの生命に劍を擬しつゝある現狀を、
我等は明かに認識することによつて忠勇義烈の骨髄に徹せしめよ。
我等は外敵の侮辱に刃を磨くと同様にこの内敵---然り 天皇の大權を汚し、
民衆の生命を賊する貴族、政黨者流及財閥---の國家亡滅の行動に對して手を空しうして
座視するの惨酷無責任を敢てすべきではない。
武人の使命は實に日本の大使命を万古不動に確立し、
生々發展の一路を蹈ふましむるにあるからだ。
政治にか々はらずとは現代の如き腐敗政治に超越するを意味し、
世論にまどはずとは民主共産主義の如き亡國思想に堕せざるを云ふ。
そは日本軍人本然の面目---修身治國平天下の大道に歸れと云ふことだ。
故に國家現在の明確なる認識と將來の適確なる洞察とは目下第一の急務である。
識見なき軍人軍隊は政党財閥に愚弄せられ、
或は その手先として民衆怨おん府の的となり、
國家そのものゝ賊と化するは露獨其他古今東西の史實に明々白々の事實、
そは
明治大帝の大御心---無智なるが故に---叛くことゝなるのである。
然り 萬惡の根源は無智にある。
苟も忠君愛國を軍人の第一義と考ふる程の者は、
何が今日真に忠君愛國であるかを考へよ。
我等の忠君愛國は不義を討つことである。
日本國家生命に叛くものに刃を向けることであるのだ
---自己と他人と國内と國外とを問ふことなし---
この故に國家の現狀は如何 ( 現實の認識 ・學問 )
日本は如何にあらざるべからざるか、
如何に變化せんとしゝあるか ( 國家の理想・識見 )
我等の之に對する任務は如何 ( 軍人観 ・職務観 ・胆略 )
此三事は念々刻々武人の心境を離るべからざるものである。
即ち 山鹿素行先生の 「 武士道の本義は修身治國平天下にあり 」
とは 萬古不滅の鐵則である。
この三事の確立なくして
只肉體的元氣と其日暮しの勤勉とのみにて満足せし過去の海軍々人中より、
南京事件と云ふ前古未曾有の國辱を惹起せしことを銘刻せよ。
此怠慢は士官にとりて許すべからざる責任の冒瀆である。
士官は國軍の指導者なるが故に、
而して軍隊は決して社會より獨立せるものに非ざることを自覺することを要する。
社會の現狀が風濤なみ相搏うち、
濁流天に沖するの大動亂である時、
その暴風眼の中心より軍隊に入り來り、
或は 去り行く
幾千幾萬の下士官兵の身上に想到せよ。
此の如き世の中である。
軍隊の指導者が矩見區々たる其日暮しを改めて
高朗明澄の気、雄渾ゆうこん偉大なる魂、
而して大局達観の識見を養ひ 正義堂々、
國軍の目的を確立して下士官兵の愛撫鍛錬---眞の日本人たらしめよ。
臣の軍人たらしめよ---に 全力を擧ぐることなくば、天は日本にのみ例外を許す筈はない。
軍隊の崩壊は必然である。
嗚呼 この昭々冷嚴なる天を畏れよ。
我等士官の現代日本に処する純忠報告の第一義は
天皇大權の擁護により日本國家使命實現の實行力たるに在る。
而して今や日本は經濟的不安と人材登庸の閉塞による民心の動揺
及 道義失はれたる祖國に言ふべからざる深憂を抱ける志士の義憤とによりて、
維新改造の風雲は孕はらまれつゝある。
今に至つては 如何なる個人及團體が政權を執りて漸進的改造を行はんとするも
遂に収拾すべからざるは論なし。
暴動か、維新か。
希くは 我等は日本を暴動に導くことあらしめず。
天皇大權の發動によつて政權財權及教權の統制を斷行せんと欲する
日本主義的維新運動の支持者たるを要する。
これ非常の時運に際會せる國軍及軍人の使命を日本歴史より導ける斷案である。
然らば平生行動の眼目は何であるか。
軍人はすべて同志たるの本義を自覺して先輩後輩上下一員切磋し琢磨しつゝ名利堕弱を去り、
剛健勇武の士風を作興し、
至誠奉公の唯一念に生きつゝ 日々の職分を盡しつゝ 下士官兵の教育に力を用ふべきである。
良兵を養ふは良民を作る所以、良民なくして良兵あることなし。
我等は良民を社会に送ることによつて 國家全般の精神的指導者たらねばならぬ。
明治大帝の汝等を股肱に頼むと詔へる深刻偉大なる知己の大恩義に感泣せよ。
嗚呼 是れ 軍人たるの眞乎本分であるのだ。
消極退嬰たいえいに堕せる海軍の過去に我等は一切の弁解---自己欺瞞---
を 脱却して深甚なる責任を負はねばならなぬ。
海軍出身在郷軍人の現狀は如何。
在役下士官兵の心境は如何。
我海軍 我祖國をして露独の覆轍を踏ましむる勿れ。
嗚呼 我等の念々切々の祈りをもつて。
天皇を奉じて革命的大日本建設の唯一路に向はしめよ。
皇紀 二千五百九十年 神武天皇祭 昭和五年四月三日
現代史資料23 国家主義運動3 から